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堂場 瞬一 二度目のノーサイド





ラグビーがテーマというめずらしい長編小説です。

作者の堂場瞬一は、どちらかというと警察小説、それもハードボイルド系の警察小説の書き手という印象が強い作家さんだと思われます。ただ、野球や陸上競技などをテーマにした作品も多数書かれておられます。


今は廃部となった武蔵野電産ラグビー部のナンバー8であった桐生威は、もとマネージャーだった石川祐二の葬儀のあとで、仲間の一人である木塚良知の「俺たち。やるべきことがあるんじゃないか」という言葉をきっかけに、あの試合の決着をつけるべく動き始めた。

会社の経営環境はラグビー部の存在を許すものではなく、負けたらすべてが終わりという状況の中で中途半端な試合をし、フジビールに敗れ、ラグビー部は消滅したのだった。

現在、フジビールのヘッドコーチをしている青木に声をかけ、フジビールのメンバーも集めてもらう段取りをつけ、あとは数名の不参加者を集めるだけとなった。

問題は武蔵野電産ラグビー部の数名のメンバーだった。一人は当時のキャプテンの島幸彦であり、あの試合で外れくじを引き負けた責任を感じ、桐生からの電話にも出ないでいるのだ。

そして、今はテレビのメインキャスターとして人気の、スタンドオフとしてキックのスペシャリストだった村瀬潤。村瀬にとってラグビーは生き様であり、だからこそ仕事で汚したり、恥をかいたりしたくないのだという。

そして、この再試合のきっかけだった筈の小塚良知が行方不明になっていたのだ。彼の勤務するゴールドトレーニングという会社が詐欺容疑で立件されるらしいのだった。その社員である小塚が行方が分からないのだ。



桐生は島、村瀬、小塚といった問題を抱えている人物を一人ずつ口説き落としていく、その過程が描かれています。


作者がラグビーをやっていただけあってラグビーに対する思い入れも強く、練習や試合の状況もかなり詳しく、経験者らしい描写が為されています。

しかし、本書で描かれているのはラグビーというスポーツ自体ではなく、ラグービーというスポーツに関わってきた男たちの人生であり、生き様です。ですから、物語としてはラグビーというスポーツでなくても成立する物語ではあります。

ただ、ラグビーというスポーツの特殊性と言いますか、肉体そのもののぶつかり合うスポーツであり、さらにチームスポーツという特性が特に強いスポーツであるところからくる、“熱さ”が根底になっているという意味ではラグビーならではと言えるかもしれません。


ただ、少々熱すぎます。悔いを残した試合の再選を期し、本書のように生きれるかと言ったら、疑問です。

たしかに、このスポーツをした人間に特有の「熱さ」はあるにしても、五年もの間心に鬱屈を抱えたまま前に進むこともできないほどのものだろうか、という気がしてなりません。それとも、作者の思いの熱さが勝っているということでしょうか。。


とはいえ、やはり登場人物たちの熱意に感動する部分があるの事実であり、なんとも通と半端な気分です。熱い小説であり、少しの疑問を抱えながらも、その熱さに撃たれている自分もいるのです。

堂場 瞬一 交錯 警視庁追跡捜査係


なかなかに面白く読んだ警察小説でした。

沖田大輝と西川大和は、共に未解決事件を専門に捜査する警視庁追跡捜査係に属する刑事で、沖田は新宿で起きた無差別の殺人事件の犯人を刺して一人の小学生を助けた男を追跡し、西川は青山の宝飾店で起きた強盗事件の追跡捜査を担当していた。それぞれに捜査が進む中、二つの事件は思いもかけない関連を見せ始める。

どちらかと言うと無神経といっても良い行動派の沖田大輝と、頭脳派の西川大和という対照的な二人の刑事の活躍が描かれています。こうしたコンビ自体は本書独自のユニークな設定とまでは言えませんが、それなりに息のあったバディものとしての面白さがありました。

行動派の沖田刑事の追う男は”名無し”と呼ばれ、わが身の危険も顧みず三人を殺した連続殺人犯から小学生の命を助けた男であり、一種の英雄的な人間とも言える男です。沖田はそんな男を追跡することへのジレンマをも抱えながらも、殺されそうになった小学生への思いやりと、その母親へのほのかな恋心を抱えており、そのことが本書の彩りとなっています。また、沖田刑事は時計マニアであり、その趣味を通して西川刑事との接点が広がっていきます。

一方、西川刑事は、じっくりと考慮しつつ合理的に動こうとする慎重派でもあります。常に仕事のことが頭にあり、家でも書類を読みこんでいるため、家族へのサービスがおろそかになっているのです。

この作者の『刑事・鳴沢了シリーズ』は、父も祖父も警察官という刑事を主人公としたハードボイルドとも言える小説でしたが、本作はそれに比べると軽い作品です。とは言っても、この作家らしい丁寧な書き込みが為されているうえに文庫本で420頁もの長さありますから、普通に言う「軽く読める」小説とは少々その意味合いが異なります。この作者の他の小説に比べれば読みやすい、といった程度でしょうか。

不満があるとすれば、物語が少々ご都合主義的な様相を見せているところでしょう。沖田大輝の趣味が時計だというところはまだ良いのですが、二つの事件が少しずつ関連を見せてき始め、まさかそうはならないだろう、と抱いた懸念が的中すると、それまで感じていた本書に対する好感はかなり減ってしまいました。

ところが、そうして差し引かれた印象でもなお面白い小説であり、この二人が活躍する作品がシリーズとして読めることに期待しているのですから、私個人の波長にあっている作品なのでしょう。まるで人ごとのような書き方でありますが、それほどに堂場舜一という作家が私の好みに一致しているのです。

既に書いたように本作品を第一弾としてシリーズ化されており、2016年3月時点で6巻まで出ているようです。そのうちにゆっくりと読破したいものです。

ちなみに、西上心太氏の「あとがき」によると、本作品の舞台となる「警視庁追跡捜査係」とは架空の部署ですが、この作品が発表された2009年の11月に「特命捜査対策室」という未解決事件(コールドケース)を専門的に捜査する部署が設けられたそうです。

堂場 瞬一 検証捜査


この作家らしく細かく書込まれた、読み応えのある警察小説でした。

とある失策から伊豆大島署に飛ばされていた神谷警部補は、突然、本庁の刑事部長から、神奈川県警に出頭し警察庁の永井管理官の指揮下に入るようにとの命を受けた。その足で神奈川へと向かった神谷だったが、そこには北海道、福岡など各地から集められたメンバーがいた。明日出るであろう連続婦女暴行殺人事件の控訴審での無罪判決に対する警察庁なりの対応策として、神奈川県警が行った捜査についての調査のために集められたらしい。神奈川県警の反発が予想される中、メンバーによる調査が始まった。

この作品に対するレビューを見ると、決して評価は高くないようです。でも、個人的には好きな作品の一つと言えるものでした。短気ですぐに手が出るという神谷のキャラクターもそれなりに愛嬌はあるし、物語全般にわたる謎の設定にも引っ張られ、読んでいる中での間延び感も無く、面白く読むことができました。

物語の流れとして、神谷が呼び戻された理由や、神谷の以前の失敗、保井凛の個人的な弱みなど、細かな設定が明かされておらず興味をかき立てます。これらの秘密は物語の進行につれ少しづつ明らかになります。そして、大きな謎として真犯人は誰かという点、更には神谷の以前の失敗につながる事件の謎があり、警察ミステリーとしての王道を行くと言えるのです。

神谷が呼び戻され加わることになったチームの個々人の書き込みがもう少しあればという気がしないでもないのですが、それでも、このチームとしての特命班の活躍は、普通の警察小説の「班」とは異なる魅力を持っています。

チームリーダーである永井管理官のキャリアとしての性格付け、大阪府警の監察室の島村の監察官としての尋問能力、福岡県警捜査一課の皆川の体力バカぶりなど、当初はバラバラだった特命班の個々人の振舞いが明確になり、更に次第にまとまっていく様子は、定番とはいえ惹きこまれます。

ただ、保井凛という女性との絡みだけは若干違和感を感じましたが。

こうした警察の不祥事であげられるのは決まって神奈川県警です。他には北海道警や大阪府警の問題もありますが、やはり神奈川県警が警視庁との不仲のこともあり、物語として描きやすいのでしょうか。本書で描かれる神奈川県警のミスは、もはやミスとは言えない緩みきった体質を持った組織として描かれています。現実の警察がこうではあってほしくないと、痛切に思う物語でもありました。

堂場 瞬一 十字の記憶


今まで読んできたこの堂場瞬一という作家の作品の中ではわりと軽めの作品です。

東京から車で一時間ほどの距離にある白崎市で、野本前市町の息子が後頭部に二発の銃弾を受け殺された。福良孝嗣は約二十年ぶりに戻ってきた白崎市の長浦新報白崎支局長として、福良と高校陸上部のリレー仲間である芹沢拓は県警捜査一課という立場で、同じ事件を追いかけることになった。しかし、捜査の進展が無いまま、同様の手口で市職員OBの諸岡が殺されるのだった。

この作品の前に読んだこの作者の作品である『警察(サツ)回りの夏』に比べると見劣りがします。正確に言うと、私の好みからは前作のほうがより面白く感じました。

本作品には、探偵役として記者である福良孝嗣と刑事である芹沢拓という二人の探偵役がいます。本来情報交換はできないはずの二人ですが、事件の根っこが二十年前の高校時代の一夜につながるところから協力関係を結ぶことになります。

本書が堂場瞬一という作家の作品として若干異色な面があるとすれば、それはこの郷愁的な側面でしょう。その異色さは、私が本作品に対し抱いた不満点にもつながっています。当事者の過去に関連するとされる犯罪動機が、読者、つまりは私をを納得させられるだけのものではなかった、ということです。

小説として面白く読んだということには間違いはないのですが、犯罪動機の点で不満があるためか、本書終盤の結末のつけ方に対しても不満がそのまま残っています。一応は探偵役と犯人との会話の中で結末に対する弁解めいたことを言わせてはいるのですが、やはり犯人側の最後の行為について、粗すぎという印象しかありません。

作者自らが「本作は警察小説ではありますが、一方で青春小説でもあります。」と言われているように、「高校を卒業し、それぞれが別の道を歩み、時には敵となり時には味方となりながら、果たして当時の友情は復活するのかどうかという微妙な人間関係」が描かれているのですが、青春への悔悟を含んだ思い出を解消する、その点こそが少なくとも私を納得させるものではなかったのです。

舞台背景を丁寧に書いてはあるのですが、これまでの作品に比べると見劣りがします。クールで重厚な書き込みこそがこの作家の持ち味だったと思うのですが、本書はその点があまり感じられず、この作家の作品にしては物語としての書き込みの不足を感じました。

堂場 瞬一 警察(サツ)回りの夏


堂場瞬一という作家の作品は久しぶりに読みました。この作家の作品はどの作品を何時読んでも決して軽くは読み飛ばせない、丁寧さを感じます。

甲府市内で幼い姉妹二人の殺害事件が発生し、その母親が犯人の疑いをかけられていた。日本新報甲府支局のサツ回り担当の南は本社復帰への足がかりにと取材していたが、警察内部のネタ元から母親逮捕の感触を得る。特ダネであるその情報は、しかしとんでもない事態を引き起こすのだった。

久しぶりに読み応えのある小説を読んだ、という印象です。数日前に雫井脩介の『検察側の罪人』という、これまたよく書きこまれた作品を読んだのですが、違和感を覚え感情移入できなかった分だけ本書に軍配が上がります。本書の場合も、最後になって動機に関連する設定で少しだけ疑問を感じる個所があったのですが、あまりこだわる場面でもないと、無視することができるほどのものだったのです。

読み始めは普通の新聞記者を主人公にしたミステリー小説だと思っていたのです。しかし、次第に雲行きが怪しくなり、幼子を殺した犯人追及もさることながら、別な問題が大きなテーマとして上がってきます。それがネット社会についての考察であり、報道の在り方についての問題でもあるのですが、より大きな存在へとつながっていきます。

本書の視点も、当初は日本新報の南という記者にありましたが、そのうちに南の恩師である高石へと変わっていきます。この視点の変化こそが作者の本当に書きたかったことへの流れなのでしょう。

そして避けて通れないのが、現実に起きた、あの朝日新聞の問題です。本書の出版日時は2014年9月です。そして、朝日新聞の誤報問題への会社としての謝罪は2014年の9月にありました。まるで、本書の内容が朝日新聞の問題を先取りしていたかのようなことになっているのです。本書の内容はこの朝日新聞の問題によく似た構造を持っています。勿論、本書の小説としての設定の根本は別ですが。

検察側の罪人』は「正義」を問うた作品でしたが、本書は直接的には「報道」についていろいろ考えさせられる作品です。「報道の自由」は国民の「知る権利」に奉仕する、民主主義の根幹をなす重要な権利です。報道の自由が無い場合、知る権利は絵に書いた餅にすぎなくなります。近時わが国でもきな臭さを感じないこともないのですが、本書を読んでいると、そうしたことまで考えてしまいます。

しかし、そうしたことは、ミステリーとしての本書の面白さがあってこその話です。「所詮は田舎で起きた、単なる殺人事件であ」ったはずの事件が、まったくの外部の人間の思惑から、次第に日本を揺るがしかねない大事件へと変質していきます。骨太の構成を持ちつつも、読ませるところを熟知した作家の力の入った作品です。是非一読される価値のある作品だと思います。

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Author:siro
このブログの本棟として本の紹介のサイトを開いています。
(こちらです⇒読んだ屋
本ブログを別棟として位置付けて、読んだ本を記録していこうと思い立ちました。ここでの文章を母屋であるそのサイトに転記していくつもりです。

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