高村 薫 マークスの山(上・下)



決して「重い」「暗い」とは言いたくはないのだけれど、そうした言葉さえも決して誤りとは言えないような、主人公の内心も、またその場面の状況でさえも濃密に書きこまれた小説でした。第109回(1993年上半期)直木賞、第12回日本冒険小説協会大賞を受賞した作品です。

昭和51年10月、「口なし岩」と呼ばれている岩田幸平は、酒の妄想もあり、工事現場を訪れた若者を撲殺してしまう。その16年後、畠山宏というヤクザが殺され、このあとに続く連続殺人事件の幕が開く。警視庁捜査第一課七係に属する合田雄一郎刑事は、事件の裏に潜む異常性が、かつての事件との関連を見せてくることに戦慄を感じるのだった。

一言で言うと、サイコパスによる連続殺人事件を解決する捜査陣の物語、ですが、そう言ってしまうとこの物語の本質はどこかに消えてしまいます。

本書の一番の特徴は、警察内部の描写のしかたが独特で、合田雄一郎刑事を中心とする刑事たちの群像劇として側面が強いことでしょう。

近時の警察小説は多かれ少なかれ群像劇としての要素を含む作品が多いのですが、本書の場合、警視庁捜査第一課七係内部での個々の捜査員毎の描写が緻密で、個性豊かに描き分けられています。捜査員それぞれが情報を抱え込み、他者の抜け駆けを極端に恐れています。同じ班同士で情報を共有し合い、他班との競争を出し抜く、というのではなく、捜査員個々人の競争のレベルまで描写しているのです。

そういう点では、組織としての捜査員の描き方が、実際を知らない素人にはリアリティーを持って迫ってきます。とくに、常に自身を省み、見つめなおしている合田雄一郎刑事についてはその心理描写は比類なく、「暗い山」を抱えた本書の殺人犯と同様に彼なりの闇を抱えているのではないかと思ったほどです。

一方、犯人側の描写も濃厚ですが、この点については少々嫌う人も出てくるかと思われます。抽象的な表現もあって若干ついていきにくい場面も少なからずあるのです。

本書は1993年3月に早川書房より出版され、2003年一月に全面改稿されて講談社から出版されたのだそうです。その改稿では最後の一頁が無くなったらしく、そこには義兄との会話があって、今回の事件でひとり娑婆で生きるある男について、どこまでも追い詰めると言う合田の意思表示が示してあったそうです。

私は新潮社の文庫版を読んだためこの点については分からないのですが、調べてみると、改稿前、すなわち単行本のほうがいいという声が大半でした。改稿によって「回りくどい独特な心理描写が増えた代わりに、情緒的な人間描写や会話などのやり取りが減った。」のだそうです。人によっては「別作品」だと言う人さえいるくらいです。何故その頁が削除されたのか、作者はどういう考えだったのか、聞きたいものです。

高村 薫 四人組がいた。


何とも言いようのない小説でした。

どこかの山村の旧バス道沿いの郵便局兼集会所に、毎日集まりお茶を飲み無駄話をする、元村長、元助役、郵便局長、そしてキクエ小母さんという四人組が、荒唐無稽、奇想天外、まことにハチャメチャな物語を繰り広げる連作の短編集です。

高村薫のこれまでの作品と言えば、『黄金を抱いて翔べ』『リヴィエラを撃て』『マークスの山』など、リアリティに富んだ社会性の強いサスペンス小説の旗手と目されてきました。ところが、本書はそうしたにおいは全くしません。それどころか、あたかも筒井康隆の小説のようなスラプスティックな笑いを中心とした作品なのです。

「今の日本を、地方からユーモアを交えて軽妙かつシニカルに描き出す。奇想天外、ブラックユーモアに満ちた十二編。 」というのが「BOOK」データベースの売り文句です。ここにもあるように、田舎と言えばお人好しの純朴さ、という通り一遍のイメージを打ち壊す、打算と下ネタに満ちたじいさん婆さんの繰り広げるファンタジー(?)でした。

とにかく、熊や狸が共に語り、人間をだまし金儲けを図るのですからたまりません。

そもそも、このタイトルから有川浩の『三匹のおっさん』を思い浮かべ、同様のユーモア小説と思いこんで読み始めたのです。ましてやあの高村薫の作品ですから、当初はこの四人組の言葉もそのままに受け取り、当初の物語に出てくる「プリズナー6」の風船も、その裏にはなにか四人が仕掛ける隠された企みがあるのだろうなどと思っていたものです。

ところがそういう思い込みはとんでも無い話で、読み進むにつれ、どうもこれは筒井康隆だと思いなおした次第です。

そう思って読めば実に楽しい物語でした。

著者自身の言葉として、「95年の阪神大震災に遭って、私の価値観や人生観が180度変わってしまった」と言っておられます。「震災が起きて、地面が揺れれば吹き飛んでしまう人間社会の脆さを目の当たりにし」て、「書くものが決定的に変わった」そうなのです。あの体験があったからこそ、『四人組がいた。』を書けたのかもしれません」とありました。

この頃の高村薫の作品は本書しか読んでないので何とも言えないのですが、従来のシリアスな路線も多分それはそれで書いておられるのでしょうが、ユーモア小説を書いても一流は一流なのだと、変なところで感心したものです。

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本ブログを別棟として位置付けて、読んだ本を記録していこうと思い立ちました。ここでの文章を母屋であるそのサイトに転記していくつもりです。

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