井上 荒野 キャベツ炒めに捧ぐ


全部で11編からなる、連作の短編集です。もしかしたら長編というべきかもしれません。各章ごとに三人の登場人物のそれぞれの視点で語られています。

一作目である「新米」は、登場人物の紹介を兼ねた作品です。舞台は「ここ家」という惣菜屋さん。この店のオーナーは江子、61歳。従業員として麻津子、60歳がいて、三か月前に入った新入りの郁子が60過ぎで、この章はこの郁子の視点で語られています。

ここに、米屋の配達担当の新人、春日進が現れます。江子、麻津子、郁子、そして進。来る、待つ、行く、進でロイヤルストレートフラッシュだとはしゃぐ江子。

午後八時半に店を終えると、江子と麻津子は行きつけのスナック「嵐」に行き、郁子は一人家に帰ります。そして、三十四年前に二歳で亡くなった息子草(そう)と半年前にこの世を去った夫俊介の写真を前に一人ビールを飲むのです。

おいしそうな香りの漂う「ここ屋」の紹介をしつつ、三人の性格、それぞれの関係をさりげなく漂わせた一遍で、この章を読んだだけで全体の雰囲気がすぐにわかる、うまい文章だと、感心させれられる出だしでした。

三人とも60歳、もしくは60歳を超えたばかりのおばさん達です。還暦を数年前に過ぎた私とほぼ同年代なのです。同年代とはいえ、相手はおばさん。その心根までは分からないのですが、それでも近しい年回りというだけで親しみを覚えます。私の周りにちょうど似たような仲良し三人組のおばさん達がいるので、なおさらかもしれません。こちらは未婚、既婚、出戻りというこれまたきちんとそろった三人組です。本書の設定とは少々異なりますが。

江子は別れたかつての旦那を思いきれず、今でも一、二カ月に一度、元旦那の家を訪ねているのですが、二作目「ひろうす」ではその様子が描かれています。三作目「桃素麺」では麻津子の、そして四作目の「芋版のあとに」ではまた郁子の視点で、と切り替わっていきます。

江子には別れた夫の白山音彦(しろやまおとひこ)、麻津子には旬(しゅん)さんという想い人がいます。郁子は夫を亡くしたばかりで、それでも進とデートをしたりと、なかなかに楽しげです。

本作は各章ごとにおいしそうな惣菜の作り方をも紹介しながら、三人の生活の、そして内心の移ろいを、どことなく哀しみを漂わせながらも、軽いユーモアに包みながら綴っていきます。

たまには、このような善人しか出てこない、日常の幸せをかみしめるような物語もいい、と思わせられる物語でした。文章が肩の凝らない点もよく、それでいて読み返せばかなり味のある文章です。

ただ一点。この物語に出てくるおばさんたちは60歳を超えているのですが、心の動きなど、どことなく若いのです。それとも、私の同世代のおばさん達というものは、本書に登場する女性たちのように若いのであって、若すぎると感じるこちらが認識不足なのでしょうか。

やはり、女性は分かりません。

井上 荒野 切羽へ


本書の文庫本の裏表紙にも記載されている惹句には「繊細で官能的な大人のための恋愛長編。」とありました。本来、恋愛小説は苦手とするところなので手を出さないのですが、直木賞受賞作ということで読んでみました。

九州のとある離島の小学校で養護教諭をしているセイは、画家である夫と平凡な日常を送っていた。そこに「人生に倦(う)み疲れたようなたたずまい」をみせる、石和という新任の教師がやってくる。セイは、そんな石和に次第に心惹かれていく。「二人の通じ合う際の何気ない所作が」「性よりも性的な、男と女のやりとり」を醸し出す。

括弧で括った引用部は、あとがきを書いている山田詠美氏の文章です。このような描写(文章)を見せつけられると、プロの凄みを思い知らされますね。言葉の選択が素人では思いつきません。語彙の豊富さもさることながら、言葉選択が見事です。これは、著者の井上荒野氏にも、またあとがきを書いている山田詠美氏にも言えることです。だからこそのプロなのだと割り切り、駄文を書くことにします。

本書の登場人物は九州の方言そのままで語っているのですが、その言葉からすると、多分福岡県のどこかの島だろうと思われます。

「明け方、夫に抱かれた。大きな手がパジャマの中にすべり込んできて、私の胸をそうっと包んだ。」という文章で始まるこの物語は、やはり私の範疇には無い物語でした。出だしこそインパクトのある書き出しですが、その続きは殆どと言っていい程エロスを感じさせません。先にも書いた山田詠美氏の言葉のように二人の所作が「性的」でもあるのですが、その後の物語の中での主人公の心裡を語っている場面もまた官能的です。

例えば、本書の冒頭近くでセイが散歩をする場面の情景描写で、「今日は薄曇りだが、空気は湿っていて、暖かい。海の香もずいぶん春めいてきたと思う。春の海はなまめかしい匂いがする。」という表現があります。何ということもない、単なる春の海の普通の描写なのですが、ほのかに官能的な匂いが漂ってきます。セイの視点での一人称で語られる本書は、全編がこのような雰囲気の文章で組み立てられているのです。

全体的にやはり理解できない物語なのです。登場人物の中に月江という奔放な女がいます。本土さんとよばれている、妻ある男との不思議な生活を送っているのですが、この女の存在も個人的にはよく分からない。小説の中の登場人物としての話ではなく、月江に代表される女性の生き方の話です。

小説としての話で言うと、やはりこの手の話は苦手としか言えません。文章の見事さ、物語の作り方のうまさなど、小説としての出来は素晴らしいのでしょうが、やはり、男と女の物語はよく分からないのです。しばしば出会う、良い本だろうけど、私の読みたい本とはちょっと違う、ということです。

蛇足ながら、作者はあの作家の井上光晴の長女だそうなんですね。全く知りませんでした。でも、文章の美しさ、主人公の心理描写の確かさはやはり血なのか、と思ってしまいます。

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(こちらです⇒読んだ屋
本ブログを別棟として位置付けて、読んだ本を記録していこうと思い立ちました。ここでの文章を母屋であるそのサイトに転記していくつもりです。

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