佐伯 泰英 大晦り 新・酔いどれ小籐次(七)




新・酔いどれ小籐次シリーズの第七弾です。

前巻で、盗まれた「らくだ」を取り戻しに行った際に落馬して腰を強打し、久慈屋夫妻とともにおりょうを連れての熱海の湯治ですっかり元気になった小藤次です。



師走のある日、魚河岸の北にある瀬戸物町で火事があり、娘が一人行方不明になっているという。小藤次がいつものように久慈屋での砥ぎ仕事を終えると、老中青山忠裕の密偵おしんが、瀬戸物町の火元で得ある飛脚問屋熊野屋太兵衛の跡地で待っている密偵の中田新八のもとへと連れていく。

彼らの話によると、この焼け跡から二人の焼死体が出ており、その二人は御庭番であって何者かに喉を断ち切られていたと告げる。そして、行方不明の娘は熊野屋の火付けを目撃し、攫われたのではないかというのだった。

そこに、何者かが近づいている気配に二人が身を隠したところ、十数人の不審者が敷地内へと入ってきた。しかし、赤目小藤次の名前を聞くと何も言わずに退却したのだった。

九十年前の八代将軍吉宗の時代に御庭番家筋十七家が定められ、うち四家が追放され、新たに別家六家が加わって今は十九家となっていることなどの、御庭番の表面上の来歴しかできない二人に、小藤次は二人が仕える老中の青山忠裕にこの事件の背後にある詳しい話を聞くのだった。



今回の小藤次の物語はかなり読み応えがあるものでした。というのも、ある飛脚屋の出火と、それに絡むであろう一人の少女の行方不明という出来事が、老中をも巻き込んだ伝奇小説的な色合いを持った作品として仕上がっているからだと思われます。

そうした展開のもと、小藤次が一人の娘の命を助けるその一点で、自らの、そして家族の命をも賭けて奔走するという、痛快時代劇の王道とも言えそうな物語展開になっているのです。

やはり、物語の筋立てがきちんと組み立てられている話は面白い、そう思わせられた物語でした。

また、今回は火付盗賊改という新たな人物が登場するのですが、今回の物語では殆ど顔見せ状態でその活躍もありませんでした。ということは、彼らが今後の小藤次の物語で敵対する組織として相応の見せ場を設けてくれるのではないか、という期待を持たせてくれます。

いまのところ佐伯泰英の描く時代小説シリーズの中では私の好みに一番合致しているシリーズです。より一層の活躍を期待したいものです。

佐伯 泰英 流鶯: 吉原裏同心(二十五)




吉原裏同心シリーズの第二十五弾です。

吉原会所に突然、「裏同心」を希望する女性が現れた。十八歳と若い「女裏同心」に戸惑う吉原裏同心の神守幹次郎と会所の面々。一方、札差の伊勢亀半右衛門が重篤な病に罹り、幹次郎は遺言を託される。遺言には、薄墨太夫にかかわる衝撃の内容が書かれていた―。薄墨太夫、幹次郎、汀女にとって大きな転機となる内容とは何か。シリーズ最大の山場が待つ第二十五弾! (「BOOK」データベースより)


冒頭には吉原の「裏同心」志願だという嶋村澄乃と名乗る娘が現れ、会所はひと騒ぎになる様子が描かれています。一方、薄墨太夫の贔屓筋である札差の伊勢亀半右衛門が危篤に陥り、幹次郎は半右衛門から重大な遺言を託されるのでした。

本書は剣客としての幹次郎が活躍する場面はありません。それでも、このシリーズでは久しぶりに物語を堪能することができました。それだけのインパクトと、人を惹きつけるストーリー性がありました。

この頃の本シリーズは若干マンネリに陥り、本来の面白さが失われつつあるように感じていました。ところが、新たな登場人物、それも剣の使い手である若い娘を裏同心見習いとして登場させ、更にはこのシリーズの重要な登場人物の一人である薄墨こと加門麻の身の上に重大な変更を加え、物語として強烈な展開としています。

中ほどに薄墨に懸想した侍との小さなエピソードをはさみつつ、札差筆頭行司である伊勢亀半右衛門の最後に立ち合い、半右衛門の息子である千太郎とも知己を得た幹次郎です。江戸の大商人とも繋がりを得、妻の汀女と共にまた新しい段階へと進むのです。

こうして、アクションメインであったこのシリーズのいつもの展開とは異なり、本書はどちらかというと吉原を舞台にした人情劇に近い話となっています。痛快時代小説としてではなく、実に小気味いい物語の流れであり、個々の活劇的な出来事としては大きなものは何もないのですが、インパクトの強い物語展開となっているのです。

次巻からはまた新しいシリーズ環境で面白い物語展開を期待できそうな本書の流れでした。

佐伯 泰英 らくだ 新・酔いどれ小籐次 (六)




またまた台風が来ようかとしているこの頃です。もういいのに!

いつもブログを拝見させてもらっているひだまりさん。や、焼酎太郎さん達は、本FC2ブログをSSL化されています。私もSSL化すべきか、それとも思い切ってWordPressで新しくブログを立ち上げるか、悩ましいところです。

今回の酔いどれ小籐次は、江戸の町にあらわれた見世物の“らくだ”をめぐる騒動です。

江戸っ子の間で話題のらくだを小藤次も家族を引き連れて見に行きますが、元厩番であったためからくだになつかれる小藤次でした。

ところが、そのらくだが盗まれてしまいます。らくだの見世物主の江戸の興行元である藤岡屋から、ラクダがなついていた小藤次以外にらくだを捜し出せるものはいないから、と頼まれた小藤次はむげに断ることもできず、駿太郎と飼い犬のクロスケの力を借りながら、らくだの探索を始めるのでした。

小藤次にはらくだ探しの他に、旧主である豊後森藩の剣術指南役という役務も待っています。こちらは、下屋敷の元厩番であった元下士に剣術の指南を受けるなどもってのほかという上士が多く、なかなかに難儀しているのです。

また、らくだ探しが進む中、久慈屋の大旦那の晶右衛門やその内儀のお楽らと共にお伊勢参りへと行く話も持ち上がっていました。しかし、その前に熱海への小旅行の話も湧きあがります。

本書を読むと同時に、鈴木英治の口入屋用心棒シリーズも読んでいたため、どうしても両者を読み比べてしまうことになりました。
このところ口入屋用心棒シリーズのマンネリ感が出てきていたのに比べ、小藤次シリーズはそうでもありません。佐伯泰英という作家の力量かとも思いましたが、磐根シリーズでも同様にマンネリ感を感じていたところからすると、シリーズの運び方の違いではないかと思うに至りました。

小藤次シリーズの場合、物語の世界として大きく流れており、各巻はその大きな流れの中の一つの区域を切り取っているようであり、シリーズとしての奥行き、時間的経過を感じます。

それに対し、近時の口入屋用心棒シリーズの場合、捕物帳的事柄の積み重ねであり、シリーズとしての大きな流れを感じなくなっているのです。

多分、そうした物語としての大きな世界観の違いが面白さの差となっていると感じます。

小藤次シリーズもマンネリに陥ることなく、今の面白さを維持していってもらいたいものです。

佐伯 泰英 柳に風 新・酔いどれ小籐次(五)


新・酔いどれ小籐次シリーズの第五弾です。

新兵衛長屋界隈で、赤目小籐次を尋ねまわる怪しい輩がいるという。小籐次ネタを他所の読売屋にかすめ取られていた空蔵は、これは大ネタに化けるかもしれないと探索を引き受けた。そして小籐次と因縁のある秩父の雷右衛門が絡んでいると調べ上げたが、そこで空蔵は行方を絶った。空蔵の身に一体なにが?好調のシリーズ第5弾! (「BOOK」データベースより)

今回の酔いどれ小藤次は、新シリーズになる前の雰囲気に戻っています。違うのは、小藤次の活躍に加えて、息子駿太郎の活躍まで楽しめるというところでしょうか。

やっと望外川荘近くの寺の本堂という稽古場を見つけた小藤次と駿太郎でしたが、そこに寺の住職のもとにヤクザが押し掛けてきます。住職の思惑通り、そのヤクザを追い払う小藤次と駿太郎、そして二人の弟子たちでした。

一方、江戸の町の四か所で同時多発的に押し込み強盗が発生し、大金を強奪するという事件が発生します。何故か小藤次を恨み、敵と狙う押し込みたちでしたが、ネタに困っていた読売屋の空蔵はこの押し込みらの情報を仕入れようとして捕まってしまいます。

古巣の豊後森藩からの帰藩要請もあり、身辺が穏やかではない小藤次でしたが、自らへの火の粉を払う意味もあり、空蔵の救出へと向かうのでした。

相変わらず忙しくしている小藤次ですが、今ひとつ物語の芯が見えてきません。勿論、今のままの小藤次も痛快小説としてそれなりに面白いのですが、シリーズを通した大きな謎なり、敵なりが新しくなったシリーズですが未だに見えてきません。

もしかしたら、このままシリーズを通した大きなテーマというのはないのかもしれません。ただ、森藩と小藤次との関係がこのままとも思えず、この点が何らかの展開につながるのか、などと思っています。

佐伯 泰英 始末: 吉原裏同心(二十四)


吉原裏同心シリーズの第二十四弾です。

地廻りと呼ばれ、吉原の妓楼に上がらず素見をする一人の男の骸が切見世で見つかった。探索を始めた吉原裏同心・神守幹次郎は、下手人を川越に追う。一方、番方に女の子が生まれて沸く会所だが、突如現われた「倅」に悩む会所の七代目頭取四郎兵衛。「秘密」を打ちあけられた幹次郎は自ら動くが―。テレビドラマ原作となった人気シリーズ、待望の第二十四弾!(「BOOK」データベースより)

吉原の見世には上がらず、冷やかして回ることを楽しみとする輩を地廻りというそうです。その地廻りのひとりである葉三郎という瓦職人が、吉原でも下級とされる羅生門河岸の切り見世の遊女おこうの部屋でで首をつった状態で見つかります。しかし、葉三郎は吝嗇で知られており、店に挙がること自体が不自然でした。

幹次郎らの調べにより、行方の知れない遊女おこうの足抜けの様相が強まり、幹次郎はおこうの郷里である川越へ御足を延ばすことになります。

今回は、川越への水運の模様のについてのトリビア的な興味がありました。特に「飛切船」と呼ばれる超特急の高級魚用荷運船の川を遡る様子は興味をそそられます。

また、そうした土地柄の情景描写もいいのですが、やはり捕物帳としてみると、川越での探索、及びその結果であるおこうらの消息が気になります。そして本書では更に、子供が生まれるため幹次郎とは同行しない番方仙右衛門の様子、それに吉原会所七代目頭取の四郎兵衛の娘である玉藻につきまとう弟と称する男の影も明確になったりと、結構盛りだくさんです。

吉原という特殊な世界を舞台にしたこのシリーズは、吉原の本当の顔、金と欲とがうごめく裏の顔は見せていません。女たちは籠の鳥として描かれてはいても、それ以上の現実的な陰湿さ、悲惨さ、亡八たちの非人間性などは隠されています。

痛快時代小説である以上はそのことを取り立てて言うほど野暮でも無いつもりですが、やはりこれだけ長いシリーズになると若干のマンネリ感を感じるのはやむを得ないところです。

というタイミングでもあったのでしょうか、本シリーズもあと一作で一応の目途がつくそうです。このシリーズも新しい風を吹き込んでの出直しとなり、新しい展開としての再出発になるそうです。早く続編を読みたいものです。

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このブログの本棟として本の紹介のサイトを開いています。
(こちらです⇒読んだ屋
本ブログを別棟として位置付けて、読んだ本を記録していこうと思い立ちました。ここでの文章を母屋であるそのサイトに転記していくつもりです。

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