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隆 慶一郎 かくれさと苦界行


残念ながら本作品は、前作で感じた程のインパクトはありませんでした。冒頭での荒木又衛門の登場及び人物紹介の部分と、終盤の荒木又衛門との対決の場面だけで十分だと思ってしまったのです。

前作で松永誠一郎に片腕を切り落とされた柳生義仙は、御屋形さまと呼ばれる荒木又衛門の手によって、更に剣の腕を上げていた。また、幕閣でただ一人『神君御免状』なるものの存在を知る老中酒井忠清は、柳生義仙を使い、何としても『神君御免状』を手に入れようと画策するのだった。

何よりも、前作での吉原の成り立ちにまつわるインパクトが、本書では当然のことながら有りません。それは、荒木又衛門の登場を除けば、物語自体が通常の伝奇小説のレベルで展開されていることになり、特別な優位性を持たないことを意味します。

すなわち、本作品は普通ならば十二分に面白い小説の筈ですが、前作の存在が続編に対するハードルを上げるだけ上げているために、普通の小説としての評価は許されずに、全作同様の衝撃のある冒頭部分と終盤の部分だけで足ると思ってしまったのだと思われます。

本来であれば、宿敵の柳生義仙との戦いや、松永誠一郎の様々な懊悩、そして成長など、十分に楽しませてくれた作品なのですから、前作同様に素晴らしい作品だと評価してもいいはずです。

しかし、私の続編への期待値は高く、一作目ほどの面白さを感じなかったようです。と同時に、その喪失感は、前作の感想にも書かなかった若干の不満点である、全編に漂う説教臭を浮かび上がらせたように思うのです。

とはいえ、誠一郎と幻斎との親子のような会話や、又衛門との交流など心を打つ場面は多数あります。本作も一級の伝奇時代小説であることは間違いありません。

隆 慶一郎 吉原御免状


伝奇時代小説の見本のような小説でした。

松永誠一郎は、高貴な血を引く赤子ゆえに殺されそうなところを、宮本武蔵に助けられ、肥後熊本の山の中で武蔵の手により育てられる。長じた誠一郎は、武蔵亡き後江戸の吉原にその姿を現し、なんとか正体不明の老人により吉原に迎え入れられた。しかし、こんどは「神君御免状」なるものを探す、柳生の一団に襲われるのだった。

吉原の成り立ちに絡む、徳川幕府の存続にかかわる秘密が記された書き物をめぐり、吉原と裏柳生とが戦う物語、というその舞台設定だけでも胸が躍ります。そうした活力あふれるこの作品が、隆慶一郎という作家の、61歳にしてのデビュー作だといいますから驚きです。

本書はその物語自体の面白さもさることながら、随所に挟まれる豆知識、及び様々な資料、その解釈、その説明がまた面白いのです。伝奇小説とはかくあるべしという、お手本のような小説です。

例えば、小さな知識ですが、時代小説で「吉原」が出ると必ず聞く言葉のひとつに「清掻(すががき)」があります。これまでは、三味線の曲名だと思っていたのですが、「古くは琵琶を掻き鳴らすことだったが・・・・弦楽器のみを奏するのを、すべて、すががき、という」というのだそうです。また「後朝(きぬぎぬ)の別れ」という言葉も、その源は平安時代の通い婚にまで遡ることなど、トリビア的知識を織り交ぜながら、一見荒唐無稽な物語が展開します。

本書の魅力の別な側面として、徳川家康の影武者説が語られています。この設定が今度は『影武者徳川家康』として別の文庫本三巻の物語として仕上げられているのです。つまりは本書は、隆慶一郎ワールドの一環をなす物語でもあります。個人的には先にこの『影武者徳川家康』を読んでいたので、本書の背景が更に深く沁みたのかもしれません。

本書ではまた、徳川家忠に仕えていたと言われる天海僧正は明智光秀だという説を取り入れていたり、「道々の輩(ともがら)」「傀儡子(くぐつ)一族」といった、日本国の表舞台には決して出てこない、しかし裏面史を語る上では必ずと言っていい程に語られる自由の民が中心となっていたりと、読み手の心をしっかりととらえる仕掛けが随所に施されているのです。

また、敵役は裏柳生であり、その頭領としての柳生列堂(義仙)が設定されています。

蛇足になりますが、裏柳生と言えば五味康祐や柴田錬三郎、それに山田風太郎といった作家たちでしょう。でも私にとっては、小池一夫原作で小島剛夕画の漫画『子連れ狼』なのです。細かなエピソードもそうですが、ラストの列堂の姿は印象的でした。

本書はこれらの作家たちとは異なる視点で、吉原を中心に描いた新しい物語です。佐伯泰英の『吉原裏同心』もまた吉原を中心に描いた作品ではありますが、こちらは痛快時代小説であり、伝奇小説の香りはありませんし、スケールにおいて本書とはまた異なる物語です。

本書の続編として『かくれさと苦界行』が出ています。早速借りてこようと思います。

更に蛇足を記せば、松永誠一郎の思い出の中に、肥後ノ国の金峰山という地名が出て来たのは嬉しい驚きでした。武蔵の名が出る以上は、武蔵が修行をしたという金峰山が出てくるのは当たり前のことですが、私にとっては、日々の暮らしの中で目にする山なので、例え地名だけであっても、やはり嬉しくなってしまいます。

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このブログの本棟として本の紹介のサイトを開いています。
(こちらです⇒読んだ屋
本ブログを別棟として位置付けて、読んだ本を記録していこうと思い立ちました。ここでの文章を母屋であるそのサイトに転記していくつもりです。

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