樋口 毅宏 雑司ヶ谷R.I.P.


一言で言うと、時間の無駄、でした。

雑司ヶ谷の妖怪と呼ばれたさしもの大河内泰もついに死んだ。主人公大河内太郎も中国より帰還する。誰しもが注目するのは泰の跡継ぎの問題であり、そうした中、泰の遺言が読み上げられる。そこに書いてあったのは「泰の全財産は・・・・・・大河内太郎の父親に譲る」というものだった。ここに、太郎を中心として遺産を巡る戦いが幕を上げた。

前作『さらば雑司ヶ谷』は、日本のタランティーノとの評判がそれなりに腑に落ちる作品でした。しかし、本作は少しなりとも読むべきところを感じ取れた前作とは異なり、結果として有意義ではない時間を過ごしてしまったとしか言いようがない作品でした。なにせ、文庫版で526頁もあるのですから、読む読みとおしたと思います。

前作で怪物として描いてあった大河内泰の生涯と、現代の大河内太郎の状況とを相互にかき分けながら全四部の物語として話は進みます。

第一部は、泰と、その参謀ともいうべき秀子との出会いから泰幸会を作り上げるまで。

第二部は、『グラップラー刃牙』という漫画の主要キャラである刃牙(バキ)の父親の「範馬勇次郎」という男を思わせる、石田吉蔵というスーパーマンが登場します。この男が太郎を殺そうとするさまが描かれます。どちらかというと、この石田吉蔵を中心とする現代の描写がメインです。

第三部は、秀子亡き後の泰幸会が権力の頂点に立ちつつも、不幸せと描写する以外形容のしようのない、孤独の中で生きる泰が描かれます。

第四部は「アイ・アム・ザ・レザレクション」と題され、泰と太郎の親子の関係が描かれ、そして終幕へと向かうのです。

昭和の裏面史でも書きたかったのかと思うほどに、戦後の歴史上の出来事に泰を絡め物語は進むのですが、そこに読み取るべきものは何も感じません。前作と同じように多数の作品へのオマージュ、パロディ、引用等に満ちているのでしょうが、元ネタがわからないのでこのような感想になったものだとは思われます。そういう意味では読み手の力量が必要なのでしょうか。

この作品も面白いと評価する方も少なからずいらっしゃるようです。読書の感想など個人の主観以外の何物でもないのですから、異なる意見、感想があるのは当たり前で、無いほうがおかしい。こうした荒唐無稽なある意味ナンセンスでもある作品など特にそうだと思われます。

しかしながら、それでも私の感覚とはあまり相容れないものがあるのでしょう。前作はまだしも、本作は受け入れることはできませんでした。

樋口 毅宏 さらば雑司ケ谷


先日、何となくネットを見ていたら、日本のクエンティン・タランティーノという紹介文があり、その作家が樋口毅宏という人でした。タランティーノと言われたら読むしかなく、早速図書館で借りてきて、他に未読の本が山積みしてあるのに、本書を読み始めた次第です。

池袋の東南、というよりも、山手線の内側、目白駅の西にある町「雑司ヶ谷」。そこは、早稲田大学からのほど近く、学習院大学のすぐ東側、日本女子大目白キャンパスのすぐ北にある町です。40年前の学生時代、私はこの町の近くには住んでいたのですが、実際に行ったことはありませんでした。

その町が、新宿や渋谷、池袋といった街よりも危険な町で、池袋を根城にするヤクザ達も決して足を踏み入れようとはしない町だというのです。その町を支配するのが、新興宗教の教祖であり、主人公大河内太郎の祖母でもある大河内泰でした。

とある事情から中国に渡っていた大河内太郎は、5年ぶりに雑司ケ谷に帰ってきた。ところが、親友の京介は既に死んでおり、代わりに、京介から耳を引き裂かれた芳一がこの町のワルを束ねているのだった。太郎は、大河内泰から豪雨により5人が死亡した事故の裏を探るように命令される。そのうちに、太郎の中国行きの原因を作った男でもある芳一と対決することになるのだった。

「エロスとバイオレンスが炸裂し、タランティーノを彷彿とさせる引用に満ちた21世紀最強の問題作」。これは、本書の文庫版の裏表紙にも書いてる惹句の一部です。「21世紀最強」かどうかは判りませんが、「エロスとバイオレンスが炸裂」しているのは間違いありません。それも、ストーリーそのものは奇想天外と言うほかなく、その文体と言いますか、言葉の選択も含め、独特に過ぎるのです。

本書(文庫版)の巻末に、「この小説は文中に表記した以外にも、以下の人物と作品へのオマージュ、霊感、意匠、影響、引用、パスティーシュで構成しているところがあります。」として、あとがきの町山智浩氏によれば「約60余」ものネタ元を挙げてあります。

残念ながら、私はその一割も判りませんでした。タランティーノも好きで殆どの映画は見ているつもりなのですが、私が映画の内容を覚えていないこともあって、特定の場面など分かる筈もありません。

でも、『人間交差点』『グラップラー刃牙』『北斗の拳』といったコミックや、あの『笑っていいとも』などもネタ元になっているのです。特にタモリが語った、テレフォンショッキングに歌手の小沢健二が来たときの「小沢健二論」を取り上げているところはインパクトが強かったようで、この著者の手で、別途『タモリ論』という作品が出版されているほどです。

「猥雑」という言葉がぴったりとくるような、漫画チックとしか言いようがない作品です。人によっては下品としか捉えられないと思います。個人的には少々遊びが過ぎるという印象が強く、もう少し、ストーリー性を重視してあれば、と思ってしまいました。

この作品を読んでタランティーノを彷彿とさせるかどうかはよく分かりませんが、恐る恐る手を出して、若干の火傷を負ってしまった、というところでしょうか。こういう作品には手を出さなければ、何も問題は無いのです。と言いつつ、続編を借りてこようとする自分がいます。

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