中島 らも ガダラの豚




ネットで面白い大エンターテイメント作品として紹介してあったので読んでみたものです。結論から先に言うと、若干の期待外れではありました。紹介されていた文章が、これまで読んだ作品の中でベストの作品というような書き方をされていたので、かなりの期待値を持って読んだ、というのも事実であり、ハードルを高くして読んだこともあったかと思われます。

民族学学者である大生部多一郎は、八年前の家族を伴ったフィールドワーク時に一人娘の志織を失っていた。そのため妻の逸美は新興宗教にのめり込んでしまうが、助手の道満らの力を借り、何とか助けだす。その後、テレビ局の支援を受けた大生部は再度ケニアへ乗り込むことになる。クミナタトゥという呪術師の村に落ち着いた一行を迎えたのは、村人から恐れられているバキリという呪術師だった。一行は多くの犠牲を出しながらもこのバキリと正面から戦い、何とか舞台を東京へと移すことになるのだった。

単行本で598頁、文庫本では三分冊(全940頁)にもなる大長編小説で、確かに面白い物語とは言えるでしょう。

超能力や呪術という超自然的な能力と、それらはマジックでも説明がつくという手品師との対立の場面は、ネタばらしてき興味も含めて面白いものです。

でもこれらの話はフリであって、大生部たちがアフリカにわたってからが本書の話が始まります。そのフリが第一部であり、新興宗教家が見せる奇跡により普通の主婦が取り込まれていく様を描き、その実態を暴くことで終わります。不可思議現象の裏を見せ、その陳腐さ、下劣さを暴きだすのです。

そして本書の本当の物語が第二部から始まり、ケニアを舞台にして展開します。ここで作者はそうした不可思議さを否定することなく、呪術というものは生活の中に根差した、決して否定できないものだと言います。そして、その言葉は、言霊の持つ力として、否定できない説得力を持つのです。物語は生活に根差した呪術とではなく、邪悪な力を持つ呪術師としてのバキリとの対決に至ります。

第三部は日本のテレビ局を舞台に、物語は一気にアクション性を帯び、荒唐無稽な展開になります。そして、多くの死者を出したこの物語はおわります。

本書の奇術や民俗学についての記述はそれだけでも面白く読みました。一方、主人公の大生部多一郎は著者自身を投影してもいるようで、事実アルコール中毒の描写は真に迫っています。

ただ、この物語にこれだけの長さは必要なのかという疑問は常に付きまとっていました。内容に比して少々長すぎるきらいは否めないのです。もう少し簡潔にまとめることは可能な物語ではあると思います。

「まじりけなしの大エンターテイメント」作品と言えるかは疑問があり、また少々長すぎる感じはあるものの、面白く読んだ、というのもまた事実です。ネットで本書名で検索すると分かりますが、この本の面白さを称賛する言葉で溢れています。だから面白いという訳では勿論なく、生命のエネルギーに満ち溢れた小説であることまで否定するものではありません。

ただ、この著者の他の作品を読むかというと、多分読まないと思います。「面白い」と思う基準は人それぞれなのだと思わされる一冊でした。

蛇足ながら、タイトルの「ガダラの豚」というタイトルは、マタイによる福音書にある逸話のことで、悪魔つきの話のようです。ただ、この逸話の意味するところはよく分かりませんでした。

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本ブログを別棟として位置付けて、読んだ本を記録していこうと思い立ちました。ここでの文章を母屋であるそのサイトに転記していくつもりです。

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