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東山 彰良 逃亡作法 TURD ON THE RUN



2002年度に開設された『このミステリーがすごい!』大賞の第1回受賞作(銀賞/読者賞)です。

舞台は近未来の死刑が廃止された日本。死刑の代わりに「アイホッパー」と呼ばれる、特定範囲外に出ると眼球が破裂する仕組みが導入されている社会。そんな中、「キャンプ」と呼ばれている刑務所を、連続少女暴行殺害犯で「ホリデー・リッパー」の異名を持つ河原昇の被害者の子供たちの父親らが襲います。その混乱の中、ツバメやモモ、そして張、朴というワルどもは一斉にキャンプを脱走し、福岡の街を目指すのです。

どうしようもない暴力があるだけであり、暴力と暴力の間に「猥雑」という言葉しか思い浮かばないほどの、糞便やゲロ、そして血の匂いが満ちている小説です。

物語の核をなす登場人物が多数で、若干混乱しがちです。主人公のツバメこと李燕とその仲間のミユキやモモ、ツバメと対立している在日韓国人の張武伊や朴志豪、暴力団菊池組の組長である菊池保、唯一の女性の登場人物とも言える菊池保の女である大学院生の野崎理子、そして少女暴行殺害犯の河原昇と、その河原に子供を殺され復讐に燃えるカイザーこと飯島好孝ら、と主だった人物を挙げるだけでもこれだけいます。

これらの登場人物の全員が薬や暴力の中で生きていて、一般通常人の感覚は全くと言っていいほどにありません。いわゆる普通の社会生活を送っている人はいないのです。この登場人物らの個性がそれぞれに強烈なので、少々読み進めるのに力が要りました。

主人公のツバメは「キャンプ」の図書室でフロイトの『精神分析学入門』を読んでいます。マルクスとニーチェは理解不能だがフロイトは理解できると言い切る人間です。

ツバメの内心が少なからず語られていますが、少々私の理解できる範囲の外に飛んでいってしまうことがあり、この点でも読みにくさを感じたのかもしれません。

加えて、頻繁でありながら、単にカメラが向きを変えるように場面が転換されます。ちょっと気を抜くと自分の位置が分からなくなるのです。ツバメのキャンプ内での生活が描かれているかと思えば、一行明けてはありますが、そのままキャンプ内で横を見たかのようにキャンプ外でのカイザーの行動が普通に語られています。

反面、物語の流れのテンポの良さは否めず、インパクトは強烈です。決して好みではないのですが、それなりに物語世界に引き込まれていたことは否定できません。

この回はダブル受賞で、同時受賞作が浅倉卓弥の『四日間の奇跡』です。作風は正反対と言っても良いくらいに異なります。こちらは人間の心の美しさを素人離れした文章力で描き出してあります。一方本書は人の心の美しさの対極にある人間の醜悪さが全面に展開されているのです。

決して主人公に感情移入できるわけでもない本書は個人的にはあまり好みではないのですが、それでもなお途中で読むのをやめようとは思いませんでした。それだけの魅力があるのでしょう。

東山 彰良 流


この東山彰良という作家の『流(りゅう)』という作品は第153回直木賞を受賞しています。審査委員全員の一致で押されたそうです。読み終えてからのインパクトはかなりのものでした。久しぶりに小説を読んで衝撃を受けました。

物語は1975年に始まる。主人公・葉秋生が17才のこの年、偉大なる蒋介石総統が死に、祖父・尊麟が何者かに殺された。なぜ、誰に祖父は殺されたのか。若く、何者でもなかった秋生の青春と、祖父の死を追う旅が始まる。選考委員の北方謙三さんは「とんでもない商売敵を選んでしまった」と最大級の賛辞をおくった。(「著者に訊け」より)

当初はそれほどでもなかったのです。台湾の少年を主人公にしたやんちゃな若者の青春小説、くらいの気持ちでおり、ゲッツ板谷の『ワルボロ』を思い出していた程です。ヤンキー達の喧嘩三昧の日々を描いた作品でした。

しかし、序盤も終わるころからどうも感じが違うのです。小説世界の奥行き、広がりがこれまで読んできたヤンキー小説とはだいぶ違うと思えてきました。読書も半分すぎるあたりになると、そんな程度ではなく、どっぷりとはまっていました。直木賞に押されるはずだと納得です。小説としての厚み、深みがとんでもないのです。

本書の場合、当初書いたように青春小説としての顔があり、次いで家族の物語として一流です。ところがそれにとどまらず、祖父を殺した犯人は誰か、というミステリーとしての要素もあるのです。途中ではお狐様なども出てきて、若干オカルトの雰囲気も漂わせたりする個所もあります。でも、そうした分類など何の意味はなく、この物語自身が強烈なインパクトをもって迫ってきます。

本書の中表紙の次に

魚が言いました・・わたしは水のなかで暮らしているのだから
  あなたにはわたしの涙が見えません。  王璇「魚問」より

という一文が掲げられています。作品中に、この詩がかなり重要な役割を持って登場しますが、この一文でもわかるように、主人公が喧嘩ばかりしているくせにかなりのインテリなのです。親友も将来はヤクザになろうとする奴らばかりなのに、喧嘩相手のひとりがこの一文を口ずさみます。

主人公は著者東山彰良の父上がモデルだそうです。日中戦争後、中国共産党と蒋介石率いる国民党との戦いがあり、敗れた蒋介石側が台湾に逃れ一国(争いのあるところですね)を作り上げた、その時代背景での物語を他には知りません。

もともと祖父の物語を書こうとして資料を集め、父親らから話を聞いていたそうです。そして書きすすめるうちに父親中心の話へとシフトしていったのでしょう。ちょうど私と同じ世代の物語ですが、その世界は全く異なります。平和な日常の中で、ケンカらしい喧嘩をしたこともなく暮らしてきた、普通の日本の世代には理解できない歴史を持った民族、そして家族の物語です。

台湾での物語なので、登場人物の名前が読めないし、紛らわしいのは若干困りましたが、これを変えると違う物語になるでしょうし、だからこそ台湾の雰囲気が醸し出されているのでしょう。

東山彰良の作品では『路傍』という作品を読んだことがあったのですが、私にはその良さが理解できませんでした。しかし、大藪春彦賞を、それも選考委員四人全員の満場一致で受賞したこの作品を馳星周氏が絶賛しているのです。当然、読み手である私の力量不足としか言いようがなく、好みの問題だから仕方ないと無理に納得していたものです。本書を読み終えた今、単に好みの問題ではないことがはっきりしてしまいました。

ついでながらに思ったこと。花村萬月の作品に『ゲルマニウムの夜』という作品があります。エロスとバイオレンスに満ち満ちた作品です。この作品は第119回芥川賞を受賞しているのですが、直木賞を受賞した本作との差異がよく分からなくなりました。何故この『流』は直木賞なのかということですね。いつも思う芥川賞と直木署の差異、純文学と大衆文学との差異は何なのか、という思いを本書でも突きつけられ、やはり答えはありませんでした。

東山 彰良 路傍


何とも首をひねるしかない、6編の物語からなる長編と言ってもいい連作の短編集です。

千葉の船橋を舞台に、まったく普通のチンピラとしか言いようのない二人の若者の行動を、ただただひたすらに追いかけた、そんな物語です。全体を通したストーリーというべき話の流れを掴むことができません。

いつものバーの帰りに、酔っ払いから抜き取った金でソープに行った帰り、いたずらで目の前のアパートの一部屋にかけた電話を発端として、その部屋に入ったところから、抜き差しならない事態に陥る、俺と喜彦だった

「猥雑」としか言いようのない、雑然とした物語と言うより表現のしようが無い本書は、それでも第11回の大藪春彦賞を受賞しています。何しろ作者の情報は全くなく、単にこの作者の『流』という作品が2015年の直木賞を受賞したので、ついでにほかの本も読んでみようかと思っただけなのです。

ところが、読了後、馳星周氏の「あとがき」を読んで驚きました。大藪春彦賞受賞作だということは本の裏表紙に書いてあったのですが、まさか選考委員四人全員の満場一致で、それも短時間での決定だということまでは思いもしませんでした。

何しろ、馳星周氏の絶賛ぶりはすごいのです。「どれだけ技巧を凝らしたミステリも、・・・・・・サスペンスも、書き手が対象に深く切り込んでいくわけでもなく、頭に浮かんだことをただ綴っていった物語に蹴散らされてしまった。」と述べています。才能だけで書かれているこの物語は人生は不公平であることを立証した、と言いきっているのです。

「頭に浮かんだことをただ綴っていった物語」とは言いえて妙で、まさにその通りなのであり、だからこそ話の流れをまとめることができないのです。

更に、「現実はこうなのだと読者に提示しているだけだ。」として、才能だけで書かれたこの物語は、その語り口の心地よさに最後まで読まされるのだそうです。

この物語を読んで、才能豊かと、誰一人異論なく言いきるプロの作家たちをこそ素晴らしいと思ってしまう私でした。この物語をそこまで評価できる力量が、やはり才能なのでしょう。

確かに、文庫本で233頁という分量を違和感を感じながらも最後まで読み切ったのではあるけれど、酒と暴力と女を繰り返したたきつけてくるこの物語は、この本単体で見る限りは多分二度と読まない作家に入れると思います。しかし、直木賞を受賞するだけの力量を持っていることもまた事実ですから、もう少しは追ってみましょうか。

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このブログの本棟として本の紹介のサイトを開いています。
(こちらです⇒読んだ屋
本ブログを別棟として位置付けて、読んだ本を記録していこうと思い立ちました。ここでの文章を母屋であるそのサイトに転記していくつもりです。

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