高部 務 新宿物語


本書の舞台は19769年頃の新宿です。たまに山谷が出てきます。岡林信康が「今日の仕事はつらかった~♪」と歌ったあの山谷です、と言っても若い人にはかえって分かりにくいでしょうか。

当時の新宿を舞台にしたエンタメ小説と思って借りたのですが、中身は物語に特別に大きな出来事があるわけでもなく、当時のフーテンの日常を描いただけの物語でした。ただ、このフーテンの日常生活が今の学生生活とは全く異なりますので、興味のある人にはかなり面白い物語かもしれません。

私にとって新宿は特別に思い入れのある街です。私が大学浪人として東京に出たのが、この本に描かれた年の翌年の1971年の春。その数ヶ月後には新宿二丁目の熊本ラーメンの店でラーメンを作っていました。その店の地階に『海賊』というちょっと広めのスナックがあり、毎日といっていいほどそこで飲んでいたのです。

本書の舞台となる新宿歌舞伎町は近くでもあり、よく行きました。本書に書かれている雰囲気はまだ残っていて、その残り香を肌で感じた、と言ったところでしょうか。

そんなわが青春の町でもある新宿の、それも時代も同じ1970年頃の物語というのですから、図書館で見つけた時は心躍り、早速借りたのです。

しかし、前述したように若干期待とは異なる内容でした。本書は、1968年から1970年にかけての新宿にたむろしていたフーテン達の物語であり、その点では期待どおりです。ただ、主人公の「僕」こと高垣の日常が彼自身の言葉で語られるのですが、どうしても高垣の目を通した記録になっていて、高垣や周りのフーテン達の内面が今一つ見えて来ませんでした。どこまでが作者の実体験なのかは分かりませんが、当時の世相を客観的に描いてあり、そしてそれだけで終わった印象です。

勿論、フーテンとして毎日を過ごす若者の、彼らなりの主張を持っているかのような日常をそれなりに描写してはあります。その限りにおいて当時の雰囲気をよく描いてあるなとも思います。

でも、私が上京したのは本書の時代よりも一年遅れてはいましたが、白戸三平の『カムイ伝』を読みながら、高橋和巳や五木寛之を耽溺し、岡林信康を聞きつつもジャズ喫茶に入り浸り、マルクスの『資本論』やエンゲルスの『空想から科学へ』を手に取っただけでもう読んだような気になっていた若者は、そこらに転がっていたのです。そういう彼らも、彼らなりに内面的な葛藤を抱えていました。

本書に登場する若者たちは新宿騒乱事件や赤軍派に加担するレベルであり、当時の私の周りの若者たちよりももう一段も二段もフーテン生活や学生運動、労働運動に軸足を移していて、私の周りの若者たちと同列には論じられないのですが、それでも彼らなりに悩み苦しんでいたのは同じです。そうした若者たちの心情を描いてほしいと痛切に思ったのです。

でも、単なる感傷として過去を語るよりもずっといいのかもしれませんが。

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本ブログを別棟として位置付けて、読んだ本を記録していこうと思い立ちました。ここでの文章を母屋であるそのサイトに転記していくつもりです。

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