池井戸 潤 ルーズヴェルト・ゲーム




痛快企業小説の第一人者である池井戸潤の、社会人野球チームの活躍をも交えた、ちょっと視点が変わった痛快小説です。



本書の主役は、かつては名門と言われた野球チームを有する青島製作所という中堅電子部品メーカーです。

しかし、社会的な不況の中で会社の業績は下降線をたどるばかりで、会社内には社会人野球チームを配しするべきという声も起きていたのです。そんな中、村野三郎野球部監督と社長とが喧嘩別れをし、村野監督はあろうことかチームのエースと主軸打者を連れてライバルのミツワ電器に移ってしまう事態が起きるのでした。

野球部部長の三上文夫総務部長は、大道雅臣という男を推薦され、新監督として迎えます。ただ、古参の選手たちは新監督のデータ重視の方針に異を唱えます。

一方、不況は会社の存続そのものをも危うくし、主要取引先から取引の縮小を告げられ、青島製作所社長の細川充は今後の方針に苦慮し、銀行の圧力もあって、リストラ策の実行を決断します。

ライバルのミツワ電器の値段を無視した攻勢があり、また青島製作所の専務である笹井小太郎を筆頭とする野球部の廃止を求める声が次第に大きくなってくるなか、廃止の危機を迎える野球部は沖原和也という強力な戦力を手にするのでした。




著者の池井戸潤は、2008年9月に起こったリーマン・ショックによりもたらされた不況下で、「読んで元気になってもらう小説を書こうと考え」、映画『メジャーリーグ』を念頭に、「企業間競争の代理競走である社会人野球にスポットを当てることに決めた」そうです( ウィキペディア : 参照 )」。

本書は、青島製作所の存続、つまりは対外的な経営努力と会社内部での派閥争いという普通の経済小説の流れの他に、野球部の活躍という新たな要素が加わり、特定の主人公は置かない多視点で描かれた小説として、物語としての魅力を増しています。

まず青島製作所自体の、ミツワ電気やジャパニクス社との間での経営陣の駆け引き、苦労があります。

その上で青島製作所内部での細川社長と、笹井専務ら一派との派閥争いがあり、また青島製作所野球部の廃止を主張する笹井専務らと、野球部存続に奔走する野球部部長の三上総務部長との確執があって、そうした状況が重畳的に描かれているのです。

勿論、それらの争いは個別ものではなく、青島製作所の生き残りという経営問題を中心にした一つの話であり、その軸のもとにそれぞれの話が描かれています。

青島製作所自体の物語も、青島会長というこの会社を立ち上げた人物が魅力的です。笹井専務という誰しもが次期社長と考えていた人物ではなく、コンサルタント会社に勤めていた細川充という人物を連れてきて社長としたのもこの青島会長でした。

その期待に応えて青島製作所の売り上げを伸ばした細川社長でしたが、世間は不況の波に襲われ、青島製作所もリストラ策を実行しなけらばならなくなる事態にまで陥っていたのです。

当然のことながら、野球部の存在自体を否定するものが現れるのは当たり前でした。青島製作所はその経営を維持できるのか、風当たりが強くなるばかりの青島製作所野球部は廃止されてしまうのか胸躍る物語が展開されるのです。

特定の人物を主人公として据えるのではなく、多視点で描いているこの物語は、だからなのか、若干ですが中途半端な印象もありました。

例えば、新しい野球部監督はもう少し話が広がるかと思えば若干知り切れな印象ですし、野球部の救世主の沖原和也も少々物足りません。かなり悲惨な仕打ちを受けていた沖原ですが、彼についてのエピソードがやはり物足らないのです。

本当は、これだけで一つの話ができそうな野球部の物語なのに、企業小説の一側面としてこれだけ描き出してあるのですからよく描いてあるというべきなのかもしれませんが、もう少し膨らまして盛り上げてほしい、と思ったのです。

それだけ面白かったのであり、もったいないと思えたということです。

池井戸 潤 空飛ぶタイヤ





主人公赤松の経営する赤松運送のトレーラーが死亡事故を引き起こします。事故を起こしたトレーラーの製造元であるホープ自動車は、その事故は赤松運送の整備不良による事故だとの結論をだします。当然のことながら赤松運送は社会的に非難を受け、取引先からは取引を停止されます。

倒産寸前の状態に陥りながらも、赤松は自社の整備不良という結論を出したトレーラーの製造、販売元であるホープ自動車の対応に不審なものを感じるのでした。

一方、ホープ自動車カスタマー戦略課の課長沢田悠太は、赤松運送からの再度の調査依頼を単なるクレーマーのたぐいだとして無視した態度を取り続けます。しかし、次第に自社内の品質保証部の態度がおかしいことに違和感を感じ、調査を始めるのです。

また、赤松運送から融資依頼を受けた東京ホープ銀行自由が丘支店の担当者は、赤松運送が有力取引先との取引が打ち切られたこともあり、融資に難色を示すのでした。そして東京ホープ銀行本店営業本部の井崎一亮は、自分が担当するホープ自動車製のトレーラーが起こした事故であることに一抹の不安を抱きます。

赤松は長男の拓郎が通う小学校のPTA会長を引き受けていましたが、拓郎がいじめにあっているらしいこと、また一部の親が赤松運送の事故を問題にしているらしいことを知り、そちらでも問題を抱えることになります。

まさに四面楚歌の中、赤松は赤松運送の専務で、赤松の親の代から勤めている宮代直吉らに助けられながら、問題のトレーラーを製造した財閥系の会社であるホープ自動車に対し闘いを挑んでいくのでした。



これまで『オレたちバブル入行組』や『下町ロケット』更に『陸王』など、池井戸潤の痛快経済小説を胸躍らせながら読んできましたが、本書はそれらの作品を上回る熱量を持った作品として一気に引き込まれてしまいました。

この作品は、2002年に現実に起きた三菱自動車のトレーラー事故をモデルにしている作品であるため、被害者、そして加害者となった運送会社が現実に存在していることがいつも頭にあり、この作品を単純に面白いとして読むことに微妙に後ろめたい気持ちを持ちながらも、引き込まれていきました。

本書実業之日本社版の文庫の解説には、「現実の事故をなぞって小説を書いたと誤解しかねないが、一読すれば明らかなように『空飛ぶタイヤ』は、全く独立した物語である」という言葉にホッとしたものです。

ただ、本書はその事故がきっかけに書かれただけだということは頭では理解していたのですが、現実の事故では事故を起こした会社は似たようなことがあったのだろうと考えずにはおれませんでした。

そした気持ちを抱きながらも、「熱い物語」という言葉がまさに本書を如実に表した言葉と言ってよく、主人公の熱さに引きずられてしまったと言わざるを得ません。そのくらいこの物語の熱量は凄いのです。

本書は赤松社長の視点を中心に描かれているのはもちろんなのですが、他方でホープグループ内部での視点も描き出してあります。ホープ自動車自身の沢田悠太、それに東京ホープ銀行の井崎一亮がそれで、こちらも財閥系の巨大企業内部の動向を、財閥系企業の持つ優越感、その内部でのサラリーマンとしての上昇志向、他方で営業マン、また銀行マンとしての良心などを複雑に絡ませた物語として成立しているのです。

この三つの視点が絡み合い、とくに赤松社長の家庭的な問題も加わって物語は加速度的な展開をみせ、目を話すことが出来なくなりました。

登場人物が、とくに敵役であるホープ自動車の重役の描き方などがステレオタイプであるという印象はありますが、その悪役が生きていることも事実で、赤松社長の前に立ちはだかる巨大な壁としての存在感を増しています。

だからこそ、そうした赤松社長に差し伸べられる救いの手が一層感動的になるのでしょう。まさに解説にあった「熱い物語」という言葉がピタリと当てはまる物語でした。

ちなみに、本書はWOWWOWで仲村トオル主演でドラマ化されています。また、2018年6月には長瀬智也を主演に、今をときめく高橋一生やディーン・フジオカといった役者さんを配しての映画化も予定されているそうです。

また、上記書籍イメージは実業之日本社文庫版ですが、2009年には講談社文庫版が上下二分冊で出版されています。

池井戸 潤 陸王




『半沢直樹』で一躍名を挙げた池井戸潤の、『下町ロケット』と同じく、中小企業の商品開発にともなう苦労を描いた痛快経済小説です。

埼玉県行田市にある老舗足袋業者「こはぜ屋」社長の宮沢紘一は、足袋屋としての将来に希望を見出せず、老舗足袋屋としての技術を生かせる分野と思われるランニングシューズを新規開発し、業界へ参入しようと考えます。

しかし、銀行の営業マン、スポーツ用品店の店主、シューフィッター、新素材の特許技術を有する職人気質の中小企業社長等々の知恵を出してもらっての開発も、当然のことながら必要な資金繰りや、靴を構成する新たな素材探し、それに既存の大企業による妨害工作などの壁が立ちふさがるのです。

そうした壁の一つを乗り越えるとまた現れる新たな壁を何とか乗り越えながら突き進む「こはぜ屋」の姿は、『下町ロケット』の佃製作所の姿に重なり、同じように読者の胸をうつ作品として仕上がっています。

そもそも従業員二十人という小企業の強みは、会社百年の歴史が有する足袋を生み出す技術力であり、縫製の職人たちではあるのですが、いかんせんランニングシューズとなるとその素材探しから始まり、それには金もかかれば人手も足りません。

本書は、会社が有する技術を利用してロケット開発に参画したり、心臓弁を開発するという『下町ロケット』のように、会社が主体となって苦難を切り開いていくという話ではありません。

そもそもの発想の発端からして銀行の営業マンからの新規事業を起こすことを勧められたことから始まるように、宮沢社長を中心とした「こはぜ屋」に多くの人々が力を貸すという形を取っています。

例えば、資金繰りのみならず、新規事業に関連する人材を紹介するのも銀行の営業ですし、シューズの素材に関する特許を持っている人物や、シューズフィッター、走ることの専門家など、多くの人が集まり、知恵を出し合ってランニングシューズを作り上げているのです。

その上で、出来上がった靴を実際に履いてその具合をフィードバックするランナーが加わります。

更に、痛快小説での魅力のある敵役が必要ですが、勿論本書でも大手スポーツメーカーがその役を担い、あの手この手での嫌がらせ、より具体的な妨害工作を仕掛けてきます。

そして銀行の存在です。資金繰りに苦しむ「こはぜ屋」の資金調達に際し、壁として立ちふさがるのです。その役が支店長であり、銀行の貸付担当であったりします。

そうした事がらの一つ一つに、走ること、走るための靴についての作者の綿密な調査に裏付けられた説明が加わり、物語に一段と奥行きを加えています。

その上で、痛快小説として、読者のカタルシスを十分に満たすだけの困難さとその壁の打破するための努力とがうまく組み合わされて上質な物語と仕上げられているのは、やはりこの池井戸潤という作家の力量という他ないと思われます。

本書も役所広司や寺尾聰という名優をはじめ、その他の個性的な役者たちによりドラマ化されています。これがやはり面白い。本書の物語の流れをそのままにドラマ化している点も見逃せません。

蛇足ながら、この作者の『空飛ぶタイヤ』という作品も映画化され、2018年には公開されるそうです。こちらも楽しみです。

池井戸 潤 下町ロケット 2


ロケットエンジンのバルブシステムの開発により、倒産の危機を切り抜けてから数年――。
大田区の町工場・佃製作所は、またしてもピンチに陥っていた。
量産を約束したはずの取引は試作品段階で打ち切られ、ロケットエンジンの開発では、 NASA出身の社長が率いるライバル企業とのコンペの話が持ち上がる。
そんな時、社長・佃航平の元にかつての部下から、ある医療機器の開発依頼が持ち込まれた。
「ガウディ」と呼ばれるその医療機器が完成すれば、多くの心臓病患者を救うことができるという。
しかし、実用化まで長い時間と多大なコストを要する医療機器の開発は、中小企業である佃製作所に とってあまりにもリスクが大きい。苦悩の末に佃が出した決断は・・・・・・。
医療界に蔓延る様々な問題点や、地位や名誉に群がる者たちの妨害が立ち塞がるなか、佃製作所の新たな挑戦が始まった。

大ヒットテレビドラマ「下町ロケット」の後半「ガウディ編」の原作ともなった、池井戸潤著の前作「下町ロケット」の続編の痛快長編小説です。

本書を読んでいる途中でもやはりテレビドラマの印象はそのまま残っていて、阿部寛や吉川晃司らの顔がちらついていました。なによりも、ストーリーの展開が分かっているというのは小説の面白さを半減させますね。やはり小説を原作とする映像作品の場合は、原作を先に読んでから映像を見るべきだと感じました。映像は原作小説のイメージをどのように映像化しているかという興味で見ることはできますが、映像を先にみると原作を読んだ時のイメージが固定されてしまい不都合です。

ロケットのバルブシステム開発に伴う様々な困難に直面する姿を描き出していた前作「下町ロケット」の爽快感はそのままに、今回は医療の分野、心臓手術に使用する人工弁の開発に乗り出した佃製作所の面々の苦労が描かれています。

今回の敵役としては、佃製作所にダミーの発注をする日本クラインと、佃工業とチームを組んだ北陸医科大学の一村隼人教授のかつての師であり、日本クラインと結びついているアジア医科大学の貴船教授がいて、彼らが佃製作所の開発チームの行く手に立ちはだかり、種々の妨害工作を仕掛けてきます。

そして何よりの障害は、日本クラインや帝国重工に何とかもぐりこもうとする新興の「サヤマ製作所」が直接の相手方になります。サヤマ製作所の所長をテレビドラマでは小泉孝太郎が演じていたのですが、本を読んでいても彼の顔しか浮かびませんでしたね。

今回は会社の経理の側面での苦労話は無く、大学教授間の権力争いや、企業間での主導権争いなど、いかにもドラマチックな装いが目立ったように思います。その意味では前作のほうが小説の出来としては良かったと言えるかもしれません。

それでも、痛快企業小説としての面白さは間違いのないところであり、佃製作所の新たなる挑戦の物語を読みたい気もしますが、今のところ続編の気配は無いようですね。

池井戸 潤 下町ロケット


私の住んでいる熊本市中央区を震度5強の地震が襲ってから(四月16日午前一時二十五分ごろ)、今日でちょうど四週間が経ちました。街を歩くと、ここらでは全壊している家屋はありませんが、それでも壁が崩れている建物が散見され、壁にひびが入っている建物や瓦が落ちている建物は数知れません。

余震が続いているのは変わりません。小さな余震でもその先に少しの恐怖があります。でもしばらくはこの状態を我慢するしかありません。

さて本書。テレビドラマで評判を博した池井戸潤ものです。『半沢直樹』のドラマ版のあまりの評判の良さと、主演が好きな役者さんである阿部寛ということもあり、原作は未読ではあったもののドラマ版を見てしまいました。その予想以上の面白さに、『半沢直樹』の評判がいいことの意味も確かに腑に落ちると感じたものです。

そして、今回ドラマの前半部分の原作を読み終えたのですが、読んでいる途中もドラマの役者さんの顔や演技が脳裏に浮かび、読み進むにつれ頭の中で役者さんの演技が再現されていくのを感じました。

それほどに原作のイメージをそのままにドラマ化されていたのですね。また、そのことは原作が痛快小説の型をきちんと押さえている作りになっていることをも感じさせるものでした。

主人公の佃航平という中小企業の社長は、大企業の横暴による資金繰りの苦労や社内での労務管理の難しさなどの困難に直面します。それでいて主人公の誠実な業務遂行の態度は変わらず、社内外での佃製作所及び佃航平という人物への評価も好転していきます。

読み手のカタルシスを醸成するストーリー展開があり、そのストーリーを読みやすく構成する作者の筆力があって、物語の世界に素直に入っていけるように組み立てられています。手放しでほめちぎっていますが、痛快エンターテイメント小説のお手本のような物語だと思うのです。

幼い頃、映画館に行けばいい大人たちがスクリーンに向かい歓声をあげ、拍手をしている姿を思い出しました。一介の中小企業の親父が大企業に立ち向かい、その壁を乗り越えてゆく。面白くないわけがありません。読みながら拍手喝さいをしている自分がいるのです。

他にも、大企業の中にも佃製作所の技術力を評価する人物が現れたり、法務関連の救世主が現れたりと、一面ではご都合主義と取られかねない点があることも事実だと思います。

しかしながら、そうした点もふまえた上で一般読者の欲求をうまく拾い上げ、爽快感を味あわせてくれる作品になっていると思います。

理屈抜きで楽しめるこの作品は、第145回直木賞を受賞しています。

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Author:siro
このブログの本棟として本の紹介のサイトを開いています。
(こちらです⇒読んだ屋
本ブログを別棟として位置付けて、読んだ本を記録していこうと思い立ちました。ここでの文章を母屋であるそのサイトに転記していくつもりです。

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