津本 陽 虎狼は空に―小説新選組(上・下)



これまで読んだ新選組の物語の中では異色の作品です。

剣戟の場面に強い津本陽という作家の個性がそのままに出た作品と言えます。他の幾多の新選組の物語に描かれている「情」の側面は切り捨てられており、かつて言われていたような殺人集団としての新選組として描かれています。

ここでの近藤や土方は上昇志向の強い田舎者ではなく、攘夷の意思を持った佐幕派の集団としての新選組を率いています。剣の腕は立つけれど爽やかな好青年として描かれることの多い沖田総司も、人切りの達人としての顔が強調されているのです。そのほかの隊員についても同様のことが言えます。

物語の進み方についても同じです。新選組結成時の殿内義雄一派の粛清から芹沢鴨一派の暗殺へと続く流れも、近藤勇を担ぐ土方らの策謀による排除工作の結果のこととして描かれています。その時々の人物の主観については他の作品のようにはあまり触れられてはいません。

また、芹沢鴨の暗殺事件のときは凄惨な殺人現場を詳細に描写しているのですが、土方や沖田との心の交流を絡めて描かれることの多い山南敬助の脱走事件は事実を述べるにとどめ、その解釈は読者に委ねられているのです。

剣戟のリアリティに満ちた表現を少しだけ引用すると、新人隊員を真剣に慣れさせるための闇夜の刃引き稽古の場面では、「稽古のあと、額にくいこんだ刃こぼれの鉄片を毛抜きで抜かなければ、顔も洗えない」ほどだと書いています。

また、何者かが三条大橋橋詰の立て札を河原に捨て去った事件での犯人との闘争の場面では、「乱闘の場では、死力をふるっての刃先に触れた敵味方の指が散らばっているそうである。往時の侍たちが斬りあいの場に及ぶときの鉢巻」は、「手ぬぐい」で「両耳をなかば覆って」「わが耳を削ぎ落とさない用心」をした、などと、本当の斬りあいの場面はそうではあるのだろうけれど、リアリティに富み過ぎている描写もあります。

新選組にまつわる様々の出来事についても独自の解釈はあまり無く、従来の説と異なる解釈があったにしても、単に事実として述べられているだけです。

例えばはっきりと年月まで明記してある出来事として沖田総司の発病があります。本書では慶応三年二月と明記してあります。慶応三年二月というのは、天然理心流門人だった小島鹿之助という人の『両雄実録』に記されている時期だそうですが、単に年月が明記してあるだけです。この沖田の発病に関しては、一般的には子母沢寛の『新選組始末記』に由来するであろう池田屋事件のときの喀血シーンが有名でしょう。

私のような乱読、雑読派の人間には面白い小説ですが、痛快時代小説や青春小説、歴史小説としての新選組ものを期待する読者には向いていないと思われます。それほどに殺伐とした、剣戟中心の新選組作品です。

プロフィール

siro

Author:siro
このブログの本棟として本の紹介のサイトを開いています。
(こちらです⇒読んだ屋
本ブログを別棟として位置付けて、読んだ本を記録していこうと思い立ちました。ここでの文章を母屋であるそのサイトに転記していくつもりです。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR