司馬 遼太郎 燃えよ剣(上・下)



新選組をというよりも、土方歳三を描いた小説です。本書は何よりも新選組を主題にした小説の古典とも言うべき存在で、これ以降の新選組を描いた小説、特に土方歳三と沖田総司の性格設定は小説以外のメディアにも大きな影響を与えました。

多くの作品に影響を与えたということは、そのことは逆に、30年以上ぶりに読み返した今の時点では、当時読んだほどの感激を覚えないことに結びついたようです。

この本以降、多くのドラマ、映画、小説で描かれている新選組での、種々の土方や沖田像に接してきたためか、本書で描かれている新選組そのものの姿や、土方、沖田像には特別な印象は抱けず、平板な感触しかありませんでした。

勿論、物語の運び方や場面の描写のしかたなどは別です。やはりそこは大家である司馬遼太郎の名作であり、キャラクターに特色は感じられなくても、描かれている土方像は魅力的であるし、小説としても面白いのです。

土方という人間を端的に表している魅力的な文章を一ヶ所取り上げるとすれば、大政奉還がなった後、近藤などは「滑稽な動揺」を見せる中、土方が病床にある沖田に語りかける言葉があります。

それは、人切りの道具としての刀の単純な美しさを言った後で、「目的は単純であるべきである。思想は単純であるべきである。新選組は節義にのみ生きるべきである。」と言ったあと、更に「男の一生というものは、美しさを作るためのものだ。自分の。」と言いきっているのです。自分の信念を貫いた男としての土方を端的にあらわしていると思います。

上巻では日野の田舎での喧嘩屋だった土方歳三が、近藤勇らとともに京に上り、新選組を設立し、という流れが語られます。山南や藤堂との不和は、誰の作品だったか先日読んだ新選組作品で描いてありましたが、この本で既に描いてありました。

文庫本も下巻になると、その冒頭で伊東甲子太郎殺害の油小路事件が語られたあとは、鳥羽伏見の戦いへの突入し、この巻の中ほどの200頁を越えたあたりまでは大阪での戦いが描かれています。鳥羽伏見の戦いにこれだけの分量を費やしていたとは覚えてはいませんでした。土方の軍人としての才能が開花した時期とも言えるのかもしれません。

その後、敗退して江戸へ帰り、蝦夷へと向かうことになりますが、ここからは筆者も「北征編」と名付けていて、「おそらく、土方歳三の生涯にとってもっともその本領を発揮したのは、この時期であったろう。」と記しています。富樫倫太郎の『土方歳三』を読んだときに蝦夷での土方が詳しく描かれていたのを珍しく思ったのですが、北方謙三の作品以外にもすでに本書でそれなりに詳しく描いたありました。

筆者は、天下の諸侯はそのほとんどが「官軍」になり「日本」に参加したのだけれど、しかし「侠気」をあらわそうとした一群がいたのであり、真実感をのこすためには「まあ、小説に書くしかないか。」と言っています。それほどに、会桑二藩や新選組らは「日本という統一国家」への参加を感情的に許せなかった、ということでしょうか。

本書での特色として他にあげるとすれば、本書にしか登場しないキャラクタ―でしょう。

色を添える役割としては「お雪」という女性が登場します。詩心を持った側面もあるとして描かれている土方の優しさを引きだしている存在でもあります。もう一人は、七里研之助という剣の使い手がいます。土方の日野時代からの敵役であり、京都でも勤王の志士として土方の前に現れます。

本作品が『週刊文春』に連載されたのが1962年(昭和37年)11月から1964年(昭和39年)3月にかけてのことだそうです。 沖田総司の人物像を決定づけた作品としては大内美予子の『沖田総司』が挙げられますが、本書『燃えよ剣』の影響もかなりあったのでしょう。この本については、いつもの「新選組の本を読む ~誠の栞~」に詳しいです。

いつかは再読しなければと思っていた本です。ほとんど忘れていたその内容でした。読み返してみると、やはり司馬遼太郎という作家の偉大さを感じるばかりでした。

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(こちらです⇒読んだ屋
本ブログを別棟として位置付けて、読んだ本を記録していこうと思い立ちました。ここでの文章を母屋であるそのサイトに転記していくつもりです。

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