梨木 香歩 西の魔女が死んだ


この小説は、ファンタジーでもなく、童話でもない、ただある少女のその祖母のもとでの夏のひと月ほどの体験を描いた中編の小説です。

小学校を卒業したばかりのまいは、進学した中学に馴染めずにいた。そんなまいを見てまいの母親は、車で一時間ほどのところの山の中に一人暮らす英国人のお婆ちゃんのもと預けることを決めた。自然の中にあるお婆ちゃんのの家で、まいは魔法使いになるために意思力をつけるための訓練をすることになる。それは、「早寝早起き。食事をしっかりとり、よく運動し、規則正しい生活をする」というものだった。

この小説は文庫本で192頁しかありません。しかも、一頁の行数が十五行しかなく、普通の文庫本からすると一行か二行少ないのです。

書き出しが「西の魔女が死んだ」という一文から始まります。この入りの印象が結構強いもので、今後どのように展開していくのだろうという興味を持たされます。このすぐ後からお婆ちゃんと暮らしたひと月についてのまいの回想に入っていくのですが、導入部の描写がうまく、この物語にすんなりと引き込まれたような気がします。

例えば、それは「部屋や庭の匂いや、光線の具合や、空気の触感のようなものが、鼻腔の奥から鮮やかに蘇るような、そんな思い出し方で」あの夏の日を思い出すのであり、母親が父親との電話での会話の中でまいのことを「扱いにくい子」と言っているのを聞き、「認めざるを得ない」とつぶやいてしまった自分の言葉に感心しているところなどにあります。これらの導入で、本書の持つ雰囲気を掴め、主人公の少女がちょっと背伸びしがちで多感な女の子ということをさりげなく知らせてくれています。

文章は決して上手いという感じは受けません。それどころか、少々もたつく感じさえしたほどです。でも、小学館文学賞、児童文学者協会新人賞、新美南吉文学賞という各章の受賞歴からしても、児童を対象とした作品らしく、そう考えれば逆に読みやすいのでしょう。

いざ、お婆ちゃん(西の魔女)との暮らしが始まると、そこはジブリアニメの『となりのトトロ』に出てくるメイの家のような自然のど真ん中の雰囲気をもっています。そこで、まいは「自分で決め」てその決めごとを守ることを学び、意思の力を強くする修業をするのです。

本書は、超能力と言えなくもない、精神的な力を有するお婆ちゃんとの間の、魔法使いのお話としてのファンタジックな側面も持っていて、また、まいとその母親、まいの母親とその母親であるまいのお婆ちゃんとの親子の物語と言う一面もあります。

他方、自然から離れてしまった人間の暮らし、特に子供たちが直接に土や水と戯れることのない現代社会を意識しているような、子供社会でのいじめなどの人間関係構築の難しさを背景にした、寓意的な童話とも受け取れる物語です。

ただ単に一人の女の子の悔悟に満ちたひと夏の出来事を綴った小説として捉えることもできるかもしれません。その場合、まいとお婆ちゃんの家のそばに住むゲンジという粗野な男との関係を忘れるわけにはいきません。まいは、この男を好きになれず、お婆ちゃんと喧嘩をすることにもなるのですから。

一人の少女の成長物語としても読むことができます。多感でクラスに馴染めず、登校拒否になりかけた女の子が、短い期間ではありますが、祖母と暮らす中で次第に自分を律することを覚えていく物語です。

いろいろな読み方ができる作品だと思えます。最後は少々哀しい場面も出てきて、こみあげてくるものもありましたが、読後感はとても心地よいものでした。

本書にはもう一遍の掌編も収められています。「渡りの一日」と題されたこの物語は、まいのその後の一日が語られています。新しくできたショウコという友達との他愛もない、けれども何となく不思議な、そして小さなオチ。作者は何を言いたかったのでしょうか。もしかしたら、「西の魔女が死んだ」という物語で魔法使いの訓練をした、ささやかですが「自分で決める」ことを学んだまいの、自分の意志を貫く姿を描きたかったのかもしれません。

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