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下村 敦史 生還者


山を舞台にしたミステリー小説です。作者の私の下村敦史氏は、『闇に香る嘘』で第60回江戸川乱歩賞受賞している作家さんです。

増田直志の兄謙一はヒマラヤ山脈東部のカンチェンジュンガで発生した雪崩に巻き込まれて死んだ。しかし、兄の残したザイルには人為的な切りこみがあった。兄が死んだ雪崩から二人の男が奇跡的に生還するが、一人は兄たちの登山隊に見捨てられたと言い、一人はそんなことは無いという。二人の言うことは正反対であり、どちらかが嘘をついているとしか思えない。増田直志は兄の死の原因を探るべく、女性記者の八木澤恵利奈と共に事の真相を探り始めるのだった。

四年前の白馬岳のツアー登山で恋人の美月を失い、一人生き残った謙一は登山からは遠ざかっていたのに何故にカンチェンジュンガに再び登り、そして死ななければならなかったのか、雪崩からの生還者二人は何故正反対のことを言うのかなど、直志の兄の死をめぐっては謎ばかりです。

そうした謎をもたらす人間関係の設定が若干複雑に感じられました。状況の設定が錯綜していてちょっと気を抜いて読んでいると状況が分からなくなってしまいます。

ただ、物語としては伏線がきちんと張り巡らしてあり、後半、その一つ一つが丁寧に回収されていきます。だからこそ状況が錯綜している割には読みにくさはあまり感じられず、作者の筆力もあって物語に引っ張られたのだと思います。

冒頭に山を舞台にしていると書きましたが、山岳小説というには山の描写は限定的です。それでも、冬の白馬やカンチェンジュンガの描写はそれなりの迫力を持っているのですが、山の描写で新田次郎や笹本稜平といった本格的な山岳小説と比べると、どうしても彼らの作品に一日の長がありそうです。

ついでに不満点を書きますと、本書には三人の女性が登場します。直志の片想いの相手で兄謙一の恋人である清水美月という女性がいて、次いで風間葉子という女性が今の直志の恋人としており、本書の探偵役である八木澤恵利奈というジャーナリストがいます。直志はそのそれぞれに心惹かれているのです。

ただ、これらの直志の恋物語は物語の本筋とはあまり関係なく、作者とすれば物語に膨らみを持たせる意図があったのでしょうが、個人的には不要と思ってしまいました。

粗探しをするような書き方をしてしまいましたが、それでもなおこの物語は面白い作品でした。人間の心のありようを、山での人間関係の中に設定し、誰しも心の奥に持つであろう良心と生きるという本能との相克などを丁寧に描いてある作品だと思います。

山を舞台にする作品では極限状況下での人間の行動を描く作品が多く、本書もその例にもれません。そして極限状況下でのある行為がその後のそれぞれの人生に大きくかかわっていく、そのドラマは若干の強引さを感じないでもないのですが、なかなかに読ませるものでした。

こうした人間ドラマを丁寧に描いてある本作は好感が持てると思える作品で、外の作品も読んでみたいと思わせられるものでした。

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このブログの本棟として本の紹介のサイトを開いています。
(こちらです⇒読んだ屋
本ブログを別棟として位置付けて、読んだ本を記録していこうと思い立ちました。ここでの文章を母屋であるそのサイトに転記していくつもりです。

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