夢枕 獏 ヤマンタカ 大菩薩峠血風録


久しぶりの夢枕獏の作品を読みました。この作家には珍しく剣豪小説です。それも、時代小説の中でも異彩をはなつ中里介山著の『大菩薩峠』を再構成し、机竜之介と新選組の土方歳三を絡ませた物語です。

四年に一度開かれる御岳の社での奉納試合。「音無しの構え」で知られる剣客・机竜之助や甲源一刀流の師範・宇津木文之丞ら、実力者たちが御岳山に集う。土方歳三はこれに出場するため天然理心流に入門し、自分の強さを見極めようとする。真剣で生命を賭ける男たち。彼らは善も悪もない、ヤマンタカ(閻魔大王をも殺す最凶の菩薩)の世界を生きている―。死闘のゆくえは。そして、互いの因縁が明らかになったとき、彼らがたどる数奇な運命とは…。(「BOOK」データベースより)

夢枕獏の時代小説としては『陰陽師シリーズ』を別とすれば『大帝の剣』しか思い浮かびませんでしたが、ちょっと調べてみると『大江戸釣客伝』など結構ありました。他にも短編小説にもあるかもしれませんし、『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』などの空海を描いた作品も時代小説と分類されるのでしょう。

しかし、いわゆる「侍」の物語として見るとき、『大帝の剣』の他には本書『ヤマンタカ』しかないような気がします。これも、近年の夢枕獏作品はあまり読んでいないので私が知らないだけなのかもしれません。

ところで本書ですが、中里介山が著わした全41巻もある未完の大河小説『大菩薩峠』の、その第一巻目で描かれている御嶽神社の奉納試合までを、夢枕獏式に再構築してより活劇小説としての面白さを増幅させた物語です。

その作品を『餓狼伝シリーズ』や『サイコダイバー・シリーズ』などの夢枕獏が描きなおすのですから期待は高まります。もともと『大菩薩峠』に新選組が絡んでくることも知らなかったのですが、本書では、もともと脇役でしかなかった土方歳三をメインに、巽十三郎という多分ですが新キャラクターと思われる人物を加え、本来のキャストである机龍之介と宇津木文之丞との奉納試合までの関係を描きます。

そこに、やはり『大菩薩峠』本来の登場人物である七兵衛という盗賊や、色気担当のお浜という女、それに近藤勇や沖田総司などの新選組のおなじみのメンツまで絡み一大アクション小説が展開するのです。

ですが、描くのが夢枕獏という実に個性のはっきりとした作者の作品ですから、いわゆる剣豪ものの時代小説とは異なります。これまでの夢枕獏の『餓狼伝』や『獅子の門』という格闘技ものの延長上にある作品として仕上がっています。つまりは、夢枕獏の描く剣戟の場面が、これまでの彼が描いてきた肉体の衝突である格闘場面の延長上にあるのです。

確かに、机龍之介の秘剣である「音なしの構え」についての新解釈など、独特の解釈はあります。ですが、御嶽神社での奉納試合を待つまでもなく、奉納試合に至る前に描かれる個々の立ち合いの場面など、結局はサイコダイバーの九門鳳介や餓狼伝の丹波文七などの闘いを見ているようでもあるのです。

そういえば、机龍之介をも含めた本書の登場人物は、『サイコダイバー・シリーズ』や『餓狼伝シリーズ』の登場人物にあてはめてみることもそう難しいことではない気もします。それほどに夢枕獏の物語なのです。

ちなみに本書の書名になっている「ヤマンタカ」とは、チベットでは文殊菩薩の化身のことを言うとされ、本来は仏教の憤怒尊のことを言うと、本書の冒頭に書いてありました。

夢枕 獏 呼ぶ山 夢枕獏山岳小説集


山を舞台にした、ホラー小説と言ったほうがよさそうな八編の物語を集めた短編集です。

山が、そいつに声をかけるんだよ、長谷。順番が来たことを教えてくれるんだ。―お前の番だよ。こっちへおいで、と。(表題作「呼ぶ山」より)山を愛し、自らも数々の山に登ってきた著者の作品群より、山の臨場感と霊気に満ちた7作品を厳選。『神々の山嶺』のスピンオフである表題作を併録した。山で起こる幻想的な話、奇妙な話、恐ろしい話…人々を魅了してやまない、山の美しくも妖しい側面を切り取った著者初の山岳小説集。(「BOOK」データベースより)

本書を紹介した「BOOK」データベースなどでは「著者初の山岳小説集」と謳ってあります。確かに山を舞台とした短編小説集ではありますが、こうした物語をも山岳小説と言って良いものか疑問です。山岳小説と言う場合、明確な定義は無いでしょうが、一般には山とそれに対峙する人間との緊張関係を描いたり、山という大自然の中で交わされる人間ドラマを描いた作品を言うと思います。

夢枕獏の山岳小説と言えばまず挙げられる『神々の山嶺』はまさに山岳小説ですが、『神々の山嶺』を思って本書を読むと裏切られます。しかし本書の場合、山そのものを描いたというよりは、山で起きる、若しくは山を背景として起きた事柄を描いたホラーチックな物語集と言ったほうが適切です。夢枕獏の物語自体が好きなのだという方以外は注意した方が良いでしょう。

ところで、本書は過去に出版された夢枕獏の短編集から山関連の作品を選び出し再構成した作品集でした。解説も書かれている大倉貴之氏が編まれた作品集だそうです。

そして個々の短編の出典を書いてあったのですが、何とほとんどは過去に読んだ作品集に収められていた作品でした。読みながらも、過去に読んだ作品に似ているとの思いは確かにあったのです。しかし、既読だとは思いませんでした。ほとんど三十年近くも前に読んだ作品でああのですが、既読か否かも気付かないとは少々ショックです。

「深山幻想譚」 小気味いいどんでん返しのある、軽いホラー作品。

「呼ぶ山」 著者自身のあとがきには『神々の山嶺』のスピンオフ作品だとありました。名前は出てきませんが、著者自身が長谷常雄だと言っています。

「山を生んだ男」 まさに山岳小説として始まりますが、途中からはファンタジーへと移行します。

「ことろの首」 山で迷いこんだ山小屋での出来事を描いたファンタジーです。

「霧幻彷徨記」 捕らえられた霧から抜け出そうとあがく男の幻想譚。

「鳥葬の山」 チベットで見た鳥葬の儀式に取りつかれた男のホラーチックな物語。

「髑髏盃(カパーラ)」 ネパールで購入した髑髏盃にまつわるこれまたホラー要素の強い物語です。

「歓喜月の孔雀舞(パヴァーヌ)」 ネパールで暮らす一人の女に恋した主人公は、事故で死んだ彼女からある男に渡すように託された石を渡しそびれていた。

上記各物語の中でファンタジーとは書きましたが、かつて出版された短編集では「幻想譚」と記されていました。この二つの言葉の差異は正直よく分かりません。ファンタジーというと恐怖の要素はあまり無い夢物語で、幻想譚というと恐怖のニュアンスが強くなる、と言っていいのでしょう。

いずれにしろ、夢枕獏の初期から近年に書かれたものまでが取り上げられています。このごろは陰陽師の物語など、恐怖物語にしても上質な雰囲気をまとうことの多い気がするこの作者の小説です。本書はそんな夢枕獏のまだ粗削りな作風の垣間見える作品集になっています。

蛇足ながら、本文章を書いてこのブログで夢枕獏を取り上げるのは初めてだと気付きました。この作者の作品はほとんど読破しているのですが、ここ数年は読んでないことになります。メモを見ると2011年の11月に『新・餓狼伝 巻ノ2』を読んだのが最後でした。驚きです。

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(こちらです⇒読んだ屋
本ブログを別棟として位置付けて、読んだ本を記録していこうと思い立ちました。ここでの文章を母屋であるそのサイトに転記していくつもりです。

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