江國 香織 犬とハモニカ


この作家の作品は初めてで、この本の持つ空気感は普段私が読む作品群には無いものでした。恋愛小説集と言って良いものなのか、そこからよく分かりません。川端康成文学賞を受賞している作品です。

読み始めてすぐに井上荒野の『切羽へ』を思い出したのですが、読み進むにつれ『切羽へ』の持つ官能の香りとはまた違うと思いなおしました。こちらは、短編のそれぞれが、透明ではあるのですが硬質ではない(薄衣のような印象と言えば良いのでしょうか)文章で、主人公の濃密な思いが丁寧に目の前に差し出されたような感じです。

私が一番好むエンターテインメント小説とはまた異なっているため、戸惑いながら読み進めました。でも、その戸惑いは非常に心地よいもので、たまにはこうした作品も読んでみようと思わせるものでした。ベタに言えば暴力、エロスなどに浸った後の清涼剤です。

「犬とハモニカ」 こうした作品もグランドスラム形式と言って良いかは分かりませんが、複数の登場人物それぞれの多視点で語られる物語です。飛行機の中、そして空港の到着ロビーで、視点が切り替わりつつその場面にいる人物たちの内面が提示されます。当たり前ですが、人それぞれに異なる生活を営み生きているのです。エンタメ小説に慣れていると、何のイベントや事件も起きない、場面を切り取っただけの、文章の力だけで読ませるような作品はとても取りつきにくさを感じます。もう純文学の範疇なのでしょうね。

「寝室」 女に振られた男が夜中家に帰りあらためて妻の寝姿をみると、圧倒的な新鮮さを感じるのです。私も男ではありますが、この男の心情がどうも理解できません。振られた男がその直後に裏切っていた妻に対し新鮮さを感じるものでしょうか。それとも、ここでの「新鮮さ」は単に見知らぬ女という意味合いしかないのでしょうか。

「おそ夏のゆうぐれ」 差し出された男の皮膚を食べてしまった女が、男にとらわれてしまっている自分を見つめなおします。おそ夏のゆうぐれに見かけた少女にただ存在していただけの幼き自分を見出し、孤独である自分を確認するのです。

チョコレートの景品である冊子王に書かれた作品だそうです。この本をの読み終えた最後に書いてありました。チョコレートをテーマにこのような物語を紡ぎだす作家に脱帽です。一番しっくりきた作品でもありました。

「ピクニック」 ピクニックを趣味とする妻、その妻に違和感を感じる夫。この夫婦は何故夫婦でいるのでしょうか。発せられる言葉さえも空虚としか感じない、互いに相手を異物としか感じない夫婦。良く分からない物語でした。

「夕顔」 源氏物語の「夕顔」の現代語訳です。六人の作家が源氏物語の現代語訳を競作する、という「新潮」の企画で書いた一片だそうです。

恥ずかしながら私はこの作品で初めてきちんと源氏物語という作品に触れたのですが、恐怖小説めいたこのような物語だったとは驚きしかありませんでした。この作家のアレンジも入っているのかと思ったら、ほとんど原文のままなのです。再度の驚きでした。

「アレンテージョ」 とあるホテルに宿泊しているゲイのカップルの物語。舞台はポルトガルです。実際にポルトガルに取材に行った、とこの本の末尾に書いてありました。この作品も正直よく分かりませんでした。主人公がゲイという設定だからではなく、やはりエンタメ小説ばかりに耽溺してきた身としては、この作品のような文学的香り漂う物語は戸惑いしかないのだと思います。

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本ブログを別棟として位置付けて、読んだ本を記録していこうと思い立ちました。ここでの文章を母屋であるそのサイトに転記していくつもりです。

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