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原田 マハ たゆたえども沈まず




原田マハという作家は、ピカソを始め、ルソーやピアズリーなど、いろんな画家をテーマに作品を書かれています。そして今回はフィンセント・ファン・ゴッホの物語です。2018年本屋大賞のノミネート作品でもあります。

タイトルの「たゆたえども沈まず」とは、パリ市の紋章にある標語であり、強い風に揺れはしても、沈むことはない、という船乗りの言葉に由来するそうです。パリの真ん中を流れるセーヌ川の氾濫に悩まされていた人々は、如何に苦しくてもやがては立ち上がるのです。また、ヨーロッパの戦乱の歴史の中に翻弄されてきたパリの姿を現しているのだとも言います。

フィンセント・ファン・ゴッホといえば、「ひまわり」や「いとすぎ」をモチーフとした作品を想い浮かべますが、また日本の浮世絵から触発された部分が大きいという話も聞いていました。

本作は、そうした日本の浮世絵とゴッホの関わりも含めた、林忠正と加納重吉という二人の日本人画商と、フィンセント・ファン・ゴッホ、そして彼の弟のテオドルス・ファン・ゴッホとの物語です。

このうち、加納重吉だけは架空の人物です。多分、実在した林忠正という人物と特に弟のテオドルス・ファン・ゴッホ即ちテオとの間をつなぐ役として配置されたのだろうと思います。



故郷デンマークで、テオは子供のころから兄を慕い、兄のあとを追いかけて育ってきました。その兄が一足先にハーグのグーピル商会勤め、その後を追うようにテオもグーピル商会に勤めるようになりますが、兄フィンセントは仕事をやめ、テオはパリのグーピル商会の支店に勤務するようになります。

当時はまだ古典的なアカデミーの絵画が重視されていますが、時代はドガやモネといったいわゆる印象派と呼ばれる作家たちの画に注目が集まりつつありました。

そうした時代、ジャポニスムと呼ばれるブームのなか、日本の浮世絵が人気を博し各方面において多大な影響を与えていました。日本人画商の林忠正は、異国フランスのパリで日本の美術を異国に紹介していたのです。

そこに日本から加納重吉という男が林のもとにやってきます。何も分からない重吉でしたが、浮世絵を通してグーピル商会の責任者であるテオと出会い、のちにフィンセントの画に魅せられていくのでした。



本書も歴史小説と同じで、過去の事実と虚構とがないまぜになっています。どこまでが事実でどこからが虚構なのか、調べながら読み進めるのも面白いかもしれません。しかし、虚構ではあっても、登場人物のゴッホという画家に対する思いは熱く伝わってきます。

特にテオの兄フィンセントへの自分の分身に対するような、憎悪と愛情の交錯は、作者の想像とはいえ真に迫り、読む者の胸を打ちます。

そうした登場人物たちの織りなす人間模様も見どころですが、更には、当時のパリのブルジョアジーの絵画に対する認識や、浮世絵が当時の西洋絵画に与えた影響など、絵画に無知な読者にもわかりやすく描いてあり読み応えがあります。


しかし個人的な好みとしては、第155回直木賞候補にもなった『暗幕のゲルニカ』に軍配を上げたいと思います。ミステリー仕立てであり、エンタメ小説としての完成度は高かったと思うのです。ひとつには、「ゲルニカ」という作品の持つ社会的な意味が、作品自体にも力強さを与えているのかもしれません。

原田 マハ キネマの神様


映画に対する愛情で満ち溢れた、心に迫るファンタジックな長編小説です。

39歳独身の歩は突然会社を辞めるが、折しも趣味は映画とギャンブルという父が倒れ、多額の借金が発覚した。ある日、父が雑誌「映友」に歩の文章を投稿したのをきっかけに歩は編集部に採用され、ひょんなことから父の映画ブログをスタートさせることに。“映画の神様”が壊れかけた家族を救う、奇跡の物語。(「BOOK」データベースより)

歩の父親はギャンブル依存症で、「男はつらいよ」の寅さんのように、はたで見ている分には愛嬌があって笑っていられるのですが、現実には到底一緒にいることはできない、そんな生活破たん者です。そんな父親が、こと映画に関しては実に人間的です。

歩の父親の唯一のまともな趣味が映画鑑賞でした。歩の勤める映画雑誌を出版している「映友」という会社のサイトに、歩の父親が書いた文章を載せたところ、ローズ・バッドというハンドルネームを持つ人物が反論らしき文章を書きこみます。それに対し父親がまた書き込み、そのやり取りが人気を呼び、「映友」のサイトが世界的に大ブレイクしてしまうのです。

ここに至るまでにも、映画に関する文章が随所に語られているのですが、その文章が映画好きにはたまりません。

この物語の序盤に、歩が一文を書く場面があります。そこで書いている映画が、あの「イタリアの離島の小さな映画館を舞台にした、映画技師と少年の友情物語」である「ニュー・シネマ・パラダイス」でした。

ここの一文だけでも映画が心から好きな人の文章だと分かります。名画を「夏の夜空に咲く花火を」「川の匂いと夜風を感じる川辺で見上げればひときわ美しいように、映画館で観れば、それはいっそう胸に沁みる。」と締めくくるその文章はさすがです。

本書で重要な位置を占める場所として「テアトル銀幕」という映画館、いや名画座があります。そして、本書は名画座の価値をこれでもかと知らしめてくれてもいます。

私も学生時代は東京のあちこちの名画座によく通ったことを思い出しました。確か四十年ほど前には飯田橋に名画座があったし新宿にも、それに高田馬場駅にも山手線の内と外にそれぞれ一軒、渋谷の東急会館のところもありました。

そのそれぞれに足繁く通ったものです。勿論ロードショウを見る金が無かったということもあるのですが。そう言えば、私が住んでいた西荻窪にもありました。

本書に出てくる映画の題名のうち、私が見たことがあるのはその半分くらいでしょうか。後にテレビで見たものもありますので、実際名画座で見たものがどれくらいかは分からないのですが。

本書の登場人物のそれぞれが皆映画にかかわって生きています。みな映画が本当に好きな人たちなのです。本書を読んでいると、また映画を観たくなります。映画を見てその映像美に驚き、物語に感動し、涙を流すのです。

小説も読者を小さな旅に連れて行ってくれますが、映画もまた同様です。小説は自分の想像力の範囲内での味わいですが、映画には映像と音、音楽がある分だけ限定されますが、逆に自分の想像力を越えたところにまで連れて行ってもくれるのです。

本書はファンタジーです。現実にはあり得ない物語です。しかしながら、心から映画を愛する人たちへの賛歌としていつまでも心に残ると思います。

実に良い本でした。

原田 マハ 楽園のカンヴァス


作者の筆力をも見せつけられると同時に、作者の持つ感性の細やかさを思い知らされた、読み応えのある長編ミステリー(?)でした。

大原美術館の監視員をしていた早川織絵は、ある日突然に館長室に呼び出され、ニューヨーク近代美術館(MoMA)所蔵の、アンリ・ルソー作「夢」を借り出す交渉をするように言われる。MoMAのチーフキュレーターであるティム・ブラウンが交渉の窓口に織絵を指名してきたらしい。織絵は十六年前のティムとの邂逅を思い出していた。それは、伝説的なコレクター、コンラート・バトラーからの、ルソーの作品の調査依頼に応じてチューリッヒに赴いた時のことだった。

前回読んだこの作者の作品は、同じく美術館のキュレーターを中心に据えた『暗幕のゲルニカ』という直木賞の候補作にもなった2016年発表の作品でした。本書はそれ以前の2012年に発表されていて、同じく絵画をテーマにしていますが、今回はアンリ・ルソーです。

彼の作品は、私が読んだ文庫版の表紙の装丁にも使われているので、すぐにわかると思います。私にとってのアンリ・ルソーは、中学時代(?)の担当の美術教師が半分笑いながら、「面白い」作家だという意味のことを言っていたのが唯一の想い出でしょう。

本書は2000年の今から、1983年の織絵とティムの物語へと時代は移り、そして二人はチューリッヒにおいて、20世紀初頭に生きたルソーについて書かれた文章を読み、コンラート・バトラーの所有するある絵についての真贋をを見分けることになるのです。

本書の魅力は第一義に絵画についての作者の表現力です。作者の表現は、「絵」という、二次元に多彩な色と構図で表現されている絵画を言語で表すことの難しさを軽々と越えられているように思えます。

絵画についての表現力は、対象となる画家について緻密に調査したうえで書かれたであろう事実についての描写についても生かされています。本書で言うと、織絵とティムが読んでいるルソーやピカソのその当時の描写や、本書中にちりばめられている数多くの絵画についての説明もそうでしょう。しかし、巻末に示されている資料の数は作者の努力の跡を示していると思われます。

この感性と表現力を持っている人だからこそ、『カフーを待ちわびて』のような美しさを持った恋愛小説も書くことができるのでしょう。

この点、二次元の絵画についての表現力と、物語の時代背景などの描写力とは一致するものなのか、疑問はあります。絵画という芸術に対する感性という異質なものが必要な気がしますが、よく分かりません。

本書のもう一つの魅力は、ミステリーとしての面白さです。特に本書は最後の最後に二重三重に仕掛けられていた仕掛けが次々と明かされますが、その意外性に驚かされました。

日曜画家として「税管理ルソー」との蔑称にも似た響きを持つ呼ばれ方をすることもあった、アンリ・ルソーの「夢」という一枚の絵から、これだけの物語を紡ぎだす原田マハという作家の魅力をもっともっと知りたくなりました。

原田 マハ カフーを待ちわびて


あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

昨年の熊本は大地震にに振り回された一年でしたが、本年は静かな、しかし明るい年であれと願いたいものです。

さて、本書は『暗幕のゲルニカ』で直木賞候補になった原田マハの小説家デビュー作品だそうで、第1回日本ラブストーリー大賞を受賞している長編恋愛小説です。

もし絵馬の言葉が本当なら、私をあなたのお嫁さんにしてください―。きっかけは絵馬に書いた願い事だった。「嫁に来ないか。」と書いた明青のもとに、神様が本当に花嫁をつれてきたのだ―。沖縄の小さな島でくりひろげられる、やさしくて、あたたかくて、ちょっぴりせつない恋の話。選考委員から「自然とやさしい気持ちになれる作品」と絶賛された第1回『日本ラブストーリー大賞』大賞受賞作品。(「BOOK」データベースより)

全338頁という文庫本を読んだのですが、一頁の行数が十四行と少なく、更に余白も広めにとってあるので、本の厚さに比べて文章の量は少なめで思ったより時間がかかりません、というのは文字の量という物理的な話で、何より、読みやすい文章です。

数年前に一度だけ我が家の家族旅行で行った沖縄の空気感は、湿度の高い九州の空気とは違ったものでした。行ったのが秋口だったので、暑い盛りの夏の沖縄の太陽は味わえませんでしたが、それでもなお九州とは違う晩夏の沖縄でした。

そんな、沖縄の雰囲気の端っこをかじっただけの私にもその時のことを思い出させるこの作品の文章は、さらに冒頭からのファンタジックな内容とも合わせて、ほのぼのとした佇まいで気楽に読み進めることが出来ました。

主人公の明青は、たまたま訪れた旅行先の神社で、戯れに「嫁に来い」と書いた絵馬を残します。ところが、その絵馬を見たという一人の「幸」という女性から「結婚してください。」との手紙が届くのです。幸が現れるまでの何かと心待ちにしている主人公明青の振舞いがほのぼのとしていて、とてものこと小説家デビュー作品などという印象は無く、本来、ラブストーリーは得意ではない私ですが、なかなかに惹きつけられるものがありました。

沖縄の、それも家から少し行けばそこには青い空と海、そして白い砂浜があるという絵にかいたような沖縄を舞台に、そのパラダイスを開発という名のもとに売らなければならない人たちを絡めて物語は進み、一方主人公の明青はミステリアスな美女に振りまわされます。

明青の家の裏に一人住む、島唯一人のユタであるおばあと共に、明青は幸との暮らしを続けていくのですが、この暮らしを維持する努力すら積極的にはしようとしない明青の態度はあいまいです。読んでいて、明青のあまりのあいまいさに、ファンタジーの側面がさらに膨らんできました。

また、「幸」というミステリアスな謎の美女の存在は、いかに小説だとしてもちょっと無理がありはしないかとも思っていたのですが、最終的には、あり得ない話だからこそファンタジーなのであり、心温まる物語として成立したのかもしれないと思うようになってしまいました。

人間、たまにはこうしたラブストーリーもいいものです。

原田 マハ 暗幕のゲルニカ


1937年4月のパリ。ピカソはスペイン共和国政府のパリ博覧会に出展するパビリオンに飾る絵画の依頼を受け、そのテーマを決めようとしていた。そこにスペインのバスク地方にあるゲルニカという町が空爆されるという事件が起きる。一方、21世紀の現代では、ニューヨーク近代美術館(MoMA)のキュレーターである八神瑤子が、暗幕のゲルニカ事件をきっかけにピカソの展覧会を企画し、「ゲルニカ」の実物を借り出すために奔走していた。

「ゲルニカ」とは、言うまでもなくピカソの描いた作品の中でも最も有名な作品の一つと言われる絵画です。その「ゲルニカ」をモチーフに、二十一世紀の現代に生きるピカソの絵画に魅せられた八神瑤子、そして二十世紀を生きたピカソの愛人の一人だったドラ・マールという二人の女性を中心に練り上げられたサスペンス(?)作品です。

本書の途中まで読んでいる段階では、単に「芸術と戦争」という主題を追う物語のような印象でした。しかし、途中から、瑤子の企画した展示会の成否に重点が移り、その中で「ゲルニカ」の持つ芸術性や反戦への主張がより強調されるようになってきました。

この作品は、20世紀のスペインの内戦や、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件などの前提知識が無ければ、その面白さは半減すると思われます。同時多発テロ事件は近年の出来事ですので、私たちの年代であれば別ですが、今時はスペインの内戦についてはあまり知らないのが普通でしょう。

スペインの内戦は、1936年から1939年にかけて共和国軍とフランコ将軍率いるファシズム陣営との間で戦われたスペインでの内乱のことです。簡単に言えばそうなのですが、背景には当時の世界情勢との絡みもあって一概には言えないところもあります。

ただ、当時の西欧の知識人たちはこぞって共和国軍を支持していました。スペイン内戦を舞台にした『誰がために鐘は鳴る』を書いたヘミングウェイなどが有名ですね。ピカソもそうした中に位置づけられます。

本書で描かれている「暗幕のゲルニカ」事件なるものは現実にあったものなのか調べました。2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件を契機として、悪の枢軸国との対決に踏み切ったアメリカ合衆国は、その一環としてイラクへの侵攻作戦を行います。そしてアメリカ国防長官はイラク侵攻に関する記者会見をニューヨークの国連本部でおこなったですが、その際に背後にあったタペストリーが暗幕によって隠されていたという現実の出来事でした。

ニューヨーク近代美術館(MoMA)やスペイン国立レイナ・ソフィア芸術センターもまた現実に存在する美術館です。

また瑤子の「キュレーター」という職種ですが、「英語の元の意味では、博物館(美術館含む)、図書館、公文書館のような資料蓄積型文化施設において、施設の収集する資料に関する鑑定や研究を行い、学術的専門知識をもって業務の管理監督を行う専門職、管理職を指す。(※curate―展覧会を組織すること)。」を言うそうです。(出典:ウィキペディア

こうした事柄を背景に八神瑤子の現代の物語と、ドラ・マールが語る1930年頃のピカソの物語が同時に進行します。このピカソの時代をも同時に語っていく手法は、当初は若干冗長さを感じながら読み進めていったのですが、途中からはピカソの物語が「ゲルニカ」という絵画そのものの背景説明をも兼ねており、次第にのめりこんでいました。そして、クライマックスでのとある仕掛けにも結び付いていたのです。

芸術を文章で表現することの難しさ、そしてある種の空虚さは、絵画や音楽などをテーマにした物語を読むときにいつも感じた事柄でもあります。それは、読み手側にその素養が必要だということです。本書のようなサスペンスでは、芸術に対する感性が無くても物語として楽しむことはできるのかもしれません。しかし、芸術に対する深い感性を持っていたならば、この作品を読んで感じた喜びよりも、さらに素晴らしい感動が待っていたのではないかと思うのです。

クライマックスに若干の難ありと感じはしたものの、この作家の他の作品も是非読んでみたいものだと思わせられる作品でした。第155回直木賞の候補作でしたが、残念ながら賞は逸しました。

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このブログの本棟として本の紹介のサイトを開いています。
(こちらです⇒読んだ屋
本ブログを別棟として位置付けて、読んだ本を記録していこうと思い立ちました。ここでの文章を母屋であるそのサイトに転記していくつもりです。

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