米澤 穂信 さよなら妖精




王とサーカス』、『真実の10メートル手前』で活躍したジャーナリスト、太刀洗万智が物語に初めて登場する、長編の青春ミステリー小説です。

本書での太刀洗万智は未だ高校生です。しかし、既に彼女の特徴であるクールな雰囲気は既に身にまとっており、鋭い洞察力も備えています。

本書は、守屋路行という高校生の視点で全編が語られています。太刀洗万智は守屋の同級生であり、ある雨の日に二人で歩いているときに一人の少女と出会ったことからこの物語は始まるのです。



「序章」では一九九二年の七月に守屋と同級生の白河が日記などの資料を持ち寄って、マーヤが帰っていったのはユーゴスラビアを構成するの六つの国のどこなのかを見つけようとしています。

第一章「仮面と道標」では一年前に戻り、守屋らとマーヤとの出会い、そして守屋らの弓を引く姿や、本書の舞台である藤柴の町を見て回り日本の文化に触れるマーヤが描かれています。

第二章「キメラの死」では、戦火がひどくなるユーゴスラビアの現状を勉強する守屋と彼に祖国のことを説明するマーヤがいて、ふた月という時間を経て、皆の心に強烈な印象を残しつつユーゴスラビアへと帰っていくマーヤの姿が描かれています。

第三章ではその一年後の「今」に戻り、マーヤの帰っていった国を探す場面へと戻り、太刀洗万智が登場し、すべての秘密を明かすのです。

「終章」では守屋と太刀洗の二人の想いを馳せる姿で締められます。


本書は、何らかの事件が起きて、それを探偵役の登場人物がその事件に伴う謎を遠き明かすという、普通の推理小説とは異なります。外国人の娘が、私たち日本人の普通の生活の姿に感じた疑問を、彼女が何をもって疑問に感じたのか、を謎として設定してその謎を解いていくのです。

その上で、本書全体として、マーヤの故郷は、六カ国からなるユーゴスラビア連邦のどの国なのかを推理する、という大きな謎が設けられています。

そして、推理小説としての一面とは別に、ユーゴスラビアという異国で起きた戦火に想いを馳せる、平和な日本で暮らす高校生の青春小説としての一面をも持っています。



この作家の論理を積み重ねて提示される謎を解き明かす手法そのものは、いわゆる本格派の推理小説の手法であり、決して私の好みではないのですが、この作家の紡ぎ出す物語自体には非常に惹かれるものを感じます。

そうした苦手ではあるのだけれど惹かれる、という印象を一番感じたのは『折れた竜骨』ですが、『インシテミル』などの他の作品でも多かれ少なかれ似たような印象を持ったものです。それは、謎ときの要素を抜きにしても物語作家としての力量が素晴らしいことを物語っているのでしょう。

そうした物語の語り手としての力量は、この作者のデビュー作である『氷菓』でもそうなのですが、青春小説の描き手としても同様であり、現実の高校生にはいないと思われそうな登場人物ではあっても、何故か物語に惹きつけられていくのです。



本書では、マーヤのユーゴスラビアでのとある一日を描いた短編『花冠の日』が添えられています。私は単行本で読んだのですが、単行本にもこの短編が収納されていました。

改めてこの作者のうまさ、を感じる小説でした。

米澤 穂信 折れた竜骨



ストーリーを一言でいうと、ソロン諸島の領主が殺され、領主の娘アミーナが騎士ファルクとその従士である少年ニコラの力を借りて、領主殺しの犯人をつきとめるという話です。

始めは本書をファンタジックな物語にミステリーの要素を盛り込んだ心躍る小説だと単純に思っていたのですが、本書をよく読んでみるとこれはいわゆる本格派のミステリーではないか、と思うようになりました。

本書が、実際に本格派のカテゴリーに分類されるものなのか否かは私にはよく分かりません。しかし、犯罪動機よりも、発生した事件にまつわる謎を探偵役が解き明かす過程に重きが置かれ、その謎を十全に成立させるための舞台背景を整えることが本格派の推理小説の大前提となるとするならば、本書はまさにそれに該当します。

そもそも、設定された謎のために設けられた舞台や謎ときの過程が現実感を欠くところに、私が本格派といわれる推理小説にのめり込めない原因があったのですが、本書の場合、その舞台設定に無理があるとは感じませんでした。

それは、中世の欧州、それも魔法と剣の世界を舞台にしているという点にその理由がありそうです。現実感のない設定である筈のところが、そもそも現実を無視した舞台なのですから当然です。

そして、この作者の『王とサーカス』という作品を読んだときにも思ったのは、米澤穂信という作家は、ミステリーを抜きにした純粋に物語作家としても素晴らしい才能を有している人なのだということです。

その面白い物語というのは、『インシテミル』でも感じたように、結局は、その小説が人間ドラマを盛り込んだ物語として成立しているかどうか、ということに帰着するようです。

そしてこの作家の作品は本書『折れた竜骨』も含めて物語として非常に面白いと言うわざるを得ないのです。

本書の場合、物語の面白さ加えて謎解きの要素が入っていて、第64回日本推理作家協会賞、第11回本格ミステリ大賞候補、第24回山本周五郎賞候補という受賞歴をもつほどですから、ファンタジー好きのみならずミステリーファンを惹きつけたというのはよく分かる話なのです。

米澤 穂信 王とサーカス


「週刊文春ミステリーベスト10」「このミステリーがすごい!」「ミステリが読みたい!」という三賞において第一位になるという三冠を達成した長編推理小説です。

ある仕事の前のりでネパールの首都カトマンズに来ていた太刀洗万智は、たまたま王宮で起きた王族殺害事件に遭遇します。早速その事件を取材しようとする太刀洗でしたが、取材のために会った軍人が翌朝死体となって発見されるのでした。その軍人は、ジャーナリストである自分と会ったために殺されたのか、それとも他の理由があったのか、太刀洗万智はジャーナリストとしてその軍人の死の真相をさぐるのでした。

本書が三冠を達成するほどに面白いのかというと、よく分からないというのが本音です。ミステリーとしてはこの作者の『真実の10メートル手前』のほうを面白いと感じたのは何故なのか、それは、ストーリー自体の面白さが謎解きの心地よさを上回ったことにあるのではないかと思っているのです。

舞台がカトマンズという見知らぬ街であり、その町の様子が詳細に語られていて、歴史上の事実である王族の殺害という一大ニュースを背景とした物語である上に、掲げられたテーマがジャーナリストとしての太刀洗万智にとって本質的なものであることから、太刀洗万智の心象の描写が上手く、物語として魅せられたと思われます。

主人公が殺された軍人と会った際に、「お前はサーカスの座長だ。お前の書くものはサーカスの演し物だ。我々の王の死は、とっておきのメインイベントというわけだ。」と、言い切られます。ジャーナリストとしての心構えを問われた太刀洗は、その指摘に対しきちんと反論することができませんでした。

「悲劇を娯楽として楽しんでいる側面」を指摘され、そのことを否定できなかった太刀洗は、自分の仕事について、「知る」ということについて、そして「伝える」ということについて深く考察することになります。

結局、その太刀洗が事件の真実を暴き、その裏に隠された事実を明らかにするという謎ときの部分も勿論面白いのですが、太刀洗万智が自分の仕事、「報道」という言葉の持つ意味をきちんと認識する過程も含めて丁寧に描写してある、そのことが読者に受け入れられたのではないでしょうか。

ミステリーとしても勿論素晴らしく面白いのです。その上で太刀洗というキャラクター造形が見事であるだけ、彼女が思い悩むその真摯な姿に読者も頼感情移入するのだと思いました。

他にも読み応えのある作品が多数ありそうです。それらの本を読むのが楽しみな作家さんであるのは間違いありません。

米澤 穂信 満願


全編が、ホラーと言うにはためらいがありますが、それでも、ほのかに恐怖感が透けて見える短編作品集です。


「夜警」
どことなく心休まらない印象の新人警官が配属された。彼はその心配の通りにけん銃を発砲し、襲ってきた相手を射殺しながらも、自らも殺されてしまう。しかし、彼は死の間際に、「こんなはずじゃなかった。上手くいったのに」と繰り返していた。
「死人宿」
やっと探し当てた佐和子は山奥の温泉宿にいた。しかし、そこは毎年一人か二人の死者が出る、『死人宿』と呼ばれる宿だった。そして、自分が止まっているその晩にも・・・。
「柘榴」
自他共に認める認める美しさを持ったさおりは、父の反対にもかかわらず佐原成海と結婚して娘を産み、夕子と月子という母親の美しさを引き継いだ二人の娘を産んだ。父親の言うとおり成海は生活能力が無く、さおりとは別れることになったが、成海は二人の子供の親権は譲らないというのだった。
「万灯」
井桁商事の伊丹は、バングラデシュの北東部の低地帯での天然ガスの開発を手掛けていた。問題は、その地方の拠点として最適なボイシャク村のアラムという男が開発に反対していることだった。そのボイシャク村からの呼び出しで赴くと森下という日本人がいた。
「関守」
都市伝説系の記事を書くために、先輩から教えられた「死を呼ぶ峠」の噂がある伊豆半島の桂谷峠に来た。しかし、小さな婆さんが一人いるだけの古びたドライブインが一軒あるだけであり、その婆さんから話を聞くしかないのだった。
「満願」
自分が弁護士になる前に下宿をしていた鵜川家の嫁の鵜川妙子が今日出所してきた。彼女は、一審で殺人の罪裁かれたものの、控訴を取り下げ服役していたものだった。何故、一審では争う姿勢を見せていたのに控訴審を戦わなかったのか、それが分からなかった。

米澤穂信という作家の作品を読んだのは直木賞候補作の『真実の10メートル手前 』、次いで『氷菓』という高校生が主人公の青春ミステリー小説で、その次が、『インシテミル』というゲーム性の強い本格派のミステリーです。そして本書なのですが、本書は人間の内面に深く踏み込んで心の裡を暴き出す、これまでとは全く雰囲気の異なる作品でした。

本書の受賞歴を見ると、第27回山本周五郎賞、第151回直木三十五賞候補、ミステリが読みたい! 2015年版 国内編1位、週刊文春ミステリーベスト10 2014 国内部門1位、このミステリーがすごい! 2015年版 国内編1位、第12回本屋大賞7位などとそうそうたるものです。

にも拘らず、個人的な好みからは若干外れていました。何せ暗い。そして重い。「夜警」や「柘榴」など、思わずうまい、と思ってしまう作品ももちろんあるのですが、特に「万灯」や「満願」などは読んでいる途中からミステリーとしての違和感を感じてなりませんでした。

「万灯」は主人公が犯した殺人が、意外な理由で暴かれてゆくその過程が仕掛けなのでしょうが、どうも納得できません。直木賞選考委員が言うような理由ではなく、個人として、小説の成り行きに違和感を持つのです。

それは「満願」も同様で、私が感じた違和感の正体は、これらの物語で提示したい「謎」が明確でないというところにあるのでしょう。

しかし、本書は個人的な好みからは少し外れていたにしても、『真実の10メートル手前 』のような作品を書かれるこの作者の作品は、良く練られていて読む甲斐があるということは言えると思います。今後も他の作品を読んでいきたいものです。

米澤 穂信 インシテミル


久しぶりに読んだ本格派の長編推理小説でした。こうした頭脳ゲームを本格派と言っていいものかは分かりませんが、物語の内容は、特定の状況下で起きた事件の犯人を探偵が解き明かすという、従来の本格推理小説の王道を行く小説だ思いながら読んでいました。

時給十一万二千円というアルバイト広告に魅かれて集まった十二人。地下に設けられた「暗鬼館」というこのゲーム用の専用部屋で一週間の間、ただ何もしないでいれば千八百万円を超える金が各自に入るというのだ。しかし、設けられたルールは、自分以外の者を殺害した者は報酬が二倍、などと異常としか言いようのないもので、事実、三日目に入ると参加者の一人の射殺死体が見つかり、残された者は恐怖の時を迎えることになる。

個人的には本格派の推理小説は敬遠してきた分野の小説です。いわゆる本格派は、ある事件の起きた理由や、誰によって、どのように為されたかなどの、犯行結果に至る過程のロジックを重視しています。本格派を好むには、読者に与えられている条件のもとで、読者が探偵役になって事件を解決に導くロジックを自ら考えなければ本当には楽しめないと思っていたからです。

読書に快適なひと時を求める私にとって、推理小説の中でも複雑な論理を追いかける作業はとても快適とはいえないものでした。その結果、論理の流れにそれほどには気を配る必要もなく、人間ドラマの流れを追えば感覚的に読んだ気になる社会派と言われる作品に傾倒していったのでしょう。

本書は、特定の状況下での犯人探しという、まさに本格派の推理小説でした。でありながら、本書に関しては、昔読んだ本格派の推理小説ほどには相性の悪さは感じませんでした。それは、本書が実にゲーム性の強い構成になっていたからではないでしょうか。

そもそも、時給十一万二千円というアルバイト広告に魅かれて集まった十二人という設定自体不自然ですし、その十二人が一週間過ごすだけの地下空間を準備するというだけでもすごいことです。物語の舞台として現実性を求めるとそもそも違和感だらけです。

でも、この前提を受け入れないと本格推理小説は成り立たないし、読み手もそういうものだとして読み進めます。つまりの物語自体がゲーム性が強いものですから、それでいいのでしょう。

そういう点では本書はよく考えられています。詳しい論理は考えてもいませんが、それを抜きにしてもよくできています。人間心裡も深く考えられていると思います。自分が実際どう考えるかは分かりませんが。

そういう意味で面白く読めたのでしょうし、物語が好きな読者にもそれなりに受け入れられたのだと思います。

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本ブログを別棟として位置付けて、読んだ本を記録していこうと思い立ちました。ここでの文章を母屋であるそのサイトに転記していくつもりです。

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