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須賀 しのぶ また、桜の国で


大量の資料を詳しく読みこんで、ポーランドというあまりなじみのない国の歴史を紹介しつつ、一人の外務書記生を中心に、感動的な物語として仕上げられた物語で、2016年の直木賞候補に挙げられています。全編を通して流れているのはショパンのピアノ練習曲、作品10、第12番ハ短調『革命のエチュード』です。

ショパンの名曲『革命のエチュード』が、日本とポーランドを繋ぐ!それは、遠き国の友との約束。第二次世界大戦勃発。ナチス・ドイツに蹂躙される欧州で、“真実”を見た日本人外務書記生はいかなる“道”を選ぶのか? (「BOOK」データベースより)

主人公は棚倉慎という外務書記生です。ちなみに、「外務書記生」という外交官の職名は現在では存在しない職名です。(ウィキペディア : 参照 )

本文中に「ポーランドは二度、地図上から完全に消滅している。」と、この国の紹介があります。十八世紀にロシア他の三国から分割を受け、その後ナポレオンによりワルシャワ公国がつくられたものの、彼の死後ロシアとプロイセンとで再び分割されます。それが1918年にポーランド第二共和国として復活し、本書冒頭の時代、1938年に至っています。しかし、翌1939年の9月にはドイツやソ連に侵攻され、ポーランド第二共和国は崩壊します。本書はそんな時代背景の物語です。

この物語の内容をきちんと理解しようとするとかなりの時間が必要だと思われます。それは、ポーランドというあまり知らない国の歴史を理解するのと同時に、ユダヤの民の迫害についても知らなければならないからです。その過程では、ロシアやナチスドイツの残虐な行いを見つめなおす必要があるでしょうし、彼ら弾圧を受けてきた民族に日本がどのように関わってきたかまで知ることになるのです。

本書はそうした事情を物語の背景として、また物語の主題として織り込んでいます。ときには目をそむけたくなるような事柄もありますが、それは歴史的な事実としてあるのです。

本書の主人公は棚倉慎という外務書記生ですが、他に本書冒頭の列車の中で知り合うヤン・フリードマンというカメラマンや、レイモンド・パーカーというアメリカ人記者がいます。この二人を合わせた三人でこの物語を動かしていくのですが、お互いの立場の違いにより、時代の流れに押し流されていく方向が異なってきます。

他にも、日本大使館事務員のマジェナ・レヴァンドフスカというポーランド女性やハンナ・シュロフシュテインというワルシャワに住むユダヤ人女性が物語に花を添えると同時に、ポーランド人やユダヤ人の悲惨さを体現する立場にもなっています。

正義感にあふれる主人公の設定や、行動のあり方については、やはりフィクションだから、という読み方もありだと思います。そうするとこの物語も、描いてある事柄は悲惨ではあるけれども、異種の冒険小説的側面が強調されることになるのでしょうか。

しかし、フィクションという、現実の出来事を越えたところにある作者の意思は、強く読み手の心に迫ります。フィクションではあるけれど、物語の根底には歴史的な事実があり、大国の思惑で振り回されたポーランドという国の物語があります。加えて、自らの国を持たないユダヤの人々に加えられる、ナチスに限らない差別は、私たちの生きている今の世にも通じる普遍的な価値のありようを私たちにつきつけるのです。

日本という国から遠く離れた見知らぬ国を舞台にしたこの物語は、膨大な資料を読みこみ、作者の溢れんばかりの情熱が注がれた小説です。ですが、悲惨な側面が強調されたり、冒険的側面が取り上げられたりと、読み方によって違う貌を見せる小説でもあるでしょう。

私にとっては、冒険小説的構成の中で、ポーランドという国に魅せられた一人の作家の、ポーランドと日本との関わりを知らしめるために書かれた作品でした。複雑な世界情勢の中での一青年の情熱ばかりが先走っているという印象も正直ありましたが、それ以上に膨大な資料から物語を構築する作者の努力こそが垣間見える力作だと感じました。

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Author:siro
このブログの本棟として本の紹介のサイトを開いています。
(こちらです⇒読んだ屋
本ブログを別棟として位置付けて、読んだ本を記録していこうと思い立ちました。ここでの文章を母屋であるそのサイトに転記していくつもりです。

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