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森 絵都 みかづき


「教育」をテーマに、具体的にはほ「塾」それも補習塾を舞台にした親子三代にわたる人生を描いた大河小説で、2016年度の本屋大賞ノミネート作品です。

昭和36年。小学校用務員の大島吾郎は、勉強を教えていた児童の母親、赤坂千明に誘われ、ともに学習塾を立ち上げる。女手ひとつで娘を育てる千明と結婚し、家族になった吾郎。ベビーブームと経済成長を背景に、塾も順調に成長してゆくが、予期せぬ波瀾がふたりを襲いー。山あり谷あり涙あり。昭和~平成の塾業界を舞台に、三世代にわたって奮闘を続ける家族の感動巨編!(「BOOK」データベースより)

本文だけでも467頁という長編であり、読み始めは人物の描写もそれほどには掘り下げてはなく、登場人物に起きる出来事を消化するだけの、どちらかというと説明的な文章が続くという印象が強い小説でした。

しかし、全八章からなるこの物語を読み進めるうちに、次第に物語に惹きつけられていきました。一つには主人公である大島吾郎と赤坂千明という後に結婚する二人の経営する塾の発展していく過程の面白さであり、また衝突ばかり繰り返す二人の行く末に対する関心です。それに千明の子であり、二人の結びつきのかなめでもある蕗子の成長する様子もまた気になります。

そして何よりも、こうした物語の進行の背景にある「教育」についてのいろいろな考えが披露されていることに惹きつけられました。惹きつけられる、と言うと違うかもしれません。そうではなく、考えさせられた、というべきでしょうか。

学習塾と進学塾という分け方自体、自分には無い視点でした。そもそも私の小学生時代、つまりは六十年近くも前のことですが、その時代の地方にも塾はあったものの、それはあくまでも個人の経営する塾であり、大手の塾はなかったと思います。

私個人は塾に行ったことはなく、その雰囲気もよく分かりません。学習塾とは個々の児童の勉強を補う言わば補習塾であって、進学塾は文字通り進学のための塾、つまりは受験に必要なテクニックも含めて教える塾ということになります。

こうした塾の存在の背景には国の教育政策があり、その政策自体手探りなのですね。戦後の民主主義の理想に燃えた授業から、国策に沿った人材育成のための教育への転換があり、エリートを養成する教育へと変換していったと言います。

そうした観点自体を持っていなかった私にとって、如何に教育というものを考えてこなかったのか、と思い知らされる作品でした。

物語も終わり近くになる頃、「ゆとり教育」の本当の目的についてのお偉いさんの発言として、一部の知的エリートの存在と、そのエリートの判断に従って、彼らの手足となって働く能力を持った労働者の存在さえあればいい、という言葉が紹介してあります。

そうした視点は色々な物語の中で、特権階級の言葉として語られることはありましたが、それはあくまでエンタメ小説のお遊びだと思っていました。しかし、それは現実に教育課程審議会の元会長のゆとり教育についての発言としてあったというのです。

この言葉が現実に発せられた言葉であるかどうかの検証までは行っていません。しかし、作者の創作の言葉だとは思えないのです。

本書は、大河ドラマとしての登場人物たちの人生のダイナミックな変化、登場人物たちの属する組織、つまりは「塾」のあり方についての煩悶など、見どころはたくさんあります。

ただ、個々の人物についての書き込みを今ひとつ浅く感じてもいました。しかし、何となくの物足りなさを感じてしまったのは、本書が本屋大賞にノミネートされている作品であることからしても、個人的なものだと言うしかなさそうです。

そうした個人的感想を除けば、エンタメ小説として見ても、作者の主張の入った啓蒙小説として見ても十分な面白さを持った小説だと思います。

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Author:siro
このブログの本棟として本の紹介のサイトを開いています。
(こちらです⇒読んだ屋
本ブログを別棟として位置付けて、読んだ本を記録していこうと思い立ちました。ここでの文章を母屋であるそのサイトに転記していくつもりです。

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