上田 早夕里 魚舟・獣舟





本書は、五編の短編と、一編の中編からなる、SFともホラーともつかない作品集です。

本書の構成については、「ブルーグラス」と「小鳥の墓」を除いた四作が、「異形コレクション」という光文社文庫で刊行されているアンソロジー・シリーズで既出の作品を著者の短編集として組みなおしたもの、とSF評論家の山岸真氏による本書の解説にありました。

特に冒頭の「魚舟・獣舟」という作品は、堀晃氏が「2006年のベスト短編である」と絶賛されるように高い評価を受けた作品です。

「魚舟・獣舟」
この作品は、私が先に読んだ傑作長編の『華竜の宮』とそれに続く『深紅の碑文』のもととなった作品です。本書の、陸地の大部分が水没した25世紀の、陸上民と海上民と別れて暮らしているという設定は、それも、海上民の生活基盤が、「魚舟」と呼ばれる生物の体内で暮らし、この「魚舟」の変形として「獣舟」が存在する、などのアイディアは本書のこの作品が出発点となっているわけですね。

この世界観のもと、今では陸上で暮らす海上民となり、陸に上がってくる獣舟の討伐隊員となっている「私」と、自分の「朋」である獣舟を助けようとする幼なじみの海上民の美緒との物語。三十頁ほどの短編の中で表現されている世界の緻密さは見事です。

「くさびらの道」
解説によると、「幽霊の考察」というお題に対して書かれた作品だということですが、まさに幽霊の話です。九州で発生した寄生茸に体を食いつくされる病気の研究をしている主人公は、突然近畿に飛び火したこの病のために立ち入り禁止となった実家へ、妹の婚約者と共に訪れますが、そこにいたのは茸に食いつくされた筈の両親であり、妹でした。

「饗応」
主人公の貴幸は本社への出張の時、ホテルの手違いで本館の部屋が取れず、別館のよりグレードの高い部屋へと案内されます。そこにあった露天風呂で、ゆっくりと体のパーツがはずれてゆき、自分が生まれたときのことを思い出していた。

いかにもSFらしい、そしてひねりの効いたショートショートです。

「真朱の街」
ちょっと目を離したすきに五歳の娘が攫われてしまった邦雄は、捜し屋の「百目」に会い、自分の命と引き換えに娘を探すことを引きうけてもらいます。文字通り百の目を持つ鬼だった「百目」はその子を捜し出しますが、その子は特殊な能力を有していて、攫った女にも邦雄にも手元に置いておく必要があったのです。

人間と妖怪とが共存する特別区での、異形の者らの姿が描かれます。

「ブルーグラス」
彼女との想い出が詰まったブルーグラスというオブジェを、彼女が去った後O県M岬沖の海域に置いた伸雄は、その海域が立ち入り禁止になるらしいというニュースを聞いて、再びM岬を行ってみる気になりました。

ここで描かれているのは汚染され、死滅していく珊瑚などの現状の告発以外には「感傷」しかないのでは、と思っていたのだけれど、解説には「ダイビングをフィーチャーした海洋SFでもある」とありました。でも、この解説の意味はよく分かりませんでした。

「小鳥の墓」
通称ダブルE区、正式名称を教育実験都市という子供を健全に育てることに特化した街で育った「僕」は、中学部の二年になったときに勝原という生徒と同じクラスになる。この勝原にダブルE区の外に行くことを誘われた僕は、彼の誘惑に逆らうこともできたのだけれど、結局、共に外へ出かけることを選ぶのでした。

本文庫の半分以上を占める、もう中編というしかない一編です。著者の上田早夕里のデビュー長編の『火星のダークバラード』に登場するある重要な脇役の前日譚だそうですが、本書だけで独立した作品として読むことができます。

上田早夕里の作品は、どの作品もかすかに倦怠感にも似た雰囲気が漂っていると感じるのですが、本作も例外ではありません。というより、本作は特にその感じが強いと言えるでしょう。




もともとが「異形コレクション」の中に収められていた作品であるところからも分かるように、ホラーの要素も持った作品が集められています。

そのぞれの物語のSFとしてのアイディアも見事ではあるのですが、この作者の一番の魅力は、彼女の作り出す世界観にあり、その世界の中で生き生きと活動する人物造形に私は惹かれているようです。

先にも書いた倦怠感は、作り出された世界の中で生きていながらも、その世界から拒絶されている、若しくは自分から拒否している登場人物たちの、その世界に対するあきらめからくるもののようです。

「魚舟・獣舟」の主人公も海上民から陸上民としての生活を選び、惰性的な生き方をする中で幼なじみとの邂逅があり、陸上民として生きる自分を改めて見つめなおします。「小鳥の墓」の主人公はさらに明確に、自分の親、そしてダブルE区という管理社会からの脱出を図ります。

このように、そのあきらめを乗り越えて脱出を図ろうとする、その姿勢に惹かれるのだと思います。

上田 早夕里 夢みる葦笛




全体を通じて、人間の身体への改変を中心に、異形のもののありようを描き出している全部で八話からなる短編集です。

なかなかに考えさせられる物語でもありました。以前読んだこの作者の日本SF大賞受賞作である『華竜の宮』でも一つのテーマになっていた、人間の体の改変はどこまで許されるのか、ということも問いの一つになっています。

どこまで手を入れれば最早人間とは呼べなくなるのか。それは、逆に言えば、人工知性は人間になりうるのかという問いをも内包しており、最終話の「アステロイド・ツリーの彼方」はまさにそういう問に対する答えのような物語でした。

「夢みる葦笛」 ホラー作品として書かれたものだそうです。後にイソアと呼ばれる、頭がイソギンチャクのようにになった人たちは、長い触手を擦り合わせて人の心に染み入る音楽を奏で始めます。しかし、主人公にとっては「人間の精神を削り取っている」存在だったのです。

「眼神」 幼なじみに憑依した何者かを落とそうとする主人公です。しかし、その結果は・・・。

「完全なる脳髄」 生体脳と機械脳を人工の身体に持つ合成人間であるシムと呼ばれる存在は、生体脳を複数個つなげれば普通の人間になれるものなのか、やってみることにした。

「石繭」 ショートショートです。電柱の先端にはりついた白い繭から出てきた宝石のように煌めく石を食べると、封じ込められていた他人の記憶がよみがえってくるのだった。

「氷波」 総合芸術家広瀬貴の人格が移された人工知性体が、ここ土星の衛星の一つミマスへ、土星の輪でサーフィンをしたいとやってきた。

「滑車の地」 冥海と呼ばれる泥の海に立つ幾本もの塔のある世界での、この塔に生活する人々の想像を絶する物語。

「プテロス」 プテロスとは主人公である生物学者の志雄が片利共生する異星の飛翔体生物のことで、ある日、この異星の地上へと落下してしまう。

「楽園」 仮想人格を作るメモリアル・アバターに死んでしまった恋人に関する情報を注ぎ込むと、それは一個の人格として存在するのではないか。SF的な一編の恋愛小説と言えるかも。

「上海フランス租界祁斉路320号」 タイムトラベルものと言っていいものか、並行世界(パラレルワールド)ものと歴史改変ものとの組み合わせというべきかもしれません。一人を救うために、並行世界での別の一人を見殺しにする、その相反する事態にどう対すべきか。

「アステロイド・ツリーの彼方」 人工知性体の物語と、一応は言えるだろうけれど、その知性体に人工の身体を持たせたり、代替現実システム(SR)などの技術を用いて人間の感覚をも備えた知性の存在はどのように評価されるのか。宇宙開発に期待される人工知能の行方は?

冒頭に書いたように人工知性と人間という存在についての考察は、つまりは人間という存在そのものについての考察に至るようです。本書は、その問いに対するSF的な設定のもとにこの作者がSFを通して考察した物語集だと言えそうです。

でも、そうした理屈を抜きにして単なるホラー、SFとして楽しむことも勿論でき、そしてそのような物語としてもかなり読み応えがあると思います。

上田 早夕里 深紅の碑文(上・下)







上田早夕里氏のSF巨編『華竜の宮(上・下)』の続編です。上下巻を会わせて1000頁を超える作品で、読むのに結構時間がかかりました。でも、面白い。

前巻では、最短で十年、最長でも五十年の後に地球に再度大規模な地殻変動≪大異変≫が訪れること判明し、それに人類としてそれぞれの立場で対処しようとするところで終わりました。

本書はその後の人類の動向を描いています。

まず、≪大異変≫の到来を知った青澄は、海上民のオサ・ツキソメとの約束の、マルガリータシリーズと呼ばれる海上都市の建設の承認を得ることなどを果たした後に、外務省から身を引き、パンディオンの理事長として民間からの救済活動に身を投じています。

その青澄の人工知性体であるマキは、青澄の外務省退職時に機密保護のために関連情報を消去された知性体として、女性の人格を持った知性体として生まれ変わっています。

本書で中心となるのは、青澄以外は新しい人物たちです。本書では、新たに<ラブカ>という、海賊とも異なる反陸上民的存在とも言うべき集団がおり、その集団の一つのリーダーとしてのザフィールという男が重要な位置を占めています。

海上民への支援活動さえも反対し、ボランティア活動をしている支援民らを襲撃し、殺しまくる<ラブカ>です。青澄は<ラブカ>の代表としてザフィールと和解にこぎつけたいと努力するのですが、ザフィールの陸上民への不信感は根強く、なかなか話し合いができません。

そしてもう一人、星川ユイという女性がいます。本書の冒頭では少女だったユイは、物語が進むと、DSRD(深宇宙開発協会)に勤務し、無人宇宙船「アキーリ号」の開発に携わります。

彼女及び彼女の属するDSRDの立ち位置は、終末を迎えるかもしれないこの地球の現実の中で、それでも闘争に明け暮れるしかない人類の、もしかしたら、わずかな良心的存在として描かれているようです。

また、<調和の教団>のアニス・C・ウルカという祭司を務める女性がいます。宗教団体の一員ではありますが、青澄のように民間における救援団体として働いている人物で、青澄との間にわずかながらも心の交流を持つ存在です。

青澄、ザフィール、ユイという三人の動向を、視点を変えながら交互に描き、それぞれの生活の中で、やがて到来することが確実な≪大異変≫に向けてたくましく生きる人々の姿が描かれています。

本書で特徴的なのは、ザフィールは勿論、敵役として登場しているかのようなNODEという政府連合の立場などにしても、それぞれの行動を、各立場でのそれなりの意義をもった行動として描いてあることです。

言わばシステムとして、この世界での各組織の存在意義についてまでもよく考察され、その意義に基づいた行動として描かれているのは、なかなかに得難いものだと思います。

それは、確実に訪れる≪大異変≫とその後の「プルームの冬」に向けた人類の生き残り作戦と、海上民の陸上民への怨みに基づく闘いとを描き出すことでもあります。そしてそのことは、価値観の違いや、人間的な恨みの感情に基づく闘い、それとは別な経済的な思惑による闘争など現代社会で起きている闘いの縮図のようでもあります。

本書は「オーシャンクロニクル・シリーズ」というシリーズに位置づけられる小説だそうです。今後の地球の物語や「アキーリ号」の向かった先である惑星マイーシャ開拓史なども描かれる予定になっているらしく、楽しみに待ちたいと思っています。( 上田早夕里・公式サイト : 参照 )

上田 早夕里 華竜の宮


壮大なスケールを持ったSF長編小説で、日本SF大賞を受賞している作品です。「*ひだまりさん日記* ~晴れ 時々 読書とパン~」で紹介してありました。

ホットプルームの活性化による海底隆起で、多くの陸地が水没した25世紀。未曾有の危機と混乱を乗り越えた人類は、再び繁栄を謳歌していた。陸上民は残された土地と海上都市で高度な情報社会を維持し、海上民は海洋域で「魚舟」と呼ばれる生物船を駆り生活する。陸の国家連合と海上社会との確執が次第に深まる中、日本政府の外交官・青澄誠司は、アジア海域での政府と海上民との対立を解消すべく、海上民の女性長・ツキソメと会談する。両者はお互いの立場を理解し合うが、政府官僚同士の諍いや各国家連合の思惑が、障壁となってふたりの前に立ち塞がる。同じ頃、「国際環境研究連合」はこの星が再度人類に与える過酷な試練の予兆を掴み、極秘計画を発案した―。最新の地球惑星科学をベースに、地球と人類の運命を真正面から描く、黙示録的海洋SF巨篇。(「BOOK」データベースより)

本書の舞台は、ホットブルームと呼ばれる地殻変動による海底の隆起で、海水面が260メートル近くも隆起した25世紀の世界です。当然、日本は列島としての機能を失って群島と化し、小さな島嶼が身を寄せ合い、人工浮島がその隙間を埋めている状態となっています。

この地殻変動は、白亜紀(クリティシャス)の頃に戻るという意味で「リ・クリティシャス」と呼ばれることになります。このリ・クリティシャス以降の地球は、陸地を失った代わりに新たな生活空間として海を得、その海で暮らすのに適した身体を持った民族が生み出されました。彼等は海上民と呼ばれ、彼らの生活空間として魚舟がつくられました。

海上民に対して、陸地に暮らす人々は陸上民と呼ばれ、新しい環境にも適応しつつ、それなりの繁栄の時代を迎えていたのです。

そうした時代の外交官である、青澄・N・セイジと、彼のアシスタント頭脳であるマキが本書の主人公です。青澄は公海上にある海上都市の「外洋公館」に属し、汎アやオセアニアの外洋公館の外交官らと情報戦を繰り広げているのです。

久しぶりに、物語の世界観が丁寧に構築された作品に出会いました。地表の大半を海に覆われた世界で、既存の国家体制が崩壊し、新たな政治体制の枠組みが組み立てられている中で、海上民という新しい人類の仕組みが秀逸です。

この海上民は、必ず双子として生まれ、片割れは将来魚舟として成長します。地域によっては、生まれてすぐに海に放たれ自力での成長を当然とし、無事生き残った魚舟だけが生まれ故郷へ戻り、双子の相方の朋として彼の乗り物兼住まいとなるのです。

この他にも、双子の片割れを失った魚舟の行く末が獣舟になることや、獣舟が陸上民を襲う際に変身することなど、細かなところまで考えられています。

本書の設定の緻密さは、人類の変質のみならず、ホットプルームと呼ばれる地球の核に熱せられて上昇してくる高温のマントルの流れについての説明や、本書のクライマックスに訪れる更なる地殻変動の描写など、過不足のない、SF好きにはたまらない設定でした。

勿論、登場人物の描写にもその緻密さは現れており、重要な登場人物の一人である海上民の女性長のツキソメについての設定などはその最たるものでしょう。

本書の抱えるテーマの一つとして人類の改変というSFでは珍しくない設定があります。地球の再度の地殻変動に直面し、更なる人類の改変の必要に迫られたとき、学者の議論の中で名も知れない人物が「そこまでして生き延びる必要があるのだろうか」という台詞がありました。

「人間も生物の一種である以上、生きる道を、簡単に捨ててはいけないのではないかと・・・。」という言葉が、作者なりのその答えだと思われます。ここに至るまでに種々の議論はあるのですが、少々考えさせられる場面の一つでした。

そして、更なる魅力はアシスタント知性体という存在です。この存在により、補助を受ける人間は常時万能のコンピュータを持っていることになり、疑似的なテレパシーすらも使用できることになるのです。

なお、本書に関しては、本書の原点とも言える『魚舟・獣舟』という短編集が出ているそうです。魚舟などの由来、など、本書ではもの足りないところが補完されていると思われます。また、本書の姉妹作品として、『深紅の碑文』という作品があるそうです。まだ読んでいないので、本書の続編と言い切っていいのかは不明です。

蛇足ながら、私は本書をソフトカバー版で読んだのですが、文庫版(上下二巻 : ハヤカワ文庫JA)も出ています。

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本ブログを別棟として位置付けて、読んだ本を記録していこうと思い立ちました。ここでの文章を母屋であるそのサイトに転記していくつもりです。

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