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有川 浩 図書館危機 図書館戦争シリーズ (3)


思いもよらぬ形で憧れの“王子様”の正体を知ってしまった郁は完全にぎこちない態度。そんな中、ある人気俳優のインタビューが、図書隊そして世間を巻き込む大問題に発展。加えて、地方の美術展で最優秀作品となった“自由”をテーマにした絵画が検閲・没収の危機に。郁の所属する特殊部隊も警護作戦に参加することになったが!?表現の自由をめぐる攻防がますますヒートアップ、ついでも恋も…!?危機また危機のシリーズ第3弾。(「BOOK」データベースより)

全部で四つの章からなり立っていますが、第三章までは、それぞれに独立した章として読むことができるように思えます。そして、第二章まではこのシリーズのラブコメとしての側面が強調された甘々の物語です。

読みごたえを感じたのは第三章からで、まずは第三章で「床屋」という言葉が違反語であり「検閲」の対象となるということから起きる一つの事件が描かれています。

「検閲」という言葉狩りの持つ意味、その理不尽さをうまいこと描いたものだと関心していましたが、本書の著者自らが書いているあとがきを読むと、現実の話として、著者が持っている「放送禁止用語(差別用語)」の資料を知り合いに見せたところ、「失礼やな、何でうちの実家の職業が勝手に軽度の放送禁止用語にされてんねん」と苦笑されたことがあったそうです。

そうした、知り合いのちょっとした感想をヒントにこのような物語を仕上げる作者の想像力や物語の構成力こそ称賛されるべきものなのでしょう。

その上で、本書の第三章では「床屋」という「差別語」をめぐりある意味では心地よい物語として仕上げられているのです。そこには、現実の社会では「公共の福祉」「公序良俗」というある意味曖昧な文言が基準となるがゆえに、そのベクトルは表現者の自主規制へと向かわざるを得ないという現実があるのですが、本書の場合「良化委員会」という明確な基準があるだけ闘いやすいとも思われ、物語は心地よい結末が待っているのです。

問題は本書の第四章で語られる茨城県立図書館での戦いで、そこには討論のテーマとなるであろう様な事柄がちりばめられていました。

まず図書隊の面前にあらわれるのは「無抵抗者の会」という団体です。この団体は実に象徴的であり、現実の脅威に対して武力で抵抗すること自体が事態を無用に拡大していると主張する団体です。彼等は話し合いで解決できるのであり、自らが武力を放棄することこそが平和的話し合いの道だと主張します。

どこかで聞いたような主張で、この主張を論外として切り捨てることができないところが悩ましいのです。

その先には美術県展の最優秀作品である『自由』と名付けられたコラージュ作品の問題があります。良化特務機関の斬り裂かれた制服の間から青空がのぞくという強烈な作品の展示です。良化委員会の妨害は目に見えており、そこに図書特殊部隊が応援に行くことになります。

そこで待っていたのは図書館自体の強烈な自主規制であり、「表現の自由」への制約が持ついわゆる萎縮的効果が典型的に現れています。また、稲峯司令の「検閲を戦うために血を流す組織を作り上げ」たことへの内省自体、一言では語りきれない重みを持ちます。

こうした数多くの論点を含む本書ですが、そうしたこととは関係なく、エンターテインメント小説としての面白さを兼ね備えているのですから見事です。シリーズも残り一作、プラス別冊二巻があるそうなので続けて読みたいと思います。

有川 浩 塩の街


有川浩のデビュー作であり、自衛隊三部作の第一作でもある、SFともファンタジーともつかない長編です。

ある日突然空から巨大な白い隕石らしき物体が降ってきて、人間の塩化がはじまった。人間の塩化と隕石との因果関係も分からず、治療方法も不明のまま塩害と名付けられた人間の塩化は現在も進んでおり、関東の人口は三分の一にまでなってしまっていた。高校生の小笠原真奈は、暴漢に襲われていたところを秋庭高範という元自衛官に助けられ、彼の庇護のもとで生活していたが、猫、犬を拾ってきた末に拾ってきたのは人間だった。

隕石を原因として人間がその形のまま塩の彫刻と化してしまう、という設定は、怪獣の発する光線を浴びて人間が炭化するというB級映画に出てくる構造と何ら変わりのないものです。それでいて、単なる塩化という現象とすることで、派手なアクションはないままに、怪獣の恐怖は存在するのです。いい大人と少女との恋模様を静かに描き出すことができるうまい設定だと思います。

この作品がデビュー作だはとても信じられないくらいに、有川浩という作家の基本的な文章のリズムが既にできていると感じる作品でした。本書は、秋庭高範という元自衛官と真奈という少女との年齢差を越えた恋愛感情を軸に描かれている物語で、三部作の中では一番恋愛要素が強い作品でしょう。

反面、自衛隊三部作とは言っても、本書では自衛隊そのものの描写はそれほどはありません。秋葉元二尉という男とその友人である入江という基地司令を名乗る男は、このあと有川作品に出てくる男らの基本形のようでもあります。この二人を中心に「世界を救う」ために行動を起こすのですが、そのへんはあまり詳しい書き込みはありません。

なにせデビュー作です。人物の書込みの薄さや舞台設定の甘さなどは否定はできません。しかし、それを無視して楽しめる作品でもあります。でも、ライトノベル的な恋愛物語の甘さが苦手な人は敬遠した方が良いのかもしれません。とはいえ、気楽に軽い気持ちで読める作品なので、そう身構えることもないと思える作品です。

大人にもライトノベルが欲しいと思って作家になった(「あとがき」より)、という有川浩という作者ですが、その思いは十分にかなっていると思います。

文庫本(角川版)で444頁という本書ですが、本編は中ほど250頁ほどで終わり、あとは「塩の街、その後」として「-debriefing- 旅のはじまり」「-briefing- 世界が変わる前と後」「-debriefing- 浅き夢みし」「-debriefing- 旅の終わり」の四編の短編が収められています。

主に「塩の街」本編のその後について書かれている作品群です。これらの作品も併せて「塩の街」と言っていいのでしょう。

有川 浩 海の底


有川浩の初期作品、自衛隊三部作と言われるものの中の一冊です。他に、『空の中』『塩の街』という作品があります。

4月。桜祭りで開放された米軍横須賀基地。停泊中の海上自衛隊潜水艦『きりしお』の隊員が見た時、喧噪は悲鳴に変わっていた。巨大な赤い甲殻類の大群が基地を闊歩し、次々に人を「食べている!」自衛官は救出した子供たちと潜水艦へ立てこもるが、彼らはなぜか「歪んでいた」。一方、警察と自衛隊、米軍の駆け引きの中、機動隊は凄絶な戦いを強いられていく―ジャンルの垣根を飛び越えたスーパーエンタテインメント。(「BOOK」データベースより)

巨大ザリガニが横須賀の街にあらわれ、そのとき開催されていた桜祭りに集まっていた市民を襲います。ちょうど入港していた海上自衛隊潜水艦「きりしお」は、逃げてきた子供たちを艦内に避難させますが、今度は回りを巨大ザリガニに囲まれ逃げ道を失ってしまうのです。

本書は、「きりしお」艦内に取り残された夏木大和三尉と冬原春臣三尉の庇護のもとにある十三人の子供社会を中心にした話と、艦外の後に「レガリス」と呼ばれることになる巨大ザリガニ撃滅戦の描写とに二分されます。

「きりしお」内部での子供社会では、子供たちの中でのヒエラルキーがあり、なかなかに一筋縄ではいきません。そのヒエラルキーは彼らの親社会の鏡であり、結局は子供たちを見守っていた筈の親の問題が反映されているのです。そうした子供社会と二人の自衛官との関係性は、コミカルでもあり、現実の子供対大人のミニ社会でもあって、なかなかに考えさせられる側面をも有しています。

匿われていた子供たちの中に一人の女子高校生がいて、彼女の存在がこの物語に大きな幅を持たせています。それは、男子社会の中にいる女性問題をそのまま象徴するようでもあり、本書の主人公の一人でもある夏木三尉との恋模様の側面をも見せてくれるのです。

人間を捕食するレガリスせん滅の前線には神奈川県警の機動隊が当たるのですが、人間大もあるレガリスは甲殻類であり、けん銃の弾すらはじいてしまいます。勢い、武器をもたない機動隊はジュラルミンの盾を武器にしての肉弾戦しか撃退の術を持ちません。そこで、自衛隊の参戦を望むのですが、警察の縄張り意識や米軍の絡んだ大人の思惑などに阻まれ上手くいきません。

そこで、警察内部でも型破りと言われる神奈川県警警備部警備課所属の明石亨やキャリアの警察庁警備部参事官烏丸俊哉などが活躍し、レガリスを排除しながらも、重火器の行使が可能な自衛隊を引っ張り出そうと仕掛けるのです。

有川浩という作家の作品ではいつも思うことですが、この警察内部の描写など細かな点での描写が実に丁寧で、物語そのものの真実味が増してくるのです。それは、武器そのものの描写のような物理的な側面は勿論のこと、本書では警察や自衛隊などの組織論についても同様なのです。

有川浩のその後の作品の特徴を満載した、実に読みやすい一冊として仕上がっていて、初期三部作の中では一番完成度が高い作品だと感じました。

有川 浩 ストーリー・セラー


今なお、一日か二日に一度、震度2程の余震が続いています。気を抜いているときにドンッと来ると、あい変らず「驚愕」と言っていいほどに驚いています。

加えてわが郷土熊本は、ここのところ地震に加えて雨にまでたたかれています。夜中の雨と雷はとても寝ていられません。未だに屋根は応急処置のままの我が家ですから、いつ雨漏りが始まるかにもおびえている毎日です。

さて本書。ちょっと遊び心の入った、しかしながら決して面白いとは言いたくない、私の好みとは離れたところにある、二編の中編小説で構成されるラブストーリーです。

小説家と、彼女を支える夫を襲ったあまりにも過酷な運命。極限の決断を求められた彼女は、今まで最高の読者でいてくれた夫のために、物語を紡ぎ続けた―。極上のラブ・ストーリー。「Story Seller」に発表された「Side:A」に、単行本のために書き下ろされた「Side:B」を加えた完全版。(「BOOK」データベースより)

どちらの物語にしても有川浩という達者の作者の作品らしく実に読みやすく、物語はテンポよく進みます。ただ、内容が暗い。それも、特に最初の物語「Side:A」の話の介護の問題も絡めながらの主人公の悲惨な状況は、私の現実に重なるところもあって、読みにくい、というか受け入れたくない物語ではありました。

勿論「Side:B」も似たような陰鬱さを持っており、読書に「楽しみ、幸せな時間」を求めている私には受け入れがたい作品でした。

読者によっては、悲恋に終わるラブストーリーで涙を流しカタルシスを得る、という読み方をする方もおられるとは思います。それは個人の嗜好の問題であり、そうした読み方を否定するつもりは勿論ありません。本作品は、そうした読み方が好みの方には、語弊はありますが「面白い作品」と言えるでしょう。

あくまで私の好みに合わないのです。ラブストーリー自体があまり好みではないのですが、雫井脩介の『クローズド・ノート』などは私が読んでも面白い作品だったところからすると、ラブストーリーだからというのではなく、やはり作品ごとの相性の問題だと思います。

この作品は更に読者を惑わせる仕掛けがあり、その仕掛けについての評価も分かれるところかもしれません。

この仕掛けにしても、この仕掛けで作者は何を言いたかったのかが結局分からず、微妙な違和感の残る読後感になってしまいました。この読者の「惑い」こそが作者の狙いだったのかもしれませんが、それにしても「惑い」の対象範囲を限定してほしかったとは思います。

有川浩のテクニックが走り過ぎたと思えるラブストーリーでした。

有川 浩 図書館戦争


一昨日、昨日と、震度2の余震が立て続けに起きています。しばらく余震らしい余震が無かったので、一昨日の突き上げるような余震にはつい驚いてしまいました。そしてまた昨日のヤツは四月十四日の前震の時と同じ夜九時過ぎという時間であり、同じテレビ番組を見ていたときだったので妙な気分でもありました。

ともあれ、本書です。図書館戦争シリーズの第一話の物語です。

先に第二話に当たる『図書館内乱』を読み、更には映画版の『図書館戦争』を見ていたので、本書の世界観は既によく知ったものとしての読書でした。

本書を読んでまず思うことは、その世界観のリアルさでしょうか。ライトノベル風の会話や場面転換の軽快さの裏には綿密に積み上げられた世界があり、だからこそ、ある種荒唐無稽な物語ではあるのですが物語に立体感が出ていて、物語が持っている主張も含めて破綻無く安心して読むことができ、その軽さも含めて面白い小説になっていると思います。

本書の大きな主題である「図書館を守る」ということは、「表現の自由」という民主主義の根幹をなす価値を守るということでしょう。

「表現の自由」といえば、我が国の体制である民主主義の根幹をなす非常に大切な権利です。端的には、フランスの哲学者ヴォルテールの言葉だとされている「君のその意見には反対する。しかし、君がその意見を言う権利は命をかけて守る。」という言葉によくあらわされているように、自分に反対する意見であってもそれを主張する権利が認められないと、「自由」な社会は成立しえないということです。(本当は、この点には民主主義を否定する言論も保護すべきかを問う「闘う民主主義」の問題も潜み、一概には言えないのでしょうが・・・)

本書で登場する「メディア良化委員会」は、公序良俗の名のもとに図書の内容を制限しようとするものであり、当然検閲にも結び付くもので、「表現の自由」とは相対するものです。この、「表現の自由」と対立する価値の体現者としての「メディア良化委員会」を設定し、「表現の自由」を守る正義の味方として図書館があり、その体現者として具体的には「図書隊」が設定されています。

この図書隊をめぐる状況が、「メディア良化委員会」の存立基盤も含め、実にリアルに設定されています。このリアルさが本書の命と言えると思います。

このリアルさの中で、物語はときにはコミカルに進行していきます。特に主人公の笠原郁と堂上教官のやり取りなどはテンポよくかわされ、読んでいて小気味いいものがあります。加えて笠原の仲間である柴崎や手塚、それに小牧図書正が加わり、ときには少女漫画かと思うほどの恋物語が展開したりと、コメディタッチで物語は進みます。

しかしながら、彼らは図書隊という一種の軍隊の一員であり、現実に銃を持って戦う存在なのです。でも軍隊としての存在を主張しながら物語の中では軍事色は薄く、戦闘場面でも戦死者の描写はほとんどありません。だからと言ってアクション場面が弱いということではなく、「戦争」色をあまり出さないように描写しているのでしょう。

笠原と堂上教官との恋の行方を軸としつつ、話としては全く異なる分野の「表現の自由」の保護という大きなテーマを上手く描いている物語だと思います。

ただ、「表現の自由」を守る物語の側面はあまり語られてはいません。「メディア良化委員会」と「図書隊」との価値の対立に費やしている場面はあまり無いのです。個人的にはこの点の対立をもう少し描いてほしく思いました。でも、この主張を戦わせると小説の色合いは全く違ったものになるでしょうし、それでは本書の良さは無くなってしまうのかもしれません。

結局、本書の良さは有川浩という語り部のうまさにより、「表現の自由」という大きなテーマ扱いながらも、一見軽いエンタメ小説として面白く仕上げられているところにその良さがあるのかもしれません。単純に、笠原郁という女の子の恋物語として読んでも十二分に面白いのです。

蛇足ですが、上部に張り付けてあるこの作品のイメージは新刊書にリンクしています。文庫本へのリンクはこちら(文庫本用リンク)からお願いします。

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Author:siro
このブログの本棟として本の紹介のサイトを開いています。
(こちらです⇒読んだ屋
本ブログを別棟として位置付けて、読んだ本を記録していこうと思い立ちました。ここでの文章を母屋であるそのサイトに転記していくつもりです。

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