ダシール・ハメット 血の収穫


ハードボイルドと言えば必ず名前が挙がるダシール・ハメットのデビュー作で、古典的名作と言われる作品です。

コンティネンタル探偵社に勤める探偵である主人公は、この町の「ヘラルド」新聞社の社長ドナルド・ウィルスンの依頼でパースンヴィルという町までやってきた。しかし、その日に依頼人は殺されていた。この町は警察署長やギャングらを交えた四人の大物が牛耳っていたが、殺された依頼人の父親で新聞社のオーナーのエリヒュー・ウィルスンからの依頼を受け、この町の掃除をすることを引きうけるのだった。

本書は、実際にコンティネンタル探偵社に勤めていた作者の経験を生かして書かれた作品で、ハードボイルドを語るときには外せない作品の一つです。主人公に名前が無いことから「コンティネンタル・オプ」と呼ばれることでも有名になった作品です。そういえば、作中で主人公に名前が無いことを全く不自然には思わなかったことを、読み終えてから気付きました。

この作品を語るときに必ず挙げられるキーワードとして「乾いた文体」が語られます。それは、主観的な描写を徹底して排し、客観的な事実のみを描くことによってもたらされます。著者のハメットは、本書やこのあとに書かれた私立探偵サム・スペードを主人公とする『マルタの鷹』などの作品でこのハードボイルドスタイルを確立した作家として知られています。ここらの歴史を詳しいく知りたい方はウィキペディアを参照してください。

本作品はハードボイルドの古典的作品というよりも、黒沢映画の『用心棒』の原作、というか原案となった作品と言ったほうが一般には知られているかもしれません。この映画の内容は本書とはかなり違いますが、町を牛耳るヤクザの二大勢力を流れ者が壊滅するという構造がそのままです。この『用心棒』は、そのままにイタリア映画の『荒野の用心棒』としてリメイクされヒットしましたし、更にブルース・ウィルス主演の『ラストマン・スタンディング』としてもリメイクされました。更には、これらの作品へのオマージュとしてある『スキヤキ・ウエスタン ジャンゴ』もありました。

ただ、名作と言われるこの作品ですが、読み終えた感想としては決して良いものではありませんでした。鍵になる登場人物が多いこともそうですが、主人公がこの町のワルどもを掃除するに至るその動機が今一つはっきりしないのです。

物語の流れとしては、殺された依頼人の父親からの依頼という形をとってはいるのですが、単にそれだけの理由で自分の職を賭しているのは勿論のこと、命までかけているのです。この物語での主人公の個々の行動自体がそうで、理解しにくい動機で自らの命を架けるのですから、若干感情移入しにくいところがあるのです。

物の本を読むと、本来、ハードボイルドと呼ばれる作風は、小説作法として従来のリアリズムの手法の延長線上にある筈で、謎解きなどではなく「行動」をこそ重視して描いていく、筈なのですが、リアリズムの根本である主人公の行動の動機そのものに馴染めませんでした。

ハメットのこの次の作品に『マルタの鷹』と言う作品がありますが、この作品はかなり面白い小説でした。主人公のサム・スペードの主観は全く語られない点は本書と同じで、主人公が暴力的である点も似ているのですが、その行動理由は明確で、感情移入しやすかったと思います。

でも、識者も含め、一般的評価はかなり高い本作品なので、読み手である私の力不足と言うべきなのでしょう。

ダシール ハメット マルタの鷹

マルタの鷹〔改訳決定版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)マルタの鷹〔改訳決定版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
(2012/09/07)
ダシール ハメット

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相棒のマイルズ・アーチャーは妹を連れ戻したいとの依頼で相手の男の尾行を始めた。しかし、その夜相手の男と共にアーチャーも殺されてしまう。その後カイロという男から「黒い鳥の彫像」を探してほしいとの話をうける。そうしたことからサム・スペードは事件の裏に「マルタの鷹」という像の存在があることに気づく。

若かりし頃に読んだ本の再読、のつもりでしたが読んでみるとどうも記憶にないのです。もしかしたら、名作と言われるハンフリー・ボガード主演映画の「マルタの鷹」は見たのでそれと混同していたのかもしれません。

私立探偵サム・スペードは推理力を発揮し事件を解決する従来の探偵像とは異なります。常に行動し、発見し、場合によっては何かのアクションを期待し動きまわります。そしてタフであり、少々の相手は叩き伏せるだけの強さをも持っているのです。

それまでの推理小説の在り方を否定し、リアリティーを追求し、ダシール ハメットが自らの体験をもとにして作り上げた人間像、それがサム・スペードなのです。

ダシール ハメットは実際ピンカートン探偵社に勤めていたそうで、その経験が著作に生かされており、以後のハードボイルドと称される作風を確立したと言われています。事実、文章は簡潔で暴力的であり、叙情性は全くありません。

そうした本書を今回読み返してみて、何故か、決して「とても面白い」とは思えなかったのです。面白くないとも言えないのですが、私が好きなハードボイルドとしての北方謙三、志水辰夫、東直巳を読み慣れた身としては違和感を感じてしまいました。

本作はまるでハンフリー・ボガードの映画のサム・スペードの世界です。明るい街中ではなく常に暗い裏町のイメージであって、場面が常に狭いのです。事実を短文を羅列して描写するためか、説明的であり、感情移入を拒まれている感じです。説明的と言っても物語の背景を説明するという意味ではありません。そういう意味では全くと言って良いほど背景の説明は無いのです。ここで言うのは情景描写についてです。一つの場面。または行為を単純に見たままを描いているのです。 まさに、それこそが狙いであり、ハードボイルドと言われる所以でしょう。

しかし、一方ではチャンドラーの作品は面白いと思って読んだのですから、やはりハメットという作家との相性なのでしょうか。

ハメットの作品は改めて言うまでもなく名作としての評価が高い作品であるし、ファンも多いので読み手である私に問題があるのでしょう。

乾いた文体が好みの方にはたまらない一冊なのでしょう。

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本ブログを別棟として位置付けて、読んだ本を記録していこうと思い立ちました。ここでの文章を母屋であるそのサイトに転記していくつもりです。

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