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高田 郁 あきない世傳金と銀 源流篇




『みをつくし料理帖しシリーズ』で一躍人気作家となった高田郁氏の新作で、人情ものの時代小説です。

学者の子として育った主人公の幸は、享保の大飢饉などの災害などの末に、九歳という年齢で大坂の呉服商「五十鈴屋」に奉公に出ることになります。「手の荒れておらぬ者は信用するな。自ら汗を流さぬ者を信頼するな。」と言い、「商いとは、即ち詐りなのだ」と言い切る幸の父親でしたが、一方「知恵は生きる力になる」という兄の、「商を貶めて良いものではない」という言葉もまた心に残っていました。

商売については何も分からないまま女衆として働きながらも幸の知恵への欲求は深く、そのことに気付いた五十鈴屋店主四代目徳兵衛の末弟の智蔵や番頭の治兵衛の庇護もあり、少しずつ知識を身につけていく幸だったのです。

まだ一巻目なのではっきりとしたことは言えないのですが、『みをつくし料理帖しシリーズ』と比べると、同じような女性の働き手の成長物語でありながら、こちらの方がかなり書きこまれており、物語としての厚みが増していると感じられました。

本書の幸は奉公の始めはまだ九歳であり、商いについては全く無知な状態から始まっているために、彼女の知識の吸収の過程が描かれているということ、また吸収していく知識の量が違うということもあるかもしれません。

ただ、それだけではなく、大坂の商店の佇まいも含めて、物語自体の構成の仕方、文章の流れ自体がより奥行きがあると思われるのです。

もしかしたら料理人と商売人という職種の差も大きいのかもしれませんが、主人公の職種の違いだけではない物語としての出来の差を思うのです。

これから、幸がどのような人生を歩むのかは全く分かりませんが、「五十鈴屋」の先代の母親で現店主四代目徳兵衛の祖母にあたる富久や、先述の末弟智蔵、番頭治兵衛らといった登場人物らも第一巻目にしてなかなかに興味を惹く描き方が為されています。

特に番頭の治兵衛の存在が大きいと思われ、人情家としての側面が強いのか、商売人としての貌がより前面に出てくるものなのか、多分後者だとは思うのですが今の段階ではよく分からないところなども興を惹きます。

特に本書の終わり方には早くも幸の行く末に大きく影響を与えるであろう出来事が記されています。このように書かれていては続巻を早く読みたいと思うばかりです。

現時点ではすでに四巻目までが出ているようです。早速次を読みたいと思います。

高田 郁 蓮花の契り 出世花


高田郁のデビュー作である『出世花』を第一作とする物語の完結編です。

「ふたり静」 第一巻の『偽り時雨』に登場した女郎の’てまり’が再び登場します。大火により「かがり屋」は焼け落ち、てまりは行方不明のままであったが、とある場所でお縁こと正縁はてまりをみつける。しかし、そこでは香弥と呼ばれており、かつての記憶を失っているようだった。記憶を取り戻すてまりは身を引こうとするが、てまりを香弥だと思いこんでいる認知症の富路をおいては行けず、息子の与一郎も共に引きとめるのだった。

「青葉風」 正縁が半年という約定で桜花堂に寄宿しているときに、桜花堂の得意先である遠州屋の主人治兵衛が急死し、桜花堂の菓子による毒殺の嫌疑をかけられて桜花堂主人の仙太郎が捕縛された。正縁は桜花堂のためにも治兵衛の死の真相を解明しようとするのだった。

「夢の浮橋」 桜花堂主人の仙太郎と女将である染との仲は回復不能になり、染は実家に帰ってしまう。桜花堂の大女将で正縁の実母でもある香は、仙太郎と正縁との縁組を望む。そんな折、仙太郎と共に深川八幡宮の祭礼に向かう途中、正縁は永代橋の崩落の現場に遭遇するのだった。

「蓮花の契り」 永代橋崩落事故の際の死者に対する正縁の姿が生き仏として評判となった。しかし、人心を惑わすとしてお上の不興を買い、青泉寺は閉門となってしまう。一方、正念には還俗と正縁と夫婦になる話が持ち上がっていた。


死者の湯灌をその職務とする三昧聖を主人公とするこの物語は、当然のことながら物語の全編に「死」をまとわりつかせた話になっています。それでもなお、過多な感傷に陥ることなく文章が紡がれていくのは、作者高田薫の力量によるものでしょう。

最後になって正念と正縁との恋模様が描かれているのですが、この点については少なくないレビューで批判的に書かれていました。どちらかと言うと私も同意見で、これまで作り上げられてきたこの物語が通俗的になったような気がしたものです。

この点は個人の好みの問題が多分に反映するところではあると思われ、その点の指摘にとどめておきます。

ともあれ、丁寧に丁寧に物語を紡ぎだしていくこの作者の作風はデビュー当時から変わらず、本書においてもそのことは変わりません。情感豊かな情景描写でありつつ登場人物の心象をも表すという、物語作家の当然のこの技量が高田郁は特にうまいと感じられ、個人的な不満点はありつつも、こころやすらかなひと時を持てる物語です。

高田 郁 天の梯(かけはし) みをつくし料理帖


みをつくし料理帖シリーズもついに本作品が最終巻となってしまいました。全十巻のこのシリーズは、ひたすらに料理の道に精進する一人の娘の成長物語でもあり、人情物語としても、物語の厚みを求める方には物足りないかもしれませんが、一級の面白さをもった小説です。

『食は、人の天なり』――医師・源斉の言葉に触れ、料理人として自らの行く末に決意を固めた澪。どのような料理人を目指し、どんな料理を作り続けることを願うのか。澪の心星は、揺らぐことなく頭上に瞬いていた。その一方で、吉原のあさひ太夫こと幼馴染みの野江の身請けについて懊悩する日々。四千両を捻出し、野江を身請けすることは叶うのか!?厚い雲を抜け、仰ぎ見る蒼天の美しさとは!?「みをつくし料理帖」シリーズ、堂々の完結。(「BOOK」データベースより)

最終巻である性質上、当然のことではありますが、前巻同様に澪に対する障害となる事件は起こりません。と、こう書くと物語の筋をバラしていることになるので、本来は書いてはいけないのでしょう。しかし、本シリーズの終わりにむけてどのように決着をつけていくのか、が物語の主眼でしょうから、これくらいは良いかな、と自己弁護です。

ともあれ、澪の夢であるあさひ太夫こと野江の身請け話はどうなるのか、また念願の「天満一兆庵」の再興はどうか、など期待は膨らみます。

第一巻を読んだのが2009年の10月13日だとメモにありました。そして今日2016年1月25日までほとんど6年半をかけて全十巻の物語を読み終えたことになります。至極良質の心に響く物語でした。料理が好きで、自ら料理を作ることが好きな方ならば更に面白いと思える作品ではなかったかと思います。

高田郁という作者は一方で『あい』のような、読み応えのある作品も書かれています。でも、本作のような更に読みやすい作品でも作者の優しい目線は失われてはいません。

読んでいる途中では小さな喜びをもたらしてくれ、あとには爽やかな読後感が残ります。主人公の内面を、的確な情景描写と、独白のような一人称で表現するこの人の文体は、とても心地よく読むことができました。

高田郁という作家の次の作品を期待したいと思います。

高田 郁 美雪晴れ―みをつくし料理帖


このシリーズも余すところあと一巻となってしまいました。丁寧に紡がれた文章は変わらず、決して派手さはないけれども、読み手の心にゆっくりと染み入ってくる作品です。

名料理屋「一柳」の主・柳吾から求婚された芳。悲しい出来事が続いた「つる家」にとってそれは、漸く訪れた幸せの兆しだった。しかし芳は、なかなか承諾の返事を出来ずにいた。どうやら一人息子の佐兵衛の許しを得てからと、気持ちを固めているらしい―。一方で澪も、幼馴染みのあさひ太夫こと野江の身請けについて、また料理人としての自らの行く末について、懊悩する日々を送っていた…。いよいよ佳境を迎える「みをつくし料理帖」シリーズ。幸せの種を蒔く、第九弾。(「BOOK」データベースより)

これまでと変わらずに四つの章から成っている本書は、常のような大きな難題はなく、それどころか天満一兆庵のご寮さんであった芳の祝言が挙げられたりと、シリーズの終わりを迎えるにあたり、登場人物の周りもそれなりの落ち着きを見せ始めています。

勿論、澪も自らの行く末について悩んではいるのですが、これまでの奈落の底に突き落とされるかのような大事件による悩みではありません。料理人としての成長に結びつく懊悩であるところがこれまでとは異なります。

芳がいなくなり、澪自らも「つる屋」から旅立つ日が近くなり、作者の筆も将来への描写が目立つようです。

同じ市井の人情物を描く作家でも、宇江座真理のように比喩を多用し情感豊かに描く出す文章とは異なり、高田郁という作家の文章は決して美文とは言えないと思います。しかし、人物の内面を独白や地の文でていねいに描き出すその手法は、同様に心に染み入ります。

アクション性の強い冒険小説や人が簡単に切り殺される剣戟場面の多い時代劇などを続けて読んでいると、本書のような心が温かくなる作品を読みたくなり、読み終えると、実際ホッとするのです。

残り一巻となったこのシリーズは、やはり読後は心温まるものでした。

高田 郁 残月 みをつくし料理帖

残月 みをつくし料理帖 (ハルキ文庫)残月 みをつくし料理帖 (ハルキ文庫)
(2013/06/15)
高田 郁

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久しぶりにこのシリーズに接したと思ったら、第七巻の「夏天の虹」を読んだのが二年以上も前のことでした。相変わらずに、丁寧な文章で語られており、落ち着いた心穏やかなひと時を過ごせたと感じさせてくれる作品でした。

前作では吉原の大火という思いもかけない災難に出会いながらも、それに立ち向かっていく澪が描かれていました。その災難は「つる家」の人々にとっても辛いもので、シリーズの雰囲気も暗くなっていたものです。

しかし、本作では明るい兆しが見えてきています。

二話目「彼岸まで - 慰め海苔巻」で、行方不明になっていて何の手掛かりも無かった天満一兆庵の跡取りで芳の息子の佐兵衛の消息が分かるのです。また、四話目「寒中の麦 - 心ゆるす葛湯」では、澪と共にあって、苦労ばかりを重ねてきた芳の身の上に大きな変化が訪れます。二話目では「人の気持ちも物事も、全てのことはうつろうてゆく」と、「諦念を語る芳」ですが、物語自体に光がさしてくるこの巻はこの物語の完結が近いことを意識しているのでしょうか。

それでいて食に関しての澪の努力の場面を描くことは忘れられていません。三話目の「みくじは吉 - 麗し鼈甲珠(べっこうだま)」では、何かと澪の前に立ちふさがり澪らを困らせる、料理番付大関位の料理屋「登龍楼」の主人采女宗馬が登場し、難題をふりかけます。

このように、なにかと辛い思いばかりをしてきた澪たちにほのかな明かりが見えつつも、澪の前にはいつも「食」に関しての問題が示されています。冒頭にも書いたように、澪が、提示された問題に立ち向かい、それをを乗り越えていく様が、この作者の丁寧な語り口で語られると、良い本に出会えた喜びを感じるのです。

本シリーズはこの後「美雪晴れ」へと続き、その後の「天の梯」で完結となるそうです。話は次第に完結へと向かいつつ、まとめられつつあるのでしょう。

心穏やかに、爽やかな読後感をもたらしてくれるシリーズだと思います。

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このブログの本棟として本の紹介のサイトを開いています。
(こちらです⇒読んだ屋
本ブログを別棟として位置付けて、読んだ本を記録していこうと思い立ちました。ここでの文章を母屋であるそのサイトに転記していくつもりです。

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