高田 郁 あきない世傳金と銀〈4〉貫流編





「あきない世傳金と銀」シリーズの第四巻目「貫流編」です。



惣次が家を飛び出しで十日以上も経った頃、三男の智蔵が惣次の隠居の手紙を持って五鈴屋にやってきたその日、これまでも世話になってきた桔梗屋が、惣次が相談に来たと言い、「ともに生きる不幸よりも、離れて生きる不幸を惣次はんは選らばはった。」というのでした。

心労のためか具合の悪いお家さん(富久)でしたが、智蔵が五代目徳兵衛を継ぐことを望みます。煮え切らない智蔵に業を煮やしたお家さんは幸を養子とすることを考えるのでした。

しかし、五鈴屋に現れた智蔵は、五鈴屋の後を幸もろともに引き受け、六代目徳兵衛となります。幸は兄弟三人に嫁すこととなったのです。智蔵は「自分は人形になり切って、幸の思うように動かしてもら」うと言うのでした。



よくもまあ、というほどに変転する幸の運命です。ご寮さんという立場は変わらないにしても、旦那が三人も、それも兄弟三人の女房としてご寮さんの立場を貫いていくことになるとは、思ってもみませんでした。

でも、商いに対しても、嫁に対しても無関心だった長男、商いは長けていたものの人に対する情が家けていた二男、商いの能力には欠けているけれども人への気配りは見事な三男と、よく性格設定をしたものです。

最終的には幸が一番活躍しやすい環境を与えたこの作者ですので、今後はその環境の中で幸が能力いっぱいに力を発揮し、五鈴屋を育てていく姿が描かれるのではないかと思ってはいるのです。

しかし、そう素直に展開するものか、この作者のストーリーテラーとしての力量からすると、まだまだ変転があるような気もします。

大坂商人のえげつなさが今のところその片鱗しか見えておらず、商売上の障害がいまだ低いことを考えると、今後の展開も五鈴屋の家内のことというよりも、商売上の困難が設定されると思うのです。

大坂ど根性ものとしての幸の成長が楽しみな一冊です。

高田 郁 あきない世傳金と銀〈3〉奔流編




「あきない世傳金と銀」シリーズの第三巻目「奔流編」です。

番頭の治兵衛が卒中で店を退き、阿呆ボンと呼ばれる四代目徳兵衛の妻となった幸でしたが、突然その阿呆ボンが逝ってしまいます。跡継ぎの四代目の弟の惣次は、「五鈴屋」の跡取りとなる条件として、幸が自分の妻になることと言ってきたのでした。

惣次の嫁となって町内にも認めてもらい、晴れて「五鈴屋」のご寮さんとして働き始めた幸に対し、惣次は、五鈴屋を日本一の店にする、そのために江戸への出店するという夢を話して聞かせます。そのために力を貸してほしいと言ってきます。

ただ、惣次は商売に身を入れ必死で働きはするものの、お家さんの冨久からすれば、奉公人を頭から怒鳴りつける惣次の姿は、ただ心がない商いとしか思えないのでした。

師走でのまとめての支払いである「大節季払い」を「五節季払い」とし、利息がかからない分商品の値段を下げるなどの改革を打ち出す惣次であり、五鈴屋の名を世間に知らしめるための宣伝の方法などの知恵を出す幸の姿もあり、五鈴屋は次第に順調人割り始めます。

しかしながら、「商いは情でするもんやない」という惣次はまた、幸に感謝をしつつも「私の陰に居ったらええ。何があったかて、私が守ってみせるさかいにな。」と言い、戦国武将になるつもりの幸の心とは微妙に異なる道をすすむのです。

その後、「店の外側を変える」、つまり呉服の仕入れの流れを変えると言いだした惣次でした。



やっと五鈴屋も軌道に乗ってきました。その間、四代目徳兵衛から五代目へと夫が変わりましたが、幸は更に商いの上での武将になるという思いを実践していきます。

実際、幸のアイディアを惣次が実行し、五鈴屋の世間への認知度は飛躍的に上がります。本書では、幸が商売の道の入り口に立って一歩を踏み出した姿が描かれているのです。

でありながら、夫にはなかなかに恵まれず、阿呆ボンの次の夫の惣次は、女である幸を認めるようでいてやはり自分の陰に置こうとします。

その結果、本巻の終わりには五鈴屋は大きなトラブルを抱え込むことになり、やはり幸の身の上に大きな転換点が訪れようとするのです。

なかなかに面白いシリーズとして大いに期待して読み続けていますが、その期待は今のところ裏切られることはありません。早速、続刊を早く読みたいと思うばかりです。

高田 郁 あきない世傳金と銀〈2〉早瀬篇




「あきない世傳金と銀」シリーズの第二巻目「早瀬篇」です。



九歳という年齢で大坂天満の呉服商「五鈴屋」に女衆として奉公することになった幸でしたが、同じ女衆のお竹らや番頭の治兵衛にも助けられながら、商売人としても少しずつ成長していました。

「五鈴屋」の店主徳兵衛は周りからは「阿呆ボン」呼ばれるどうしようもない四代目であり、そうした現状を憂える治兵衛は十四歳になった幸を四代目徳兵衛の後沿いにと図ります。しかし、治兵衛が卒中を起こして倒れ、「五鈴屋」からは身を引くことになります。

なんとか幸と四代目の祝言だけは済ませて呉服屋の仲間からも認められ、晴れて「ご寮さん」となった幸でしたが、四代目は幸の体を触ろうともせず、お歯黒も許さない日々が続くのでした。



第一巻で奉公に入り、一生懸命に奉公してきた幸がご寮さんになり、今度は「五鈴屋」の柱となって盛りたてていく立場へと変化します。阿呆ぼんと呼ばれるほどのどうらく息子の嫁となり、どんな苦労が待っているのかと感情移入する物語の流れです。

でも、幸を描く作者の筆がそれほどに暗いわけでもなく、それどころか、これからの「五鈴屋」を幸がどのように盛りたてていくのかという点にこそ読者の関心は移るように描いてあります。そうした点がこの作者のうまさなのだろうと本書を読みながらも考えていました。

波乱万丈という言葉がピタリと当てはまる幸の運命の変転ですが、読者にとっては意外というしかないストーリーの展開です。勿論、この意外性は面白さに通じるものであり、このあとどのように展開するのだろうと、作者の思惑に見事にはまっているのです。

物語の合間には、例えば見舞いに来た幸に病床の治兵衛がかけた「まずは知識をしっかりと身につけなはれ。」、「智恵は、何もないところからは生まれしまへん。知識という蓄えがあってこそ、絞り出せるんが知恵だすのや。」という言葉があります。

こうした言葉自体は現実にもよく言われる言葉であり、特別な言葉ではないのですが、物語の登場人物の暖かな言葉としてかけられると、あらためて心に沁みます。

このような、ちょっとした、決して特別ではない言葉のやり取りに読者が引き込まれていく一つの要因があるように思えます。なんでもなさそうな言葉を胸に頑張る主人公の姿を読者は待っているのでしょう。

前巻の最後でも思いもかけない展開があったように、本書も終わりにまた新しい展開が待っていました。このシリーズが人気シリーズになっているのもよく分かる展開でした。

早速次を読みたいと思います。

高田 郁 あきない世傳金と銀 源流篇




『みをつくし料理帖しシリーズ』で一躍人気作家となった高田郁氏の新作で、人情ものの時代小説です。

学者の子として育った主人公の幸は、享保の大飢饉などの災害などの末に、九歳という年齢で大坂の呉服商「五十鈴屋」に奉公に出ることになります。「手の荒れておらぬ者は信用するな。自ら汗を流さぬ者を信頼するな。」と言い、「商いとは、即ち詐りなのだ」と言い切る幸の父親でしたが、一方「知恵は生きる力になる」という兄の、「商を貶めて良いものではない」という言葉もまた心に残っていました。

商売については何も分からないまま女衆として働きながらも幸の知恵への欲求は深く、そのことに気付いた五十鈴屋店主四代目徳兵衛の末弟の智蔵や番頭の治兵衛の庇護もあり、少しずつ知識を身につけていく幸だったのです。

まだ一巻目なのではっきりとしたことは言えないのですが、『みをつくし料理帖しシリーズ』と比べると、同じような女性の働き手の成長物語でありながら、こちらの方がかなり書きこまれており、物語としての厚みが増していると感じられました。

本書の幸は奉公の始めはまだ九歳であり、商いについては全く無知な状態から始まっているために、彼女の知識の吸収の過程が描かれているということ、また吸収していく知識の量が違うということもあるかもしれません。

ただ、それだけではなく、大坂の商店の佇まいも含めて、物語自体の構成の仕方、文章の流れ自体がより奥行きがあると思われるのです。

もしかしたら料理人と商売人という職種の差も大きいのかもしれませんが、主人公の職種の違いだけではない物語としての出来の差を思うのです。

これから、幸がどのような人生を歩むのかは全く分かりませんが、「五十鈴屋」の先代の母親で現店主四代目徳兵衛の祖母にあたる富久や、先述の末弟智蔵、番頭治兵衛らといった登場人物らも第一巻目にしてなかなかに興味を惹く描き方が為されています。

特に番頭の治兵衛の存在が大きいと思われ、人情家としての側面が強いのか、商売人としての貌がより前面に出てくるものなのか、多分後者だとは思うのですが今の段階ではよく分からないところなども興を惹きます。

特に本書の終わり方には早くも幸の行く末に大きく影響を与えるであろう出来事が記されています。このように書かれていては続巻を早く読みたいと思うばかりです。

現時点ではすでに四巻目までが出ているようです。早速次を読みたいと思います。

高田 郁 蓮花の契り 出世花


高田郁のデビュー作である『出世花』を第一作とする物語の完結編です。

「ふたり静」 第一巻の『偽り時雨』に登場した女郎の’てまり’が再び登場します。大火により「かがり屋」は焼け落ち、てまりは行方不明のままであったが、とある場所でお縁こと正縁はてまりをみつける。しかし、そこでは香弥と呼ばれており、かつての記憶を失っているようだった。記憶を取り戻すてまりは身を引こうとするが、てまりを香弥だと思いこんでいる認知症の富路をおいては行けず、息子の与一郎も共に引きとめるのだった。

「青葉風」 正縁が半年という約定で桜花堂に寄宿しているときに、桜花堂の得意先である遠州屋の主人治兵衛が急死し、桜花堂の菓子による毒殺の嫌疑をかけられて桜花堂主人の仙太郎が捕縛された。正縁は桜花堂のためにも治兵衛の死の真相を解明しようとするのだった。

「夢の浮橋」 桜花堂主人の仙太郎と女将である染との仲は回復不能になり、染は実家に帰ってしまう。桜花堂の大女将で正縁の実母でもある香は、仙太郎と正縁との縁組を望む。そんな折、仙太郎と共に深川八幡宮の祭礼に向かう途中、正縁は永代橋の崩落の現場に遭遇するのだった。

「蓮花の契り」 永代橋崩落事故の際の死者に対する正縁の姿が生き仏として評判となった。しかし、人心を惑わすとしてお上の不興を買い、青泉寺は閉門となってしまう。一方、正念には還俗と正縁と夫婦になる話が持ち上がっていた。


死者の湯灌をその職務とする三昧聖を主人公とするこの物語は、当然のことながら物語の全編に「死」をまとわりつかせた話になっています。それでもなお、過多な感傷に陥ることなく文章が紡がれていくのは、作者高田薫の力量によるものでしょう。

最後になって正念と正縁との恋模様が描かれているのですが、この点については少なくないレビューで批判的に書かれていました。どちらかと言うと私も同意見で、これまで作り上げられてきたこの物語が通俗的になったような気がしたものです。

この点は個人の好みの問題が多分に反映するところではあると思われ、その点の指摘にとどめておきます。

ともあれ、丁寧に丁寧に物語を紡ぎだしていくこの作者の作風はデビュー当時から変わらず、本書においてもそのことは変わりません。情感豊かな情景描写でありつつ登場人物の心象をも表すという、物語作家の当然のこの技量が高田郁は特にうまいと感じられ、個人的な不満点はありつつも、こころやすらかなひと時を持てる物語です。

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このブログの本棟として本の紹介のサイトを開いています。
(こちらです⇒読んだ屋
本ブログを別棟として位置付けて、読んだ本を記録していこうと思い立ちました。ここでの文章を母屋であるそのサイトに転記していくつもりです。

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