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梶尾 真治 怨讐星域Ⅲ 約束の地


怨讐星域シリーズの第三弾です。

ノアズ・アークは172光年の旅を終え、約束の地・エデンの遷移軌道上に辿り着いた。一方でエデンの住民は、首長アンデルスの号令の下で皆兵化と軍拡を進めていた―全てはノアズ・アーク乗員の皆殺しのために。地球消滅から長い年月を経て、再会を果たす人類の末裔たち…。やがて空前の大災厄がそれぞれに襲いかかるとき、最後に残されるのは積年の怨讐か、それとも―。人間と人間の相剋と未来を問うSFクロニクル完結。(「BOOK」データベースより)

星間宇宙船ノアズ・アークはいよいよ目的地に到着し、エデンの軌道上で地上の様子を調査するまでになり、あとは移住計画に従って、第一次移住開拓員の選択を始めるまでに至っていました。ところが、目的地エデンには先住民族の存在がうかがわれ、なんと英語類似の言語さえ聞こえてきたのす。

一方、エデンではアンデルス・ワルゲンツィンを中心として、ノアズ・アークの乗員たちは悪魔の子孫であり、皆殺しにすべきだという主張一色になっていました。その結果、幼い子供まで竹やりを手に、憎むべきアジソン一派の子孫たちを刺し殺すべく訓練を重ねる日々になっていました。そしていよいよ両者の邂逅の日になったのです。

やっと全三巻の文庫本の、通してみると1000頁を軽く超える物語を読み終えました。

端的に言えば、梶尾真治の特色である、アイディアに満ちた、心地よい驚きに満ちた物語とは少々異なった、私の好みからは外れた作品でした。

基本的なアイデアはいいのですが、世代間宇宙船という設定なので、登場人物の入れ替わりが前提となります。そのためもあって、積み重ねられた短編のそれぞれの話のつながりがわずかしか無く、各々の物語の存在意義が見失われたような印象でした。

極端に言えば、途中の物語は無くても、出発時と到着時の話だけでこの物語は成立してしまうのです。もうすこし、途中の物語が全体を通した流れの中で連続性を持つなどの、何らかの存在価値があればと思いました。

ただ、そうした感想は、私の本書の読み方が、一日少しずつひと月以上をかけて読み終えたという点にもあるのかもしれません。以前読んだ内容をはっきりと覚えていないままに読み進めることになったからです。

クライマックスも、作者自身が異論もあるでしょうと書いておられるように、ここまで引っ張ってきたわりにはあっさりしたものでした。もう少し、両陣営の邂逅の様子を書きこんで欲しいとは思いました。それこそが本書の一番の醍醐味だったのではないでしょうか。

もしかしたら、作者は戦前の日本のような、若しくは今のアジアのとある国のような、一般国民が一握りの為政者により洗脳されていく社会を描きたかったのかもしれませんが、そうだとしてもその点も明確ではありませんでしたし、だとすれば、本書の設定はあまりに安易に感じます。

結局、さまざまの点において中途半端に終わってしまい、せっかくの大河小説がもったいない、という印象が最大のものでした。

梶尾 真治 怨讐星域Ⅱ ニューエデン


怨讐星域シリーズの第二弾です。

滅びの地球から脱出した、2つの人類。その1つは宇宙船ノアズ・アーク内で、結婚して子を産み育てながら172光年先を目指していた。いま1つの人類も、星間転移で到達した約束の地・エデンにて世代を重ねながら、新たな文明社会を築いていた。最初の転移者から数えて第5世代のタツローは、入植を祝う降誕祭の準備に奔走する日々。彼はやがて、歳月を超えて受け継がれたノアズ・アークへの憤怒と憎悪に直面するが…。(「BOOK」データベースより)

地球を出発した恒星間宇宙船内では世代交代も進み、登場人物は少数の例外を覗いて、全く見知らぬ人たちばかりです。少なくとも一巻目で登場した人たち自身は既になく、その子孫と思われる人の名前が見えたりするくらいです。

ただ、転送装置の発明者であるイアン・アダムズが意外な形で登場することが気にかかることでしょうか。

宇宙船も長い旅の中間地点を過ぎようとしますが、そこで船長室及び制御室で異常が発生し、誰も近づけなくなるという事故が発生したり、宇宙船内部で生活する人間たちの筋力は衰え、「約束の地」での生存が不可能ではないかなどの危惧も発生します。また、船内で怪物が現れ人を襲ったりと、何かと問題が絶えません。

「約束の地」に近づくと、着陸や輸送などの問題は山積みになっているのです。

一方「約束の地」では、テンゲン山の山頂でイアン・アダムスの子孫たちが星間宇宙船の到着を観測し、ついにノアズ・アークからの通信を受信します。

そして、残された人々を地球に置き去りにし、自分たちだけ逃げ出したアジソン米大統領一派に対する憎しみは、ノアズ・アークに生きる人たちの宗教にも似た思いにまで変化していたのです。

星間宇宙船とノアズ・アークで暮らす人々との邂逅が近づいており、このあとの展開はもちろん気になります。

しかしながら、個人的には梶尾真治という作者の物語としては決して良い出来とは思えませんでした。物語の素晴らしいアイディアとその底に流れるロマンチシズムこそがこの作家の魅力だと思っていたのですが、本書では、設定そのもののアイディアは素晴らしいものの、全体を構成する個々の物語は梶尾真治の力の半分も出ていないような気がします。

勿論、宇宙船と目的地に暮らす人々との憎しみをはさんだ出会いこそがこの物語の一番の山場であり、書きたいことだったのでしょうから、最後まで読み終えて初めて全体としての感想を記すべきなのでしょう。

ということで、物語全体の感想は、あと一巻を読み終えてからにしたいと思います。

梶尾 真治 怨讐星域Ⅰ ノアズ・アーク


ロマンチックなタイムトラベルものを得意とする梶尾真治の、星間旅行や異世界での冒険物語を取り混ぜた大河小説です。

太陽のフレア膨張による地球消滅から逃れるため、アジソン米大統領と選ばれた3万人だけを乗せた世代間宇宙船ノアズ・アークが、密やかに出航した。残された人々はノアズ・アークを呪い、大統領の娘ナタリーの恋人が発明した星間転移で決死の脱出を図った―。2つの人類の目標は、172光年先にある約束の地。生き残りを賭け闘う人間それぞれの受難、愛憎、そして希望を通して、世界の喪失と再生を描く、SF大河ロマン。(「BOOK」データベースより)

梶尾真治のいつもの雰囲気とは少々異なった、シリアスな群像劇です。梶尾真治は1991年に、『サラマンダー殲滅』という冒険SFを書いて日本SF大賞を受賞していますが、多分、その作品に一番近いのではないでしょうか。内容がではなくて、物語が持っている雰囲気の話です。

地球滅亡の危機に人類の存続をかけて星間宇宙船ノアズ・アークで他の星を目指す、という物語はハインラインの『宇宙の孤児』やクラークの『遙かなる地球の歌』など、SFでは珍しくはないテーマと言えるでしょう。

また、物質転送というアイデア自体も、映画ではありますが『スタートレック』や『ザ・フライ』で描かれているように目新しいものとは言えません。

しかし、この両者を組み合わせ、172光年先の惑星「約束の地」に転移を果たした人類と、世代間宇宙船での航行を終えた人類との出会い、などという発想は私の知る限り初めてだと思います。

星間宇宙船内部での物語と目的となる172光年離れた惑星に一足早く転移(ジャンプ)した人達の未知の星(約束の地)での開拓の苦労、そして残された地球での生活を選んだ人たち、という三者の物語が、相互に少しずつ絡み合いながら、それぞれ独立した物語として語られます。

世代を越えた物語ですので、登場人物も当然のことながら変わっていきます。梶尾真治お得意のタイムトラベルを駆使し、同一人物を登場させることも可能だったでしょうが、そうするとこれまでの物語とあまり変わらず、更にはせっかくの星間宇宙船と星間転移というアイデアも霞んだことでしょう。

星間宇宙船ノアズ・アーク、約束の地それぞれで展開される物語は、梶尾真治らしい人間味あふれた物語が展開されています。極端に言えば、上質な短編が、連作として舞台だけを同じくした設定で語られているようで、それでいながらそれぞれの話には共通した骨子があるとも言えそうです。

梶尾 真治 杏奈は春待岬に


いかにも梶尾真治らしい、変形のタイムトラベルものの恋愛小説でした。

主人公の少年白瀬健志は、十歳の春休みを利用して天草で銃砲店を営む祖父母のもとへ行き、春待岬という名の、春になると見事な桜が咲くという岬の先端にある洋館で見かけた、「あんな」と呼ばれている美しい少女に恋をしてしまう。それから健志は毎年春になると天草の祖父母のもとへ行くことが楽しみになり、ある年ついにその洋館に入ることになるのだった。

梶尾真治という作家は1971年にSFマガジン誌上で作家デビューしています。その時の作品が『美亜へ贈る真珠』という短編なのですが、この作品が異なる時間軸にいる恋人同士のロマンチシズム溢れる物語でした。本書はその作品の現代版とも言うべき物語となっています。

主人公の少年白瀬健志は天草の西北端にある春待岬の洋館で杏奈という少女と出会いますが、この少女は春先の数日間しか現れない、つまりはその数日間だけの存在だったのです。杏奈が不在の間は、彼女にとっては連続した日々であっても、健志少年にとっては一年が経過しているのです。

異なる時間軸にいる男女の物語というプロットはまさに『美亜へ贈る真珠』のそれです。『美亜へ贈る真珠』の場合は流れる時間の速度が異なりますが、本書の場合は共有できる時間が一年に数日しかないという設定です。

健志少年は純粋に恋心を抱き、彼の人生をただ杏奈のためにだけ生きようと決意し、実行します。彼の人生には勿論他の女性も現れるでしょうし、実際、彼の人生に大きくかかわってくる青井梓という女の子も現れるのです。

カジシンの小説では、純粋な少年は本当に純粋無垢であり、その意思の強さはまた無類です。他には目もくれず健志少年はひたすら杏奈だけを思い、そして杏奈を残して自分一人年老いていくことになります。

本書には他に重要な登場人物として杏奈の兄と、健志を春待ち岬の洋館に連れて行ってくれたカズヨシ兄ちゃんという存在がいます。共に、この物語全般にかかわってくるのですが、青井梓も含めて、すべては健志少年のためだけの存在でしかありません。

この物語は、結末が決して納得のいくものではなく、梶尾真治であればもう少し他の書き方、まとめ方もあったのではないかという印象はあります。でも、梶尾真治ひさびさの時間ものは若干肩すかし気味ではありましたが、やはり面白いエンターテインメント小説を書く作家さんだと思いました。

梶尾 真治 まろうどエマノン


「かりそめエマノン」「まろうどエマノン」の二編の中編が収められた作品集です。エマノンシリーズでは三巻目ということになります。

「かりそめエマノン」 養護施設の愛童園で育ったずっと独りで育ってきた拓麻には女の兄弟がいたはずだった。今では荏口夫妻に養子として迎えられ、荏口姓を名乗る拓麻は、特殊な能力を持つ自分に気づいていた。

太古からの記憶を受け継ぐエマノンは一人の娘を産むことでその記憶を引き継いできています。しかし、昭和二十年前半に生まれたのは何故か男女の双子であり、その片割れが拓麻だったのです。その拓麻は自分の存在意義を常に探し求めていましたが、物語の最後にその理由を探し当てます。

私の好みからは今一つの物語でした。『さすらいエマノン』の中の短編にも似たような設定があったように思います。そして、すこし大げさに言うならば、C級の安っぽいSF映画のような安易さを感じてしまったのです。好みの問題と言えばそれまでですが、梶尾真治という作者の力量からすれば、もう少し練り上げた物語が描けるはずだと思います。

「まろうどエマノン」 小学校の四年生の夏、十歳になった廣瀬直樹は、九州の中ほどにある父親の田舎で過ごすことになったが、そこで長い黒髪をしたエマノンと名乗る女性と出会った。直樹は、エマノンの頼みに応じて罠にかかった「ましら」を助けることになり、ちょっとした冒険に乗り出すことになった。

この物語も、この作者の他の作品の中に似た設定の物語がある、そんな印象の物語でした。熊本のとある町を思わせる田舎町でのひと夏の出来事が描かれますが、主人公が私と似た年齢でもあり、郷愁を感じさせる話ではあるのです。でも、やはり、もう一歩練ってほしいという印象は否めません。

少々きつめの感想を書くことになりました。エマノンシリーズの持つ弱点なのかもしれませんが、シリーズ自体にどうしても安っぽい映画の設定に思える物語が多いという印象があります。特に本書の作品は他より少しだけ長めの物語だけに、特にその傾向が見えたのかもしれません。両作品共に勿論面白いのですが、物足りなさが残ってしまいました。

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本ブログを別棟として位置付けて、読んだ本を記録していこうと思い立ちました。ここでの文章を母屋であるそのサイトに転記していくつもりです。

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