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伊東 潤 池田屋乱刃


目次 「二心なし」福岡祐次郎 「士は死なり」土佐の北添佶摩 「及ばざる人」肥後の宮部鼎蔵 「凜として」長州の吉田稔麿 「英雄児」長州の桂小五郎

明治維新を語るとき、避けては通れない出来ごとの一つに「池田屋事件」があります。

この事件は、京都の町に火を放ち、その混乱に乗じて孝明天皇を長州へと動座させ、『八月十八日の政変』で失脚した長州藩を中心にした新政府を樹立し、対外的独立を維持しようとする長州藩、土佐藩、肥後藩らの尊王派が、捕縛された古高俊太郎の奪還について話し合うために集まっていたところに、新選組が切りこんだ事件です。

本書はこの「池田屋事件」を、池田屋に集まった浪士個々人の目線で描きなおした意欲作で、かなり読み応えのある作品でした。

全部で五話からなる短編集ですが、第一話「二心なし」の福岡祐次郎と、「英雄児」長州藩京都藩邸留守居役の乃美織江はその名も知らない人物です。

第一話では、食い詰めていた福岡祐次郎が新選組に入隊したものの、間者として浪士の仲間に送り込まれ、宮部鼎蔵らの知己を得て、浪士らの情報を土方へと知らせることになります。しかし、浪士らと交流するうちに自らの内部で何かが変わっていくことに気づくのでした。

あまり世に知られていない浪士の姿を、作者の想像力で、哀切きわまりない物語として仕上げられている一編です。

そのほかの土佐の北添佶摩、肥後の宮部鼎蔵、長州の吉田稔麿はよく知られた志士であり、第五話の乃美織江はまたあまり知られていない長州藩の人物ですが、話の内容は桂小五郎の物語です。

いずれも、これまでの多くの小説とは異なり、池田屋事件を志士の側から描いた作品です。これまでも個別を描く中でその一場面として池田屋事件が描かれることは多くありました。しかし、焦点を池田屋事件に合わせての志士目線での小説は無かったと思います。

そういう意味では観点がユニークです。なかでも第三話の宮部鼎蔵はわが郷土の偉人でありながらその実態は全くと言っていいほどに知らない人物なので、非常に関心深く読みました。

吉田松陰との交流、彼との奥州への旅などの簡単な事実は知っていたものの、清河八郎の誘いで一旦は国元で隠棲していたところを、再度告示に身を投じるようになったことなどは新たに知った事実です。

土佐の北添佶摩は坂本竜馬の物語を読むと必ずと言っていいほどに登場する人物であるし、長州の吉田稔麿にしても松陰門下生として当時を描いた小説には必ずと言っていいほどに登場します。

最終話の桂小五郎は、木戸孝允と称した後の時代も含めて司馬遼太郎の『翔ぶが如く』を始めとする幕末ものには必ず登場する人物ですが、本書においては意外な人物として描かれています。また、木戸孝允と改名した理由についても触れられているところは面白く読みました。

ただ、江戸の三大道場の一つである練兵館の塾頭を務めるほどの剣の腕もあるなど、剣豪としての一面もある桂の描き方としては、本書での描き方には若干の疑問もありますが、これは好みの問題でしょう。

ともあれ、行きつくところは同じ場所池田屋であり、同じ場面をその話の主人公の視点で再度描くなどの構成は作家の想像力の面目躍如たる作品であって、なかなかに面白く読んだ作品でした。

ちなみに、本書も「新選組の本を読む ~誠の栞~」で紹介されていたので読んでみたのですが、「第二級活字中毒者の遊読記」でもかなり前に紹介されている作品でした。

伊東 潤 天下人の茶


茶道を物語の中心に据え、茶の湯を通して戦国の世の武将たちの在り方を俯瞰している、ユニークな視点の連作の短編時代小説集です。いや、長編小説と言った方が良いのかもしれません。第155回直木賞候補作品ということで読んでみたのですが、以前の印象とは全く異なる、奥行きの深い、驚きの作品でした。

「天下人の茶 第一部」

秀吉と千宋易(のちの利休)との出会いを描いた作品です。自らシテとして禁中能を演じている秀吉の場面から始まりますが、このことには作者の「能」についての計算があるようです。配下への褒美として、土地の代わりに名物茶道具を下賜する。天下布武のために「茶の湯」を利用しようとする信長に思いを馳せる秀吉です。

秀吉と利休の物語はいろいろと語られている話ではありますが、茶道を「道」としてではなく、純粋に「政」の道具として捉え、物語の中心に置いている点で独自の世界を持った物語です。前提知識なく本書を読んだ当初は、本章の意味が分からず、本書ははずれかと思ったものです。

「奇道なり兵部」

秀吉による朝鮮侵攻の折、牧村兵部は一個の古茶碗を見つけ、その美しさに打たれた兵部は他の作品を探しに山間の村へと出かけるのだった。

宋易の弟子として「奇道こそ侘茶の境地」と言われた兵部は、「ゆがみ茶碗」に「奇道」を見出します。小牧長久手の戦いでは「奇道」を選択し家康の攻撃から秀次を守り切った兵部です。そんな兵部ですが、朝鮮の地では歪んだ陶器を見つけ、師匠宋易の喜ぶ顔を思い浮かべながら、更なる「ゆがみ茶碗」を探しに戦場の奥へと深入りしてしまうのです。

「過ぎたる人」

弟秀長を亡くした秀吉は利休をも切腹させる。あと継ぎの鶴松をも亡くした秀吉は、姉の子秀次を養子とし、天下の後継者として関白職を譲り、秀次の家臣団として秀吉直臣が秀次の家臣とされる。利休の助命嘆願をした瀬田掃部もその一人であった。

この頃の秀吉は尋常な判断力はなく、「狂っている」としか言えない状態です。「過ぎたる人」と評された瀬田掃部は、師匠利休の「この国を正式方向に導かれよ。」という言葉をかみしめ、一大決心をします。ここでも利休の思惑が働いているようです。

「ひつみて候」

古田織部は病に伏せる秀吉の枕元に呼ばれ、身分制度に見合った茶の湯の秩序を構築することを命じられる。新たな秩序となりえる茶の湯の創出という大役である。織部は豊臣と徳川の戦いにおいても徳川に与し、新たな世の茶の湯を構築する。しかしながら、そこには落とし穴が待っていた。

茶道の世界でも著名な武人である古田織部を中心に据え、茶の湯の政治的な意味合いを突き詰めていく物語。茶人の人間的な側面をも描き出しています。

蛇足ですが、織部の朝会に招かれ、そこで見た歪みの激しい茶碗について、神屋宋湛の茶会記には「ヘウケモノ也」と記されているそうです。織部を主人公としたコミック「へうげもの」の意味がやっと分かりました。

「利休形」

細川忠興は病に伏せる蒲生氏郷を訪ね、昔話に花を咲かせていた。そこでは秀吉と利休の振る舞いについて語られ、その振る舞いに隠された意味が明らかになっていく。

おのれの死後も美の支配者たらんとした利休。黄金の茶室を侘びの極致と称した利休。利休の死後、茶の湯への熱は冷め、演能へ傾倒してゆく秀吉です。

「天下人の茶 第二部」 信長の「御茶湯御政道」のもと、秀吉は茶道具の名器をそろえ、名実ともに織田家の重臣となっていた。信長の意に沿う山上宗二を茶頭とするも秀吉とは反りが合わない。そこに宋易が訪れてきた。二人で話されたことは後の秀吉の礎ともなる事柄であった。

信長は茶道具の価値を高めようとし、秀吉は茶の湯を庶民まで普及させ天下の静謐を保とうとします。精神世界の開放による下々の不満を和らげようとし、利休こそがその任を担いました。秀吉のこの行動の根底にあったものは・・・。本編は意外な逆転劇で幕を閉じます。

伊東 潤 黎明に起つ

黎明に起つ黎明に起つ
(2013/10/24)
伊東 潤

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北条早雲の幼少期から応仁の乱を経て、関東に覇を唱えるまでの一代記です。

読者が知っている歴史的事実の隙間を「ドラマティックに埋めていく」のが歴史小説だとどこかで書いてありました。膨大な資料をを咀嚼し、イメージを膨らませて再構築する、という大変な作業に成功しているかどうかは読者の判断にゆだねられるのでしょうが、色々な書評や一般読者の感想によるとかなり好評価のようです。

作者の公式サイトに、作者の言葉として「歴史小説は、史実に忠実であることが大前提」で、「最も大事なことは、面白いかどうかなのです。」とありました。

本書では早雲のことを「宗瑞」と読んでいるのも史実に即した処置だと「おわりに」という一文に書いてありました。また、早雲の関東制圧の大義を「民のため」と設定したことも、その大義は「二代氏綱が民に対する布告にのみ使った印判の文字『祿壽應穩(ろくじゅおういん)』に込められてい」て、「『祿壽應穩』とは、『禄(財産)と寿(生命)は応(まさ)に穏やかなるべし』の意で、早雲と氏綱が領国の民に向かって、いかなる施政方針で臨むかを宣言したものです。」と、根拠を示してありました。

しかし、こういう大きな骨格となる事実は別として、歴史的事実を詳細に記してある歴史小説は個人的には今一つ感情移入できないようです。海道龍一朗の「禁中御庭者綺譚 乱世疾走」他でも同じことを書きましたが、歴史的事実の間隙を埋めている筈の作者の想像力が、事実のつなぎのように思えてくるのです。名も知らない応仁の乱当時の武将の、武蔵や小田原付近の城の攻防の状況を緻密に書かれていても頭に入りません。私のように物語のストーリーをこそ楽しむ人間には向かないようなのです。

この作者の他の本を読んでいないのではっきりとは言えませんが、結局作者の言う「面白い」の捉え方が私とは少々違っていたということだと思います。

でも、歴史が好きで、文章を読み込む人たちにとっては、これだけ情報が多く、その上作者の解釈による早雲の人物像が描かれている小説は多分大変面白い小説ではないでしょうか。

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このブログの本棟として本の紹介のサイトを開いています。
(こちらです⇒読んだ屋
本ブログを別棟として位置付けて、読んだ本を記録していこうと思い立ちました。ここでの文章を母屋であるそのサイトに転記していくつもりです。

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