海堂 尊 アクアマリンの神殿


本書の惹句に「海堂尊の新境地長編」とありましたが、確かに青春小説の形態をとった新しい形の物語かもしれません。

主人公は前作『モルフェウスの領域』の領域で「コールドスリープ」により五年間の「凍眠」を経た結果、両眼の視力を失うという危機を免れた佐々木アツシです。彼は桜宮学園中等部に編入し中学生生活を送っているのですが、麻生夏美という明晰な女の子や、ボクシング部の蜂谷一航などという仲間と知り合い、そのまま高等部へと進学します。

高校ではボクシング部に属し、天才神倉正樹を擁する東雲高との対抗戦に出場するアツシですが、一方で悲恋にあこがれる北原野麦という女の子も登場し、アツシにまとわりついたりもする、そんな日々を送っています。

こう書くと普通の青春小説のように聞こえますが、その内容は通常の青春小説とはかなり異なります。海棠尊という作家の頭の良さが出ている場面と私は思っているのですが、言葉の遊びとしか思えない、「論理」をもてあそんだ台詞回しで展開する物語は実に読みにくい話になっています。

アツシは前作でコールドスリープについた日比野涼子の世話係もしています。毎夜日比野涼子が毎夜眠っているアツシのために機械の点検を欠かさなかったように、アツシもコールドスリープにより眠りについている日比野涼子を守っているのです。

基本的に、アツシの学生生活と、コールドスリープシステムの製作者でもある西野及び看護師である如月京子との関係性で成り立つアツシの私生活との二面性を持ったまま話は進むのですが、とにかくレトリックに満ちたこの作家の文章は本シリーズでは特にその傾向が強いようです。

アツシを主人公とした青春小説の側面も確かにあるのですが、物語としてのリアリティは全くありません。この作品に記述してあるような会話を中・高校生がする筈もなく、とすれば、作者はアツシの日比野涼子をめぐる行動を通じての成長を描きたかったのかもしれません。

としても、中・高校生らしからぬ台詞回しで語られるこの物語は、端的に言って「面倒くさい」のその一言で済みます。

とにかく冗長です。

海堂 尊 モルフェウスの領域


私のまわりでは、若干の余震を除けば日常が戻ってきています。しかしながら、繁華街の店は未だ半分くらいしか開いていないと聞きました。通院の途中でも、何軒かの店先には「頑張ろう熊本」の張り紙も見えました。

ところで本書は、久しぶりの海棠尊の作品です。

俯瞰

この作家には珍しい、SF仕立ての小説です。若干のとっつきにくさと、顔なじみのキャラクタの登場による安心感とがないまぜになった不思議な感じの物語でした。

時間軸としては「ナイチンゲールの沈黙」に続く物語であり、このあとの「アクアマリンの神殿」へとつながるそうです。

主人公は誰かと言われれば、佐々木アツシと答えるべきなのでしょう。しかし、本書はその冒頭から日比野涼子という女性の物語として始まり、進行します。未来医学探求センター非常勤職員としての涼子は、このセンターで眠り続ける佐々木アツシの世話を一手に引き受けているのです。

論理展開の難解さ

この未来医学探求センターでの涼子の役割や行動は、この作者お得意の論理展開が勝っている場面であり、私のような読者はついていけない場面でもあります。

つまりは、このセンターの設立基盤でもある曾根崎伸一郎教授が提唱した「凍眠八則」、そして「凍眠」の根拠づけの法律である「人体特殊凍眠法」をめぐる曾根崎教授と涼子との会話の場面であり、またコールドスリープ技術を開発した技術者である西野昌孝と涼子との会話の場面です。彼らの論理展開にはいつものごとくついてはいけませんでした。

若干の疑問点

それよりも、涼子の立場がよく分かりません。このコールドスリープ技術は、国家の一大事業であり、先進医療技術の最先端技術の賜物であるはずです。しかしながら、日々のチェック、点検を単なるバイトの一女性に委ねられてしまっていること、更にはそもそも、最先端技術であるはずなのに、単なるチェックを越えた個人の手作業での管理が要求されることなど、あり得ない状況設定だと言わざるを得ません。

ステレオタイプな官僚描写

特に涼子の直属の上司の八神など、官僚の描きかたはこの作家の常で硬直的です。自己保身と打算で動く官僚というステレオタイプな見方及びその見方に則った人物の描きかたはいい加減鼻につくようにもなっています。

ストーリーテラーとしての海棠尊

とはいえ、高階権太や田口公平というシリーズで馴染んだメンバーが登場すると、物語の展開が非常に読みやすく、分かりやすくなります。とくに如月翔子看護師長の存在は貴重です。

この作家の紡ぎだす物語は、高尚な論理展開の部分を抜きにすればかなり面白く、魅力的な物語世界が構築されていることは多くの人が認めているところであり、続編の「アクアマリンの神殿」も楽しく読めるものと期待したいです。

海堂 尊 ナニワ・モンスター


いわゆる桜宮サーガに位置づけられる物語です。つまりは「このミステリーがすごい!」大賞を受賞したチーム・バチスタの栄光の世界観を持った物語です。

世界的に新型インフルエンザ「キャメル」の猛威が伝えられ、政府による水際作戦が敷かれる中、浪速府で第一症例が報告された。早速、浪速府に経済的な打撃が加えられるが、浪速府知事の村雨弘毅は対抗策を打ち出す。そこに噛んでくるのは、「医療界のスカラムーシュ」という異名を持つ、村雨浪速府知事の陰のブレーンである彦根新吾であり、浪速地検特捜部副部長の鎌形雅史であった。

海堂尊の小説には、二つの系統があるように感じられます。その一つは作家名を海堂尊という医者のオートプシー・イメージング(Autopsy imaging、Ai、死亡時画像病理診断)にかける思いを込めた作品群と、それ以外の作品群です。そして、前者、Aiへの思いを込めた作品群は、それ以外の作品群があまりに面白いのに比べ、作者の頭の良さが空回りしてか、Aiありきの強引な話にしか思えません。残念ながら、本書もその中に入る作品でした。それ以外の作品の面白さを知っているだけに非常に残念です。

本書は三つの章からなっています。まず「第一部・キャメル」はかなり面白い物語との印象から始まりました。新型インフルエンザ「キャメル」のパンデミックを思わせる物語の展開は、浪速の町の日常と非日常とをうまくかき分けて描写してあり、パニック小説のイントロとして素晴らしく、かなり期待できると思いながら読み進めました。ここまでが2009年2月から2009年5月までのお話です。

おかしくなったのは「第二部・カマイタチ」からです。話は2008年の6月へと一年ほど遡り、同時に舞台は東京地方検察庁へと移ります。そこでは東京地検特捜部のエースと目されていた鎌形雅史の浪速地検特捜部への移動の話が持ち上がっていました。鎌形検事の浪速転勤に伴い、浪速府の村雨知事と彦根の思惑は鎌形の取り込みを図ります。

そして「第三部・ドラゴン」で、本書の本体であるAiの話へと展開します。ここでは日本の現体制そのものへの変革の話まで膨らみ、物語は当初のよくできたパニック小説という雰囲気から、とんでも話へと一大転換してしまうのです。

かつて海棠尊の『ノセント・ゲリラの祝祭』を読んだときの、論理の空回りとしか思えない物語展開に驚いた記憶が蘇りました。強引としか思えないその物語は作者のAiへの熱い思いは伝わるものの、物語としては決してよくできたとは言えない作品でした。本書も残念ながら同様なのです。「第二部」で登場した鎌形雅史など、かなり意味ありげな強烈なキャラクタとして現れたのですが、結局はその与えられた存在感を発揮しないままで終わってしまいました。

詳しく書くとネタバレになり書けません。いや、詳しく書こうと思っても本書で展開される論理についていけない私では詳しく書く力がないと言うべきなのでしょう。ということで、ぜひ自分で読んで確かめてください、とも言いにくい作品でした。

海堂 尊 スリジエセンター1991

スリジエセンター1991スリジエセンター1991
(2012/10/25)
海堂 尊

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個人的には今まで読んだこの作家の作品の中でベスト3に入る面白さでした。

本書に入り、天城と高階講師との対立は激しさを増していく。公開手術のスタッフの入れ替えなどの障害も乗り越え進む天城。だが佐伯教授、黒崎助教授、高階講師夫々の思惑はお互いの思わぬ方向へ進む。速水という爆弾新入生がその均衡を掻き乱し、世良はその渦の中に巻き込まれていくのだった。

筋立てが面白く引き込まれました。前作では、世界的な名声を持つ天城という医師が、こんな一地方都市の大学病院に縛られ喘がなければならないなど、少々無理があるのではないか、など思わないことも無かったのですが、そういうことを思う暇も無いほどに引き込まれたのです。

新人が入ってきて世良がその世話をすることになりますが、その中に若かりし頃のジェネラルルージュ速水がいて周りを翻弄します。また、病院長選挙も絡んで物語は意外な方向へと進んでいくのです。そんな中で天城の公開手術が行われるのですが、そこでの桜宮市民病院の鏡や高階、天城の行動の描写は息をもつかせません。

物語としての面白さが凝縮された作品として十分に仕上がっていると思いました。勿論、例えば速水の役割が結局は顔見世に過ぎないようにも思えるなど、小さく見ていけば色々と突っ込みどころはあるのでしょうが、そんなことはこの物語で何の問題にもなっていません。単純に読者を引き込む面白さがあった、というだけです。

今回、世良は一段と語り役に徹していて、代わりに思いがけない結末の幕引きという役割を負わされています。この結末にはかなり異論もあるかと思いながら読みました。是非実際に読んでどう思うかを考えて欲しいものです。

なお、この作品をより面白く読むためには、先に「ブラックペアン1988」「ブレイズメス1990」は勿論読んでもらいたいのです。そして、作品の関係で言えばこの作品の前の時代の話として若き高階権太と速水晃一を描いた「ひかりの剣」が、本作の二十年後として「ジェネラル・ルージュの凱旋」では高階権太、黒崎誠一郎、看護師の藤原真琴と花房美和、そして速水晃一が描かれていて、「極北クレイマー」と「極北ラプソディ」で更にその後の世良雅志、速水晃一、花房 美和が描かれています。出版年順、作品内の時系列順と、どの順番で読むかは夫々でしょうが、出版年順に読み、この人はあの作品に出ていた、などと楽しむのも一興です。

海堂 尊 ブレイズメス1990

ブレイズメス1990 (講談社文庫)ブレイズメス1990 (講談社文庫)
(2012/05/15)
海堂 尊

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東城大学医学部付属病院院長の佐伯は研修医の世良雅志をモナコ公国に派遣する。モナコのモンテカルロ・ハートセンターで外科部長を務める心臓外科医天城雪彦を東城大学付属病院の総合外科学教室に招聘しようというのだ。何とかモナコで天城雪彦を捕まえた世良は天城を日本に連れて帰る。しかし、金をこそ手術の条件とする天城の態度は高階他の東城大学付属病院のスタッフに受け入れられる筈も無く、当初から天城は孤立する。そうした中、天城の世話役を言いつかった世良は、心臓手術専門の病院「スリジエ・ハートセンター」設立を表明する天城のもと、東京国際学会での公開手術をの日を迎えることとなった。

本書の冒頭で世良が天城を東京に連れて帰るきっかけとしてルーレットを利用しています。この点には少々違和感を感じました。偶然にまかせた筋書きは私の感覚ではご都合主義的に感じるのです。

でも、その後の展開は実に面白い物語です。海堂尊という作家のいいところが前面に出た小説だと思います。

「ジェネラル・ルージュの凱旋」の速水晃一の活躍の場面でもそうですが、スーパーヒーローがその力量を遺憾なく発揮して困難な場面を乗り越える展開はカタルシスの最たる場面ではないでしょうか。本作もまた四面楚歌の中での天城の活躍が描かれます。

更に海堂尊の作品は舞台が病院であり、常に人の命が陰に陽にテーマとなっていて、読者に困難な問題提起が為されています。本書でも経費を考慮すべきではない患者の命の救済と命を救うための環境の整備には多額の費用がかかるという両立困難な命題が示されています。

読者はそうしたカタルシスと人間の根源に関わるテーマとを示され、その答えに呻吟しつつ爽快感を味わうのです。

海堂尊という作家の面目躍如たる作品です。面白いです。

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(こちらです⇒読んだ屋
本ブログを別棟として位置付けて、読んだ本を記録していこうと思い立ちました。ここでの文章を母屋であるそのサイトに転記していくつもりです。

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