今井 絵美子 花あらし


ここのところ、震度2程の余震は日に一度程度で収まっていて、夜中にたたき起されることが無いだけでも助かっています。

ところで本書の写真画像ですが、Amazonへのリンクイメージ画像が大きなものしか表示されないので、大きな画像での紹介です。

「いざよふ月」 二十歳になったばかりの雪路は十九も歳の違う嶋村鞆音(しまむらともね)の後沿いとして嫁ぐが、雪路が二十四歳のとき鞆音は落馬して絶命してしまう。それから二年、明日は嶋村の嫡男裕一郎が嫁を迎える日だった。

嫁ぎ先でも勿論、実家でさえ居所の無い、夫を亡くした女の悲哀を、女の目線で丁寧な筆致で描き出してあります。

「平左曰う」 武具方御弓組の脇田平左衛門は自らの出世にあくせくすることも無い、かなりおおらかな性格をしていた。事実、小頭にはなったものの昇進はぴたりと止まってしまっている。そんな平左衛門だが、酒が入ると同一人物かというほどに曰(のたま)い始めるのだった。

やりきれなさが漂う本書の中で、めずらしくユーモアの香り漂うホッとする物語です。

気になったのは、「曰う」という言葉の使い方です。本書では「大きな態度で言う」などの意味でつかわれていますが、辞書によるとこれは現代語としての使い方らしいのです。現代の小説なので、そういう使い方もありだと言われればそれまでの話です。

「花あらし」 寿々は義姉の萩乃とともに下女として立花家へきていた。奥祐筆立花倫仁(たちばなみちひと)はとある事情で腹を切ることになるが、その時、萩乃は、そして寿々は・・・。

武家社会でひたすらに自分の思いを抑え込み、他者の心を推し量り生きようとする人々。そのことは、男も女も変わりません。 義姉は夫に尽くし、義妹は義姉やその夫に尽くし、自分の想いはひたすらに内に秘めている。それぞれが互いを慈しみ、思いやっているものの、ときの流れはそれらの思いをも押し流してしまう。美しい文章と共に、武家のたたずまいを浮かび上がらせている、切ない物語です。

「水魚のごとく」 杉浦甚内は竹馬の友である布施威一朗の出奔後、威一朗の妻華世を娶り、威一朗の子小百合をも自らの子として育てていた。ところが、華世亡き後、小百合の夫が殺されてしまう。陣内は小百合とその子の幼き慶之助のために助太刀をすることになるが・・・。

この話も、本当は重い話なのですが、語り口をユーモラスにすることで読みやすく作られている物語です。ただ、結末が示されていません。おかしみを語ることで、もしかしたら悲惨な結末になるかもしれない余韻を和らげようとしたのでしょうか。

「椿落つ」 保坂市之進がその妻実久と子と共に住む家の離れには、大祖母槇乃と保坂本家の伯母加世も暮らしていた。早くに父母を亡くした市之進は槇乃の手により育てられていたが、槇乃には誰にも言えない秘密があった。

この物語も、武家社会の中でひっそりと息づく女性の生きざまを描き出そうとしているのでしょう。情景描写を豊かにすることで人物の内面をより立体的に描き出そうとしてるいかのような、丁寧な筆致です。

保坂家の物語はこの連作シリーズの第一作目『鷺の墓』の第一話から語られている物語でもあります。

近年の、若干説明口調になっているこの作者の作品群の中では丁寧に、そして情感豊かに描かれている作品集です。瀬戸内に面する小藩を舞台にしたこの連作は、保坂市之進や白雀尼などの登場人物が繰り返し登場したりと、出来れば通して読んだ方が分かりやすいかと思われます。

時代小説の中でも、女性目線の、それも耐え忍ぶ女の姿を静かに描き出している作品集としてまずは挙げるべきシリーズ作品だと思います。

今井 絵美子 夢草紙 人情おかんヶ茶屋

夢草紙人情おかんヶ茶屋 (【徳間文庫】)夢草紙人情おかんヶ茶屋 (【徳間文庫】)
(2012/04/06)
今井絵美子

商品詳細を見る

「夢草紙人情ひぐらし店」の続編という位置づけのシリーズなのですが、その前のシリーズを読まずに本書に手を出してしまいました。

表題の「おかんヶ茶屋」の女将のお幅は、今後はどのように変わるのかは分かりませんが、少なくとも本書では彼らの話を聞き、たまに料理を差し入れするだけで、狂言回し的な立場でさえもありません。主人公はあくまで「ひぐらし店」の面々です。これはこれで面白い構成ではあります。

先日読んだ「忘れ扇 髪ゆい猫字屋繁盛記」でも書いたように、登場人物の会話が実に独特な言いまわしです。以前読んだ「立場茶屋おりき」ではそんなことは無く、もっとしっとりと落ち着いた文体で、ゆっくりと読むことが出来たように思ったのですが、しばらくこの作者の作品を読まなかった間に、この作者の作風が変化したのでしょうか。

違うシリーズを読んでみて更に思うのですが、特に本書では悪人が出て来ません。お幅の営む「おかんヶ茶屋」にひぐらし店の面々が集まり、この店で様々なことを話すのです。一般庶民の常として様々の問題が起き、それを皆で一致団結し、皆で解決するのです。やくざの存在は示唆されても、それは会話の中で出てくるだけで、登場人物としては出て来ずに会話の中で解決していきます。読んでいて、もう少し毒があっても良いな、と思うほどです。

繰り返しになるかもしれませんが、ひぐらし店の面々の皆がよく話します。よく交わされる会話の中でその舞台の状況説明が為されていくのです。この点が少々気になります。

良い人達が助け合って生きる物語が心が温まっていい、という人にはもってこいのお話です。

こうした点は個人的な好みなので、この作風が好みの方もいらっしゃることでしょう。

しかし個人的には、かつて読んだ落ち着いたこの作家の文章をもう一度読みたい、と思ってしまいました。武家ものでは今でもそうなのか、確認の意味も込めて読んでみましょう。

今井 絵美子 忘れ扇 髪ゆい猫字屋繁盛記

忘れ扇  髪ゆい猫字屋繁盛記 (角川文庫)忘れ扇 髪ゆい猫字屋繁盛記 (角川文庫)
(2013/12/25)
今井 絵美子

商品詳細を見る

登場人物がどうも以前読んだものと一緒だと思ったら、設定が同じで視点だけを変えた物語でした。

以前読んだ「照降町自身番書役日誌」シリーズは、武家の身分を捨てて町人として小舟町の自身番書役を務める喜三次が主人公で、自身番に持ち込まれる事件を中心に様々な人間模様を描いてありました。ところが今度はその自身番の斜め前にある髪結床の「猫字屋」が舞台となっています。当然登場人物もほぼ同じで、ただ、髪結床が舞台なので「さらに活気に満ちた庶民ならではの『江戸』を体感できることにもなった(解説より)」のです。

確かにこの「猫字屋」の店先で常連客が交わす会話はいかにも庶民の雑多な会話が交わされていて、小気味のいい響きがあります。「女ごのじなつく仕草」だとか、「ひょっくら返す」だとか、独特の言い廻しがあるのです。以前の「鷺の墓」は武家ものだから異なるとしても、「立場茶屋おりき」でもこうした雰囲気は無かったような気がしています。ただ、ほんの少し、例えば「情状酌量」のような、そうした言葉を使っていただろうか、と疑問に思う言い廻しがあり、ちょっと気にはなりました。

同じ舞台設定で主人公だけを変えて物語をつないでいく、という手法は、北方謙三の「ブラディ・ドールシリーズ」で、巻毎に主人公を変えているものがありましたし、似たようなことを他の作家でも見たことはあります。しかし、シリーズそのものを新たにするというのは、初めてではないでしょうか。

本作では新たに髪結床をメインにすることで髪結床に集まる人々そのものが物語の主体となり、解説にあるように、より身近な物語が出来上がっているような気がします。

蛇足ですが、「照降町」という町の名前は、雪駄屋、下駄屋、傘屋が軒を連ねていて夫々に晴れ、雨を望むところからついたといいます。実に洒落た町名で、古地図をみると日本橋北内神田両国「てりふり丁」とありました。古地図の中に実際にその名前を見つけるというのはまた、時代小説の一つの楽しみでもあります。

プロフィール

siro

Author:siro
このブログの本棟として本の紹介のサイトを開いています。
(こちらです⇒読んだ屋
本ブログを別棟として位置付けて、読んだ本を記録していこうと思い立ちました。ここでの文章を母屋であるそのサイトに転記していくつもりです。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR