重松 清 エイジ

エイジ (新潮文庫)エイジ (新潮文庫)
(2004/06/27)
重松 清

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以前読んだこの作家の作品の「空より高く」は高校生を主人公とした青春小説だったのだけど、今一つその世界観を受け入れることが出来ませんでした。またその後に読んだ中年のおっさんの大学の応援団生活を描いた「あすなろ三三七拍子」もまた’軽さ’が先に立った作品でした。

しかし、本書「エイジ」は中学二年生という実に微妙な年頃の男の子が主人公なのですが、その心理描写が素晴らしく、この頃の中学生の思考方法と言いますか、考える筋道が明確に示されていて実に面白く読むことが出来ました。勿論、作者の考える中学生の考え方ですのでもしかしたら違っているかもしれません。しかし、その描写は現実的で、多分違っていてもそう遠くはないだろうと思える描写なのです。

本書では重要な出来事として通り魔の存在があり、その通り魔が主人公の生活に密接に関係してきます。また、バスケットクラブでのいじめの問題ももう一つの焦点として取り上げられています。更には青春小説の定番の片想いの場面もありました。これらの出来事が主人公の一人称の語り口によって、内心の展開が実にリアルに描き出されているのです。

自分の中学生の頃のことを考えると、とてもではありませんがこの本の主人公のようには考えてはいなかったと思います。遥か遠い昔のことなのですが、当時は単純に運動のこと、女の子のこと、友達のことをとりとめも無く思い浮かべていたように思います。

家庭のことに関しても、本書の主人公のようにホームドラマのようだなどと、どこか他人事のように俯瞰的な視点で見るなどとてものことではなく、ただ、クラブを終えて遅くの帰り道に、帰って寝て、また学校へ行ってクラブといういまの生活は何なのだろうと、それも何となく考えながらな帰っていたことを覚えています。

通り魔と自分の違いは何だろうかと突き詰めて考える主人公。そしてそこに差を見出すことが出来ない主人公。自分を日常に結び付けている紐を「切る」ことがキレることではないかと考える主人公。そして小さくキレる主人公。

この主人公の行動は決して平均的な中学生の行動だとは思えないのだけれど、しかしながら先にも書いたようにリアルな中学生像として迫ってくるのです。それはこの作者の筆力によるところが大きいのでしょう。

「一日一日はいやになるくらいだらだらしているのに、それが連なった毎日は、滑るように過ぎていった。」(73頁)などという青春の一日の描写は、読みながら小さな感動すら覚えました。こういう表現で中学生の心理を描いているのですから、読み手は引き込まれる筈です。

これまで読んだこの作者の二冊の作品は本書の後に書かれているのに、本書ほどの感銘は在りませんでした。本書が最高の作品なのでしょうか。山本周五郎賞を受賞している作品だけのことはあると思え、だとすれば、やはりプロの文筆家が認めた作品こそが面白いのでしょうか。

重松 清 あすなろ三三七拍子

あすなろ三三七拍子(上) (講談社文庫)あすなろ三三七拍子(上) (講談社文庫)
(2014/01/15)
重松 清

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ユーモアおっさん青春小説です。何しろ、四十五歳のおっさんが大学に入り、人数が足らずに廃部の危機にある応援団を立て直す、という物語なのですから。そこそこに面白い小説ではありました。

総務課長藤巻大介は、ワンマン社長の命令によりかつての世田谷商科大学、現在のあすなろ大学の応援団に派遣される事になった。応援団の部員を増やし、部の存続を図ることがその使命なのだ。そこにかつて野球部に属していた男の息子が入団希望者として現れ、次に藤巻の娘美紀の彼氏である保坂翔を入部させ、更に、大学の新しい応援団の責任教員である原智子準教授の鶴の一声で松下沙耶という女子まで入部することになるのだった。これらの新入部員のもとに、応援団OBである斎藤と山下というコンビが指導のためにやって来るのだった。

やはり、当初は舞台設定のあまりの突拍子の無さにその世界に入っていくことが非常に難しく、止めようかとさえ思ってしまいました。私が知っている応援団は硬派という言葉など可愛いもので、それこそ暴力団の事務所との違いを探す方が難しい、という代物だったのです。勿論暴力団と言い切るのは言い過ぎなところがあるにしても、かつては、大学によりけりではありますが、応援団と言えばそうした目で見られていたものです。

その昔一世を風靡し、映画化もされた「嗚呼!花の応援団」という漫画を見ればよく分かります。

そんな応援団の世界ですから、いくらユーモア小説とはいえ、四十五歳のおじさんは勿論、金髪の軟弱男や、ましてや女子の入部という設定は現実無視の設定としか思えず、拒否反応を起こしてしまったのです。

しかし、現代の応援団は学ランは無く、チアリーダーと一緒での応援は当たり前という話も聞いたことがあります。また、どこかの大学では女子の応援団長の存在さえ聞いたことがあるので、まんざらあり得ない設定でもないと読み進めました。

最後まで読み通してみるとそれなりに面白く、中年サラリーマンの悲哀を織り交ぜながら、家族の在り方などの問題意識も含みつつのユーモア小説としてきちんと成立していました。勿論、今でも応援団のけじめは残っていると思われ、そうした点を茶化しつつ認めている本書はそれなりにあり得る物語なのでしょう。

決して読んだ時間が無駄という物語ではありませんでした。

重松 清 空より高く

空より高く空より高く
(2012/09/24)
重松 清

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主人公は廃校の決まった東玉川高校の三年生、ネタローこと松田練太郎。どこかで聞いたような、若しくは読んだことのあるような、そんな物語ではありました。特別エンターテインメント性が強いわけでもない、青春小説と呼ばれるものでしょうか。

本書の主人公は、学年の途中で中年非常勤講師として赴任してきた神村仁先生の言葉「レッツ・ビギン」に反応し、何かを始めようということでジャグリングを始めます。それも、違う意味で反応してしまった女の子と何時もの仲間を巻き込んでのイベントを始めるのです。

自分自身の高校生時代を思うとこんな生徒はいないだろうと思われ、反面、学生運動の余波が高校にまで吹き荒れていた自分たちの時代も結局は似たような生徒がいて、似たようなことをやっていたのではないか、とも思えます。では自分自身はというと、大多数の生徒と同じで何事にも中途半端でいたのではなかったでしょうか。

私の時代の青春ものと言えまずはテレビドラマということになります。石原慎太郎原作の「青年の樹」に始まり、夏木陽介主演の学園ドラマ「青春とは何だ」が大ヒットし、間に「これが青春だ」等々があって、中村雅俊主演の「俺たちの旅」、勝野洋主演の「俺たちの朝」と続きました。

小説では1969年に芥川賞をとった庄司薫の「赤ずきんちゃん気をつけて」があります。この「赤ずきんちゃん気をつけて」は、実に平易な文章で高校生のある日の出来事を語った作品でした。

本作品も難しい言葉は無く、淡々と高校生の日常が語られていきます。ただ、本作は典型的というか作られた「セーシュン」を描いているようで、どうもあまり心に響かないのです。しかしながら、読みながら気付いたのですが、今の年代になった私は主人公のネタローよりもジン先生の目線で本書を見ていたのです。

年齢を経てしまうと青春小説も読めなくなったのだろうかと少々焦ったのですが、でも、三浦しをんの「風が強く吹いている」や恩田陸の「夜のピクニック」などは青春小説として琴線に触れるものがあったのですから、歳をとっても青春小説を読めない筈はないのです。ということはやはり本書が少々「セーシュン」を正面から取り上げすぎていて、反発したのかもしれません。その意味では歳をとったら読めないのかもしれません。

結局、何とも感想の述べにくい作品でした。

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このブログの本棟として本の紹介のサイトを開いています。
(こちらです⇒読んだ屋
本ブログを別棟として位置付けて、読んだ本を記録していこうと思い立ちました。ここでの文章を母屋であるそのサイトに転記していくつもりです。

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