笹本 稜平 分水嶺


ここのところ、震度1ないし2という細かな余震が続いていた我が郷土ですが、昨夜は震度5弱がありました。私の住んでいる区では震度4だったのですが、久しぶりの強い揺れにあの時のことを思い出してしまいました。東日本大震災の時には半年も経ってから震度5クラスの揺れが来たという話も聞きます。いつまでも気を抜けません。

それはさておき、本書です。山を舞台とする長編小説です。山を舞台とはしていますが、背景が山だということであり、山岳小説とは言っていいものか。あくまで主眼はエゾオオカミです。

風間健介は広告カメラマンとしての人気の凋落を感じていたが、父親の死去によりその意思を継ぎ山岳カメラマンとして再出発を期していた。そんなとき山で田沢保と名乗る男に出会う。死んだ父とも山で出会ったというその男は、人を殺して出所したばかりだという。そして、絶滅したと言われるエゾオオカミに命を助けられたことがあり、エゾオオカミ探しに熱中しているというのだった。

山岳小説と言えば、自然に対峙する人間、自然と人間との共存という視点は、避けては通れない視点だと思えます。特に「死」と隣り合わせとなる冬山では特にそうでしょう。同時に、動物、特に野生動物が登場する場合もまた同様の視座が要求されます。

本書ではオオカミがその野生動物です。殺人罪での服役という過去を持ち、変人で通っている田沢保は、オオカミに命を救われたという過去をも持っています。そのため、絶滅したと言われているエゾオオカミの存在を確信し、ここ大雪山系でその痕跡を探しているのです。

その探索は、また大雪山系のリゾート開発計画とは衝突する事柄であり、田沢の殺人罪での服役もリゾート開発を推し進める一派に陥れられた結果だとも言われているのです。

田沢はまたエゾオオカミの探索中に風間健介の父親とも山の中で遭遇しています。そして、山に魅せられた男同士の魂のつながりを感じていたのです。この大雪山系での健介の父親との話は、健介の再生物語へと連なっています。この物語は、エゾオオカミへのオマージュであるとともに、健介の再生の物語でもあるようです。

しかしながら、エゾオオカミの話になると、小説としては若干冗長でした。ある程度は仕方のかないことなのかもしれませんが、人間存在とオオカミに代表される大自然との共存を語る筆致が繰り返しになり、説教臭すら感じてしまうのです。

物語としては、ミステリーの側面も有してはいるのですが、それもオオカミメインの話の陰に隠れています。また、登場人物も幾人かはそれとなく胡散臭さを持っているような人物として登場し、裏の顔を表すのはいつか、という期待を持って読み進めたりするのですが、ネタバレ覚悟で言うと、裏切られます。

自然に対する不遜な人間という構図は繰り返し言われているところです。作者の自然に対する溢れんばかりの愛情は感じますが、物語としては若干空回り気味ではありました。

大好きな作家さんであるためにかなり辛口になったようです。

ところで、本書では「オオカミ」と表記してあり、決して「狼」ではないのです。これにはどういう意味があるのでしょうか。

笹本 稜平 破断 越境捜査


越境捜査シリーズの第三弾となる、長編警察小説です。

神奈川県瀬谷区の山林で、白骨化した死体が発見された。死体は、十年前に都内で失踪した右翼の大物。神奈川県警は自殺で片付けたが、あることに疑念を持ち捜査結果に納得しない県警の刑事がいた。宮野裕之。宮野はさっそく警視庁に赴く。捜査一課の鷺沼友哉にその疑念を話し、やがて、“不正規捜査”が始まった―。物語冒頭からトップギアで走るスピーディな展開。次々とわき起こる謎。2人の前にちらつく公安警察の影。まるで現実を見ているかのような組織の腐敗を正義で抉る、大好評シリーズ第3弾!!(「BOOK」データベースより)

このシリーズは「警察小説」と言って間違いではないと思うのですが、通常の警察小説とは趣を異にします。特に本書は警察内部での対立を描く作品であり、それも普通言われるキャリアと現場や、警視庁と県警の対立というものではなく、敵役となるのは公安部です。

それも、公安は組織の維持をこそ至上命題とする悪の巨大組織であり、鷺沼や宮野らこそが正義だという徹底した構図で成立しています。この構図は単純で分かりやすいかもしれませんが、現代の世相からすると、いや現代に限定せずと物語としてのリアリティーに欠ける印象は否めません。

この物語は、発見された右翼の大物の死体が自殺として処理され、そのことに疑問を抱いた一人の公安警察官もまた行方不明となっているところから始まります。そこに絡んでくるのが宮野であり、宮野から話を持ち込まれた鷺沼らのチームが、死体に隠された謎を解くことになります。そこで立ちふさがるのが公安警察ということになるのです。

従来、警察小説では刑事警察と公安警察とは仲が悪いものと相場が決まっていました。ただ、近年では公安を主人公にした警察小説も散見されるようになってきています。テレビドラマ化された逢坂剛の「MOZU」もその一つで、「公安」という言葉もかなり市民権を得たように思います。

実際、濱嘉之氏のような公安警察出身の作家さんも現れ人気作家となっていて、推理小説が好きな人には公安の内情もかなり知られているようです。

そのような現状下で、この本のように公安の存在意義を全く認めないという物語の構成は少々現実味に欠け、感情移入しにくいと言わざるを得ないのです。

そもそもこのシリーズ自体、第一作を除けば笹本作品の中では面白さでは決して頭抜けて面白いとは言えません。本作品も同様であり、公安の扱いの硬直ささえ無ければ、物語としては結構面白いのに残念です。この作家の『天空への回廊』などの作品のレベルを期待しがちではありますが、全作品に最高のものを要求すべきではないということでしょうか。

笹本 稜平 尾根を渡る風 駐在刑事


「山岳+警察」小説、というのが惹句にあった文句ですが、どちらかというと『春を背負って』に近い、ミステリーというよりは、人間ドラマメインの連作短編集です。

主人公の江波淳史は、自らの犯した失態のために警視庁捜査一課の刑事という職責を離れ、青梅警察署水根駐在所所長として勤務することになった。自然に囲まれ、山を歩くことで自分を見つめ直す江波は、図らずも持ち込まれる事件をとおして、人間を知り、成長していくのだった。

「花曇りの朝」  世話になっている池原旅館の一人息子池原孝夫が山で行方不明になった犬を探してほしいという。山歩きを兼ねて御前山に登ると、使用を禁じられているトラバサミが仕掛けてあった。その罠が大事件への糸口だったのだ。

「仙人の消息」  池原旅館の主之池原健市がやってきて、皆から仙人と呼ばれている田村幸助という男の姿が見えないという。江波が田村の家に電話をかけて見ると不審な男がでて、職権乱用で告訴すると脅してくるのだった。

「冬の序章」  山に初雪が降ったある日、登山道の点検を兼ねて孝夫と共に山に登ろうとすると、近隣のスーパーの看板娘の真紀が、気になる男女の二人組を見たという。実際登ってみると、トオノクボという広場の近くの斜面で遭難者を見つけるのだった。

「尾根を渡る風」  奥多摩が新緑の季節を迎える頃、トレイルランニングの練習をしている江波は、司書をしている内田遼子からストーカーらしき人物がいるという相談を受けた。調べると、どうも図書館に来た人物に似ているらしいのだが、その人物がトレランの練習中にも表れた。

「十年後のメール」  10年ほど前に山で行方不明になった息子から父のパソコンに、写真が添付されたメールが届いたという。その内容は「助けて」というものだった。

ネット上にあった著者の言葉を読むと、「山里の人々との心の触れ合いを通じて成長する主人公」の物語を通じて、「どんなに荒んだ人の心でも必ずその奥底に眠っているはずの善とでもいったもの」を描きたかったのだそうです。

それぞれの物語が、四季折々の顔を見せる奥秩父の山を舞台に展開されます。やっと、町にもなじみ、自分を取り戻しつつある主人公江波と、いつも江波と共にいる雑種犬のプール、それに主人公の方が世話になってしまった感がある池原孝夫、江波と同じくバツ一の司書遼子、それに江波のかつての同僚だった青梅警察署の刑事課強行犯係係長の南村陽平といった面々が脇を固めていて、それなりに読みごたえのある物語でした。

実は本作はシリーズの二作目だそうです。読み終えて初めて知りました。一作目は『駐在刑事』というタイトルで、寺島進を江波敦史役としてドラマ化されているそうです。ちょっとイメージが違うかな、という感じもしますが、ドラマは見ていないので何とも言えません。

本作などを読んでみると、やはり笹本稜平という作家は山が舞台の作品が良いと思います。越境捜査シリーズなどを思うと、どうしても山岳小説の面白さと比べてしまうのです。本作品などは両方のいいところを取り入れているような作品です。もしかしたら、個人的に山の匂いのする物語が好きなのかもしれませんが。

笹本 稜平 その峰の彼方


笹本稜平の手による山岳サスペンス小説の『還るべき場所』や、冒険小説としての色合いが濃い『天空への回廊』のような、エンターテインメント性の強い小説と思っていると違和感を感じるかもしれません。

吉沢國人は、親友津田悟がアラスカにある北米最高峰の山であるマッキンリーで連絡を絶ったとの知らせを受け、現地の山岳ガイドたちと共に冬のマッキンリーに登ることになった。マッキンリーは六〇〇〇メートルを少し越すだけの標高なのだが、冬のマッキンリーの酸素濃度はヒマラヤの七〇〇〇メートル級に匹敵し、風も寒さもエベレスト以上だという。その冬のマッキンリーに入山して二十四日も経っているらしい。しかし、皆、彼の生存を信じて動き出すのだった。

本作はその津田悟救出に向けての登場人物たちを追いかけています。そして、それのみの物語と言ってもいいでしょう。

新刊書で492頁という大部の本ですが、その殆ど全編で津田の親友である吉沢國人、妻の祥子、山仲間で仕事のパートナーでもある高井、その他の人々の夫々の思いが語られています。勿論、山岳小説としての面白さは十分に備えた上でのことですが、作者の笹本稜平は本作で、従来から言われてきた「人は何故に山に登るのか」と言う問いに答えを出そうとしているかに思えます。

登場人物は皆津田の行動の理由を探り、何故この時期に山に登るのかを問い、それは普遍的な命題である「人は何故山に登るのか」への考察と移り、最後には「人は何故生きるのか」という問いにまで行きつくのです。

このように登場人物が皆実に内省的です。ですので、読書に何らかの意味を読みとろうとする人にとっては文句なく面白いであろう作品だと思います。しかし、娯楽作品以上の何かを求めていない人にとっては、もしかしたら随所で語られる教訓めいた台詞に食傷するかもしれません。

しかし、そうした人たちも、山岳小説としての迫力は十二分に堪能することができるでしょう。更に、津田は生きているのか、吉沢たちは津田を助けることができるのか、というサスペンス感も満ちており、その先に津田がマッキンリーに登った理由の解明と言う関心事もあります。その上で登場人物たちの言葉をかみしめることができれば、更に読み応えのある作品になると思います。

笹本 稜平 逆流 越境捜査

逆流 越境捜査逆流 越境捜査
(2014/03/19)
笹本 稜平

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警視庁刑事部捜査一課特命二係に属する鷺沼友哉(さぎぬまともや)は病院のベッドの上で眼を覚ました。傍には上司である二係の係長三好章(みよしあきら)と相方の井上拓海(いのうえたくみ)巡査、それに神奈川県警の嫌われ者の万年巡査部長である宮野裕之(みやのひろゆき)がいた。鷺沼は次第に自分のマンションの外階段で見知らぬ男に刺されたことを思い出す。何故自分が狙われたのか不明なままであったが、宮野は鷺沼の抱えている荒川河川敷で発見された白骨死体の捜査と、宮野自身が聞きこんだ殺人事件の端緒らしき事案との関連を疑う。それは小暮孝則という現職の参議院議員が持っていた家屋に絡んでくるかもしれないという、雲を掴むような事柄ではあったが、白骨死体の捜査が進む中、宮野の言葉が現実味を帯びて来るのだった。

本書は「越境捜査シリーズ」の四冊目の物語です。シリーズ一冊目の『越境捜査』は神奈川県警と警視庁の軋轢の中、鷺沼や宮野たちが単独で事件解明に走り回る、という舞台設定も面白く、物語もシリアスで結構面白い作品でした。 しかし、本書はその思いからするとかなり期待とは違った印象でした。

冒頭から鷺沼が刺されてしまう、という導入は良いのですが、そのためか当然鷺沼は現実にはあまり動き回れません。井上や宮野たちの持ってくる情報から全体像を推理することがメインになります。結局、本書の舞台は鷺沼のいる場所のみに限定され、空間的な広がりはほとんど感じられませんでした。

物語も十年前という時間の壁を設けて、立証を困難にする、そのことは良いのですが、どうしても事件解明に少しずつ無理を感じてしまうのです。

この作者の「天空への回廊」「未踏峰」「春を背負って」などの迫力のある読み応えのある作品を読んだ後なので、とても辛口に読んでいるのかもしれませんが、少々残念な読後感でした。

この作者であればもう少し、スケールの大きな物語展開を期待していただけに、アームチェア・ディテクティブとまでは言わないまでも、少々小じんまりとした印象は残念な物語でした。

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(こちらです⇒読んだ屋
本ブログを別棟として位置付けて、読んだ本を記録していこうと思い立ちました。ここでの文章を母屋であるそのサイトに転記していくつもりです。

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