今野 敏 寮生 ─一九七一年、函館。




先日、今野敏の珍しい小説『精鋭』を読んだばかりだったのですが、本書『寮生』も、今野敏の小説としては珍しい小説です。

『精鋭』は警察組織の紹介を兼ねた、機動隊員として成長していく若者の話でしたが、本書は、多分今野敏の青春時代を反映させている、青春小説です。

舞台は一九七一年の函館ですから、私が大学に入った年になります。ですから、時代の雰囲気は同じはずです。


入寮してすぐに上級生が新入生である一年生をおどかす入魂会という儀式が行われます。ところが、古葉という一年生の仲間が、入魂会をやろうと言いだした連中のうちだれかが死ぬ、という噂を聞きこんできた二日後に、二年生が死んでしまうのです。

ここから、主人公たちは死んだ二年生について、本当に自殺なのかを調べ始めるます。

読み始めは今野敏のいつもの小説のタッチとは違います。主人公が高校生ということもあるのでしょうが、何よりも物語の進め方にリアリティが感じられず、かなり強引な進行です。

主人公である「僕」は仲間の言うままに上級生の死の真相を探るために上級生らに聞き込みを始めます。しかし、この「僕」が何とも主体性が無く、読んでいて感情移入できません。

青春小説というわりには寮内の様子しか描いてありません。これは実在する高校のようですが、遺愛女子高等学校の女のことのデート場面がほんの少しあり、その際に五稜郭公園などの名前が出てくることがあるだけです。

もちろん、描写が寮内の様子だけだからといって青春小説ではない、などということはできないと思いますが、単に場所が限定されているだけではなく、青春期の若者らしい心象や行いなどの描写も無いのです。

ミステリーとしても決して良い評価もできず、青春小説としても同様であり、今野敏の作品としては珍しく消してお勧めできない小説と言わざるを得ないようです。

今野 敏 精鋭





またユニークな警察小説がありました。

確かに警察小説です。しかし、ミステリーではありません。言ってみれば、警察という組織の紹介を兼ねた、一人の青年の成長譚でもある長編小説です。



柿田亮は警察官として任官し、まずは地域課へと配属され、その二ヶ月後には刑事課へと移されます。初任教養の後の配属、いわゆる「卒配」は研修の一環だそうで、いろいろな現場を体験させるそうなのです。

その後、いろいろな現場での研修を終え、一旦警察学校へ戻って二ヶ月間の初任総合教養を受けます。その後、卒配されていた所轄署の地域課へと配属されことになるのです。

そして、正式に所轄の警察署に配属された後、先輩から、警察の権力の防衛装置としての本質についての考えなどを教えられます。つまりは、外敵から国を守るのが軍隊であり、国内の強盗や窃盗、詐欺などの犯罪から国民を守るのが警察だというのです。

また、国の内部でのテロなどの不安定要素に対する警備部があって、その中に公安があり、身体を張って国を守る機動隊があるということを知るのでした。



以上のようにして、本書は警察の組織を紹介する小説ともなっているのです。

また、それぞれの配属先で突き当たる現実と、警察というものの在り方との間で悩み、何故そうした悩みを抱くか、の検討の過程で、その職場の職種とそれに対する警察官の心得を明らかにしてあります。

その結果、作者なりの一応の結論を導いたうえで、主人公を身体を動かすことを主にできる職場へと転身させています。その結果、警備という職分の中での機動隊という、普通の警察小説ではまず舞台になることはない分野が舞台となっていきます。

勿論、その場所ではその場に応じた新たな疑問が噴出し、それに応じた悩みに直面します。しかし、もともと学生時代の部活動としてラグビーをやっていた柿田はただひたすらに身体を動かすのです。


自分の現在、環境について悩む主人公の姿を追いかけるこの小説は、めずらしい青春小説としても捉えることが出来そうです。

それは中学生や高校生が主人公の青春物語とはまた異なる、現在進行形で社会で鍛えられている青年の成長物語という意味でのそれです。


ミステリーの要素は全く有りません。その代わりと言っては語弊がありますが、改めて日本という国のありようを考えるきっかけともなりうる物語でもあります。

警察組織の中で生きていく主人公は、警察とは何かを考えていくのですが、それは読者に対しての問いかけでもあるようです。警察組織は時の権力者の擁護組織として進化してきたのであり、そうした組織の中で、作者は、一人の警察官に、警察官は権力者を守るのではなく、市民を守る組織だと認識していると言わせています。

その考えは、後になって自衛隊の存在に関わる問いとなって、再度問いかけられます。

様々な読み方が出来る小説です。今野敏という自ら格闘技をマスターし、警察小説を数多く書いている作者だからこそ書ける小説だと思えます。

今野 敏 防諜捜査




倉島警部補シリーズの第五弾です。

当初は、公安警察という珍しい分野の小説で、それもどちらかと言うとアクション小説に近い構成の物語でした。それが、前作の『アクティブメジャーズ』では倉島がゼロで研修を受けつことになって公安警察としての物語になり、本作に至っては、倉島が公安捜査員として独り立ちするエースと呼ばれる立場になっています。

小説の主人公として物語の中心にいるのは変わりないのですが、本書の倉島は誰かに頼るのではなく、自ら判断しメンバーに指示を出し、事件を解決するのです。



マリア・ソロキナというロシアの美人ホステス轢死事件に、倉島と同じ第五係の同僚である白崎敬が目をつけてきました。倉島はロシア大使館の三等書記官のアレキサンドル・セルゲイヴィッチ・コソラポフと会い、情報を収集することにします。

調べていくと、どうも事故や自殺としては不審な点が出てきます。そこに仲間の一人である伊藤から、都内の中学校教師がロシア人に命を狙われているとの届け出があり、マリア・ソロキナの事件もロシア人の殺し屋がやったとも言っているらしいのです。

倉島はかつての仲間でもある公安機動捜査隊の片桐秀一をも借り出し、マリアの事件を本格的に調べることとするのでした。



このシリーズの前作『アクティブメジャーズ』を読んだのが2013年10月ですから、随分と間が経ってしまいました。

前作あたりから公安警察の物語として展開しつつあったこのシリーズも本作にいたって、公安警察の物語として確立したように思えながらも、従来の刑事警察ものとの差異が物足りないとも感じます。実際のところ、前作『アクティブメジャーズ』に関しての本ブログを見ると、本作と同様の印象を抱いているようです。

というのも、事件の端緒が殺人事件と思料される事件であり、捜査の経過もロシア人女性の事故を偽装した殺人という形式で展開しますので、通常の刑事警察の小説とそれほど異ならないように思えるのです。

ただ、本書の中で倉島が自分の判断で捜査を開始し、チームを作り、捜査費用を貰いながらロシア大使館員から情報を収集する、などの特徴はあります。

そういう意味では公安警察の小説ではありますが、なお普通の刑事警察小説の香りをまとった物語として仕上がっていると感じるのだと思います。

ただ、本書の倉島は、若干ではありますが、まるで隠蔽捜査の竜崎署長のような印象を持ちました。以前は駆け出しの公安捜査員だった倉島が、本書では「作業班」として、部下を組織し、そして自由に指揮命令する立場になっていることを明示的に示しつつも、それなりに施行錯誤する様子が、署長という立場の竜崎と類似したものでしょうか。

どちらにしても今野敏の描く小説の面白さは十分に備えた物語でした。

今野 敏 変幻




『同期』、『欠落』と続いた「同期」シリーズの第三巻であり、完結編だそうです。



大石陽子からの連絡があり、宇田川亮太が植松義彦警部補、土岐達郎との四人でいつもの赤坂のスペイン料理レストランで集まった翌週から、大石の姿を見かけなるのでした。

その後港区で殺人事件起き、宇田川らは臨海署内に設けられた捜査本部に詰めることになります。

現場で目撃された車の所有者が割れ、堂島満という男だと判明。調べると、堂島は伊知原組のフロント企業である「麻布台商事」という商社の役員だということが分かり、話を聞くと伊知原組みの兵藤孝という男に貸したと言うのです。

また、麻布台商事は、かねてから通称麻取と呼ばれる厚生労働省地方厚生局麻薬取締部や警視庁本部の組織犯罪対策部がマークしているというのです。そこに、Nシステムの分析から、麻布台商事の倉庫があるとの知らせが入ります。

その倉庫の出入り口付近にあった防犯カメラを調べると、驚くことに、そこに映っていたのは大石陽子でした。何故に大石が運転手として写っていたのか。しばらく会えなくなると言っていたのは、潜入捜査のことだったのか、謎は深まるばかりです。そこに、蘇我から連絡が入り、大石の救済措置が働くなったため、力を貸してほしいと言うのでした。



残念なことに、「同期シリーズ」は本書を持って完結することになるそうです。本書を読む限りではシリーズが終わるようなことは何も書いてないと思うのだけれど、奥付きの著者プロフィールの項目に、完結編との文言がありました。

このシリーズ自体は宇田川という新人が成長していく過程の面白さもありますが、任官してすぐに懲戒免職となり、多分公安として動いているだろう同期の蘇我と、キレ者である大石という同期の女性警察官大石陽子という宇田川と同期の二人との関係性が一番の魅力であろうと思います。

また、宇田川の正義感に燃えた後先を考えない言動もいいのですが、警察仲間の個々人の持つ魅力があり、更には正体不明の蘇我という男の持つ妙な魅力があります。この蘇我という男の現状については暗示されているだけで、何の説明もないままに終わってしまうことになり、その点も残念です。


刑事部の警察官である宇田川や大石と、多分公安警察官として動いている蘇我との間の「同期」としての友情、そして信頼の物語としての面白さも持っているし、当然ではありますが、警察小説としての面白さも持っている小説です。

更には、本書においては臨海署を舞台にした『安積班シリーズ』で安積警部補に対抗心を燃やしている臨海署強行班第二係係長の相楽警部補が登場し、その独特ななキャラクターを生かしているのもまた楽しみです。

そうした個性を持った小説であるのに、何故に終わるのか、残念でなりません。

今野 敏 棲月: 隠蔽捜査7




今野敏の隠蔽捜査シリーズの第七弾の長編警察小説です。


ある日電車の運行が止まり、その原因がシステムがダウンしたことによると聞いた竜崎は、皆が調査対象場所が管轄外であることやこの程度のことでと二の足を踏む中、その原因の調査を命じます。

そのうちに今度は銀行でのシステムダウンが起きます。都市銀行のシステム障害だということであり、そこにも捜査員を送るように命じる竜崎でした。

当然のことのように第二方面本部の弓削方面本部長からの管轄違いとのクレームが入りますがまったく意に介さずにいたところ、今度は警察本部の前園生活安全部部長から捜査員を引きあげろとの連絡が入ります。しかし、これも無視する竜崎でした。

家庭では息子の邦彦がポーランドへ留学したいと言いだしており、その相談に乗ろうとしていた竜崎ですが、自分の身にも異動の内示が出そうだとの噂が耳に入り、動揺している自分に驚くのでした。

翌日早朝殺人事件が起き、大森署に捜査本部が置かれることになります。被害者が少年、それも以前から目をつけられていた非行少年ということもあり、仲間と思しき少年らに話を聞いてもなかなかこれという話を聞くことはできないでいました。

なかなか犯人に結び付く手掛かりが見えないまま、システムダウンした電車や銀行へ捜査員を派遣したことへの各方面からの反発をさばきながら、捜査本部とシステムダウン事件の両面に対処する竜崎でした。




いつもの通り、一旦読み始めるとやめられませんでした。といっても、新刊書で333頁という分量でありながらもそれほど時間はかかりません。会話文と改行が多いために頁数からくる見た目の厚さほどには時間はかからないと思います。

とは言え、物語の内容が無いわけではなく、読後は十分な読み応えがあるのもいつもの通りです。

ネット社会での情報操作の怖さと少年犯罪の特殊性を考慮しつつ、竜崎には理解しがたい人間関係のしがらみを原理原則論で貫き、伊丹俊太郎刑事部長の同意を得ながらも思う通りの捜査方針を貫く竜崎の姿は、痛快であり、爽快感すら感じます。

いつもの通り合理的と信じる途を歩んでいる竜崎の姿が描かれている本書ですが、かつてとは微妙に異なる思考、感情を抱く自らを疑問に思う様子などもあって、大森署に赴任してからの竜崎を思い起こすかのような流れとなっています。

それは、本書では序盤から竜崎の異動の噂の話が伊丹からもたらされ、いつもと異なる竜崎がいることも影響しているようです。竜崎自身が、その移動の噂に予想以上に動揺する自分や、大森署を去りたくない自身の心に気付き、改めて驚いたりという姿があるのです。

その姿は、竜崎自身の家庭での、妻冴子との会話にも表れています。「大森署があなたを人間として成長させた」という冴子の姿は、いつもの竜崎家の姿とはかなり異なり、警察官竜崎と、それを支える妻冴子の関係がよくあらわされています。

しかしながら、その冴子も、竜崎に対する態度とは異なり、息子のポーランドへの留学の問題で、いざ息子が自分のもとからいなくなる話になると、途端に母親としての姿が表面に出てくる様子などには、感心すると同時に温かく思え、物語の厚みを感じます。

次巻からは大森署赴任当初のような、竜崎のことを理解する人間が誰もいない状況を最初から繰り返すことになると思いますが、シリーズのマンネリ化も防ぎ、新しい風を入れる手法として、このシリーズのファンとしては今回の異動の話は大歓迎というところでしょう。

次巻が発売されるのがかなり待ち遠しいと思わせられる一冊でした。
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本ブログを別棟として位置付けて、読んだ本を記録していこうと思い立ちました。ここでの文章を母屋であるそのサイトに転記していくつもりです。

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