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田牧 大和 三悪人


時代劇での人気者である若き遠山金四郎と、物語に登場すると必ず憎まれ役である若かりし鳥居耀蔵とが、寺社奉行水野左近衛将監忠邦の非道に立ち向かいひと泡吹かせようとする痛快時代小説です。しかし、これまで読んだこの作家の作品の中では、あまり感心しない出来の作品でした。

文政四年の師走の夜中、目黒の祐天寺から火が出て、その焼け跡から身元の知れない女と盲目の僧侶の焼死体が見つかった。たまたま、ひと儲けを企み水野の身辺を探っていた鳥居の仲間である河本主水が、祐天寺の火事は水野の仕業だという。吉原での金四郎の敵娼(あいかた)である花魁の夕顔の弟こそが、祐天寺で亡くなった僧侶だったところから、金四郎は鳥居と組んで水野忠邦の鼻をあかそうとするのだった。

遠山の金さん、妖怪鳥居耀蔵、後の老中水野忠邦という、三人ともその名前を知らない者はいないだろう程の人物を主役に仕立てた、なかなかにユニークな舞台設定の小説です。この三人の個性が書き分けられ、テンポのいい文章で語られている点は他の作品と同様で、さすがにうまいと思わせられました。

しかし、そのほかの点、例えば舞台設定では少々偶然に頼り過ぎと思われ、若干の作家のひとりよがりと言われても仕方がないと思われる個所が散見されました。

即ち、そもそも金四郎とこの事件とのかかわりが偶然です。たまたま金四郎の吉原での敵娼の弟がこの火事に巻き込まれていたことをきっかけに、水野に対する謀を巡らすというこの物語の設定自体が、現実感が薄いのです。

また、金四郎が命をかけてもいいと思わせる花魁との関わりが、金四郎が遊び人であるためにこの花魁の初めての男になった、というだけのことのようで、この点も偶然ですし、企みの動機としては単純に受け入れることはできません。「暇つぶし」という理由づけもあるのですが物語の世界に入るには弱いとしか感じられませんでした。

もう一点書くと、本作品では、何故か場面の背景が見えません。会話はテンポよく進むのですが、人物は浮かんでも、人物のいる場所が空白です。情景描写がないことに加え、ストーリー運びにだけ力が入っている印象です。こういう印象を持つことも珍しいものです。

本作品の出版年を見ると、先日読んだ『泣き菩薩』に次ぐ、三作目の作品なのですが、それにしては本作より前の『花合せ 濱次お役者双六』『泣き菩薩』の方が数段良くできていたと思います。

田牧 大和 泣き菩薩


江戸時代も初期のころ、江戸の町は何度も大火に襲われていたそうで、火消し制度が整えられていきました。武家と町人それぞれに「武家火消」と「町火消」の制度が整えられ、「武家火消」は更に大名が管理する「大名火消」と幕府つまりは旗本の「定火消」とが整備されていったそうです。

本書の主人公はこの定火消である、若き日の歌川広重を主人公としています。本書の時代の広重は未だ19歳であり、安藤重右衛門と名乗っていました。仲間に同じ定火消し同心として西村信之介と猪瀬五郎太とが配されています。西村信之介は「八代洲河岸の孔明」と呼ばれるほどに明晰な頭脳を持ち、五郎太は力持ちで、臥煙らからも慕われる人情家です。

ある日、五郎太を哲正という名の光照寺の小坊主が訪ねてきた。講堂の仏像が燃え、哲正の同輩の森念が失火を疑われ、先輩から折檻を受けているというのだ。重右衛門ら三人は森念にかけられた疑いを晴らすべく奔走するが、その裏には火つけ一味の暗躍が見え隠れするのだった。

本書は、作者田牧大和が『花合せ 濱次お役者双六』で小説現代長編新人賞を受賞した後の第一作です。『花合せ』の面白さは言うまでもないのですが、本書も『花合せ』に負けず劣らずの出来を見せています。田牧大和という作者の一番の魅力は、キャラクター造形のうまさと、文章のテンポの良さだと思っているのですが、本書でも実に小気味よく物語は進んでいきます。

主人公が若き日の歌川広重である安藤重右衛門ということで、重右衛門の画のうまさが巧みに生かされています。聞いたものに関しての情報はあいまいなのですが、見たものに関しては抜群の記憶力を発揮する安藤重右衛門が、状況を絵におこし、探索に生かします。能力は絵のうまさだけなので、腕力も勿論無いのです。なのに、単独で行動するなど、思料不足の面が危機を招いたりもします。

そうした重右衛門の欠点を残りの二人が、全てを見通しているかのような小此木啓祐という直心影流の使い手でもある上司与力のもと、事件を解決に導くのです。

物語の根底に流れる人間に対する「信頼」に琴線をくすぐられながら、続編は出ないものかと心待ちにしながら、この作者の他の作品を読もうと決めている私でした。

田牧 大和 翔ぶ梅 濱次お役者双六 三ます目


相変わらず、舞台裏のかしましさが伝わってくるような、小気味のいい物語です。今回は、趣を変えて、短編三作により成っています。

「とちり蕎麦」 二枚目立役の野上紀十郎が舞台上でとちった。そのため、詫びの意味で「とちり蕎麦」を皆にふるまう羽目になる。紀十郎は何故にしくじりを犯したか、が大きな謎としてあります。そして、何故に紀十郎は森田座から離れた場所にある「峰屋」を「とちり蕎麦」として使うのかが、ほっこりとした人情噺として語られます。

「縁(よすが)」 江戸の歌舞伎の芝居小屋は、「中村座」「市村座」そして本書の主人公である梅村濱次のいる「森田座」を、江戸三座と言っていました。今度、そのひとつ「市村座」が、今大坂で飛ぶ鳥を落とす勢いの女形、香川富助を呼ぶという話がおき、それに対抗して「中村座」が対抗措置を取ろうとして濱次をひき抜こうとします。この話に、濱次は勿論、師匠の仙雀や座元の勘弥、ひいきの茶屋の女将のお好らが振り回されるのです。

濱次を中心とした人間模様が、芝居小屋の小粋な世界を舞台に繰り広げられるのですが、その世界観がうまく確立されていて、読み応えがあります。肩の凝らない読み易い文章でありながら、読み手をすんなりと納得させるのですから見事です。

「翔ぶ梅」 濱次の師匠である有島仙雀と、仙雀の兄弟子で稀代の名女形と言われ、本書の影の主人公的立ち位置にいる有島香風の物語です。いつもは濱次や勘弥を何かとけむに巻いている仙雀ですが、本物語ではまだ若手であり、香風に振り回されています。そんな二人の行う人助けを描きながら、本シリーズの最初のほうで濱次によって演じられる舞踏劇「飛ぶ梅」の成り立ちが語られるのです。

シリーズものとしては珍しく、巻を重ねるごとに物語の世界が明確になっていき、面白さが増しているような印象がします。いえ、面白くなっていると言えます。

まだまだシリーズは続いています。続きを読むのが楽しみな作家さんです。

田牧 大和 質草破り 濱次お役者双六 二ます目


「濱次お役者双六」シリーズの二作目です。本シリーズでもまた一作目よりも面白く感じました。この作者の他のシリーズでも同様に、読み手の期待を裏切らない、と思っているのですから、この作者の作品ははよほど私の波長に合うと思われます。

本作ではまず江戸の質屋のトリビアが示されます。それは、巻頭の「質草」についての一文での、江戸の質屋は現代の質屋と異なり、質流れ品の売却ということをせずに利子が収入源であり、代わりに質草も客の心意気や体面に関わるものが一般的だった、というものです。無形のものも質草にとっていたということですね。

本書の始めの方に、大工が質入れした月代(さかやき)をめぐる揉め事の場面が出て来ます。月代を質入れすると月代を剃れません。つまりは見てくれの悪さの「恥ずかしさ、ばつの悪さ」と引き換えに金を貸し、客は受け出そうとする、ということなのです。この場面で月代を剃ることが本書のタイトルである「質草破り」です。

さて、本書は濱次がそれまで住んでいた長屋を追いだされ、新しい住まいに移るところから始まります。新居となる長屋の家主が「竹屋」という質屋です。この質屋で、先の大工の月代の一件があったのですが、この質屋の女主人が美人だけども男勝りのおるいであり、話の中心となる人物です。この長屋、通り名を「烏鷺入長屋」と言います。「烏鷺(うろ)」とは碁石のことで、碁石を入れる入れ物は碁笥(ごけ)であり、転じて後家さんが暮らす長屋だというのです。

この「竹屋」に訳ありの三味線弾きが「掛け声」を質に入れることになるのですが、これが騒動を巻き起こします。そこには、前作でも狂言回し的な存在であった奥役の清助が再び絡んできて、同時に濱次が演じる筈の舞台の配役へも飛び火することになります。

この物語全体が濱次の独白を織り込みながら、調子のいい会話もあり、テンポよく進みます。物語の舞台が芝居小屋だけに全体として実に粋な雰囲気が漂っていて、うまい作者だとあらためて思わせられる仕上がりです。濱次の師匠の有島仙雀や森田座の座元である森田勘弥らも当然のことながら登場し、相変わらずのんびりと見える濱次の振る舞いにやきもきさせられているのです。

葉室麟や青山文平といった、「武士」を正面から見つめ、”生きる”ということを考えさせられながらも、清新な感動をもたらしてくれる作品も素晴らしいのですが、本書のように軽妙でいて、なお且つ読み応えのある人情ものも、たまらない面白さがあります。こうした作品が増えてきているのは、読書好きにとっては嬉しいことです。

中二階の女形である濱次の今後の活躍を楽しみにしながら、早速に次の作品を読みたいと思いますし、他のシリーズも読んでみましょう。

田牧 大和 花合せ 濱次お役者双六


この作者の『からくりシリーズ』『とんずら屋シリーズ』と読み応えのある作品を読んできたのでかなりの期待を持って読んだのですが、見事にその期待に応えてくれました。

主人公は梅村濱次という森田座の中二階女形です。「森田座」は「中村座」「市村座」と並んで江戸三座と言われた歌舞伎の芝居小屋であり、「中二階女形」というのは女形の大部屋が中二階あったことから言われたらしく、つまりは主役級の役者以下の女形のことです。主役ではないのでわりと気楽に過ごしている身分の主人公なのですが、濱次の才能を認めている師匠や座元たちにとっては歯がゆい思いをしているところなのです。

ある日濱次が師匠の家から帰る途中、見知らぬ娘から変な花の植わった鉢を押しつけられた。しばらく預かってほしいというのだ。その鉢を見た濱次の奥役(楽屋内のいっさいを取り仕切った仕事で、今で言うプロデューサー)である清助は自分が預かりたいという。その鉢の花は変化朝顔であり、好事家の間では高額で売買される代物だったのだ。ところが、その変化朝顔が盗まれてしまう。この変化朝顔をめぐる騒動は思わぬ展開を繰り広げることになるのだった。

主人公が歌舞伎の女形ですので、当然物語の舞台は普段一般人が眼にも耳にもしない、芝居・踊り関連の世界が広がります。勿論、着物に関しても色々な名称が出てくるのですが、私は和服のことなど全く分からない朴念仁ですので、濱次の様子を「紫縮緬(むらさきちりめん)の野郎帽子、浅葱の小袖に二藍の帯、といった涼しげな色目が、上品に整った顔立ちによく映え、すっきりとした色気さえ感じられる」などと言われれば、その意味はよく分からずとも言葉の雰囲気だけで感心してしまうのです。こうした言葉を理解できるような勉強もしておくべきだったと今更ながらに悔やまれます。

本作品では普通の捕物帖とは異なり、殺人も立ち回りもありません。代わりに、不思議な女の持ち込んだ変化朝顔にまつわる謎が解き明かされていきます。

その謎を解く濱次の行動、推理がなかなかに読ませてくれるのです。幽霊、物の怪(もののけ)、精霊の登場する怨霊ごとには目の色が変わる濱次というキャラクタ―だけで読ませる、と言えば言い過ぎでしょうが、それほどに面白いキャラです。

残念なのは、同じように踊りの世界を舞台にした物語に杉本章子の『お狂言師歌吉うきよ暦シリーズ』がありますが、その作品にある「粋」の色合いが本作ではあまり感じられないことです。濱次の師匠の有島仙雀に描写にしても、きりりとした洒脱な感じはあるのですが、もう一歩「粋」を感じることができませんでした。文章の差と言えばそれまでなのですが、何故にそのように印象が異なるのか、文章のプロにその違いを教えてもらいたいものです。

ともあれ、この作者は波長が合うのでしょう。もっと色々と読みたいと思わせられる作家さんです。

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このブログの本棟として本の紹介のサイトを開いています。
(こちらです⇒読んだ屋
本ブログを別棟として位置付けて、読んだ本を記録していこうと思い立ちました。ここでの文章を母屋であるそのサイトに転記していくつもりです。

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