辻堂 魁 待つ春や 風の市兵衛


風の市兵衛シリーズ第十六弾です。

武州忍田領内で公儀御鳥見役が殺された。武州忍田領阿部家の上屋敷に、現在は俳諧師である元阿部家家臣芦穂里景が訪れると、阿部家の奥方より、殺された公儀御鳥見役の殺害犯人として捕らえられた笠木胡風を救い出すように、と頼まれる。そこで、芦穂里景は知己であった宰領屋の矢籐太を通じて唐木市兵衛を雇うことになり、芦穂里景の世話役の八歳の正助をも含めた三人は武州忍田へと向かうのだった。

時代小説の一つの典型として、ある藩の国元の重臣たちの専横があり、その専横に対して藩の良識ある人物たちが立ちあがり、自分たちの力不足をヒーローの力を借りながら横暴な重臣たちを排除する、という形があります。

本書はまさにその型通りの展開なのですが、作者次第でこうも読みごたえがある作品になるのかという見本のような作品です。

勿論、この物語が万人にとって満点というわけではなく、例えば個人的には弥陀之助の登場場面があればなおよかった、とか、市兵衛の動きがもう少し早めであればなど、それは個々人の要求に足りない個所はあるとは思います。

しかし、この作者の物語のすすめかたの巧みさ、情景描写の丁寧さは、物語の世界へと読者を誘う力が素晴らしいと、このシリーズを読むたびに思うのです。特に本書では、正助という童がかわいらしさを出しており、本シリーズの第二作目の『雷神』で登場した小僧の丸平(がんぺい)にも負けない存在感がありました。

このシリーズも今のところ(2017年7月現在)、第二十巻まで出ているようです。残りあと四冊の後は、この作者の他のシリーズを読んでみたいものです。

辻堂 魁 うつけ者の値打ち 風の市兵衛


風の市兵衛シリーズ第十五弾です。

算盤侍唐木市兵衛を、北町同心の渋井鬼三次が手下とともに訪ねてきた。岡場所を巡る諍いを仲裁してくれという。見世に出向いた市兵衛の交渉はこじれ、用心棒の藪下三十郎と刃を交えるが、互いの剣に魅かれたふたりは親交を深めていく。三十郎は愚直に家族を守る男だった。だが、愚直ゆえに過去の罪を一人で背負い込んでいる姿を、市兵衛は心配し…。 (「BOOK」データベースより)

前作の『秋しぐれ』は、どこか講談話の趣きを持った物語でしたが、本書もまた講談話の香りを濃密に持っています。

話の中心となる藪下三十郎は家族のためにと一人出奔するのですが、それは彼一人に罪をなすりつけ、自分たちは素知らぬふりでいようとする悪い上司たちの思惑通りの振舞いにほかなりませんでした、という、如何にもよくあるあらすじです。

しかしながら、ありふれた筋立てであるはずの物語が、細かな状況設定や人情豊かに描かれる描写で、ありふれた物語以上の情感に満ちた人情ものに仕上がるのですから、この作者の筆力には恐れ入るばかりです。

若干、市兵衛の剣の冴えが光るほどに、あまりにスーパーマンすぎるその強さが目立ち過ぎると思わないでもありませんが、そこは痛快時代小説の醍醐味として目をつむるべきところなのでしょう。

ともあれ、痛快時代小説の王道を行く、今のっている物語であることには間違いなく、続刊を待つばかりです。

ちなみに、本稿は私のミスで、前巻の内容を記した下書きのメモをそのまま再度記載しておりました。ここに訂正いたします。失礼しました。

辻堂 魁 秋しぐれ 風の市兵衛


風の市兵衛シリーズ第十四弾です。

廃業した元関脇がひっそりと江戸に戻ってきた。かつて土俵の鬼と呼ばれ、大関昇進を目前にした人気者だったが、やくざとの喧嘩のとばっちりで江戸払いとされたのだ。十五年後、離ればなれとなっていた妻や娘に会いに来たのだった。一方、“算盤侍”唐木市兵衛は、御徒組旗本のお勝手たてなおしを依頼された。主は借金に対して、自分の都合ばかりをくましたてるが…。 (「BOOK」データベースより)

今回のお話は、一昔前の講談話のような、市兵衛は完全に脇に回った、いつもの登場人物は市兵衛だけの、市兵衛の仲間の誰一人として登場しない物語であって、見知らぬ一人のやくざな男の物語でした。

心ならずも今回の雇い主の借金支払いの猶予申し込み、と言いますか借金縮小の交渉に赴いた市兵衛でしたが、やくざな旗本である雇い主の過去に触れることになります。

この物語を市兵衛の話としてではなく、市兵衛抜きの物語であったら、と思いながら読み進めていました。多分読まないだろう、途中で投げ出すであろうと思いつつ、であるのなら、何故市兵衛のシリーズなら読むのだろうか、という疑問も同時に抱えながらの読書でした。

というのも、本書の物語は一遍の講談話であり、物語自体は決して目新しいものでもなく、ありがちな話と言ってもいい印象なのです。それが、この作者の手にかかり、市兵衛の絡む物語として組み立てられると、とたんに面白さを感じるのですから分かりません。

ただ、本書の場合、若干市兵衛色が薄く、このシリーズの常の物語とは異なるために、先に述べたような、市兵衛の物語としての話の弱さという印象を持ち、余計なことまでも考えたのでしょう。

辻堂 魁 夕影 風の市兵衛

風の市兵衛シリーズ第十三弾です。

市兵衛の兄を通してのとある旗本の依頼を受け、市兵衛は、下総葛飾にある寺で普化僧となっている依頼者の息子の消息をたずねて行くことになった。ついでに、返弥陀ノ助からは、道中にある葛西の吉三郎親分のもとにいるだろう、かつての敵「青」の様子をも見てきて欲しいという頼みを受けるのだった。

今回の物語は、痛快物語の王道も王道、ど真ん中をいく物語でした。

片方は昔ながらの任侠道を行く一家であり、もう片方は役人とつるんで横車を押してくる一家。そうしたやくざ者の間で起きている縄張り争いに巻き込まれた主人公が、土地の者にも慕われている一家の手助けをする物語です。

その任侠道に沿った生き方をしている一家の中心が美人で名高い三姉妹だというのですから、高倉健の任侠映画そのもののようでもあり、それ以前の次郎長などの博徒の物語のようでもあります。

勿論、基本がそうだというだけで細かな流れは異なるのですが、あまりにも王道の痛快小説でありましたので、物語中ほどまではシリーズの中では少し毛色の異なった、任侠ものの流れに入るのか、くらいに思っていました。

しかし、後半に入るとさすがは辻堂魁という作者の物語です。王道の痛快小説ではありながらも、シリーズ第一巻から登場している「青」という娘を絡ませ、物語にふくらみを持たせてあります。この「青」のこれからの行く末もまた、このシリーズに奥行きを持たせてくれそうな、期待のできる成り行きです。

そして、本来の仕事である普化僧となっている依頼者の息子の捜索とも絡み、物語はクライマックスヘとなだれ込んでいきます。若干、話のまとまりがない気がしないでもないのですが、シリーズに惚れた弱みでしょうか、それほど気にもならず、早速次を読みたいと思っている私でした。

辻堂 魁 科野秘帖 風の市兵衛


風の市兵衛シリーズ第十二弾です。

市兵衛は、飲み仲間でもある柳井宗秀を討つための助っ人を探している女郎がいる、という話を矢籐太から聞かされる。その柳井宗秀は、かつて故郷の信濃下伊那で、共に藩政改革を語り合った黒井の依頼で保利家江戸屋敷を訪ね、黒井の受けた刀傷の手当てをしていた。

今回の市兵衛は、市兵衛とは大阪以来の付き合いである柳井宗秀の過去に踏み込むことになります。

市井の人の役に立ちたい、学んだ医術を多くの人々のために役立てたいと言う柳井宗秀ですが、かつて故郷の下伊奈の典医として保利家に仕えていた過去を持っていました。それが柳井宗秀の実家も絡んだ騒動に巻き込まれ、養子先の菅沼家からも離縁されることになったのです。

その後江戸に出て、市井の人たちのための町医者として皆から慕われていたところに市兵衛と再会したのでした。そうした宗秀の目の前に、宗秀を敵と狙う姉弟と共に宗秀の過去が再び現れたのです。

登場人物の過去を絡めて物語に仕上げるというのは特別なことでも何でもないのですが、この作家の手にかかると丁寧でありながらも冗長にならない描写で、本編である市兵衛の物語とはまた別のサブストーリーが出来上がっています。

これはこれでまた一遍の物語になりそうなのですが、そうしたリアリティーを持ったサブストーリーを絡めることで本編が更に奥行きを持った物語として仕上がっていきます。

物語によって出来不出来はあるものの、それでもなおシリーズとしての魅力は更に深まっていくこの物語です。続編がもう手元にありますので、早速読みたいと思います。

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本ブログを別棟として位置付けて、読んだ本を記録していこうと思い立ちました。ここでの文章を母屋であるそのサイトに転記していくつもりです。

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