沼田 まほかる アミダサマ

アミダサマ (新潮文庫)アミダサマ (新潮文庫)
(2011/11/28)
沼田 まほかる

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「沼田まほかる」という少々変わった名前を、ここ数年見かけるようになっていました。特に女性にうけているとか、何かに書いてあったような気がします。ホラー作家だということは聞いていたのですが、やっとその一冊を読むことが出来ました。

書評家の吉田伸子氏が「あとがき」で、沼田まほかるの作品は「どの作品もずしりと重く濃い」と書いておられました。まさにその通りで、とにかく読んでいる途中でもその重さに辟易することがたびたびありました。止めようかと思った事もあります。しかし、それなりの評価をとっている作家でもあり読み通しはしたのですが、読了には体力を必要としました。

住職である筒井浄鑑は、修理工場の廃車置き場で、「コエ」に導かれやってきた工藤悠人という青年と出会う。捨てられていた冷蔵庫を開けると、中にはミハルという幼女が閉じ込められていた。「濡れ濡れと光っていて黒く、底知れない瞳」に捉えられた悠人は、「自分が自分ではない別の人間になっていくような不可解な感覚に」襲われる。浄鑑は幼女に呼ばれた悠人をミハルに会わせてはならないと考え、「現象が捻じ曲げられるようなことを絶対にひき起こしてはならない」と悠人に言い聞かせ、幼女は北国の知り合いに預けると嘘を言うのだった。

この後悠人は自分の家に戻り日常生活に戻ろうと努めるのですが、なかなかにミハルのことを忘れることができません。その五年後、悠人はコエに導かれ、昔分かれた祖父工藤多摩雄と再会します。その後、多摩雄の棲むアパートに住む女リツコと出会い、そのまま犯し、リツコの部屋に通い始めるのです。リツコは多摩雄の世話を焼き、悠人の面倒を見ますが、悠人はリツコに暴力を持って接します。

一方、浄鑑のもとのミハルの周りでは飼い猫のクマが死んだ頃から、浄鑑の母千賀子の行動を始めとして、次第に奇妙な事柄が起き始めます。

こうしたホラー作品も色々な形態があります。誉田哲也のホラーはやはりエンタメ満載だし、帝王と言われるキングも同様で、一大ブームを巻き起こした鈴木光司の『リング』も超自然的存在を前提としていたものの、やはりその面白さは怖さというよりもエンターテインメントとしての面白さでした。

しかし、本作はそうではなくて心理的というか、雰囲気としての怖さが描かれています。死んだ猫のクマについてとか、リツコに対する暴力の描き方などの具体的な描写を言うのではなく、文章全体として持つ濃密な「欲」で満ちあふれているのです。

前述したように、個人的にはあまり好きになれませんでした。内容が暴力的だからではないのです。「暴力」という面では花村万月の『ゲルマニウムの夜』は更に強烈ですが、この本ほどの重さはありませんでした。怖さという面では貴志悠介の『黒い家』の方が怖かったと思います。この作品のもつ重さと濃厚さは、読書の幸福感を全く感じられないのです。読書にそうした「豊かで幸せ」と思えるひと時を求めない人にはたまらない本かもしれません。

著者は僧侶経験があるそうで、だからこそ本作の浄鑑が描けたのでしょう。

イヤミス(読んだ後にイヤな後味が残るミステリー)の旗手と言われているそうで、納得です。

しかし、いやな後味があるのに人気があるというのは私には良く分かりません。

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(こちらです⇒読んだ屋
本ブログを別棟として位置付けて、読んだ本を記録していこうと思い立ちました。ここでの文章を母屋であるそのサイトに転記していくつもりです。

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