畠山 健二 本所おけら長屋
![]() | 本所おけら長屋 (PHP文芸文庫) (2013/07/17) 畠山 健二 商品詳細を見る |
連作短編集なのですが、まず第一話から少々趣が違う物語だと印象付けられました。その話の殆どが長屋の住人の掛け合いで構成されているのです。特に米屋奉公人の万造と酒屋奉公人の松吉のそれは大家も巻き込んで、落語に出てくる熊さん八つぁんのやり取りそのままなのです。
例えば、「その壱 だいくま」では冒頭にこの長屋の主だった顔ぶれが集まって相談をしているのですが、米代半年分が未払いになっていると万造がぼやくと、
それを聞いた酒屋の松吉が半纏の袖をめくった。
「なに言っていやがるんでえ。おう、半年くらいの払いで、そんなでけえ口を叩くなってんだ」
「おっ、威勢がいいね。なんでえ、松ちゃんは、もっといかれたか」
「八か月よ。二か月分、おれの勝ちだな」
という会話があり、その後同様の掛け合いが続きます。そうした会話が本書の随所で出て来るのです。
その第一話の「だいくま」は、長屋の住人の一人大工の熊五郎一家の話が語られます。この一家、借金しても物を借りても一向に返そうとしない。それどころか取り立てに行くとかえって丸めこまれて新たに何がしかの貸しを作らされる始末です。その一家から何とかして貸しを取り立てようと、これまた家賃を滞納されている大家をも巻き込んで企てるのですが・・・・・・。
騒動は思いもかけない方向へと展開し、やはりおけら長屋の住人である島田鉄斎という過去に訳のありそうな浪人が知恵者として絡んだ騒動が展開されるのです。
二章にあたる「その弐 かんおけ」からは普通の文章に戻るのですが、それでもこの作家の根っこに落語があるのでしょう。会話がどこか落語調です。その調子のまま、前章で活躍した島田鉄斎の事情が語られます。
続く話も、同様にこの長屋の住人夫々にまつわる物語が展開されていくのですが、他の市井ものの時代小説とは異なり、いかにも長屋の落語です。その中心には粗忽者の万造と松吉がいて話をこじらせ、人情話が繰り広げられます。
個人的な好みからすると若干外れるのですが、それでも落語調の会話を基本とした展開ははまる人にはまるのではないでしょうか。