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高田 郁 あい - 永遠に在り

あいあい
(2013/01/09)
高田 郁

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あいの夫関寛斎は、佐倉順天堂で蘭医学を学んだ後に、一旦は銚子で開業したものの、再び長崎でポンぺに学び徳島藩の典医となります。戊辰戦争では敵味方の区別なく治療を施しその名を高めたものの、名声、官位を望まず、徳島に帰り民間で治療と後継の育成に努めたそうです。その後、73歳で北海道開拓に身を捧げました。

この人の記録は詳しいものが残っているものの、その妻あいに関しては「婆はわしより偉かった。」という寛斎の言葉だけをたよりにこの物語を紡ぎだしたと、あとがきにありました。

高田郁という人の文章は実に淡々としています。それが若干の物足りなさを感じることもあるのですが、本作ではそれがかえって良かったのかもしれません。常に明るく暮らすあいを過剰な言葉で飾ること無く描いており、貧困という日常でのあいの寛斎への愛情が浮かび上っているのです。

資料が少ないとはいえ、実在の人物を描くのです。作家はその実像とのギャップをどう折り合いをつけるのか、疑問に思っていました。しかし、作者はあいの実際の遺言を読んだそうで、その遺言も本書の中に紹介してあります。夫への愛情にあふれたその遺言からは、本書で描かれたあいは実像そのものと思えました。

「逢」「藍」「哀」「愛」という4つの章建ても見事なこの本は、あいと、何事にも不器用な寛斎との愛に満ちた物語でした。

もう一点。蛇足ですが、関寛斎の後援者として描いてある濱口梧陵のことは、私の友人の講演の中で聞いたことがありました。危機管理についてのその講演の中で触れられた「稲むらの火」という話は小泉八雲の作品の翻訳・再話で、安政南海地震津波の時のある庄屋の人助けの話を描いた作品でした。そのモデルが濱口梧陵だったのです。この濱口梧陵という人がまた素晴らしい人だったらしく、一編の物語が出来そうです。

海道 龍一朗 真剣 新陰流を創った漢、上泉伊勢守信綱

真剣 新陰流を創った漢、上泉伊勢守信綱(上) (講談社文庫)真剣 新陰流を創った漢、上泉伊勢守信綱(上) (講談社文庫)
(2012/12/14)
海道 龍一朗

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真剣 新陰流を創った漢、上泉伊勢守信綱(下) (講談社文庫)真剣 新陰流を創った漢、上泉伊勢守信綱(下) (講談社文庫)
(2012/12/14)
海道 龍一朗

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この本は良い。冒頭から一気に惹きつけられました。後でこの本がこの作家のデビュー作だと知り、新人でこんなにも魅力のある文章をかけるのだと驚きました。それほどに人間や、何よりも立ち会いの場面の描写が見事なのです。

また、本書の構成も素晴らしいのです。まずは自らも塚原卜伝から奥義を伝授されるほどの武将である北畠中納言具教との立ち会いの場面から始まり、ここでの描写で読者の心は一気に掴み取られます。その後北畠具教から教えられた宝蔵院胤榮との立ち会いへと話は進むのですが、その前に上泉伊勢守信綱の生い立ちについての、改めての物語に入ります。

上泉伊勢守信綱という人は活劇小説に良くあるような、禄を食んでいる侍とか、その生活に何の縛りも無い浪人などではなく、小なりとはいえ領地経営をもこなさなければならない城持ちの武将です。 こうした領地を有する武将が剣の道に進むそのことがまずは不思議でした。ただ、この人の師である松本備前守もそうで、この時代の剣豪には武将である人も多かったようです。こうした点についてもそれなりの解説があったのは嬉しい配慮です。

一方、もう一人の師である愛洲移香斎は自由人であったようです。

尤も、この人の師匠が誰かという点については諸説があるようなのですが。

この後、曲折があり、剣の道を極めんとする孤高の生き方を選んだ上泉伊勢守は、冒頭の北畠中納言具教との場面に至ります。その後、柳生宗巌を立会人としての宝蔵院胤榮との立ち会いの場面の描写はとにかく読んでもらいたい、というしかありません。血が湧きます。

この宝蔵院胤榮の物語も少し語られていますが、この話も面白い。また宝蔵院胤榮や柳生宗巌の会話が関西弁で為されるのです。当たり前と言われればそうなのですが、最初は驚きました。しかしすぐに慣れ、逆に実にリアリティを持って読むことが出来ました。関西弁を話す柳生一族。面白いです。

とにかく、まずは読んでみて欲しい、としか言えません。面白いです。

宇江佐 真理 糸車

糸車糸車
(2013/02/05)
宇江佐 真理

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久しぶりに宇江佐真理の小説を読みました。

やはりこの人の物語は安心します。語りが優しくて読み終わった後にどことなくほっとさせてくれるのです。

松前藩の家老の妻だったお絹は、今は深川の宇右衛門店で小間物の行商をしながら、夫が亡くなった時に行方不明になったままの息子勇馬を探す毎日です。

主人公のお絹は深川での日々の暮らしの中でお人よしぶりを発揮しています。そんなお絹も行きつけの水茶屋の茶酌女や船宿の内儀おひろなどの話し相手も出来、更には同心の持田との間にほのかな恋心までも生まれているのです。同時に夫日野市次郎の死と息子勇馬の失踪の謎も少しずつ明らかになっていきます。そして、持田との間も種々の出来事で揺れ動いていくのです。

この同心の持田のお絹に対する細やかな恋心など、物語は宇江佐真理らしい人情豊かな日々を描き出していきます。

私はまさに雑読で読むのも結構速いのでジャンルを問わず多量の本を読みます。直前に読んだ花村満月の武蔵などはとても情感細やかとはいえない活劇ものです。女を抱き、人を撲殺する姿が克明に描かれます。そうした本の後にこの作家の作品を読んだものですから特に感じるのかもしれませんが、人情味溢れるこの人の作品は読み手の心まで豊かにしてくれる感じがして、爽やかな読後感をもたらしてくれるのです。

葉室 麟 月神

月神月神
(2013/07/13)
葉室 麟

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本書は前半と後半で異なる物語が語られます。

前半は明治維新時の福岡藩に実在した月形洗蔵という人の物語であり、後半はこの月形洗蔵の従兄弟である月形潔の北海道での樺戸集治監での物語になります。

先日読んだ長州は高杉晋作の「春風伝」に語られた月形洗蔵と福岡藩の話が取り上げられて一編の物語になているのです。維新時の小藩の、明治維新という時代の変革に振り回される様子が良く描かれていると思います。

これまで、薩長同盟とは中岡慎太郎や坂本竜馬が中心となって実現し、毎時維新に大きく寄与したのだと思っていました。勿論、彼ら独自の発想だとまでは思ってはいませんでしたが、そこに具体的に月形洗蔵という名前が出てきたのです。そして更に福岡藩の藩主黒田長溥自身がニュアンスこそ違え、同じような構想を持っていたとありました。当時のダイナミックな時代の動きは単純に個人の力だけでは動かないのだと、当り前のことですが、改めて思い知りました。

ただ、出来ればこの月形洗蔵の物語で一冊の物語を読みたかった気がします。残念ながらエピソードが少ないのかもしれませんが、そこを著者の力で物語に仕上げてほしかったのです。

結局、後半の潔の物語までも少々中途半端になった気がします。潔は時代を照らす月の光たらんとするも、集治監の所長として過酷な環境下で囚人たちに対し厳罰で臨まなければならない現実との相克に悩み続けますが、人物の配置などでこの作家にしては少々雑な感じがしたのは残念でした。

「蜩の記」「銀漢の賦」のような葉室麟ならばこそという物語を読みたいと思います。

花村 萬月 武蔵(二)

武蔵(二)武蔵(二)
(2011/10/15)
花村萬月

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一巻目で武者修行の路銀稼ぎにと山賊の住処を襲おうと考えた武蔵達だったが、あっけなく叩きのめされ、逆に武蔵の養父の武仁とも知り合いだったその山賊達の仲間になってしまう。

その後里に戻った弁之助は、道林坊という弁之助の母方の伯父の住職のもとへと画を習いに行くことになった。その道林坊と共に気楽に京へ向かうが、その途中弁之助は佐々木小次郎という若者と出会うのだった。

今回も濡れ場が満載です。弁之助は勿論、小次郎も道林坊の京への途次に説教をうけた女と共に居り、その女を抱いてばかりいます。

この作家の基本として、性を通して人間を描くのでしょうか。まだ読んだ作品が少ないので何とも言えないのですが、そのような匂いがあります。

本書は弁之助と道林坊との小旅行がメインで、色々な人に出会います。そして、禅問答のようなやり取りが続くのです。どうかすると言葉遊びではないかとすら思える程です。だからと言って物語の展開が無いわけではなく、佐々木小次郎の登場や、弁之助の初めての人殺しなど、それなりのイベントは起きるのです。

ただ、やはり、少々説教くさい感じはします。武蔵の成長譚(かつて聞いた言葉で言うと「ビルドゥングスロマン」というのでしょうか)なので、ある程度は仕方のないことなのかもしれません。

これまでの武蔵とはまるで異なる宮本武蔵の物語です。今後の展開に期待したいところです。

プロメテウス

プロメテウス [DVD]プロメテウス [DVD]
(2013/07/03)
ノオミ・ラパス、マイケル・ファスベンダー 他

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私が一番好きな分野のSF映画です。

本来、「エイリアン」の前日譚として企画されたと聞いていましたが、大人の事情で設定としては単に地球人類誕生の謎に迫る物語とされているようです。

地球の各地で同じ星座を指し示す壁画が発見され、一行達はその壁画の指示に従い地球を後にする。長い冷凍睡眠の後、到着した目的の星には人工物らしきドーム状の岩山があった。その近くに降りた一行は早速その岩山に向かう。そこにはエンジニアと呼ばれる宇宙人の死体があった。

さすがりドリー・スコットと言うべきなのでしょうが、あのエイリアンを作った人とはとても思えないものでした。

はるばる辿り着いた目的地の惑星で、たまたま人工物らしきものを見つける点もまず「えっ」っと思ったのだけれど、早速調査に赴いた先で酸素があるというだけで宇宙服を脱いでしまう、これはありえない。という風に、このように簡単に「変」と思える個所が随所にあるのです。

ところが、見終わってみると、B級映画でこのような突っ込みどころがあれば時間が無駄だったとか思うところなのですが、そういう感覚はあまり無いのです。映像はDVDで見ても壮大で、これが映画館であれば更に見応えがあるのでしょうし、ストーリーにしてもシャーリーズ・セロンが演じた人間の位置付けなど良く分からなかったりするのだけれど、それでも、なんとか見応えがある映画として心に残っているのです。

見た人なら分かる「横に逃げればいいのに」という突っ込みなど、リドリー・スコットという巨匠の前では力技でねじ伏せられてしまうのでしょうか。それとも単純に私がSFが好きだからということなのでしょうか。

とにかく、結論としてはまあ面白かった、ということになるのでしょう。

続編の制作が決定したというニュースもあったり、楽しみです。

水田 勁 いくさ中間

いくさ中間-紀之屋玉吉残夢録(2) (双葉文庫)いくさ中間-紀之屋玉吉残夢録(2) (双葉文庫)
(2013/05/16)
水田 勁

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主人公玉吉は木場の材木置き場まで来たときに突然何者かに襲われた。人違いと分かり賊は直ぐに退散したのだが、後には瀕死の浪人が残されていた。その浪人から頼まれ、その10歳の娘に金を届けるが、天涯孤独の身となった娘をそのままにはしておけず、その娘の行く末を見守ることにし、更に父である浪人の死の原因を探るのだった。

今回は幇間としての玉吉は影をひそめています。遊び人が好奇心から事件の背景を探る、という設定でも行ける程です。しかし、たまに主人公玉吉の過去が垣間見え、やはり玉吉の物語ではあります。その玉吉の過去が少しずつ見えてくる点でも読み手としてはその後の展開に期待が持てます。

この作家については何も分かりません。

なかなかにテンポの良い文体で、とても気持ち良く読むことが出来、続刊が出るのが待ち遠しいほどです。

その文体のテンポの良さはどこから来るのか、そのリズムの心地よさについつい本が置けずに一気に読んでしまいました。この文章のどこにそのテンポ良く感じる原因があるのか、私には分かりません。ちょっとゆっくりと分析してみたい気もするのですが、残念ながらそんな分析能力もないことに気付きました。

楽しく読めれば十分でありそれを解析する必要などない、という気もします。ただ、読んでいて思ったのは時代背景や場面説明などの書き方のタイミングが良く、またその説明も簡潔で小気味良い、ということです。そうした文章の過不足の無い簡潔さも心地よいりズを作っている原因の一つではないでしょうか。

とにかく、面白い小説です。今後の展開を待ちたいです。

江上 剛 成り上がり

成り上がり 金融王・安田善次郎 (PHP文芸文庫)成り上がり 金融王・安田善次郎 (PHP文芸文庫)
(2013/09/17)
江上 剛

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東大安田講堂などにその名を残す、安田銀行創始者である「安田善次郎」の物語です。安田善次郎という名前は知っていたものの、その生い立ち等は本書で初めて知りました。物語は主人公が両替商として成功するまでの半生が主に描かれています。

先日読んだ百田尚樹の「海賊とよばれた男」で描かれた「出光佐三」にしてもそうなのですが、何事かを成し遂げる人というのは皆、「誠実さ」をその根底に持っているのかもしれません。ただ私には分からないのですが、競争の社会で、勿論努力が前提であるにしても、単に「誠実」というだけで生き残っていけるものなのか、若干の疑問が無いわけではありません。

本書でも「安田善次郎」(幼名「岩次郎」)は貧しい中でも貯蓄に励み、二度の江戸行きを失敗したものの最後には親を説き伏せ江戸での暮らしを手に入れます。その江戸でも同僚から疎まれるほど働き、勤めたお店の主人にも認められるようになります。失敗もありながら、両替商として名を成していくのです。

本書は主人公の成長譚であり出世物語です。安田善次郎がどのように努力し、周りに認められていったかが描かれています。さすがと思わされます。ただ、主人公の周りの人々の台詞が、友達をも含め少々教訓めいています。説教くさいとまでは言いませんが、読んでいてちょっと気になりました。

あとがきには「二十一世紀の日本にこそ、安田善次郎のような「成り上がり」が必要ではないか」と書いて、今の日本に元気がないのは、若者に「成り上がる」エネルギーがないからであり、今こそ本書の主人公のような人間が必要だと言っておられます。

その言葉の当否は私には分かりませんが、安田善次郎という人物はそれ程に魅力のある人物であることには間違いは無いようです。

竹吉 優輔 襲名犯

襲名犯襲名犯
(2013/08/06)
竹吉 優輔

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関東の地方都市の図書館の司書を務める南條仁には、かつてこの街を震撼させた殺人鬼ブージャムに双子の兄を殺されたという過去があった。あれから14年がたち、再びブージャムを名乗る殺人鬼が復活した。

第59回江戸川乱歩賞受賞作品です。

本書の最後に審査員たちの今回の乱歩賞参加作品に対しての感想が載っているのですが、結構厳しい意見が多いのに驚きました。受賞作品に対してさえそうなのです。そして、ネット上の本作に対する感想も同じく厳しいものが多いように感じました。

確かに、本書を読んでいる途中で若干の違和感を感じたが大きくは2点ありました。一つは「ブージャム」と呼ばれる殺人犯への多数の崇拝者が現れるのですが、この殺人犯にはあまりカリスマ性を感じないこと、2つ目は実際の警察はそんな甘くないだろう、ということです。

大きくこの2つを感じたのですが、やはり感じることは同じようで、ネット上の多数の批判もこの点についてのものが殆どでした。

しかし、小説として読んでいく上で上記の違和感は感じたものの、物語としてはかなり良くできていて面白く、その気持ちのまま最後まで読み終えたのです。

主人公が内省的すぎる点や警察内部の描写があまり無いことなど他にも挙げればいろいろあるのです。でも、文章は短文をたたみ掛けることも多くてテンポも良く、好みのタッチでした。ストーリーも上記の点を考慮しても面白かったと思います。

個人的には次の作品を楽しみに待ちたい作家だと思いました。

水田 勁 あばれ幇間

あばれ幇間-紀之屋玉吉残夢録 (双葉文庫)あばれ幇間-紀之屋玉吉残夢録 (双葉文庫)
(2012/12/13)
水田 勁

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ブログ「時代小説SHOW」を眺めていて、面白いとあったので早速借りました。

主人公の紀之屋玉吉は幇間です。いわゆる太鼓持ちですね。一説には曽呂利新左衛門がその機知を生かし太閤秀吉のご機嫌伺いをしていたため、座敷で旦那衆の機嫌を取ることを「太閤持ち」から「太鼓持ち」というようになったそうです(ウィキペディア参照)。

玉吉は元御家人で本名を澤井格之丞といい、蝦夷地にわたり辛苦の末舞い戻ってきたという設定です。剣術の腕も相当なもので、そこを与力の中島嘉門らに目をつけられ、言わば仕置人のような仕事を持ちかけられます。断りながらも、自ら問題の事件を調べ始めますが、そこにはかつての仲間の名前が見つかるのでした。

思いのほか、テンポのいい文章です。武士が町人の座敷で裸踊りをして生計を立てる。そこには徹底して心まで落ちてしまうか、本書の主人公のように人間としての矜持を持ちつつ生きていくのかで大きな差があるのでしょう。

本書のラスト近くで格之丞の過去が少しだけ語られます。そこに裸踊りをする自身の覚悟も垣間見えます。

軽く読めるのですが、ハードボイルドタッチの展開は引き込まれてしまいました。決してストーリー展開は練れているとは思えないのですが、それでもリズム良く引き込まれます。面白いです。

ダシール ハメット マルタの鷹

マルタの鷹〔改訳決定版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)マルタの鷹〔改訳決定版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
(2012/09/07)
ダシール ハメット

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相棒のマイルズ・アーチャーは妹を連れ戻したいとの依頼で相手の男の尾行を始めた。しかし、その夜相手の男と共にアーチャーも殺されてしまう。その後カイロという男から「黒い鳥の彫像」を探してほしいとの話をうける。そうしたことからサム・スペードは事件の裏に「マルタの鷹」という像の存在があることに気づく。

若かりし頃に読んだ本の再読、のつもりでしたが読んでみるとどうも記憶にないのです。もしかしたら、名作と言われるハンフリー・ボガード主演映画の「マルタの鷹」は見たのでそれと混同していたのかもしれません。

私立探偵サム・スペードは推理力を発揮し事件を解決する従来の探偵像とは異なります。常に行動し、発見し、場合によっては何かのアクションを期待し動きまわります。そしてタフであり、少々の相手は叩き伏せるだけの強さをも持っているのです。

それまでの推理小説の在り方を否定し、リアリティーを追求し、ダシール ハメットが自らの体験をもとにして作り上げた人間像、それがサム・スペードなのです。

ダシール ハメットは実際ピンカートン探偵社に勤めていたそうで、その経験が著作に生かされており、以後のハードボイルドと称される作風を確立したと言われています。事実、文章は簡潔で暴力的であり、叙情性は全くありません。

そうした本書を今回読み返してみて、何故か、決して「とても面白い」とは思えなかったのです。面白くないとも言えないのですが、私が好きなハードボイルドとしての北方謙三、志水辰夫、東直巳を読み慣れた身としては違和感を感じてしまいました。

本作はまるでハンフリー・ボガードの映画のサム・スペードの世界です。明るい街中ではなく常に暗い裏町のイメージであって、場面が常に狭いのです。事実を短文を羅列して描写するためか、説明的であり、感情移入を拒まれている感じです。説明的と言っても物語の背景を説明するという意味ではありません。そういう意味では全くと言って良いほど背景の説明は無いのです。ここで言うのは情景描写についてです。一つの場面。または行為を単純に見たままを描いているのです。 まさに、それこそが狙いであり、ハードボイルドと言われる所以でしょう。

しかし、一方ではチャンドラーの作品は面白いと思って読んだのですから、やはりハメットという作家との相性なのでしょうか。

ハメットの作品は改めて言うまでもなく名作としての評価が高い作品であるし、ファンも多いので読み手である私に問題があるのでしょう。

乾いた文体が好みの方にはたまらない一冊なのでしょう。

花村 萬月 武蔵(一)

武蔵(一)武蔵(一)
(2011/09/16)
花村萬月

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内にたぎる力を持て余している11歳の弁之助は、神官の娘美禰との薙刀での稽古で叩き伏せられる。その後、義姉のおぎんにより性の目覚めの導きをうけた弁之助は美禰とも契りを交わす。その後、然茂ノ介という豪族の息子と知り合い、山賊退治へと出かけることとなった。

今までの武蔵像とはまったく異なる物語です。

とにかく前に読んだこの作家の「よろづ情ノ字薬種控」と同じく濡れ場が多いのです。強烈な性の目覚めが繰り返し描かれます。何より、こんなに女にもてて自らの性の衝動に身を任せる武蔵は初めてです。勿論未だ子供なのだけど既に大人顔負けの女たらしです。

命に満ち溢れ、剣の才にもあふれているために、自分自身を持て余しているらしいのです。武蔵の本家とも言うべき吉川英治の「宮本武蔵」とは全く異なります。

漫画ですが「バガボンド」の武蔵もそれまでの武蔵像とは全く異なるものでした。

本書の武蔵も他の武蔵を描いた本と同様にこれから佐々木小次郎などのライバル達との出会いもあることでしょう。まだまだ子供なのだけれどこれからの武蔵がどのような成長を遂げていくのか、今までのストイックな武蔵像に近づいていくのか、それとも更に破天荒な武蔵像が出来上がるのか、今後の展開が楽しみな一冊です。

海道 龍一朗 禁中御庭者綺譚 乱世疾走

禁中御庭者綺譚 乱世疾走 (新潮文庫)禁中御庭者綺譚 乱世疾走 (新潮文庫)
(2007/11/28)
海道 龍一朗

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下流公家ではあるが天皇の信任の厚い立入左京亮宗継は、山科言継と共に天皇の耳目となるべき禁中御庭番を作ろうと思い立つ。そこで上泉伊勢守信綱、宝蔵院胤榮、柳生宗巌の三人の知恵を借りて5人の若者を選びだした。新陰流の丸目蔵人、宝蔵院の大角坊、堺の商人の息子楠葉西門、陰陽師の香阿弥こと土御門有之、そして柳生宗巌の妹の凛の5人である。5人は織田信長の動向を探るべく、山科言継の同行者としてまずは岐阜へと旅立った。

先日読んだ宮本昌孝の「剣豪将軍義輝」にしてもそうだし、葉室麟の「いのちなりけり」にしてもそうなのだけれど、どうも歴史上の事実を詳細に書き込んである歴史小説を読めなくなってきているようです。読めないというと言い過ぎだけど、少なくとも昔のようには面白いと思えなくなってきているのかもしれません。

この本にしてももう少し選抜された5人が活躍するのかと思っていたのですが、それほどではありませんでした。それよりも歴史的事実の動向が先にあり、5人はその中で動いているにすぎないと感じてしまうのです。勿論、この5人の役目が天皇の目となり、耳となることであって、何事かを為すことではないのでそれも当然ではあるのでしょう。

しかし、「驚天動地の大活劇がいま始まる。」という謳い文句なのですから、冒険活劇小説を期待しても間違いではないと思うのです。その謳い文句にしては期待外れででした。

しかし、ほかでも書いたのですが、歴史が好きな人にはたまらないでしょう。

蛇足ながら、この作家には上泉伊勢守信綱を描いた作品で「真剣」という作品があるそうなので、読んでみたいと思います。ただ、もしかしたら昔読んだことがあるかもしれない、のが不安です。昔読んだ上泉伊勢守信綱についての小説はかなり面白かったのです。この作者かも・・・。

北方 謙三 さらば、荒野

さらば、荒野 (角川文庫 (6022))さらば、荒野 (角川文庫 (6022))
(1985/04/01)
北方 謙三

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東京から3時間も飛ばせばたどり着くN市でキャバレーとバーを経営している川中は、レーザーの研究をしている弟が会社から機密資料を盗みだしたとして、色々なところから接触をうける。莫大な金が絡むその情報を握る弟を助けるべく、川中は行動を開始する。

この本を読むのはもう何度目のことでしょうか。何度読んでもその面白さは色褪せません。

北方謙三の本を読んでいると特に思うのですが、通常一般人にとっては現実にはまずあり得ない出来事が描かれています。やくざに対し度胸だけで立ち向かい、蹴られ、殴られても最後には気力で相手を倒すことなどありえません。そんな喧嘩自体がまず無いし、あってもただ逃げるだけです。敵わないのを承知で理不尽な暴力に敢然と立ち向かい、喧嘩自体は負けても男の矜持自体は常に持ち続ける、そんな男などまずいないのです。

しかし、いる筈のないそんな男が、普通ならば恥かしくて言えないような台詞を口にしても違和感なく成立してしまう、そんな世界がきちんと成立しているのですから見事です。

本書の主人公は特にタフです。なにしろ元ボクサーのパンチを喰らっても倒れずにいる程なのですから。元アメリカンフットボールの選手という設定は伊達ではありません。そして、何よりも「死」に対する恐怖が通常人とは全く異なります。

忘れていけないのは、他の登場人物が魅力的なことだし、その脇役である筈の登場人物もまた「死」についての恐怖をどこかに忘れてきているようで、そのことが男の誇りをより明確にしているように感じます。

「男」の失くしてはならない矜持を描き出す北方謙三の小説は、一歩間違えば三文小説になりかねない、ベタな気障さを常にまといながら、しかし骨太のハードボイルドとして成立しているのです。

本書は「ブラディドール」シリーズの第一作目の作品です。この後、語り部を変えながら、川中やキドニー達が活躍します。絶対に面白いシリーズです。

プロフィール

siro

Author:siro
このブログの本棟として本の紹介のサイトを開いています。
(こちらです⇒読んだ屋
本ブログを別棟として位置付けて、読んだ本を記録していこうと思い立ちました。ここでの文章を母屋であるそのサイトに転記していくつもりです。

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