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青山 文平 白樫の樹の下で

白樫の樹の下で (文春文庫)白樫の樹の下で (文春文庫)
(2013/12/04)
青山 文平

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小普請組の御家人村上登は仁志兵輔、青木昇平と共に竹刀剣術ではなく昔ながらの型稽古を行う佐和山道場で剣を学んでいた。「大膾(おおなます)」と呼ばれる辻斬りが江戸の町を騒がせていたその頃、村上登は町人でありながらかなりの剣の腕を持つ巳乃介から一振りの刀を預かることとなるのだった。

時は江戸時代も中期、侍が侍たり得ることが困難の時代、なおも侍であろうとした三人の若者の物語です。「白樫の樹の下で」というタイトルは佐和山道場が白樫の樹の下でにあるところからきています。

とにかく硬質な文章でありながら、濃密な空気感を持った文章です。葉室麟という直木賞作家の文章も簡潔で格調の高い文章だと思いましたが、この作家の文章の透明感は凄いです。

「人を斬る」というそのことについての懊悩が、叩けば音がするような文章で描写されています。勿論読者は剣のことなど何も知りませんし、当然「斬る」という感覚も知らないのですが、あたかも若者の懊悩が感覚として理解できたかのような感じに打たれます。

また、村上登の前に横たわる想い人の描写は、そこに「白麻の帷子(かたびら)を着けた佳絵」という人が横たわる場面を切り取ったかのようで、その臨場感、村上登の心理描写には驚きました。これまで作家と呼ばれる人たちの文章の凄さには何度か脱帽させられましたが、この青山文平という人の文章も見事としか言いようがありません。

更に驚かされることに、青山文平という人は私と殆ど同世代ということもさることながら、20年ほど前に第18回の中央公論新人賞をとったことがあるけれども時代小説は本作品が初めてということなのです。時代小説の新たな書き手として期待されているという言葉も当然のことだと感じました。

本作品の物語としての面白さは勿論のこと、「詩的」な文章とどなたか書いておられましたが、日本語の美しさ、表現力の豊かさを思い知らされた一冊でもありました。

梶 よう子 夢の花、咲く

夢の花、咲く夢の花、咲く
(2011/12)
梶 よう子

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先日読んだ「一朝の夢」の続編、というより時間的にはその少し前の話です。

ある殺人事件が起きるが、その被害者は植木職人ではないかと思われた。中根興三郎は知り合いの植木職人である留次郎やその隣人吉蔵に尋ねるがなかなかその身元が分からない。一方、この事件を調べる定町廻り同心の岡崎六郎太は、吉蔵の娘お京と結婚することになっていたが、その吉蔵に疑いがかかってしまう。ところが、その探索の途中で安政の大地震が起き、江戸の町は壊滅してしまうのだった。

相変わらず丁寧な文章で、前作には出てこない吉蔵やその娘お京、それに岡崎六郎太などを中心に物語は進みます。

地震後の江戸の町の状況は色々な小説でも取り上げられていたと思うのですが、この本のようにお救い小屋の状況等までを舞台に組み込んで描写している物語は私が読んだ範囲では無かったと思います。 興三郎の亡き兄の許嫁で今は材木問屋の内儀となっている志保と再会し共に被災者を助けたり、周三郎という絵師が登場し興三郎と絡んだりと、結構バラエティに富んだ展開です。

ただ、物語自体は少々展開にひねりが無い印象はあります。例えば、敵役の商人の非道さですが、いくらなんでもそうした行為をしていたら商人として終わっていはしないか、という不自然さを感じたことでしょうか。

しかしこの作家の作品には、そうした瑕疵を乗り越えての面白さがあるのです。それはやはり主人公の中根興三郎という人物のキャラクターに負うところが大きいのでしょう。下男の藤吉に助けられながらも必死で朝顔を育てるその優しさは、読者まで暖かな心根にしてくれるようです。

この後続編がかかれるかどうかは分かりませんが、出来れば読みたいと思うのは私だけではないと思います。

杉本 章子 おすず ― 信太郎人情始末帖

おすず―信太郎人情始末帖 (文春文庫)おすず―信太郎人情始末帖 (文春文庫)
(2003/09)
杉本 章子

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主人公の信太郎は呉服太物店の跡継ぎであったが、引手茶屋千歳屋の内儀おぬいと深い仲になったことから、許嫁のおすずとは破談になり、内証とはいえ親からも勘当されてしまっていた。そのおすずが信太郎に会いたいと言ってきた。別な人に嫁ぐ前に一度だけ抱いてほしいという。それを断った信太郎だったが、おすずはその後押し入った賊に犯され自害して果ててしまう。おすずの死は自分のせいだと自分を責める信太郎だった。

表題作の「おすず」はこのようにして幕を開けます。他に「屋根船のなか」「かくし子」「黒札の女」「差しがね」の併せて五編が収められている連作短編集です。

捕物帳であり、信太郎の活躍で謎を解決するのですが、信太郎はおぬいの伯父である久右衛門が金銭の元締めをしている芝居小屋の河原崎座で久右衛門の手伝いをしているため、自由に出歩くことはできません。久右衛門の顔色を見ながら、気になった事柄について探索したりもしますが、大体は気付いたことについて幼馴染で岡っ引の手下をしている元吉に話して調べてもらうのです。

でも、捕物帳というよりは信太郎やその想い人であるおぬい達の人情話というべきでしょう。各短編共おぬいや信太郎の身近な人に降りかかった災難を、ほんの少しの違和感から事件の裏を読み解き解決するのですが、信太郎は何時もおすずに対する責や、おぬいに対する中途半端な自分という不実さを感じています。そうした信太郎を取り巻く世界が丁寧に描写されているのです。更には、舞台が芝居小屋絡みということもあり、何とも小粋な雰囲気が漂っていて、物語の世界に奥行きを与えているようです。

どうもこのシリーズはこの後信太郎とおぬいを中心として大きく展開していく様子です。宇江佐真理の髪結い伊三次捕物余話シリーズを思い出させます。早く次を読みたいと思わせられる本です。

伊東 潤 黎明に起つ

黎明に起つ黎明に起つ
(2013/10/24)
伊東 潤

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北条早雲の幼少期から応仁の乱を経て、関東に覇を唱えるまでの一代記です。

読者が知っている歴史的事実の隙間を「ドラマティックに埋めていく」のが歴史小説だとどこかで書いてありました。膨大な資料をを咀嚼し、イメージを膨らませて再構築する、という大変な作業に成功しているかどうかは読者の判断にゆだねられるのでしょうが、色々な書評や一般読者の感想によるとかなり好評価のようです。

作者の公式サイトに、作者の言葉として「歴史小説は、史実に忠実であることが大前提」で、「最も大事なことは、面白いかどうかなのです。」とありました。

本書では早雲のことを「宗瑞」と読んでいるのも史実に即した処置だと「おわりに」という一文に書いてありました。また、早雲の関東制圧の大義を「民のため」と設定したことも、その大義は「二代氏綱が民に対する布告にのみ使った印判の文字『祿壽應穩(ろくじゅおういん)』に込められてい」て、「『祿壽應穩』とは、『禄(財産)と寿(生命)は応(まさ)に穏やかなるべし』の意で、早雲と氏綱が領国の民に向かって、いかなる施政方針で臨むかを宣言したものです。」と、根拠を示してありました。

しかし、こういう大きな骨格となる事実は別として、歴史的事実を詳細に記してある歴史小説は個人的には今一つ感情移入できないようです。海道龍一朗の「禁中御庭者綺譚 乱世疾走」他でも同じことを書きましたが、歴史的事実の間隙を埋めている筈の作者の想像力が、事実のつなぎのように思えてくるのです。名も知らない応仁の乱当時の武将の、武蔵や小田原付近の城の攻防の状況を緻密に書かれていても頭に入りません。私のように物語のストーリーをこそ楽しむ人間には向かないようなのです。

この作者の他の本を読んでいないのではっきりとは言えませんが、結局作者の言う「面白い」の捉え方が私とは少々違っていたということだと思います。

でも、歴史が好きで、文章を読み込む人たちにとっては、これだけ情報が多く、その上作者の解釈による早雲の人物像が描かれている小説は多分大変面白い小説ではないでしょうか。

梶尾 真治 ダブルトーン

ダブルトーンダブルトーン
(2012/05/25)
梶尾 真治

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眼が覚めたとき、今日の自分は誰なのか、一瞬考える。税理士事務所に勤める田村裕美なのか、企画事務所に勤める中野由巳なのか、二人はそうやって朝を迎えていた。日常の生活に入れば他人の記憶は薄れてしまうのだが、日が経つにつれもう一人の記憶が明確な記憶として残るようになってきた。そして、中野由巳の前に一人の男が現れた。

相変わらず梶尾真治タッチは健在です。熊本市の繁華街が舞台なので更に親しみがわきます。ただ、これまでとは少々趣の異なりサスペンス色が濃い物語でした。タイムトラベルものではあるのですが、記憶を共有する二人のユミのこの現象に対する謎解き、と言って良いのかは分かりませんが、がメインなのです。結果、いつものように時間軸を飛び越えてしまい、過去の改変に至ります。

そして、いつものように、異変の原因それ自体は物語の前提ですので、その前提にのっとった上での危険からの回避行動が物語を盛り上げます。

ただ、何となく物足りなさがありました。いつもの、梶尾真治作品の底流にある人間賛歌とでも言うべき人間への温かい思いが薄いせいかもしれません。本作品では主人公達の「行動」が主体で主人公の恋人や配偶者に対する「想い」が今一つ描き切れていないように思えたのです。

でも、梶尾真治の物語ですから、ロマンチックな香りも勿論ありつつのサスペンス色の濃い物語です。これまでの、例えば消失刑などと比べれば若干の物足りなさは残りますが、それでも軽く読めて面白い物語でした。

浅田 次郎 一刀斎夢録

一刀斎夢録 上 (文春文庫)一刀斎夢録 上 (文春文庫)
(2013/09/03)
浅田 次郎

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一刀斎夢録 下 (文春文庫)一刀斎夢録 下 (文春文庫)
(2013/09/03)
浅田 次郎

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明治天皇が崩御し、時代は大正に変わった頃、全国武道大会の決勝まで進む腕を持つ近衛師団の梶原中尉は、全国武道大会で五年連続優勝を成し遂げている榊吉太郎から新撰組副長助勤の斎藤一という人物のことを聞いた。斎藤一の家に酒を片手に毎夜話を聞きに行く梶原は、新撰組のこと、そして剣のことについて話を聞くことになるが、それは壮絶な体験となるのだった。

先日NHKの大河ドラマ「八重の桜」が終わりました。その中で斎藤一を演じていたのはDragon Ashの降谷建志でしたが、やはりかっこよく、意外に演技も上手いじゃないか、などと思いつつ見ていました。

「八重の桜」というドラマは、今までにない、会津の視点から明治維新を見ると言う機会を与えてくれました。そして、会津藩から八重を始め、京都府議会の初代議長にもなった八重の兄である山本角馬や東京・九州・京都の各帝国大学の総長になった山川健次郎など、錚々たる人材が輩出していることを知りました。新撰組隊士の斎藤一が会津に居たことをも知ったのもこのドラマでした。丁度そうした事実を知った折に本書の存在を知ったのです。

これまで新撰組の物語は数多くありますが、斎藤一に焦点を当てた作品は無かったと思います。その斎藤一の名前をひっくり返すと一刀(藤)斎ということらしいのですが、この一刀斎に新撰組の話を語らせるのです。

タイミングが良かったのでしょう。それまで浅田次郎の本は何度か読みかけては挫折していました。新撰組三部作と言われる「輪違屋糸里」も「壬生義士伝」も頭の少しを読んでは投げ出していました。浅田次郎作品を原作とする映画は殆ど、それもかなり面白い映画として見ているのですから、原作が面白くない筈は無いのだけれど、何故か波長が合わないとしか言いようはありません。

それが、斎藤一という人物に関心が出来たときに本作品との出会いがあったこと、更に、本書が頭から剣道で始まり、程なく斎藤一の語りが始まると言う、私にとって取り付きやすい構成であったことなどから、投げ出さずに読み終えることが出来たのでしょう

本書を読了した今、職人としか言いようのない文章の素晴らしさと物語の上手さ、面白さの虜になっています。また、他の本を読みたいものです。

鈴木 英治 若殿八方破れ 6 萩の逃れ路

若殿八方破れ  萩の逃れ路 (徳間文庫)若殿八方破れ 萩の逃れ路 (徳間文庫)
(2013/04/05)
鈴木 英治

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前巻で目的地筑後久留米に着き、おきみの母親のための薬も手に入れ、長州まで戻ってきた俊介一行は、そこで釘で頭を刺され殺された男の最後をを看取る。翌日侍に襲われている二人の姉妹を助け、迷いながらも俊介は二人を萩まで送って行くことになった。

相変わらず作家の息抜きで書いているような、悪く言えば安易な状況設定の話が続きます。

俊介は二人の姉妹を庇護することになるのですが、本シリーズがもともとそういうものだとはいえ、剣の達人とはいえ十人という相手に対し一人で立ち向かったり、投げものの使い手に対し脇差しで対抗し全てをたたき落としたりと、この巻は少々荒唐無稽が過ぎるような気がしないでもありません。

筋立てもまたありそうで明確なものではなく、作者の息抜きのファンタジーと言われても仕方がないと思われます。

まあ、気楽中の気楽本と言えるでしょうか。

梶村 啓二 野いばら

野いばら (日経文芸文庫)野いばら (日経文芸文庫)
(2013/10/25)
梶村 啓二

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醸造会社での種苗会社買収を担当する縣(あがた)は、英国の田園地帯で一冊の手記に出会う。その手記は、生麦事件の直後の日本で情報収集の任に当たっていた英国人将校の、日本での出来事を記したものだった。そこには日本の美しい風景に対する畏敬の念と共に、英国人将校の日本語の教師であった成瀬ユキという女性に対する想いが綴られていた。

本作品は、五人の選考委員の満票で第3回日経小説大賞に決まったそうです。文章の広がりと詩的な美しさが評価されたのだそうです。

確かに、手記の主体である英国人将校の、日本人や日本の風景に対する心象としてとして語られる文章は美しいものがありました。

また、幕末の日本に滞在した外国人から見た日本、という視点が面白いのです。しかし、文章は美しくても、その内容は日本人が書いた外国人としての文章なのです。その点が妙に気になりました。

しかし、アーネスト・サトウやロバート・フォーチューン他の実際に幕末の日本に居た外国人により書かれた文献を参考資料として挙げておられるので、女性に対する思いはともかく、実際そうした感情を持った外国人が居たのでしょう。その印象を著者が詩情豊かな文章として仕上げておられるのだと思います。

もう一点。読者にとって、本書は英国人将校の一人称で語られているため、成瀬ユキという女性の心情、背景が全く分かりません。英国人将校の心というフィルターを通して推し量るしかないのです。ですから、最後にはその想いが示されているとしても、物語の途中での行動にどんな意味があったのか、その点が私の中ではあいまいに残った部分があります。

でも、そこが良いのでしょうし、示されているそのユキの行動から、ユキの想いを汲み取るべきだろうし、まさに読者の想像を刺激するところなのでしょう。「はかなくて烈しい、時をこえた愛の物語。」という惹句はまさにその通りでした。

梶 よう子 一朝の夢

一朝の夢 (文春文庫)一朝の夢 (文春文庫)
(2011/10/07)
梶 よう子

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「両組御姓名掛りという奉行所員の名簿作成役」同心である中根興三郎は、図体は大きいものの気性は優しく、朝顔の栽培にのみ熱中している男だった。幕末の江戸では政情不安な中朝顔の栽培が盛んで大名まで乗り出すほどだったが、元北町奉行鍋島直孝の屋敷前で絶命していた武家の死体が消えたり、辻斬り事件まで起きていた。そうした中、興三郎は朝顔栽培を通じて朝顔界の重鎮である鍋島直孝の屋敷で宗観という人物と出会い、時代のうねりの中に引き込まれることとなるのだった。

前に読んだ「柿のへた」でもそうでしたが、植物を中心に話が展開するためなのか、文章が優しいです。決して派手さはありません。でも、淡々と語られる朝顔に対する主人公の思い入れや、蘊蓄は常に朝顔に対する愛情にあふれています。その愛情が他の人にも伝わり、周りの人をもその愛情で包もうとするようです。

歴史上の人物が少しだけ顔を見せたり、ミステリーの要素も少しだけですがあったりと、内容もはそれなりに盛りだくさんではあります。ストーリーも結構入り組んでいます。敵役が若干型にはまっている感じがしないではありませんが、それも瑕瑾にすぎません。何よりも朝顔についての描写が見事で飽きさせません。

と少々羅列気味になりましたが、とにかく軽く読み飛ばせる物語ではないと言いたかったのです。

決して明るい物語ではありません。でも、派手さは無いけど、読んでいてゆっくりとした時間が流れる、そうした心地よい時間を持てる一冊だと思います。

花村 萬月 ゲルマニウムの夜

ゲルマニウムの夜―王国記〈1〉ゲルマニウムの夜―王国記〈1〉
(2008/10/04)
花村 萬月

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「武蔵」と言う強烈な個性の本を読んだことから、この作家が芥川賞を受賞したという作品を読んでみました。結果、「武蔵」で主人公の弁之介が内省的である理由はこの作家の本質なのだろうと思わされました。

本書の舞台は修道院兼教護院であり、主人公は殺人を犯し、かつて自分が世話になっていた教護院に戻ってきた朧(ろう)と言う青年です。知能指数がずば抜けているこの青年がここに勤める仲間を暴力で圧倒し、修道女を犯し、告解と称し神父を試すのです。

本書「ゲルマニウムの夜」はエロチックでありグロテスクな小説です。その文章、というよりも日本語の選択は驚愕的とすら感じます。選ばれた言葉は冒頭から作品の持つ雰囲気を決定づけ、嫌いな人はその時点で手放すかもしれないと感じる程です。更に、その言葉で死や性行為、そして暴力を語るのですから、個人の好みがはっきりと分かれるでしょう。

著者自らが書いているようにテーマは「宗教」です。人間の根源を問うことにもなるこのテーマだから、暴力と性は避けては通れないものなのでしょうか。

私が読んだ単行本にあった「あとがき」に、「この本におさめられた三つの小説は、宗教を描く長大な作品のごく一部分として書かれました。」とありました。2013年12月12日現在で「風の條 王国記(8)」まで出ているようです。ただ、それでも第一部の終わりとあるので、まだ続くのでしょう。作品としての好悪はともかく、人間の内面を深く追求するような文学作品を読む体力はないので、個人的にはこのシリーズは多分読み続けないでしょう。

ただ、そこが芥川賞をとるほどの作品なのでしょうが、不思議と気になる本ではあります。

一方、「武蔵」のようなエンターテインメント作品は、例えその本質に同様のテーマを抱えていたとしても読み続けると思います。とすれば、作品の表現の問題にすぎないのでしょうか。

朝井まかて ぬけまいる

ぬけまいるぬけまいる
(2012/10/30)
朝井 まかて

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武家のお内儀であるお志花、商家の女将のお蝶、一膳飯屋の行かず後家のお以乃という、かつて「馬喰町の猪鹿蝶」と呼ばれたおばさん三人組のお伊勢参り道中記です。

最初に読んだこの人の本が「恋歌」という落ち着いた恋模様を描く物語だったし、その次に読んだ「先生のお庭番」もしっとりとした話だったので、本書は少々意外でした。更に冒頭三分の一位まではどうも文章に乗り切れず、外れだったかと思いながら読み進めたのです。

でも、中盤に至る前の人情物語が絡んできたあたりから興が乗り始め、本来ならご都合主義的と言えなくも無い展開や、結末への伏線が見える出会いなど、そんなものはファンタジー物語である以上は許容範囲として、リズムに乗ってきました。

元々丁寧な文章を書く作家さんだしその点が逆に仇となっているかも、などと思っていたその文章が跳ねて感じられ始めました。

やはりイベントの起き方によるのでしょうか。最後はそれなりの一大イベントの末に結末に至ったのです。

ただ、その後の三人はどうなったのでしょう。少々気になりました。

最終的には、読み終えてみれば結構面白かった作品でした。

鈴木 英治 陽炎時雨 幻の剣 - 歯のない男

陽炎時雨 幻の剣 - 歯のない男陽炎時雨 幻の剣 - 歯のない男
(2013/06/22)
鈴木 英治

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新シリーズです。

登場人物は秋重治左衛門とその孫娘の七緒、北町奉行所同心の和倉信兵衛その手下の善造、加えてやくざまがいの岡っ引きの達吉達、とまあありそうな面子が並んでいます。

秋重治左衛門は剣術道場の師範であり、七緒は師範代という腕前です。七緒には兄蔵之進がいたのですが、惨殺されており、和倉信兵衛はその探索をも行っています。兄は何故殺されたのか、がシリーズを貫く謎になるのでしょう。

本書は全ての歯を抜かれた死体を検分する和倉信兵衛の場面から始まります。続けてまた全ての歯を抜かれた人殺しが起こり和倉信兵衛は更なる探索を続けるのです

一方、七緒の道場の前で生き倒れていた男を介抱した七緒はその男の身元を探ることにります。

本書も鈴木英治作品らしく、読み易く、キャラも立って面白そうです。

しかし、本書の謎は頂けません。かなり無理があり、とても話について行けませんでした。また結末も安易としか思えず、この作家らしくない纏め方という印象しかありませんでした。

でも、鈴木英治という作家が書いているのですから、次の巻からはまた面白い物語が展開することでしょう。

花村 萬月 武蔵(三)

武蔵 三 (文芸書)武蔵 三 (文芸書)
(2013/10/10)
花村 萬月

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道林坊のもとで画を学び17歳となったた弁之助は武者修行に出ようと思い立つ。早速出立しようとする弁之助だったが、然茂之介も同行することになった。まずは北を目指し、日本海に出る二人。そこで、双子の剣術使いと出会い暫く暮らした後、更に西行し九州へと入ることとなった。

本書での弁之介はかなり成長しています。更に強くなった弁之介は、17歳という年齢からも女に対する欲望もまた強く、その思いの強さから人を殺す羽目にも陥っていまいます。更に九州では山賊を相手の立ち回り等活躍するのですが、その後の佐々木小次郎との再会は弁之介に思いもよらない結果をもたらすのです。

何度も書いたように、花村萬月の武蔵はこれまであった色々な武蔵を描いた作品とは全く異なります。端的に、弁之介の成長物語であり、それ以上に痛快時代活劇小説なのです。

でも、本書に至ってくると禅問答のように思えていた道林坊との問答や弁之介自身の思いなども少しづつ明確になり始め、言葉遊び的な感じはあまりしなくなってきました。

変わらずに女を抱きまくる弁之介ですが先の楽しみも増えてきそうです。続刊が楽しみです。

木内 一裕 水の中の犬

水の中の犬 (講談社文庫)水の中の犬 (講談社文庫)
(2010/08/12)
木内 一裕

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漫画「ビーバップハイスクール」のきうちかずひろ氏です。三年程前に一度読んだのですが、気になり、再度読み返してみました。

あの漫画と違い本作は実に暗いハードボイルドです。

主人公は探偵。その探偵のもとに恋人の弟にレイプされ、自分の女になれと脅されているという女性依頼者がやってきた。依頼の内容は本人も良く分かっていないようで、その弟から逃げ且つ恋人にも知られたくないと言うのだ。答えようのない質問に、探偵は解決策を考えてみようと、その依頼を受ける。他では引受けないような依頼を受けてくれるその探偵には、実は隠された過去があった。

第一話「取るに足らない事件」はこのように始まり、第二話「死ぬ迄にやっておくべき二つの事」、第三話「ヨハネスからの手紙」という関連する三つの短編で構成されています。が、一つの物語といった方が良いかもしれません。

勿論ハードボイルドと言って良いのでしょう。主人公はただひたすらに依頼者のために行動します。そして、立ち上がれない程叩きのめされるのですが、かつて刑事時代の後輩や情報屋という仲間らしき人間の助けで動き回るのです。

もう一人、矢能というやくざがいます。妙に心を通わせる重要なキャラクターです。

三篇とも人探しそのものは前述の後輩と情報屋からもたらされる情報で時間をかけずに見つかります。救いのない物語はそこから展開するのです。

漫画的といえばそうかも知れませんが、かなり面白く読むことができました。

続編として、矢能を主人公とした物語「アウト&アウト」が出ています。

法条 遥 リライト

リライト (ハヤカワ文庫JA)リライト (ハヤカワ文庫JA)
(2013/07/24)
法条 遥

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この作品はライトノベルと呼ばれる分野の作品なのでしょうか。カバーはアニメチックだし、文章も会話文、独白文が多く時間をかけずに読めるのでそういう疑問が浮かんだのです。

しかし、考えてみるとライトノベルという定義自体が曖昧なようだし、本書がライトノベルだとしたらどうなる、ということもないので、こういう設問自体が意味の無いものでしょう。

あの筒井康隆の名作「時をかける少女」のオマージュ作品だとか何だとか、どこかの本の紹介の欄にそうあったので一も二も無く図書館に予約したのですが、本書の内容にあまり深みを感じなかった、ということもあるかもしれません。

私は本を読むときに、場面の情景を感じ、筋は追いますが、論理は詰めません。ですから、本格推理物もそれほど好みではないのです。読んでも、謎解きそのものは詰めません。タイムパラドックスものも少々の論理矛盾はあっても気づかないと思います。でも本書の場合は論理矛盾以前の問題で肝心な個所で曖昧に処理する場面が目立ち、さすがの私でも感情移入できませんでした。

ただ、本書のアイデア自体は確かに面白いと思いました。タイムトラベルものに付きまとうタイムパラドックスを逆手にとって、逆にテーマにしてしまうのですから大したものです。ただ、残念ながらその試みが成功しているとは思えなかったということです。結末の処理にしても、どこかに書いてありましたが、「力技」としか思えませんでした。

また、作者の狙いなのでしょうが、語り手の主体がいつの間にか代わっているため、前に戻って誰の話なのかの確認作業が必要なのは面倒でした。ということで、要約もできません。

タイムリープものといえば梶尾真治という名前が思い浮かびます。この人の作品を読みたくなりました。

池波 正太郎 剣の天地

剣の天地 (上巻) (新潮文庫)剣の天地 (上巻) (新潮文庫)
(2002/01)
池波 正太郎

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剣の天地 (下巻) (新潮文庫)剣の天地 (下巻) (新潮文庫)
(2002/01)
池波 正太郎

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上泉伊勢守信綱は戦国時代に今の群馬県(上州)の城主だった人で、武田信玄、上杉謙信、北条氏康等の力ある武将との間で生き残りをかけて戦い抜いた武将の一人です。

上州は剣技の盛んなところで、上泉伊勢守も幼いころから念流や香取神道流、陰流等を学んでいたといいます。剣の師匠については諸説ありますが、本書では松本備前守と愛洲移香斎としています。先般読んだ海道龍一朗の「真剣」も同様でした。

「真剣」では剣聖としての上泉伊勢守信綱に焦点を当て、少年期から宝蔵院胤榮との戦いまでを「剣」との関わりを中心に描いてありました。それに対し本書では、武将としての上泉伊勢守信綱を描いてあります。

本書での上泉伊勢守は冒頭で既に38歳であり、北条との戦いの只中にあります。そして上泉伊勢守信綱が武田信玄との戦いに敗れ、一回の剣士として旅立つまでの話で物語の大半が終わってしまうのです。

「真剣」での冒頭からの緊迫した立ち会いの印象とはまったく異なる物語です。

本書では、伊勢守と女性との絡みがあり、伊勢守に対立する剣士として十河九郎兵衛という剣士を登場させています。勿論、柳生宗巌等も出てきて立ち会いもあります。そして実に読みやすいのです。上下巻合わせて800頁強もある文庫本ですが、殆ど4時間ほどで読み終えてしまいました。

私個人の好みは「真剣」の剣聖としての上泉伊勢守信綱の面白さを買うのですが、人間上泉伊勢守信綱を読みたい人はこの本でしょう。池波正太郎という作家の「鬼平犯科帳」や「剣客商売」と同じレベルとまではいかないでしょうが、十分に面白い物語です。

プロフィール

siro

Author:siro
このブログの本棟として本の紹介のサイトを開いています。
(こちらです⇒読んだ屋
本ブログを別棟として位置付けて、読んだ本を記録していこうと思い立ちました。ここでの文章を母屋であるそのサイトに転記していくつもりです。

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