杉本 章子 きずな ― 信太郎人情始末帖

きずな―信太郎人情始末帖 (文春文庫)きずな―信太郎人情始末帖 (文春文庫)
(2007/07)
杉本 章子

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このシリーズも4作目です。「昔の男」「深川節」「ねずみ花火」「鳴かぬ蛍」「きずな」の五作品が収納されています。

前作までは話毎に何らかの事件が起き、信太郎がその謎を解きながら物語も進んでいく、という進行でしたが、本作ではちょっと趣が変わっています。信太郎による謎の解決の要素はあまり無く、信太郎の身の回りに変化が起きる様が描かれています。

特に、これまでにも信太郎の友人の一人として結構重要な役割を演じていた、芝居の囃子方の笛吹きをしている貞五郎という男に焦点が当てられています。御家人なのですが部屋住みであることを良いことに自由に暮らしていたこの男の生活が一変し、その様が信太郎にも重なってくるのです。

信太郎の想い人のおぬいもとあることから信太郎の父親の美濃屋卯兵衛に危ないところを助けられ、じかに話し合うことになります。こうして、信太郎の生活も大きく変わっていこうとしているのです。

シリーズものだけに、ネタばれになりやすくあまり筋をはっきりとは書けません。ただ、巻を追うごとに文章のリズムが良くなってくる感じがします。特に信太郎の父親の美濃屋卯兵衛の息子を思うその姿が、微笑ましく、またせつなく描かれています。登場人物の会話も小気味よく響き、あっという間に読み終えました。

後三巻で終わり、そのことが寂しい気がするほどです。

梶 よう子 宝の山 商い同心お調べ帖

宝の山 商い同心お調べ帖宝の山 商い同心お調べ帖
(2013/12/12)
梶 よう子

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本の帯には「時代ミステリー」と銘打ってあるのですが、ミステリーというよりは人情ものといった方が良いと思います。

「雪花菜(きらず)」「犬走り」「宝の山」「鶴と亀」「富士見酒」「幾世餅」「煙に巻く」の七編で構成されています。

主人公の澤本神人(さわもとじんにん)は、諸式調掛方同心という江戸市中の物の値段や許しのない出版などを調べるのが職務という珍しい設定です。

「一朝の夢」にも出てきた北町奉行鍋島直孝により、「顔が濃い」という理由で定町周りから諸式調掛方へ配置替えとなりました。まん丸顔で数字に明るい庄太という小物を引き連れ江戸の町中を歩き回ります。

読み始めはとても謎ともいえない謎ときで、これといった人情話があるわけでもなく、この作家さんは短編は不得意なのかと思う出来でした。

それが読み進むにつれ変わっていきました。短編ごとに稲荷鮓屋、献上物や贈答品の余剰品を扱う献残屋、紙屑買い、獣肉を食べさせるももんじ屋など、江戸の種々の商売を織り込んだ話は江戸の豆知識にもなっていて、それが人情話を絡めた物語になっていくのです。やはり朝顔同心の作者だと思える、人情ものとして仕上がっていました。

朝顔同心程の心地よい読後感とまではいきませんでしたが、軽く読める人情本といったところでしょうか。それでもシリーズ化される雰囲気もあり、それがまた楽しみな作品でもあります。

藤沢 周 武曲

武曲武曲
(2012/05/23)
藤沢 周

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誉田哲也の「武士道シリーズ」のような青春小説と思い読み始めたら、全くと言って良いほどに異なる物語でした。

主人公の羽田融(はだとおる)はラップに夢中になっている高校生だ。言葉の持つ美しさを最大限表現すべく日々考えている。もともと陸上部のスプリンターだったのだが先輩と衝突して今は帰宅部である。その融が剣道にはまった。北鎌倉学院高校の剣道部のコーチである矢田部研吾から一本を取ったのだ。一方、矢田部研吾は融の中に今は植物人間となっている父矢田部将造の殺人剣の姿を見たのだった。

読後にこの本の「BOOK」データベースの文句を見たら「超純文学」とありました。「超純文学」という言葉は初めて聞きましたが、大衆小説ではないけど、純文学とも言えない、というニュアンスなのでしょうか。「純文学」「大衆文学」という分類自体あまりよく分からないし、意味があるとも思えないのですが、単なるエンターテインメントではない、ということを言いたかったのだと思うことにします。

そうであるならば、少しは意味が分かるからです。剣道というスポーツ自体が個人的でより人間の内面に関わる武道だと思っているのですが、本書でも羽田融についてもそうですが、もう一人の主人公である矢田部研吾の内面をより深く描写しています。親子の物語でもある本書の眼目でもあるので書けませんが、アル中である矢田部研吾の内面の葛藤は読んでいて少々辛いものもありますし、とても理解できるものではありません。かつて、遠藤周作の「沈黙」という本に驚いたことがあるのですが、弱者を弱者として見つめているその本の方が腑に落ちた感じがしたものです。

本書は、剣道の入り口を覗いたことのあるだけの身では感覚として分かりにくいところがありました。スポーツとしての剣道しか知らない自分にはちょっと重すぎたのかもしれません。

エンターテインメント性のある青春小説を期待している人はやめた方が良いです。しかし、剣道に強い関心がある人にとっては面白い物語だと思います。ただ、明るくはありません。

浅田 次郎 プリズンホテル

夏 プリズンホテル(1) (プリズンホテル) (集英社文庫)夏 プリズンホテル(1) (プリズンホテル) (集英社文庫)
(2001/06/20)
浅田 次郎

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ヤクザの大親分でもある叔父の仲蔵が温泉リゾートホテルのオーナーになったという。招待をうけた作家の木戸孝之介が訪れたところ、そこは極道専用のホテルだった。勿論運営するスタッフも極道だし、お客も殆どがその「業界」の人たち。たまに間違えて業界以外のお客さんも来るのだが、そのお客もまた「普通」ではない。

新撰組の物語を書いている浅田次郎とはまた別の側面を見せた、ユーモアあふれる、というよりコメディ小説でした。

主人公の木戸孝之介は極道小説を得意とするどうにもならない屑な男で、囲っている女に対しても殴る蹴るの暴力三昧でしか愛情表現が出来ません。そんな主人公に対し叔父の仲蔵は任侠道を貫く男であり、優しい眼で見守ります。このホテルの副支配人の黒田もまたそんな親分の若頭をしているだけに任侠に生きる男です。一方、支配人は堅気ですが実直過ぎて出世街道からははじき出されている男です。

そんな極道の運営するユニークなホテルにやってくるお客もまたかなり変わった客ばかりで、そのそれぞれが何らかの問題を抱えているのです。そうしたスタッフとお客とが織りなす人生模様が面白おかしく語られます。

作者の浅田次郎は1990年のデビューなので、1993年に出版されたこの作品はごく初期の小説ということになります。でもさすがに浅田次郎であり、その語り口は今の作品に通じるものを見せています。 非常に軽く読めます。全4冊のシリーズだそうで、続けて読みたいと思います。

浅田 次郎 壬生義士伝

壬生義士伝 上 (文春文庫 あ 39-2)壬生義士伝 上 (文春文庫 あ 39-2)
(2002/09)
浅田 次郎

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壬生義士伝 下 (文春文庫 あ 39-3)壬生義士伝 下 (文春文庫 あ 39-3)
(2002/09)
浅田 次郎

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数年前に一度読みかけたのですが、何故か読まなかった本です。それを先日読んだ「一刀斎夢録」のあまりの面白さにまた手に取りました。大ベストセラーなので殆どの人はもう読んでいる本でしょうし、何を今されと言われそうです。

鳥羽伏見の戦の大勢が決した後、京の人からは「人斬り貫一」と恐れられた吉村貫一郎が満身創痍の姿で大坂にある南部藩蔵屋敷にたどり着いた。そこにいた吉村貫一郎の幼馴染でもあり組頭でもある大野次郎左衛門は即座に「腹を切れ」と命じるのだった。

と、始まるのですが、この後の物語の進行は吉村貫一郎の独白で自らの過去を振り返ったり、斎藤一や稗田利八(池田七三郎)といった吉村貫一郎を知る新撰組の生き残りやその他の人達が、訪ねていった人物に吉村貫一郎の人物像について語り聞かせる形態をとっています。

合間に挟まれる吉村貫一郎本人の独白もさることながら、語り手が吉村貫一郎の息子や、切腹を命じた大野次郎左衛門の息子、大野の中間だった佐助等、より身近で彼を知る者の語りになっていき、更に直接本人の「死」に関わる記述になるので、より感情が揺すられます。

小説を読んで涙するということが今までにも無いわけではありません。ありませんが、この本はあまりに涙腺を刺激するポイントを突いてくるので、逆にあざといと思う人が出てくるのではないかと心配するほどです。浅田次郎という作家がこのように語りが上手いとは、今まで読まなかったことが悔やまれます。

新撰組の物語のようでいて、吉村貫一郎という人物、ひいては「侍」についてのありようについての物語になっていると感じます。読み易い文章で、心の奥に響く浅田次郎の文章は職人技としか言いようがありません。

ところで、語り手の一人に新撰組生き残りの居酒屋主人がいるのですが、このモデルが分かりません。全くの創作上の人物かもしれませんが、ちょっとネットを見た限りでは分かりませんでした。どうも漫画版では明記してあるらしいのですが。

また、各語り手に聞き取りしている人物も明記してはありません。読み進むにつれ、前に子母澤寛が新撰組の生き残りの稗田利八等に取材し「新選組始末記」を著したという記述を思い出し、浅田次郎が誰を念頭に置いていたかとは関係なく、この人物は子母澤寛だと思えるようになってきました。

家族のありようについて思い知らされる一冊でもありました。あとには「輪違屋糸里」も控えています。楽しみに読もうと思います。

杉本 章子 東京新大橋雨中図

東京新大橋雨中図 (文春文庫)東京新大橋雨中図 (文春文庫)
(1991/11)
杉本 章子

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明治浮世絵の三傑の一人に数えられ、最後の浮世絵師と呼ばれた小林清親の物語です。

本所御蔵屋敷の御勘定掛であった小林清親は同役の堀保太郎と共に御蔵屋敷の引き渡しを終え、年老いた母と共に駿府へ移住することになる。しかし、生活出来るだけの扶持を貰えず、撃剣興行に身を預けるが上手くいかず、結局江戸へと舞い戻ることとなった。そこで、大黒屋と知り合い、画で身を立てる決心をする。

読み進めているときは主人公が実在の人物だとは知らずに、この作者の「信太郎人情始末帖」とは随分とタッチが異なる作品だと違和感を感じながら読んでいました。それは題材が浮世絵という世界の話だからかもしれません。本書の方が十年程も早い時期に書かれているという、書かれた時期の問題なのかもしれません。

これまで幾多の明治維新関連の物語を読んできたと思いますが、本書の視点はユニークです。明治維新を、言わば負けた側の下級武士であった小林清親の眼から見た物語なのです。

幕臣であった身で生活もままならず困窮していく中江戸に舞い戻り暮らす小林清親ですが、その眼に映るものは迫力の陸蒸気(おかじょうき)であり、灯がともった硝子入りの窓の新橋ステンションなのです。そうした新しい江戸、東京の町の描写を織り込みながら小林清親の絵師としての成長が描かれていきます。

光線画という新しい手法で注目されそれなりの名を成す小林清親の、彼を取り巻く人々や女性との関わりをも含めた、一市民としての生活を描いた、第100回(昭和63年度下半期) 直木賞受賞作品です。

しかし個人的には、面白い小説ですから是非読んで下さい、とは言えない本でした。どこが、という説明が少々難しいのです。勿論直木賞を受賞する作品ですし、確かに素晴らしい作品なのですが、個人的には読みたい本ではなかったということです。

海堂 尊 ブレイズメス1990

ブレイズメス1990 (講談社文庫)ブレイズメス1990 (講談社文庫)
(2012/05/15)
海堂 尊

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東城大学医学部付属病院院長の佐伯は研修医の世良雅志をモナコ公国に派遣する。モナコのモンテカルロ・ハートセンターで外科部長を務める心臓外科医天城雪彦を東城大学付属病院の総合外科学教室に招聘しようというのだ。何とかモナコで天城雪彦を捕まえた世良は天城を日本に連れて帰る。しかし、金をこそ手術の条件とする天城の態度は高階他の東城大学付属病院のスタッフに受け入れられる筈も無く、当初から天城は孤立する。そうした中、天城の世話役を言いつかった世良は、心臓手術専門の病院「スリジエ・ハートセンター」設立を表明する天城のもと、東京国際学会での公開手術をの日を迎えることとなった。

本書の冒頭で世良が天城を東京に連れて帰るきっかけとしてルーレットを利用しています。この点には少々違和感を感じました。偶然にまかせた筋書きは私の感覚ではご都合主義的に感じるのです。

でも、その後の展開は実に面白い物語です。海堂尊という作家のいいところが前面に出た小説だと思います。

「ジェネラル・ルージュの凱旋」の速水晃一の活躍の場面でもそうですが、スーパーヒーローがその力量を遺憾なく発揮して困難な場面を乗り越える展開はカタルシスの最たる場面ではないでしょうか。本作もまた四面楚歌の中での天城の活躍が描かれます。

更に海堂尊の作品は舞台が病院であり、常に人の命が陰に陽にテーマとなっていて、読者に困難な問題提起が為されています。本書でも経費を考慮すべきではない患者の命の救済と命を救うための環境の整備には多額の費用がかかるという両立困難な命題が示されています。

読者はそうしたカタルシスと人間の根源に関わるテーマとを示され、その答えに呻吟しつつ爽快感を味わうのです。

海堂尊という作家の面目躍如たる作品です。面白いです。

杉本 章子 狐釣り ― 信太郎人情始末帖

狐釣り 信太郎人情始末帖 (文春文庫)狐釣り 信太郎人情始末帖 (文春文庫)
(2005/09/02)
杉本 章子

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本シリーズの三作目で、「闇の筋書き」「きさらぎ十日の客」「第十四番末吉」「狐釣り」「死一倍」の五作品が収納されています。

冒頭の「闇の筋書き」では牢抜けが行われる。本シリーズの第一作目「おすず」で述べられた、おすずが自ら死を選んだ原因を作った強盗たちが逃げ出したらしい。彼らの捕縛には信太郎が一役買っていたため、信太郎に恨みを晴らしに来るという。

その頃、信太郎とおぬいの間には子が生まれそうで、そのことについて、信太郎の実家である美濃屋でも母親や姉達は何かと姦しかった。その中で父親の卯兵衛が動き出す。

一方、信太郎の幼馴染の元吉は小野仙安という行方不明になっている医者の女房に惚れ、その女房と一緒になるべく医者の行方不明事件を調べていたのだが、何者かに刺されてしまう。

黒船来航で騒がしい江戸の町で信太郎の周りも何かと慌ただしいことになっています。

それでも、信太郎とおぬいは周りの愛情にも包まれ、何とか暮らし、生き抜いているのです。この二人を中心とした普通の人の生活の物語であることがどんどんはっきりとしてきました。

全七巻の物語で、すでに終了しているそうです。後四冊を楽しみに読みたいと思います。

杉本 章子 水雷屯 ― 信太郎人情始末帖

水雷屯 信太郎人情始末帖水雷屯 信太郎人情始末帖
(2004/03/12)
杉本 章子

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「水雷屯(すいらいちゅん)」「ほうき星の夜」「前触れ火事」「外面(げめん)」「うぐいす屋敷」の五編が収められている連作短編集で、このシリーズの二作目です。

相変わらず、信太郎の周りでは何かと面倒事が起きています。一作目の「水雷屯(すいらいちゅん)」では、信太郎の義理の兄の庄二郎が妾の家で手形を奪われてしまい、その妾も行方不明らしいのですが、いつものごとく信太郎の推理が冴え、この事件の裏を暴き出します。

折しも黒船が来航し、江戸の街は騒然として吉原なども火が消えたようになっているとき、おぬいに子が出来て、信太郎もおぬいとの中をはっきりとさせる決意が出来ました。このあとこの二人はどうなるのかという興味も出て、なかなかに味のある物語仕立てになっています。

捕物帳仕立てとはいっても信太郎自体は殆ど行動はしません。いわゆる探偵小説で言う安楽椅子探偵(アームチェアディテクティブ)といったところでしょうか。とはいっても謎とき自体は本筋ではなく、物語に登場する信太郎や信太郎の周りの同じ長屋の住人などの生活を描くことが中心と言ってもいいと思われます。

活劇は全くありません。ひたすら、信太郎の周りで巻き起こる揉め事を信太郎が悩みながら解決していく、その庶民の生活自体が主題で、信太郎とおぬい、それを取り巻く人々のこれからを見据えていくことになるのでしょう。

青山 文平 流水浮木

流水浮木: 最後の太刀流水浮木: 最後の太刀
(2013/06/21)
青山 文平

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四谷大木戸の外の百人町に住む大久保組伊賀同心の山岡晋平には川井佐吉、小林勘兵衛、横尾太一という幼馴染がいた。ひと月に四、五回程の大手三之門の門番の日以外はサツキの苗の栽培により三十俵二人扶持の生計を補っている身であり、その身分に十分に満足もしていた。しかし、伊賀衆の中には本来は忍びである筈の伊賀衆が門番という身分に甘んじている、という事実に屈託を抱えているものも居た。ある日、川井佐吉が殺されたことにより、残された三人の運命が転がり始める。

主人公山岡晋平ほか還暦を過ぎた老骨三人の青春記と言っても間違いとは思えないようです。

本来は隠密御用を勤める身である筈の伊賀衆としての存在意義を確認する、そのことに情熱を燃やす仲間とそれを助けんとする晋平。子供の頃餓鬼大将であった勘兵衛と短気の太一が、還暦を過ぎた今でも仲間として行動するその様は同世代の私には他人事ではなく、自分自身の居場所を探すと言うその意識自体に共感を覚えます。これは同世代の人たちには共通する思いではないでしょうか。

青山文平という人は侍が侍として在るそのことをこれまでの作品で書いておられます。

本書の背景とする時代は「安永」年間という設定です。著者の言う「武家の存在じたいの矛盾が浮かび上がる」時代であり、「武家はそれぞれに自己のアリバイを模索せざるをえ」ない時代であって、ドラマが生まれ易い時代だと言います。三十俵二人扶持という軽輩の身とはいえ、自分という存在自体を見つめる武士の物語であり、仲間と共に自分探索に向かう青春の物語だと感じたのです。

西條 奈加 涅槃の雪

涅槃の雪涅槃の雪
(2011/09/17)
西條奈加

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江戸時代末期の12代将軍徳川家慶の治世、老中水野忠邦の為したいわゆる天保の改革を、北町奉行の遠山左衛門尉景元の下の高安門佑という吟味方与力の眼を通してみた江戸の町の物語と言って良さそうです。

あることから高安門佑は自分の家でお卯乃という元女郎と同居することになった。天保の改革は江戸の町の活気を奪い、女浄瑠璃のような市民のささやかな喜びでさえも許さないものだった。遠山景元らは改革の手を緩めるように南町奉行矢部定謙らと共に進言するも受け入れられず、かえって南町奉行であった矢部定謙は失脚させられ、その後に妖怪と呼ばれた鳥居耀蔵が就く。この鳥居耀蔵の取り締まりは苛烈なものであり、高安門佑は遠山景元のもと何も手の打ちようが無いことに暗澹とした毎日を送っていたのだが、その救いがお卯乃の存在だった。

こう纏めると天保の改革という暗い時代を生き抜く一与力といった印象になるのですが、主人公は見た目は怖いが心根の優しい一本気の男という設定であり、外回りの時には何時も付き従っている一平の存在もあり、時にはユーモラスに物語は進みます。

とにかく本書は天保の改革それ自体を詳しく述べてあります。遠山景元と水野忠邦、鳥居耀蔵との対立の図式の中、株仲間の解散、寄席の制限、芝居小屋の移転といった数々の施策とそれによる市井の暮らしへの影響を描き、少々変わった物語になっています。

私が読んだ範囲では鳥居耀蔵をこれほど書き込んでいる小説を知りません。主人公との関わりの中、妖怪鳥居耀蔵を人間鳥居耀蔵として描く部分もあり、なかなかに魅力的な物語として仕上がっています。

藤原 緋沙子 月凍てる: 人情江戸彩時記

月凍てる: 人情江戸彩時記 (新潮文庫)月凍てる: 人情江戸彩時記 (新潮文庫)
(2012/09/28)
藤原 緋沙子

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「夜明けの雨-聖坂・春」、「ひょろ太鳴く-鳶坂・夏」、「秋つばめ-逢坂・秋」、「月凍てる-九段坂・冬」の四作が収められた短編集です。

最初の短編「夜明けの雨-聖坂・春」を読み終えたとき、藤沢周平作品に似ている、とまず思いました。今では藤沢周平作品は殆ど読破してしまうほどなのですが、作品名は忘れましたが最初に藤沢周平作品を読んだときは、日常をそのまま描いて特に山場も無く平板に終わってしまったという印象で、その面白さが分からなかったのです。本書の「夜明けの雨」もそうで、特に主人公の思いがそのままどこかに消えてしまって、そこには何も無さそうで、全く同様の印象だったのです。

しかし本書の読了後は、登場人物の日常を決して派手にはならない丁寧な描写で綴るその文章は、いつしか心に染み入ると思うようになり、その変化まで藤沢作品の場合と同じなのです。

全短編を読了してから他の人の感想を読んでみるとやはり同様の感想を抱かれたらしく、どの人も藤沢周平の「橋ものがたり」を思い出した、とありました。本作品が坂をモチーフに書かれている点が「橋」をモチーフとしている藤沢作品と重なるようです。

あとがきで縄田一男氏が「藤原緋沙子という作家は故藤沢周平氏への深い傾倒があったという。」と書かれています。また、同じくあとがきに藤原緋沙子の言葉として「江戸が坂と川の町だったのも大きいですが、『坂』と『川』が結界だったことも意識しています。」と書かれていて、結界を越えることにより変化が生じ、ドラマが生まれると言う意味のことを書いておられます。藤沢作品を念頭に置いて本書があると言えるのでしょう。

ただ、今ではこの作家の他の作品も読んでみようと思うのですが、ネタばれになるのであまり書けませんが、やはり最初の短編だけはどうも好きになれないようです。

青山 文平 かけおちる

かけおちるかけおちる
(2012/06/20)
青山 文平

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あけましておめでとうございます。新しい年になって最初の書込みになります。

北国にある柳原藩では、執政阿部重秀が藩の財政の立て直しのために行っていた「種川」という鮭の産卵場を人の手で整える作業が実を結びつつあった。この作業は阿部家の入婿である阿部長英の進言によるものだったが、その長英は江戸詰のため未だ「種川」成功の事実を知らずにいた。名うての剣士でもある長英は藩の殖産を図らねばならない立場にありながら江戸中西派一刀流の取立免状を取得することにより自藩の名を高めるこべく勤めるしかない自身に悩んでいた。

地方にある藩に居る親と江戸詰の子の、興産にかける侍としての生き様が簡潔な文章で描いてあります。

「侍が侍たり得ることが困難の時代」と前作「白樫の樹の下で」の中で書きましたが、本書でも戦いをこそ本来の姿とすべき侍が殖産にその身を捧げなければならない矛盾を問うてあります。

他方、本書では上記の二人のほかに重要な役目を担う人物がいます。それが「かけおちる」という題名の由来でもある、阿部重秀の妻民江と、阿部重秀の娘であり長英の嫁もである理津の二人です。民江は一度「駆け落ち」し阿部重秀によって妻敵討ちにあい、理津も二度の「駆け落ち」をしているのです。

「かけおちる」とは「欠け落ち」であり「駆け落ち」だと、著者自身の言葉にありました。そして、最後の「かけおち」こそ集団からの脱落を意味する「欠け落ち」だと著者は言います。この最後の「欠け落ち」こそ作者の書きたい事であったとすれば、ここまでの侍の物語はその様相を変えてしまうことにもなります。

とても持って回った言い回しで申し訳ないのですが、著者が言うようにこの点を明確に語ることはネタばれになりますので、これ以上は書けないようです。是非一読され、その仕掛けを味わってもらいたいものです。

松本清張賞受賞第一作である本書は前作と同じようでいてまた異なるやはり素晴らしい一冊でした。

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siro

Author:siro
このブログの本棟として本の紹介のサイトを開いています。
(こちらです⇒読んだ屋
本ブログを別棟として位置付けて、読んだ本を記録していこうと思い立ちました。ここでの文章を母屋であるそのサイトに転記していくつもりです。

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