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浅田 次郎 プリズンホテル 冬

冬 プリズンホテル(3) (プリズンホテル) (集英社文庫)冬 プリズンホテル(3) (プリズンホテル) (集英社文庫)
(2001/09/20)
浅田 次郎

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救命救急センターの看護婦長「阿部マリア」またの名を「血まみれのマリア」は、ひとり静かに心を休めるために我らが「プリズンホテル」にやってきた。そこにはかつて彼女の恋人だった医師や天才登山家など例によって普通ではないお客が集っていたのだった。

プリズンホテルも三作目です。

今回の作品はドタバタは控え気味で、愛情豊かな仕上がりになっています。だからということなのでしょうか、一作目から垣間見えていた浅田節が、本書でははっきりと感じられるようになってきました。

ところで、本書のようなドタバタ喜劇作品であっても、その道のプロの行動の描写はその専門的知識を書き手がよく咀嚼しなければ描写出来ないでしょう。なのに、読み手の殆どは素人ではあるにしても、読み手を引きずり込む状況を描き出すのですから見事なものです。でも、それを言うならプリズンホテルのスタッフである板長の梶平太郎や、服部シェフの言葉、更には任侠道の作法でさえも同様なのですが。

本書の最初の山場として、救命救急センターでの「血まみれのマリア」の活躍振りを描写し、彼女の人間性をも描き出す場面がありますが、その場面の緊迫感を感じながら、そんなことを思っていました。

本書では、一本はその医療の専門家の阿部マリアと平岡正史医師とのロマンス、もう一本は、いじめに耐えかねて山での死を選んだ少年と天才登山家武藤嶽男との対話、という二本の話を軸として話は進みます。その周りで木戸孝之介やその叔父木戸仲蔵といった何時もの面々が動き回っているのです。

しかし、読み終えてみるとやはり最終的には木戸孝之介の物語に帰着するのでしょうか。木戸孝之介の、愛人の田村清子に対する子供のような愛情表現は極限を迎えるし、母親との関係にも変化が見られます。

本シリーズも後一冊で終わりです。残念なのですが、浅田次郎の本はまだ沢山残っているのが楽しみでもあります。

永瀬 隼介 刑事の骨

刑事の骨 (文春文庫)刑事の骨 (文春文庫)
(2013/10/10)
永瀬 隼介

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上昇志向の強い主人公不破孝作は連続幼児殺害事件の管理官だったが、同期の交番勤務の警察官田村保一のミスで犯人を取り逃がしてしまい、出世の道を断たれてしまう。退職後、スーパーの保安員をやっている不破のもとに田村が訪ねてきたが、その夜田村は新宿のビルの屋上から落ちて死んでしまう。一人で連続幼児殺害事件の捜査を続けていた田村が真犯人に迫っていたことに気付いた不破は、田村の捜査を引き継ぎ調べ始めるのだった。

結論から言えば面白かったです。なかなかにしっかりとした構成で読みやすく、それなりに引き込まれました。

以前読んだこの作家の「越境」という作品が決して面白いとは言えず、その時の惹句に「永瀬隼介の最高傑作」とあったこともあって、もうこの人の作品は読むことも無いと思っていたのです。しかし、ある書店員の方の推薦文で面白いとあったので読んでみる気にななりました。

ただ、筋立てが決して独創的という訳ではなく、それどころか少々強引とさえ思える個所もあります。

現実の生きた社会、人間と比べてみたときに、設定が無理とまでは言わなくても、考えにくかったり、主人公の性格に微妙な違和感があったりと、諸手を挙げておすすめの本ですとはいえない気がするのです。

でも、大半の人は面白いと思えるのではないでしょうか。上記の批判はあくまで個人的な好みの問題だと思えるからです。

杉本 章子 東京影同心

東京影同心 (講談社文庫)東京影同心 (講談社文庫)
(2013/12/13)
杉本 章子

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若くして定町回り同心に取り立てられた金子弥一郎は、御一新により町奉行も解体され、かつての手下の常五郎の料理茶屋に世話になっていたが、とあることから「中外新聞」で種取り記者として働くことになった。

本書は大きく三つの章からなっており、第一章の「つかみぼくろ」では明治維新により同心職を失うまでの主人公を、第二章「ミルクセヰキは官軍の味」では常五郎の店に世話になっていながら「中外新聞」で種取り記者に勤め始め、それなりに落ち着くるまでの経緯を、第三章「東京影同心」では新政府に対する不満分子の反乱の取材をする中での戦いを描いてあります。

これは本書に限ったことではないのですが、特別な描写をしているわけではないのですが、明治初期の東京の雰囲気を漂わせているのですから見事です。これは、時代背景やその時折の風景などを随所に挟みながら、決して説明文として主張していないからではないでしょうか。

例えば町奉行所が市政裁判所と名を変え、東京府の設置とともに廃止されたくだりなどは金子弥一郎の身の上に大きな出来事であるにも拘らず、さらりと金子弥一郎の身の周りの環境の変化をを語るだけで、結果として時代の雰囲気を描写しているのです。

更には、米八という小粋な芸者との絡みを交え、彩りも添えてあります。

ただ、薩摩示現流との闘争の時に主人公が鍔もとで示現流の初太刀を受けたととれる記述があるのですが、他の本で、示現流では初太刀こそ要であり、まともに受けることは殆どの場合かなわない、という意味のことを読んだ気がします。改めて調べる程も無いのですが、一寸気になりました。

ともあれ全体として、会話文の書き方、背景描写の仕方等、実に細やかで読みやすい作家さんです。

本書もシリーズ化されることを望みますが、作者はどのようにお考えなのでしょう。

浅田 次郎 プリズンホテル 秋

秋 プリズンホテル(2) (プリズンホテル) (集英社文庫)秋 プリズンホテル(2) (プリズンホテル) (集英社文庫)
(2001/07/19)
浅田 次郎

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今回のプリズンホテルのお客は大曽根一家と警視庁青山警察署の署員という最悪の、いや最高の組合せの一行です。そこに大御所と言って良い歌手真野みすずと売れない歌手柏木ナナ、更に指名手配犯とが絡みます。また、今回の主人公の木戸孝之介の連れは、孝之介の愛人である田村清子の六歳の娘の美加ということになっています。

登場人物が以上のような次第なので前作にも増してのハチャメチャぶりで、スラップスティックな笑いを得意としていた筒井康隆を思い出してしまいました。しかし、筒井康隆の作品には諷刺の効いた冷笑とでも言うべきところがありますが、本作品の場合、随所に現在の浅田次郎を彷彿とさせるストレートな人情話が顔を見せています。皮肉めいた雰囲気は無く偽悪さで覆われた作品で、任侠道を前面に家族愛をその陰に隠しながら、話は進んでいきます。

主人公の木戸孝之介の生い立ちや叔父である木戸仲蔵の知られざる過去などが少しずつ明かされていきます。話の進行は少々収拾がつかない感じにはなっていますが、それでも面白い小説です。

二時間もあれば読み終える程に読みやすく、それでいて妙に心に残る作品です。

杉本 章子 その日/銀河祭りのふたり―信太郎人情始末帖

その日―信太郎人情始末帖 (文春文庫)その日―信太郎人情始末帖 (文春文庫)
(2010/05/07)
杉本 章子

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銀河祭りのふたり―信太郎人情始末帖 (文春文庫)銀河祭りのふたり―信太郎人情始末帖 (文春文庫)
(2011/02/10)
杉本 章子

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一日で一気に二冊とも読んでしまいました。「その日」「銀河祭りのふたり」と、もはや連作の短編集とはいえないでしょう。本当は五作目の「火喰鳥」あたりからそうで、長編のシリーズだと言うべきです。

本当は高田郁の「ふるさと銀河線 軌道春秋」とあわせて三冊を一日で読んだのです。一昨日は読書だけで終わった一日でした。それだけ三冊共に短時間で読める程に読みやすく、また読みたくなる本だったということです。

話を戻しますと、「火喰鳥」で信太郎の身に大きな事態が起き、人生の転換がはかられました。そして「その日」の物語ともなると、当初の芝居小屋を舞台にした物語とは全くその趣を異にしています。物語は物語の舞台だけではなく、登場人物まで変わってしまい、かすかに残っていた捕物帳的な匂いまで全くありません。だからと言って面白くないというのではなく、物語としてはとても面白いのです。

若干、信太郎の環境が変わったためか、人間までも変わったような感じがするのは仕方のないことなのでしょう。後半の物語は、まるで昭和の名脚本家の花登筺のドラマを思い出しました。メディアもテレビドラマと小説と異なるし、描かれている時代背景も昭和の大阪とこちらは江戸時代だし、花登筺は根性ものでこちらは人情ものと全く異なるのですが、家族を描き、嫁と姑、小姑との話など通じるものがある気がします。

と言っても、それは商店が舞台となるシリーズ後半の商人の努力の物語という点で言えるだけのことであり、たまに入る磯貝貞五郎と小つなとの物語など、シリーズ全体を覆う人情味豊かな味わいは本書ならではのことでしょう。

本シリーズも終わってしまいました。新しい家族も増えたこの後の信太郎一家の物語を読みたいという読者の声はかなりあると思います。作者は検討して貰いたいものです。

ビートたけし ヒンシュクの達人

ヒンシュクの達人 (小学館新書)ヒンシュクの達人 (小学館新書)
(2013/12/02)
ビートたけし

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私の好きな芸人さんの一人である「ビートたけし」の言葉をつづった文章です。

常に毒を吐き、それを笑いに変えてテレビの中でシニカルな笑いを浮かべている芸人さんです。述べてあることは実に正論だと思います。でも、その正論をなかなかに言えないのが今の社会なのでしょう。

勿論この中で言われていることに全面的に賛成というわけではありませんが、概ね納得させられてしまうのではないでしょうか。大半人はそうだと思います。

週刊誌に連載されている「たけし」の連載をまとめたものだそうです。この人はやはりすごいと思わされる言葉が並んでいます。

例えば、「悲しみは本来『個人的なもの』」という項の中で、東日本大震災に関し、「2万人の人が死んだ一つの事件」と考えると被害者のことを理解できない、「人の命は2万分の1でも8万分の1でもない。そうじゃなくて、そこには『1人が死んだ事件が2万件あった』ってことなんだよ」、と言うのです。個々人の悲しみを想像できないようになってくる、それこそが冒涜だ、と。

また別の項では、「人間、自分が圧倒的に優位な立場にいるときに、相手にどう振る舞うかで品性みたいなものがわかる。」とも言っています。「弱い立場の相手をかさにかかっていじめるのは、とにかく下品なんだよ。」というのです。

日ごろ自分がテレビでやっていることは滅茶苦茶なことのように思えるのですが、それもしたたかな計算の上にあるものなのでしょう。

実に小気味よく、説得力ある言葉が並んでいます。

短時間で読めます。是非一度読んでみることをお勧めします。

高田 郁 ふるさと銀河線 軌道春秋

ふるさと銀河線 軌道春秋 (双葉文庫)ふるさと銀河線 軌道春秋 (双葉文庫)
(2013/11/14)
高田 郁

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コミック版 ふるさと銀河線 軌道春秋コミック版 ふるさと銀河線 軌道春秋
(2013/12/21)
深沢 かすみ

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高田郁には珍しい、現代小説の短編集でした。

もともとは川富士立夏(かわふじ りっか)というペンネームで高田郁が原作を、深沢かすみという人が作画を担当して連載された漫画だったのだそうです。それを小説化したものだと「あとがき」に書いてありました。

現代小説とはいえ、高田郁の文章です。決して荒げることなく、ただひたすらに、ひたすらに登場人物の心の内を見つめるような、そんな語りかけが心に染み入ります。

ですが、冒頭の「お弁当ふたつ」という作品には、言葉は悪いですが、ほんの少しのあざとさを感じてしまいました。仕事の無い夫と妻のやり取りですが、ラストシーンの二人の先に「感動」を置いているような、そんな印象です。

でも次の有川浩の「阪急電車」を思い出す「車窓家族」で若干落ち着きを取り戻し、「ムシヤシナイ」からは飾らない高田郁の印象が戻ってきました。

しかし、中には今の私には少々重過ぎると思わざるを得ない作品もありました。「晩夏光」で語られる「老い」や、「幸福が遠すぎたら」での「病」という言葉は若いうちは客観的に捉える事は出来るかもしれませんが、その言葉を自らが抱えるようになると、高田郁の文章が上手いだけに心の奥深くに入り込み、そして普段は隠している自分の不安な思いを引っ張り出してしまうのです。そうなると、感傷などという言葉では語ることのできない、不安定さを抱え込むことになります。

でも、これは読み手の問題ですね。

蛇足ながら、「幸福が遠すぎたら」の最後に記されている寺山修司の詩が懐かしいです。
 この盃を受けてくれ
 どうぞなみなみつがしておくれ
 花に嵐のたとえもあるさ
 さよならだけが人生だ
という井伏鱒二の名訳を受けて書かれたと言われる詩です。この詩を受けて寺山修二は「さよならだけが人生ならば 人生なんかいりません」と詠ったのです。ちなみに、上の詩は、分かれが待つ人生だから今この時を大事に、との意味だそうです。若かりし頃に聞かされました。

梶尾 真治 アラミタマ奇譚

アラミタマ奇譚アラミタマ奇譚
(2012/07/24)
梶尾 真治

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主人公大山知彦は許嫁の苫辺千穂と共に熊本に向かうが、阿蘇くまもと空港に着く直前の阿蘇山上空で墜落してしまう。不思議なことに、知彦ひとりが生き残り他の搭乗者が全て行方不明だという。しかし、「自分を探して」という千穂の声が聞こえる知彦は、千穂の家族の力を得て、千穂を探し始める。

今まで読んだカジシンの作品の中では、決して出来が良いとは言えず、私の好みの作品ではありませんでした。

梶尾真治独特の主人公の行動を束縛する魅力的な舞台設定やそれに対する主人公の知恵を絞った行動が見えないのが残念です。更に言えば、本書においては、カジシン節と言っても良い詩的なロマンティシズムは全くと言って良いほどに顔を見せていません。主人公の大山知彦は自ら動くことは無く、連れまわされているだけで、千穂の面影を偲んでいるだけなのです。

阿蘇という我が郷土の名勝を舞台にしていて、熊本の人間ならば見知ったパワースポットなどには親しみを感じるのですが、似た舞台設定の「黄泉がえり」ではあれほどに詩情豊かに描きだされた人間が、本書では類型的になっている感じが否めません。

筋立てにしても同じです。異世界の負の力の描写も決してドラマを引きたてる敵役としての魅力あるものとしての存在ではないでしょう。

マイナスの感想ばかり書いている、そのことが残念です。

とにかく、私の好きな、あの梶尾真治作品を期待するだけです。

今井 絵美子 夢草紙 人情おかんヶ茶屋

夢草紙人情おかんヶ茶屋 (【徳間文庫】)夢草紙人情おかんヶ茶屋 (【徳間文庫】)
(2012/04/06)
今井絵美子

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「夢草紙人情ひぐらし店」の続編という位置づけのシリーズなのですが、その前のシリーズを読まずに本書に手を出してしまいました。

表題の「おかんヶ茶屋」の女将のお幅は、今後はどのように変わるのかは分かりませんが、少なくとも本書では彼らの話を聞き、たまに料理を差し入れするだけで、狂言回し的な立場でさえもありません。主人公はあくまで「ひぐらし店」の面々です。これはこれで面白い構成ではあります。

先日読んだ「忘れ扇 髪ゆい猫字屋繁盛記」でも書いたように、登場人物の会話が実に独特な言いまわしです。以前読んだ「立場茶屋おりき」ではそんなことは無く、もっとしっとりと落ち着いた文体で、ゆっくりと読むことが出来たように思ったのですが、しばらくこの作者の作品を読まなかった間に、この作者の作風が変化したのでしょうか。

違うシリーズを読んでみて更に思うのですが、特に本書では悪人が出て来ません。お幅の営む「おかんヶ茶屋」にひぐらし店の面々が集まり、この店で様々なことを話すのです。一般庶民の常として様々の問題が起き、それを皆で一致団結し、皆で解決するのです。やくざの存在は示唆されても、それは会話の中で出てくるだけで、登場人物としては出て来ずに会話の中で解決していきます。読んでいて、もう少し毒があっても良いな、と思うほどです。

繰り返しになるかもしれませんが、ひぐらし店の面々の皆がよく話します。よく交わされる会話の中でその舞台の状況説明が為されていくのです。この点が少々気になります。

良い人達が助け合って生きる物語が心が温まっていい、という人にはもってこいのお話です。

こうした点は個人的な好みなので、この作風が好みの方もいらっしゃることでしょう。

しかし個人的には、かつて読んだ落ち着いたこの作家の文章をもう一度読みたい、と思ってしまいました。武家ものでは今でもそうなのか、確認の意味も込めて読んでみましょう。

鳥羽 亮 剣客春秋11 縁(えにし)の剣

剣客春秋 縁(えにし)の剣 (幻冬舎時代小説文庫)剣客春秋 縁(えにし)の剣 (幻冬舎時代小説文庫)
(2013/06/11)
鳥羽 亮

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この巻でこのシリーズも終わりです。

最後の巻らしく、押し込み強盗の一味が千坂一家にもその牙を向けてくる。藤兵衛は彦四郎や、弟子と共にその賊らに立ち向かうことになるが、一味はかなりな剣の使い手であり、藤兵衛でさえも後れを取るかもしれない。彦四郎の実家の華村にまで手を伸ばそうとする賊に対し、藤兵衛達は・・・。

端的に言えば、この作者にしては本作は力の入れ加減が十分ではないと感じます。

最終巻にしては舞台設定が少々雑に過ぎるような感じがしました。押し込み強盗が一町民を殺すのに必殺の剣を使うというのもどうかと思うし、その賊たちと千坂家を対峙させるために賊たちが華村の買い取りを図るというのも、千坂道場を事件に絡めるための筋立てとして、少々都合がよすぎるでしょう。更に言えば、藤兵衛の賊の一人の秘剣を破るための工夫も少々簡単に過ぎる感じもします。

とはいえ、全体の流れ自体は決して捨てたものではなく、さすがにベストセラー作家だとは思います。本館を持ってシリーズは終わるものの、舞台設定は同じままでこれからは比重を彦四郎に移しながら藤兵衛は後見的立場になるのでしょうか。先に次のシリーズの一巻目を読んでしまったので、その後の展開が待たれます。

杉本 章子 火喰鳥 ― 信太郎人情始末帖

火喰鳥―信太郎人情始末帖 (文春文庫)火喰鳥―信太郎人情始末帖 (文春文庫)
(2009/03/10)
杉本 章子

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このシリーズの5作目で、「火喰鳥」「見えない」「雪暗(ゆきぐれ)」「晴れ姿」「女中おぬい」の五編が収納されています。

当初信太郎の捕物帳の形態をとった人情ものだと思っていた物語が、前作あたりから風向きが変わってきたと思っていたら、本作では完全に信太郎とおぬいの恋物語に変わっています。変わったというのは私が勝手に思っているだけで、作者としては当初の構想どおりに進めているだけなのかもしれませんが。

どうでもいいことではありますが、作者は当初からこのように家族の物語として展開していくつもりだったのだろうか、と妙に気になっています。それほどに一巻目と本作との根底に流れる物語のトーンが違うと感じられるのです。

この作者の、物語の中心となる二人の周りで巻き起こる人間模様の描き方が上手く、どうしても引きずり込まれてしまいます。じわりと、家族の物語に持っていく筋立てが実に巧みだと感じさせらるのです。

本作では信太郎の身の上に大変な事態が降りかかります。ということは勿論おぬいにも関わってくることであり、息子の千代太や娘のおみちにも関係することなのです。そこで家族の物語が新たに展開されていくのでしょう。そして、周りの人たちの人情に包まれながら、家族がその試練を乗り越えていく様が描かれていくのでしょう。

もしかしたら、全く違う展開になるのかもしれませんが、次の巻を直ぐにでも読みたい気になっています。

シリーズものなので、ストーリーを纏めることもできませんし、こうしたことを書くだけでもネタバレになっているのではないかと気になります。難しいですね。

浅田 次郎 輪違屋糸里

輪違屋糸里 上 (文春文庫)輪違屋糸里 上 (文春文庫)
(2007/03)
浅田 次郎

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輪違屋糸里 下 (文春文庫)輪違屋糸里 下 (文春文庫)
(2007/03)
浅田 次郎

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あまり数は読んでいないのだけれども、それでもさすが浅田次郎と思わせる筆致です。

「壬生義士伝」があって、その四年後に本書があり、そしてその七年後に「一刀斎夢録」が書かれています。新撰組三部作が完了しました、と言って良いのでしょう。作者の言葉を確認したわけではないのですが、どこを見ても三部作とありますので、これ以上浅田版新撰組は書かれないと思うと残念です。

「壬生義士伝」程の「泣かせ」の場面は無かったけれども、それでも京は島原の傾城の言葉は涙を誘いますね。本のタイトルのわりには糸里メインではなく、あくまで新撰組の芹沢鴨暗殺事件をを描いた物語でしたが、島原の最高位である太夫の次の地位にある天神の糸里は、侍としての芹沢や侍たらんとした近藤や土方に対する誇りある女の象徴としての存在でもあったように思えました。

その芹沢鴨暗殺事件を描き出す手法がよく出来ていて、中心に京都の花街である島原の、そして新撰組の屯所になった八木家、前川家の夫々の女を配置し、女目線での新撰組を中心として、永倉新八や沖田総司他の独白を挟んで、客観的目線での新撰組を浮かび上がらせています。

ここで語られる芹沢鴨像やその芹沢像に基づく暗殺事件そのものの解釈については異論があるところでしょう。しかし、一編の物語としての面白さは素晴らしいものがあります。

この新撰組三部作を通して語られている「侍」という存在があります。侍になりたかった百姓の集団としての新撰組、その姿は「壬生義士伝」で吉村貫一郎を中心に強く語られていましたが、本書では「真の侍」である芹沢鴨との対峙を描くことで最も強く描かれていたと思います。

これまで、芹沢鴨をここまで描いた物語を知りませんし、更には新見錦や平山五郎の人物像をも詳しく描写しているのもまた新鮮でした。

ストーリーテラー浅田次郎の作品をもっと読み続けてみたいと強烈に思わせられた作品でもありました。

今井 絵美子 忘れ扇 髪ゆい猫字屋繁盛記

忘れ扇  髪ゆい猫字屋繁盛記 (角川文庫)忘れ扇 髪ゆい猫字屋繁盛記 (角川文庫)
(2013/12/25)
今井 絵美子

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登場人物がどうも以前読んだものと一緒だと思ったら、設定が同じで視点だけを変えた物語でした。

以前読んだ「照降町自身番書役日誌」シリーズは、武家の身分を捨てて町人として小舟町の自身番書役を務める喜三次が主人公で、自身番に持ち込まれる事件を中心に様々な人間模様を描いてありました。ところが今度はその自身番の斜め前にある髪結床の「猫字屋」が舞台となっています。当然登場人物もほぼ同じで、ただ、髪結床が舞台なので「さらに活気に満ちた庶民ならではの『江戸』を体感できることにもなった(解説より)」のです。

確かにこの「猫字屋」の店先で常連客が交わす会話はいかにも庶民の雑多な会話が交わされていて、小気味のいい響きがあります。「女ごのじなつく仕草」だとか、「ひょっくら返す」だとか、独特の言い廻しがあるのです。以前の「鷺の墓」は武家ものだから異なるとしても、「立場茶屋おりき」でもこうした雰囲気は無かったような気がしています。ただ、ほんの少し、例えば「情状酌量」のような、そうした言葉を使っていただろうか、と疑問に思う言い廻しがあり、ちょっと気にはなりました。

同じ舞台設定で主人公だけを変えて物語をつないでいく、という手法は、北方謙三の「ブラディ・ドールシリーズ」で、巻毎に主人公を変えているものがありましたし、似たようなことを他の作家でも見たことはあります。しかし、シリーズそのものを新たにするというのは、初めてではないでしょうか。

本作では新たに髪結床をメインにすることで髪結床に集まる人々そのものが物語の主体となり、解説にあるように、より身近な物語が出来上がっているような気がします。

蛇足ですが、「照降町」という町の名前は、雪駄屋、下駄屋、傘屋が軒を連ねていて夫々に晴れ、雨を望むところからついたといいます。実に洒落た町名で、古地図をみると日本橋北内神田両国「てりふり丁」とありました。古地図の中に実際にその名前を見つけるというのはまた、時代小説の一つの楽しみでもあります。

海堂 尊 スリジエセンター1991

スリジエセンター1991スリジエセンター1991
(2012/10/25)
海堂 尊

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個人的には今まで読んだこの作家の作品の中でベスト3に入る面白さでした。

本書に入り、天城と高階講師との対立は激しさを増していく。公開手術のスタッフの入れ替えなどの障害も乗り越え進む天城。だが佐伯教授、黒崎助教授、高階講師夫々の思惑はお互いの思わぬ方向へ進む。速水という爆弾新入生がその均衡を掻き乱し、世良はその渦の中に巻き込まれていくのだった。

筋立てが面白く引き込まれました。前作では、世界的な名声を持つ天城という医師が、こんな一地方都市の大学病院に縛られ喘がなければならないなど、少々無理があるのではないか、など思わないことも無かったのですが、そういうことを思う暇も無いほどに引き込まれたのです。

新人が入ってきて世良がその世話をすることになりますが、その中に若かりし頃のジェネラルルージュ速水がいて周りを翻弄します。また、病院長選挙も絡んで物語は意外な方向へと進んでいくのです。そんな中で天城の公開手術が行われるのですが、そこでの桜宮市民病院の鏡や高階、天城の行動の描写は息をもつかせません。

物語としての面白さが凝縮された作品として十分に仕上がっていると思いました。勿論、例えば速水の役割が結局は顔見世に過ぎないようにも思えるなど、小さく見ていけば色々と突っ込みどころはあるのでしょうが、そんなことはこの物語で何の問題にもなっていません。単純に読者を引き込む面白さがあった、というだけです。

今回、世良は一段と語り役に徹していて、代わりに思いがけない結末の幕引きという役割を負わされています。この結末にはかなり異論もあるかと思いながら読みました。是非実際に読んでどう思うかを考えて欲しいものです。

なお、この作品をより面白く読むためには、先に「ブラックペアン1988」「ブレイズメス1990」は勿論読んでもらいたいのです。そして、作品の関係で言えばこの作品の前の時代の話として若き高階権太と速水晃一を描いた「ひかりの剣」が、本作の二十年後として「ジェネラル・ルージュの凱旋」では高階権太、黒崎誠一郎、看護師の藤原真琴と花房美和、そして速水晃一が描かれていて、「極北クレイマー」と「極北ラプソディ」で更にその後の世良雅志、速水晃一、花房 美和が描かれています。出版年順、作品内の時系列順と、どの順番で読むかは夫々でしょうが、出版年順に読み、この人はあの作品に出ていた、などと楽しむのも一興です。

プロフィール

siro

Author:siro
このブログの本棟として本の紹介のサイトを開いています。
(こちらです⇒読んだ屋
本ブログを別棟として位置付けて、読んだ本を記録していこうと思い立ちました。ここでの文章を母屋であるそのサイトに転記していくつもりです。

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