浅田 次郎 天切り松 闇がたりシリーズ

闇の花道―天切り松 闇がたり〈第1巻〉 (集英社文庫)闇の花道―天切り松 闇がたり〈第1巻〉 (集英社文庫)
(2002/06)
浅田 次郎

商品詳細を見る

かつて夜盗の「天切り松」と呼ばれた村田松蔵は、「闇がたり」という夜盗の声音を使って昔語りを始める。その内容は、帝都に名を馳せた義賊「目細の安吉」一家の物語だった。

頭(かしら)である「目細の安吉」を始め、「寅弥(説教寅)」「おこん(振袖おこん)」「英治(黄不動の英治)」「常次郎(書生常)」という安吉一家の面々の物語を、村田松蔵(天切り松)がある時は留置場でそこに居る盗人相手に、ある時は署長室で所長相手にと昔語りをするのです。

この語りが夜盗の声音である「闇がたり」で語られます。

シリーズの始めは大正の初めであり、大正ロマン漂う雰囲気の中で物語は展開されます。加えて、松蔵の江戸弁が実に粋で、小気味良く、作品の雰囲気を形作っています。

形式的には、各話のクライマックスになると、約一頁弱分ほどが改行無しで書かれています。この箇所が江戸弁でつつーっと一気にたたみ掛けられていて、心の奥底まで響いてくるのです。

例えば、一巻目の「白縫華魁」での白縫の道行、更に「衣紋坂から」の最後の松蔵の臓腑をえぐる独白など、この松蔵の江戸弁が一気に迫ってきます。ここはまた涙なくして読み進めません。

一巻目を読み終えたところで、浅田次郎という人の作品は講談であると思いました。山本周五郎の初期の作品は実に通俗的な講談噺なのですが、初期も終わり頃からの作品は、書いていることは同じであるのに読み手の心に訴えてくるものが全く異なる作品として仕上がっています。同じく、その語りの口調もあって、日本人の心情を揺すぶる講談話が浅田次郎作品の根っこだと思ったのです。

しかし、三巻目の文庫本あとがきを2012年に亡くなった十八代目中村勘三郎氏が書いておられました。そこには、その台詞回しが粋で見事なのは、浅田次郎本人が江戸っ子であり、黙阿弥に影響を受けていることにあるらしいとありました(このことは「読本」の中でのお二人の対談においても語られています)。勘三郎氏が言われるように、私が「講談」と思った台詞回しの上手さは歌舞伎の、それも河竹黙阿弥の台詞回しに通じているようです。先に述べた「白縫華魁」での白縫の道行など、まさに舞台上の大見得を切る場面に通じるのでしょう。

結局は「情」、とか「侠気(おとこぎ)」などという言葉で語られる日本人の心の根底にある情感に関わってくるような気がします。本書はそうした粋で固めた一級の人情話、と言いきって良いと思います。

2014年4月現在でこのシリーズは五巻目まで出ていて、他に「読本」が出ています。この「読本」は浅田次郎のインタビューや時代背景や言葉の解説などが詰まった、本シリーズの解説本と言ってもいい仕上がりになっています。別にシリーズを読めば無くても良い本ではありますが、読めばより楽しくなる、そんな本です。

息の長いシリーズです。「読本」の中で筆者は「ライフワーク」だと言っておられますので、この後も続いて行くでしょうし、続いて行くことを心から願います。


残侠―天切り松 闇がたり〈第2巻〉 (集英社文庫)残侠―天切り松 闇がたり〈第2巻〉 (集英社文庫)
(2002/11)
浅田 次郎

商品詳細を見る

天切り松 闇がたり3 初湯千両 (集英社文庫)天切り松 闇がたり3 初湯千両 (集英社文庫)
(2005/06/17)
浅田 次郎

商品詳細を見る

天切り松闇がたり〈第4巻〉昭和侠盗伝 (集英社文庫)天切り松闇がたり〈第4巻〉昭和侠盗伝 (集英社文庫)
(2008/03/19)
浅田 次郎

商品詳細を見る

天切り松闇がたり 第五巻 ライムライト天切り松闇がたり 第五巻 ライムライト
(2014/01/24)
浅田 次郎

商品詳細を見る

天切り松読本 完全版 (集英社文庫)天切り松読本 完全版 (集英社文庫)
(2014/01/17)
不明

商品詳細を見る

有川 浩 空の中

空の中 (角川文庫)空の中 (角川文庫)
(2008/06/25)
有川 浩

商品詳細を見る

非常に軽く、実に読みやすい本です。そして、何とも評し難い読後感です。というのも面白いのですが、それだけであまり後に残らないのです。

高度二万メートルあたりで続けて二件の航空機の事故が起きた。一機は航空機開発メーカーのテスト機であり、もう一機は自衛隊の戦闘機だった。夫々のパイロットには同世代の子供がおり、一人は高知県で得体のしれない生物を確保し、もう一人は母にも見捨てられた少女だった。

この本の宣伝文句には「未曾有のスペクタクルエンタテインメント」や「超弩級エンタテインメント」という威勢の良い言葉が並べられています。

しかし、実際はこの作家の「シアター!」にも似た恋愛青春物語であり、親子の物語と言っていいのではないでしょうか。とても「スペクタクルエンタテインメント」とは言えないと思います。

本書の大まかな設定は、正体不明の生物(UMA)が出てきて敵対する人間を抹殺しようとし、人間はそれに対し有効な対抗手段を持てず、その生物とのコミュニケーションを図ろうとします。

確かに、この設定自体はスペクタクル小説の趣をもっていると言えるでしょう。しかし、結局この物語の登場人物は瞬、佳江、真帆の三人の少年少女と春名高巳、武田光稀、宮田喜三郎という三人の大人の織りなす人間模様に尽きます。そして何より、瞬と佳江の幼い恋物語であり、更に春名高巳と武田光稀の恋愛物語でもあるようです。というより、この二組の恋物語の方がメインではないかと思われます。

結局いつものように読みやすく、何となく爽やかに読み終えるのですが、どことなく中途な感じがして、それだけで終わってしまいました。

有川 浩 シアター!

シアター! (メディアワークス文庫)シアター! (メディアワークス文庫)
(2009/12/16)
有川 浩

商品詳細を見る

非常に軽く読めて、それなりの面白さを持った小説でした。爽やかな読後感のあるいかにも有川浩という作品です。

幼いころからいじめられっ子だった春川巧が初めて自分の居所を見つけた場所、それが演劇の世界だった。しかし、三百万円という借金を抱え劇団は解散の危機を迎える。巧は兄の春川司を頼るのだが、司の出した条件は劇団の収入で二年以内に返済出来なければ解散というものだった。

この作家の特徴であるメリハリの効いた文章が生きていると思います。ですから、状況の把握がしやすく、登場人物の性格が分かりやすいのでサクサクと読み進めることが出来ます。

「鉄血宰相」と呼ばれる司のオールマイティ振りもあまり気にならず、また巧の子供過ぎる行いすら許容範囲だとして読み飛ばせるのです。その結果、文庫本一冊を二時間もかからずに読み終えることが出来ました。

ライトノベルの書き手であることが生きているのでしょう。というより、本書自体がライトノベルに分類されるのでしょう。

劇団のことなど何も知らなかったのですが、その劇団について色々と教えられる物語でもありました。本の表面だけの情報でしょうが、それでも実に興味深く、その面でも面白い小説でした。

続編も出ているそうですので、早速取り寄せました。

蛇足ながら、演劇と言えば、学生の頃私は東京の西荻窪に住んでいたのですが、そこで、友人がとある劇団の役者さんと知り合いでした。私も数回お会いしたことがあるその人のことを「サンセイさん」と読んでいました。今映画、テレビで欠かせない役者さんとして活躍している塩見三省さんがその人だと思うのです。顔も、名前も覚えているので間違いはない筈です。サンセイさんはこちらのことなど勿論覚えてはいらっしゃらないでしょうが、この人の活躍を見るたびに学生の頃に戻ってしまいます。

笹本 稜平 還るべき場所

還るべき場所 (文春文庫)還るべき場所 (文春文庫)
(2011/06/10)
笹本 稜平

商品詳細を見る

山岳小説としては勿論、サスペンス小説としても第一級の面白さでした。この手の小説としては久しぶりに面白い物語に出会いました。

矢代翔平は恋人でもあるパートナー栗本聖美を世界第2の高峰、ヒマラヤのK2での事故で失ってしまう。その事故で聖美自らザイルを切断したのではないかという疑惑を払拭できないまま、翔平は山に近づけないでいた。四年後、やはり山仲間の板倉亮太の会社の登山ツアーのガイドとして再びK2に登ることとなった。

文庫本で620頁程の長さがあります。途中までは、若干冗長に感じるところもあったのですが、いざヒマラヤに登る第三章あたりからは本を置くことが難しく感じる程に入り込んでしまいました。

山を舞台にした小説は、一般の小説とは異なり、常に自然からもたらされる「死」を根底に据えて語られるので緊張感があるのでしょう。その緊張感の中で人間ドラマが展開されるのですが、作者の描写力が無ければ緊張感も表現できるものではないし、読者の共感を得られるものではないことは勿論です。

笹本稜平という作家はその緊張感を持続させながらも山という特別な舞台で更に特殊な状況を作り出し、一段と高度にサスペンスフルな物語を仕上げているのです。

加えて、山に登る、そのことについての財界の大物である神津とその秘書竹原との会話等に見られるように、山に登ることについての答えを導き出そうとしています。答えなどないであろう設問なのですが、大いに納得させられるのは、その台詞を吐くにふさわしい人物設定のためなのかもしれません。

「春を背負って」で見せた山小屋を舞台とする山の物語とはまた違った、よりシビアな八千メートル級の山の物語は新たな魅力がありました。この作家の他の山岳小説の「天空の回廊」は高所での諜報戦がらみの冒険小説のようだし、「未踏峰」もエベレストを舞台にした魅力あふれるドラマが展開されるようです。早速読むことにしたいと思います。

重松 清 あすなろ三三七拍子

あすなろ三三七拍子(上) (講談社文庫)あすなろ三三七拍子(上) (講談社文庫)
(2014/01/15)
重松 清

商品詳細を見る

ユーモアおっさん青春小説です。何しろ、四十五歳のおっさんが大学に入り、人数が足らずに廃部の危機にある応援団を立て直す、という物語なのですから。そこそこに面白い小説ではありました。

総務課長藤巻大介は、ワンマン社長の命令によりかつての世田谷商科大学、現在のあすなろ大学の応援団に派遣される事になった。応援団の部員を増やし、部の存続を図ることがその使命なのだ。そこにかつて野球部に属していた男の息子が入団希望者として現れ、次に藤巻の娘美紀の彼氏である保坂翔を入部させ、更に、大学の新しい応援団の責任教員である原智子準教授の鶴の一声で松下沙耶という女子まで入部することになるのだった。これらの新入部員のもとに、応援団OBである斎藤と山下というコンビが指導のためにやって来るのだった。

やはり、当初は舞台設定のあまりの突拍子の無さにその世界に入っていくことが非常に難しく、止めようかとさえ思ってしまいました。私が知っている応援団は硬派という言葉など可愛いもので、それこそ暴力団の事務所との違いを探す方が難しい、という代物だったのです。勿論暴力団と言い切るのは言い過ぎなところがあるにしても、かつては、大学によりけりではありますが、応援団と言えばそうした目で見られていたものです。

その昔一世を風靡し、映画化もされた「嗚呼!花の応援団」という漫画を見ればよく分かります。

そんな応援団の世界ですから、いくらユーモア小説とはいえ、四十五歳のおじさんは勿論、金髪の軟弱男や、ましてや女子の入部という設定は現実無視の設定としか思えず、拒否反応を起こしてしまったのです。

しかし、現代の応援団は学ランは無く、チアリーダーと一緒での応援は当たり前という話も聞いたことがあります。また、どこかの大学では女子の応援団長の存在さえ聞いたことがあるので、まんざらあり得ない設定でもないと読み進めました。

最後まで読み通してみるとそれなりに面白く、中年サラリーマンの悲哀を織り交ぜながら、家族の在り方などの問題意識も含みつつのユーモア小説としてきちんと成立していました。勿論、今でも応援団のけじめは残っていると思われ、そうした点を茶化しつつ認めている本書はそれなりにあり得る物語なのでしょう。

決して読んだ時間が無駄という物語ではありませんでした。

浅田 次郎 日輪の遺産

日輪の遺産 (徳間文庫)日輪の遺産 (徳間文庫)
(2000/04/07)
浅田 次郎

商品詳細を見る

マッカーサーの財宝をめぐる冒険活劇小説だと思っていたら、全く違う作品でした。財宝の探索ではなく、財宝の秘匿について語られる物語だったのです。

競馬場で知り合った老人の最後を看取ることになってしまった丹羽明人は、ボランティアの海老沢と共にその老人から渡された手帳の内容に驚きながらも、老人の大家だという大地主の金原と共に一夜を明かすこととなった。次第に手帳の内容について虚構とばかりも言えない事実の符合に気付いて行くのです。

終戦時、五人の日本軍の軍首脳から密命を受けた近衛師団の真柴司郎少佐と東部軍経理部の小泉重雄中尉は歴戦のつわものである望月庄造曹長と共に密命を実行すべく任務にまい進します。一方で、財宝の秘密について持て余しつつある金原を中心とする現代の三人の行動が、頁が進むにつれリンクしていきます。この流れはいかにも浅田次郎作品です。

しかし、本著作は著者のごく初期の作品のようで、残念ながら浅田次郎の作品にしては完成度が今一つと感じました。秘密を最小限のものとするために少女たちを使って目的物を秘匿しようとする真柴達ですが、夫々の場面での登場人物の行動が今一つ納得できない個所が少なからずあるのです。

同様の手法で語られる本作品の七年後に書かれた「壬生義士伝」などは全くそうした印象を持たなかったし、文章にしても非常に美しい練られたものでした。だからこそ、その力量で本作品を書いてもらいたいと思ったのです。そうすれば、最終場面でのマッカーサーの行動にも疑問符をつけなくてもよかったでしょうし、一番最後に描写されている少女たちの行動についても、もっと感情移入出来る物語として仕上がっていると思うのです。

著者は「大勢の登場人物が使いこなせず、視点が不安定となり、ときにはあいまいにもなっている。センテンスの配分が悪く、文末の処理も稚拙である。」とがあとがきで書いておられます。「視点の曖昧さ」等のために物語として消化不足と感じるのでしょうか。改めて現在の浅田次郎の力量で書かれた本作品を読んでみたいと思いました。

勿論、以上は何も分からない素人読者の勝手な要望であることは承知しています。あとがきで、「いわゆる『若書き』である。」と書かれている作品に対しての、より完成度の高い物語として読みたかったという一読者の勝手な思いでもあります。

浅田次郎と同じ年に生まれた私にとっても、「戦争はわずか六年前の現実でありながら、遥かな歴史であった」のです。特に感慨深く読ませてもらいました。

東野 圭吾 真夏の方程式

真夏の方程式 (文春文庫)真夏の方程式 (文春文庫)
(2013/05/10)
東野 圭吾

商品詳細を見る

やはり、さすが東野圭吾という作品でした。この作家さんにたまに見られる少々強引な設定という感じもあったけど、でも、やはりこの人の作品は一級の面白さがあります。ガリレオシリーズ第6弾です。

海の美しい玻璃ヶ浦での開発の話が持ち上がった。学者としての意見を求められ現場に参加する湯川だったが、行きの列車で偶然一緒になった恭平少年と同じ宿に泊まることにした。ところが、翌日同じ宿に泊まり合わせた宿泊客が死体で見つかった。事故として片付けられようとした事件だったが、亡くなった人物が元警官であることが判明し、身元確認のために来る夫人に同行してきた警視庁の管理官はそこに事件性を見出すのだった。

恭平と湯川が泊まったこの宿は、恭平の伯母一家の経営する旅館で、玻璃ヶ浦自体がさびれていくのに伴い老朽化している旅館でした。その旅館で、恭平少年に湯川が物理学の面白さ、学問の面白さを少しずつ説いていき、恭平が、わずかずつ湯川に心を開いて行く過程が描写されています。この二人の関係が謎解きとは異なる本書のもう一つの見どころになっていて、事件の背景のせつなさに一つの救いを与えているようです。

このシリーズにしては珍しく湯川の方から事件の背景の調査を依頼します。その折に何時ものことながら草薙刑事との掛け合いもあるのですが、今回は草薙の方からの捜査依頼ではないので、この二人の会話も草薙の報告という形で終始します。

何となくこのシリーズの感じがこれまでと異なるのは、やはり、本作品が恭平少年を軸に据えた描写になっているからのようです。結論にしても、恭平少年の存在があればこそ、としか考えられず、通常であれば違った結論になるのではないかと思われます。

この作家の作品はその殆どを読んでいるのですが、いかにも近年の作品らしく、人間ドラマを中心に据えた読み応えのある作品に仕上がっています。

結論のあり方に関しては異論も少なからずあるようですが、小説としての面白さはさすがのものです。いつものことながら、それなりの水準の作品を発表し続けるその力量にはただ脱帽するばかりです。

笹本 稜平 春を背負って

春を背負って (文春文庫)春を背負って (文春文庫)
(2014/03/07)
笹本 稜平

商品詳細を見る

山小屋を舞台にした実に感動的な人間ドラマが繰り広げられる連作短編集です。「春を背負って」「花泥棒」「野晒し」「小屋仕舞い」「疑似好天」「荷揚げ日和」の六篇から成ります。

事故で死んだ父が残した山小屋を継ごうと決心した主人公長嶺亨が、父親の後輩である自由人ゴロさんと共にこの山小屋を盛りたてていくお話です。この山小屋に様々の人が訪れ、夫々のドラマを展開していきます。この設定自体はありがちなのですが、作者の筆の力は良質な物語を提供してくれています。

山を舞台にした物語は名作が色々ありますが、どうして感動的なドラマの舞台になりやすいのでしょうか。山を歩くそのこと自体が自然と直接に向かい合う行為で非日常なのですが、その自然が一旦牙をむくと死と直面せざるを得ない状況に陥ります。そうした山という自然と人間とが緊張感を生み、人間ドラマが生まれやすいのでしょうか。

でも、山を知らないと自然と人間とを描写することはできないでしょうから、笹本稜平という作家さんは山を良く知っているのでしょうね。山での人の生活や自然の描写は見事であり、作品の奥行きがとても深く感じられます。

この作家さんには他にも山を舞台にした作品があり、かなり評判が高いようです。早速読んでみたいと思います。

山を舞台にした小説と言えば新田次郎の作品がありますが、直接に人間と山との物語を語る新田次郎に対し、笹本稜平の作品は山を舞台にした人間ドラマが中心だと言えるのではないでしょうか。

ちなみに、先日数巻だけですが「岳物語」というコミックを読みました。「岳物語」も山小屋が舞台になっていて、そこを訪れる人たちとのドラマが展開されるのです。この漫画の人気があるのも納得できる、実に感動的な作品でした。本作品を読んでいて、その漫画を思い出しました。

また、本作品は「劔岳 点の記」を撮った木村大作監督により映画化されるそうです。松山ケンイチが主人公で豊川悦司、蒼井優らが脇を支えるそうです。こちらもまた面白そうで期待したいです。

有川 浩 三匹のおっさん

三匹のおっさん (文春文庫)三匹のおっさん (文春文庫)
(2012/03/09)
有川 浩

商品詳細を見る

全六編からなる痛快おっさん活劇連作小説です。実に心地よい、楽しい作品でした。現実にそんな話はありえないだろう、などという突っ込みは野暮と思われ、単純に爽快な物語として楽しいひと時でした。

キヨこと清田清一は剣道の達人であり、シゲこと立花重雄は短気なで柔道の達人で、ノリこと有村則夫は頭脳とスタンガン等の武器を持っての大活躍。それにキヨの孫清田祐希やノリの娘有村早苗をも加え、近所の悪をやっつけていくのだからそれは爽快です。

何より、この三人の年代が私と同じ年代なので直ぐに感情移入できました。

ただ、自分は「ジーさん」と呼ばれて何もおかしくない、そういう年齢なのだと改めて思わされたのも事実です。自分では爺さんではなく、おじさんだと思ってはいたのだけれど、孫が居るのが普通の私らの年齢は、若い人たちから見ればまぎれも無くジーさんなんですね。

そのジーさん達が「ジーさんではない。おっさんと呼べ。」と叫び、実際元気に活躍するのですから面白くない筈がありません。

加えて、息子夫婦との会話や、孫との会話などは現代の家族のまぎれも無い一面であるし、シゲの家庭で起きた浮気騒動などは、熟年夫婦の在り方を正面から問うている物語なのです。痛快おっさん物語ではなくても、それらの物語だけで十分面白そうな話におっさんたちが絡んでくるのです。

この作家さんは、「図書館戦争」であったり「阪急電車」であったりと、全く雰囲気の異なる小説を書かれています。それらが夫々に面白いのです。本書「三匹のおっさん」は北大路欣也、泉谷しげるといった役者さんによりドラマ化され、非常に好評だったと聞きました。他に「阪急電車」や「空飛ぶ広報室」「県庁おもてなし課」と映画化、ドラマ化されていますが、それも当然かなと思わされます。

久しぶりに、痛快な物語を読みました。続編の「三匹のおっさん ふたたび」が出ているそうです。早速読みたいと思います。

酉島 伝法 皆勤の徒

皆勤の徒 (創元日本SF叢書)皆勤の徒 (創元日本SF叢書)
(2013/08/29)
酉島 伝法

商品詳細を見る

この本は、大多数の人は訳が分からずに投げ出すのではなかろうか、と思わせるそんな本です。なにせ、文章そのものが造語で成り立っており、その造語の意味も、また臓物感満載のその世界観にしても何の説明も無いのですから。

「皆勤の徒」「洞(うつお)の街」「泥海(なずみ)の浮き城」「百々似(ももんじ)隊商」という全四編の短編から成っています。もしかしたら中編といった方がいいかもしれない長さではあります。

正直言いますと、最初の短編「皆勤の徒」の途中で投げ出し、あとがきを読んでみたのです。すると驚くことに大森望氏の解説には「表題作を途中まで読んで挫折しそうになり、なんらかの助けを求めてこの解説のページを開いた人には、四作目の「百々似隊商」を先に読むことをお薦めする」とありました。解説者の見越した通りの行動を私はとっていたわけです。

ということで、四作目の「百々似隊商」を先に読んで、表題作でもある一作目の「皆勤の徒」も読み終えました。そして、二作目の「洞(うつお)の街」を途中まで読み、やはり意味が分からなくなって止めてしまったのです。

解説には造語の意味も、世界観の解説もそれなりにしてあって、確かに実にSFらしいSFではあり、この設定を理解して読めばかなり面白い小説なのだろうな、という感じはあります。不気味なこの世界の背景には良く練り上げられたSFの世界がきちんと構築されているらしいのです。

しかし、やはり造語の意味を現代の言葉で通るように変換しつつ読むというのは実に面倒であり、読み手がそうした努力を強いられる小説で良いのかという疑問にさらされることになりました。面白さの基準が「読んでいる間を幸せな時間と感じられるか否か」という基準で判断する私にとっては決して面白い小説ではありませんでした。

当初にも書いたように、読み手はかなり限定されると思います。表題作である「皆勤の徒」が第二回創元SF短編賞を受賞したこと自体、この物語の意味を汲み取ることのできる選者の頭の良さに感心するばかりです。

「SFにストーリーやキャラクター以上のものを求める読者にとっては、最大級の興奮が待っている。」らしいのですが、若い頃ならともかく、今の私にはとても無理でした。

貴志 祐介 悪の教典

悪の教典 上 (文春文庫)悪の教典 上 (文春文庫)
(2012/08/03)
貴志 祐介

商品詳細を見る

悪の教典 下 (文春文庫)悪の教典 下 (文春文庫)
(2012/08/03)
貴志 祐介

商品詳細を見る

映画化もされ、良くも悪くも評判だけは高かったので読んでみたのだけれど、面白いとは断言できませんでした。私が読んだノベルス版で669頁というのは少々長すぎます。

主人公は頭脳明晰で見た目も良いので生徒に非常に人気がある高校教師の蓮実聖司です。この教師が学校を自分の支配下に置くために様々の手段を講じていきます。自分のクラスには学校の支配という目的のために都合の良い生徒や、魅力的な女生徒を集めるのです。その上で最初は密かに邪魔者を排除していくのですが、その排除の方法が普通であれば禁忌である殺人という手段をとるのです。

気になるのは、この殺人が密かに行われ迷宮入りをするという設定なのですが、どうも読んでいると殺害行為やその後の処置などが雑に過ぎるようで、感情移入できにくいのです。そうした殺人が何件か繰り返され、ついにはクラスの生徒全員の殺害という手段に出ざるを得なくなるのですが、そこでの生徒の殺害に至る動機などもどうにも物語の世界に入り込めません。

確かに、教師が生徒全員を惨殺するという異常な設定なので、その異常性自体も社会的にも問題になったようですし、読み進める上でも障害になったのかもしれません。でも、個人的には物語の設定の異常性は、あくまでフィクションとして割り切れると思っているので、あとは小説としての面白さがどうかということだけが残ります。その点、高見広春の「バトルロワイアル」はかなり面白く読めたのです。しかし本作の場合は、貴志祐介という大きな力量を有する作家の作品にしては少々雑に感じてしまったということだと思います。

そして、最初に書いたように長過ぎると感じてしまいました。それだけ物語の世界に入れていなかったからなのでしょうが、かなりの部分はカットしても成立するよな、そういう印象なのです。

「新世界より」のような作品を期待していたので、残念でした。

鈴木 英治 若殿八方破れ 7 岡山の闇烏

岡山の闇烏: 若殿八方破れ (徳間文庫)岡山の闇烏: 若殿八方破れ (徳間文庫)
(2013/09/06)
鈴木 英治

商品詳細を見る

今回の若様は、前回毒を盛られたため目が見えなくなっているので、それを治療するために岡山の名医のところへと向かいます。何とか治療を始め、事態は好転するかと思われますが、ここ岡山では藩主池田内蔵頭を亡きものにしようとする動きがあり、やはりその騒動に巻き込まれてしまいます。一方、宿敵似鳥幹之丞も俊介の命を狙って暗躍しており、目の見えない若様真田俊介は窮地に追い込まれるのです。

相変わらずのファンタジーです。

貧窮している筈の藩の内情にも拘らず藩主池田内蔵頭は多額の謝金を払ったり、俊介を手助けする忍びと思われる弥八は俊介を背負いながらも長距離を走り抜き、塀を飛び越え石垣を走り登ります。

いくらなんでもそれはないだろうと思うのですが、まあ、それも一興で楽しく読めればそれで良いかと割り切って読みましょう。その点を除けば実に楽しく、軽く読める本です。

前回の六作目の「萩の逃れ路」でも書いたように、気楽中の気楽本として読むべき本なのでしょう。

重松 清 空より高く

空より高く空より高く
(2012/09/24)
重松 清

商品詳細を見る

主人公は廃校の決まった東玉川高校の三年生、ネタローこと松田練太郎。どこかで聞いたような、若しくは読んだことのあるような、そんな物語ではありました。特別エンターテインメント性が強いわけでもない、青春小説と呼ばれるものでしょうか。

本書の主人公は、学年の途中で中年非常勤講師として赴任してきた神村仁先生の言葉「レッツ・ビギン」に反応し、何かを始めようということでジャグリングを始めます。それも、違う意味で反応してしまった女の子と何時もの仲間を巻き込んでのイベントを始めるのです。

自分自身の高校生時代を思うとこんな生徒はいないだろうと思われ、反面、学生運動の余波が高校にまで吹き荒れていた自分たちの時代も結局は似たような生徒がいて、似たようなことをやっていたのではないか、とも思えます。では自分自身はというと、大多数の生徒と同じで何事にも中途半端でいたのではなかったでしょうか。

私の時代の青春ものと言えまずはテレビドラマということになります。石原慎太郎原作の「青年の樹」に始まり、夏木陽介主演の学園ドラマ「青春とは何だ」が大ヒットし、間に「これが青春だ」等々があって、中村雅俊主演の「俺たちの旅」、勝野洋主演の「俺たちの朝」と続きました。

小説では1969年に芥川賞をとった庄司薫の「赤ずきんちゃん気をつけて」があります。この「赤ずきんちゃん気をつけて」は、実に平易な文章で高校生のある日の出来事を語った作品でした。

本作品も難しい言葉は無く、淡々と高校生の日常が語られていきます。ただ、本作は典型的というか作られた「セーシュン」を描いているようで、どうもあまり心に響かないのです。しかしながら、読みながら気付いたのですが、今の年代になった私は主人公のネタローよりもジン先生の目線で本書を見ていたのです。

年齢を経てしまうと青春小説も読めなくなったのだろうかと少々焦ったのですが、でも、三浦しをんの「風が強く吹いている」や恩田陸の「夜のピクニック」などは青春小説として琴線に触れるものがあったのですから、歳をとっても青春小説を読めない筈はないのです。ということはやはり本書が少々「セーシュン」を正面から取り上げすぎていて、反発したのかもしれません。その意味では歳をとったら読めないのかもしれません。

結局、何とも感想の述べにくい作品でした。

泡坂 妻夫 鳥居の赤兵衛―宝引の辰捕者帳

鳥居の赤兵衛―宝引の辰捕者帳 (文春文庫)鳥居の赤兵衛―宝引の辰捕者帳 (文春文庫)
(2007/08)
泡坂 妻夫

商品詳細を見る

泡坂妻夫の時代小説ということで、赤川次郎の時代小説と一緒に図書館で見つけると直ぐに借りました。

かつて読んだ泡坂妻夫の小説は、作者が奇術師ということでもあり、言葉の遊びも含めた、人の心理の裏を突いたりする、ちょっとひねりの入った一風変わった面白い推理小説でした。

その人の書いた時代小説です。どのようなものかと思い期待して読んだのですが、どちらかと言えば期待したほどではありませんでした。

しかしながら、昔読んだ泡坂妻夫らしさも見え、大き過ぎた期待程ではないにしろ、それなりに面白く読める本ではありました。

何しろ、本の構成からして、各短編が一人称で語られ、その語り手が毎回異なるのです。ただ、その語り口が皆同じなので最初は誰が語っているのか分からず、かなり戸惑いました。この作風は面白いという人と、分かりにくいという人と別れるのではないでしょうか。

たしかに、視点が異なることで見えてくる世界も違うでしょうし、それに伴いトリックも変わってくるのでしょうが、読み手としては少々戸惑うのです。慣れたら気にならないのかもしれませんが、一冊を読んだくらいでは変わりませんでした。

泡坂妻夫の作品らしさはあります。各短編毎に小さなひねりの効いた筋立てになっているのです。でも、昔読んだ推理小説の小気味良さまでは感じられなかったのは残念でした。

J・P・ホーガン 星を継ぐもの

星を継ぐもの (創元SF文庫)星を継ぐもの (創元SF文庫)
(1980/05/23)
ジェイムズ・P・ホーガン

商品詳細を見る

もう30年ほども前に一度読んでいる本なのですが、近頃ほかのSF作品に触れる機会もあって再度読んでみたものです。

月で一人の人間の死体が見つかった。問題は、チャーリーと名付けられたその死体が五万年も前の死体だったということだ。一方、木星の衛星の一つのガニメデで異星の宇宙船が見つかった。チャーリーと現生人類との関係は如何なるものなのか、ガニメデで見つかった宇宙船とは関係はないのか、次々と新しい事実が出てくるものの、それはまた新しい疑問の出発点でもあった。

チャーリーの存在が示す意味を科学者が推測していくのですが、夫々の解釈は現実の科学に裏付けられた理論を基にした推論であるため、一般読者である科学の素人にも物語の厚み、深みを感じさせる小説です。

一つの推論には必ず不都合な点があり、十全の解釈は中々に見つかりません。ロジックの積み重ねで一つの結論を導くその解明の様はまるで推理小説です。

エンターテインメント小説としての筋立ての派手な展開はありませんが、それでも、謎が一つ一つ解き明かされていき、次第に真実が見えてくるのですが、その過程と解き明かされる事実はいかにもSFらしい興奮をかきたててくれます。これぞ、センス・オブ・ワンダーだという物語です。

最終的には人類発生の謎の解明にまで踏み込むこの物語は、壮大なスケールのもと、いかにもSFらしいSF小説だと言えると思います。

本作品はこの後「ガニメデの優しい巨人」「巨人たちの星」そして、私もまだ読んでいない「内なる宇宙」へと続きます。

SFを食わず嫌いの人も、せめてこの「星を継ぐもの」だけは是非読んでみて欲しい一冊です。

赤川 次郎 鼠、剣を磨く

鼠、剣を磨く (角川文庫)鼠、剣を磨く (角川文庫)
(2012/12/25)
赤川 次郎

商品詳細を見る

赤川次郎が時代小説を書いているとは知らなかったので、図書館で見つけると直ぐに手に取り、久しぶりにこの作家の本を読みました。

久しぶりの赤川次郎ということで意気込んで読んだところ、少々気合いが抜けてしまったというのが正直なところです。今の赤川次郎の作品は皆こんなものなのかと、他の現代ものを読んでみる気になりました。

ひどい作品というのとはちょっと違う感じなのです。鈴木英治だとか、佐伯泰英という人達の小説も軽く読めるという意味では同じなのですが、それはそれなりに物語としての骨組みがきちんと書いてあります。しかし、それが赤川次郎の時代小説のタッチだと言われればそれまでですが、本書に限って言えば、その骨組みさえも無いのです。「鼠」が仕事をするときも、「鼠」らしさの描写は無く、極端に言えば「盗んだ」で終わりです。

赤川次郎という作家の作品は、簡潔なストーリーと実に読みやすいその文章が一番の特徴だと思うのですが、ここまで簡潔だとは思っていませんでした。地の文が殆ど無く、会話文だけで成り立っています。

この本がシリーズの五巻目ということだからかもしれませんが、時代背景や舞台設定等の説明は全くありません。その分ストーリーは分かりやすく、私が読んだ二百三十頁強の単行本も、活字が大きめで、上下の余白も大きくとってあるその装丁からすると、普通の単行本の半分くらいしかないのではないかと思ってしまいます。実際一時間くらいで読み終えてしまいました。

読み終えてみると、面白さが無いわけではありません。実に読みやすく、内容も心地よいのですが、ただ、読み終えて残るものは全くありませんでした。かつて読んだ「三毛猫ホームズシリーズ」を始めとする作品もとにかく読み易かったのですが、もう少し読後感があったように思えます。それとも、それらの作品もこんなものだったのでしょうか。

ブライアン W.オールディス 地球の長い午後

地球の長い午後 (ハヤカワ文庫 SF 224)地球の長い午後 (ハヤカワ文庫 SF 224)
(1977/01/28)
ブライアン W.オールディス

商品詳細を見る

遥か、はるかな未来、太陽がその寿命を終えようとする頃、地球は植物の天下となっていた。地球は自転をやめ、昼の世界の一つの大陸を一本の木が覆っており、その頂はツナワタリという「巨大な植物のクモ」の作りだす糸によって「月」にまで到達しているのだった。動物はトラバチを始めとする数種類の昆虫とほんの少しの人類だけが生き残っていて、小さなグループに分かれた人類は樹上でひっそりと生きているだけだった。

植物は進化し、まるで動物のように擬態し他の植物や昆虫、そして人類を捕食して生きている世界。ある人類のグループの一つのリーダであるリリヨーは掟に従い、自らの死を迎えるべく森の頂きで莢に入って待っているとツナワタリによって月世界へと運ばれてしまった。一方、地上に残った問題児グレンは仲間からはじき出され、一人で森の中をさまようのだった。

当初は五編の短編であったものが一冊の本として纏められたものだそうで、短編小説部門でヒューゴー賞を受賞しています。

そのイマジネーションの世界は素晴らしく、特に序盤で描かれる植物に覆われた地球の姿の描写は驚異的です。植物の世界とはいっても、ここの植物は姿かたち、果ては動作に至るまで動物と同じように危険なのです。その、地表を植物に覆われた未来の地球で生き残っている人類のあるグループの冒険が描かれます。

SFと言えば科学的な設定のもと、宇宙を飛び回るものもありますが、本書のようにイマジネーション豊かに一つの世界を創造し、その中である主体(人間とは限りません)が活躍するものもあるのです。

滅亡間近の地球という環境の中で、逞しく生きていく主人公たちであり、人類の姿が描かれています。地球の主(ぬし)となった植物の中で動き回る主人公達の前に、過去、その延長上にある今、そして地球の滅亡という未来像が示されます。主人公たちの「生」のために出した結論は何か、「生」とは何か、が問われていると思われます。

こうした設定自体が受け入れられないという人には向かない物語です。でも、冒険譚が好きな人には面白いと思います。本書の場合、冒険小説とSFとの合体と言ってもいいかもしれません。

ギャビン・ライアル 深夜プラス1

深夜プラス1 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 18‐1))深夜プラス1 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 18‐1))
(1976/04)
ギャビン・ライアル

商品詳細を見る

もう四十年近くも前に内藤陳というコメディアンが、絶対に面白い、と言っていたので読んでみた本です。それが1970年代だと思っていたのだけれど、彼が設立した「日本冒険小説協会」が1991年に設立されているところからすると1990年代に入ってから読んだのでしょうか。いや、1990年代にはなってはいなった筈です。

物語はフランス西岸のブルターニュからスイスとオーストリアの中間にあるリヒテンシュタインという小さな国まで、マガンハルトという実業家を運ぶだけのことです。一行は主人公の「カントン」ことルイス・ケインとマガンハルトと秘書のヘレン・ジャーマン、それに凄腕のガンマンであるハーヴェイ・ロヴェルの四人。

問題はマガンハルトは婦女暴行の疑いでフランス警察に追われており、更には彼の事業に絡む事柄から正体不明の敵からも狙われているということであり、もう一点はヨーロッパでもベスト3の腕を持つと言われるハーヴェイ・ロヴェルがアル中だということなのです。

解説の田中光二が、本書が人気があるのは「登場人物象の実在感」にある、と書いていますが、その通りだと思われます。この文言は、人気の冒険ミステリ小説全般に言える事柄として書かれているのですが、本書にも勿論該当します。

第二次世界大戦中のイギリスの諜報員であり、フランスレジスタンスと共同して工作を行っていたという過去を持つ主人公のルイス・ケインや、人としての優しさ故に殺人の重圧からの逃避として酒を飲んでしまうハーヴェイ・ロヴェルなど、実に魅力的です。共に自分の生き方に矜持を持つ男であり、ハードボイルドとしての魅力をも持っている本書です。

二人が初めて会ったときの、ルイス・ケインがハーヴェイ・ロヴェルの銃を手に取った時の二人のやり取りなど、普通の会話の中にプロだからこその台詞があったり、プロだからこその行動が描写されていたりと、小さな事柄の積み重ねが物語の厚みを作りだしています。

更には、ルイス・ケインとハーヴェイ・ロヴェルとのモーゼル銃についての会話に見られるように、銃や車についてのうんちくも随所に出てきます。こうした事柄は、面白いと言われる冒険小説はどれも備えている事柄ではありますが、本書も例外ではなく、全編を貫くアクションに深みを添えているようです。

久しぶりに読みましたが、やはり面白い小説でした。

当時、この本を読んだ後に「ちがった空」などを始めとして数冊を読んでいるのですが、「マキシム少佐の指揮」だったかを読んで少々違和感を感じてから遠ざかったと記憶しています。何が合わなかったのでしょう。近いうちにまた読んでみたいものです。

プロフィール

siro

Author:siro
このブログの本棟として本の紹介のサイトを開いています。
(こちらです⇒読んだ屋
本ブログを別棟として位置付けて、読んだ本を記録していこうと思い立ちました。ここでの文章を母屋であるそのサイトに転記していくつもりです。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR