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東 直己 逆襲

逆襲 (光文社文庫)逆襲 (光文社文庫)
(2001/06)
東 直己

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収録作品 :「春休み」「気楽な女」「人ごろし殺人事件」「本物」「渋多喜村UFO騒動」「守護神」「安売り王を狙え」「逆襲」

色々なジャンルの短編が収められています。ただ、この人の物語は登場人物の行動が少々無茶をし過ぎであり、現実にはあまりいないのではないでしょうか。

「春休み」はちょっと突っ張った少年のとある行動が描かれていますが、そのちょっとした行動の向く先がヤクザ絡みなのです。突っ張った少年少女の考えなしの行動だとは言っても、相手がヤクザ絡みであれば躊躇すると思われ、そういう意味では現実感を感じられません。とは言っても、そうした点も物語の世界として全く現実感が無いかというとそうも言えず、東直巳の世界としてそれなりに成立するところがまた面白く、東直巳らしいと言えるのでしょう。

「気楽な女」はよく居そうなチンピラが、飲み屋の女に頼まれ、ある男をその女の店まで連れてくるという単純な作業の顛末が描かれます。その単純な作業に向かうチンピラの内心の描写が面白いです。そして、話は意外な結末へ向かいます。

「人ごろし殺人事件」は終盤になると結末が予測できないわけでもない物語でした。でも、そうした印象は読み終えてからの後付けかもしれません。少々ホラー小説な味付けの物語です。

「本物」は老人ホームに居る元刑事の回想です。目の前に居る介護士の指に光るイミテーションの指輪、それは本物だよと知らせるべきなのか。元刑事は悩みます。そして・・・。

「渋多喜村UFO騒動」は個人的には今一つの物語。とある田舎のUFO騒ぎの顛末です。

「守護神」はまた"老人もの"です。この頃物忘れが激しい、というより記憶を維持できない老人の、家族に対する熱い思いの発露が描かれます。

「安売り王を狙え」はコメディと言って良いのでしょうか。若干頭の弱い二人組の物語。

「逆襲」は、ゴマスリ探偵法間シリーズの第一作です。この本が全編法間シリーズものだと思っていたら表題作である本編だけがそうでした。何しろ、主人公の探偵の設定がユニークです。とにかくゴマをすりまくって相手の懐に飛び込んでしまい、その本音を引き出してしまいます。結末は少々首をひねるものではありましたが、ススキノ探偵にどこか通じるユニークさを持った作品です。

全体として、東直巳の様々の顔を見せた作品集と言えるでしょうか。でも、個人的には東直巳は長編の方が面白いと感じます。

佐伯 泰英 居眠り磐音江戸双紙(44) 湯島ノ罠

湯島ノ罠-居眠り磐音江戸双紙(44) (双葉文庫)湯島ノ罠-居眠り磐音江戸双紙(44) (双葉文庫)
(2013/12/12)
佐伯 泰英

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しばらく若干の面白さの低下を感じていたこのシリーズですが、ここのところ何となくですが面白さが戻ってきているような感じがします。

小梅村に新しい道場を構え、門弟数も少しずつ増えてきている尚武館だった。霧子の傷も癒えてきているある日、突然、陸奥白河藩主松平定信の訪問を受け、磐音の稽古を受け、磐音との交流も深まる。そんな折、愛弟子辰平の身に危難が降りかかるのだ。

相変わらず、磐音は一段高いところに鎮座している感じはあり、かつての市井の浪人である磐音では無いのですが、磐音と田沼親子との闘争も新しい場面に入り、再びドラマが展開し始め、物語としての面白さも増してきたのでしょうか。もしかしたら、気になっていた磐音の口調にも慣れてきたせいなのかもしれません。

そろそろこのシリーズも田沼親子との最後の戦いに入りそうな気配もするので、筋立てもそれなりに練られてくるでしょう。そうすれば、この物語自体から浮き上がり気味であった磐音の存在も落ち着きを取り戻し、雑に感じられなくもないストーリも緻密になってくるのでしょう。

この作者の一番の人気シリーズなのですが、やっと本来の面白さが復活知るのではないかと期待しています。

浅田 次郎 憑神

憑神 (新潮文庫)憑神 (新潮文庫)
(2007/04/25)
浅田 次郎

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何年か前に見た映画の印象とは少々異なる、コミカルではあるけれども、武士道を見つめた真摯な作品でした。というより、映画の方が原作のテーマを今一つ表現できていなかったという方がいいのかもしれません。

貧乏御家人の別所彦四郎はほろ酔い気分で三巡稲荷と読める小さな祠に手を合わせた。ところが現れたのは貧乏神。それでも、"宿替え"という抜け道を教えられた彦四郎は、自分を陥れ、小十人組組頭としての身分や婿養子としての立場まで奪い取った井上軍兵衛に貧乏神の取り憑く先を変えてしまう。しかし、それは自分のかつての妻や子に苦難を押しつけることでもあった。また、貧乏神については"宿替え"したものの、その後には"疫病神"が控え、またその後には更に強力な"神"が待っているのだった。

別所彦四郎は御家人の中でも御徒士(おかち)組と称される、徒歩で戦場に赴き将軍の影武者としての役割を持つ誇り高い集団の集団の組頭であったそうです。そしてこの御徒士組の描写は、作者が実際の御徒士の懐旧談が載っている「幕末の武家」という本を読み込まれて書かれたそうで、その暮らしぶりの描写はそれなりに根拠があるそうです。と、以上は文庫本のあとがきに磯田道史氏が記されていました。

浅田次郎作品ではいつものことではあるのですが、主人公の行動もそうした現実味にあふれた描写で描かれています。また、相手が貧乏神などの人間が忌み嫌う神様の行うことでもあり、惹き起こされる事態は決して軽くはないのですが、浅田次郎の軽妙なタッチでコミカルに描かれています。

そして彦四郎を助ける仲間として、かつての彦四郎の配下であった、村田小文吾という男が配置されています。この男が、普段は少々間の抜けた男なのですが、修験道に励んだ過去があり一種の神力を持っているのです。この彦四郎と小文吾、貧乏神との会話などは落語の一場面のようでもあり、軽妙な面白さにあふれています。また、この小文吾は後半になるにつれ間抜けの印象は無くなり、存在感が増してきます。

当初は小貧乏神や文吾らとの軽妙な会話等の小気味よいテンポで物語は進むのですが、後半あたりから次第に雰囲気が変わってきます。そして、終盤に入ると彦四郎の"御徒士"という役職、ひいては"武士"という存在に対する考察が進んでいきます。

即ち、本作品もさすがに浅田次郎の作品であり、ユーモアという衣をまといながら、武士道に対する作者の思索が垣間見える作品でした。

ちなみに、幕末の武士という存在を考えるということでは、この物語の延長線上に「黒書院の六兵衛」という作品があるようです。

どんどんとこの作家の深みにはまっていきつつあります。いや、既に首までつかっているのでしょう。まだまだ読むべき浅田次郎の作品が多数あることを幸せに感じています。

道尾 秀介 花と流れ星

花と流れ星 (幻冬舎文庫)花と流れ星 (幻冬舎文庫)
(2012/04/12)
道尾 秀介

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ちょっとした仕掛が施された五編が格納された短編集です。「流れ星の作り方」「モルグ街の奇術」「オディ&デコ」「箱の中の隼」「花と氷」の五編が収納されています。

個人的には一番最初の「流れ星の作り方」が、作品としては一番好きでした。内容はそうでもないのですが、どことなく詩情(と言えるかどうか)が漂う雰囲気がある描写であることと、物語の構成が泡坂妻夫の作品を思いだすようなタッチで面白かったのです。それと、最後の最後のオチが小気味良かったですね。

そういう意味では「モルグ街の奇術」の作り方も好きでした。テーマが「モルグ街の殺人」だからでしょう、少々ポーの作品めいて怪奇趣味を持った小品で、それでいてひねりが効いていて面白い作品でした。

「オディ&デコ」は風邪をひいていた真備が発した「鬼の」という言葉が「オディド」と聞こえたところからきていると思えるのですが、少女たちの子猫を思う気持ちと子供達同士のちょっとしたした行き違い、の物語です。個人的には今一つでした。

「箱の中の隼」は新興宗教の、「花と氷」は真備と真備の助手である凛の過去にまつわる物語で、前半のインパクトが強かっただけに、少々失速した感じでした。

個人的には後半の作品が当初の二作品ほどのインパクトは無いと感じたものの、全体としてはそれでも面白い物語集でした。

本作品の主人公である真備庄介の物語は他に長編があるそうです。ホラー作家の道尾秀介をワトスン役に配したこのシリーズもなかなかに面白そうで、近いうちに読んでみたいものです。

福田 和代 ハイ・アラート

ハイ・アラート (徳間文庫)ハイ・アラート (徳間文庫)
(2013/03/01)
福田 和代

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全体的にちぐはぐな印象の小説でした。

「十二神将」を名乗るテロリストが株式会社エアリーフーズに対し爆弾を爆発させていた。 これまで「十二神将」は新宿を皮切りに四か所での爆弾テロを実行していたが、少数のけが人は出したものの死者は一人もいなかった。その頃、神戸でスポーツクラブを経営している田代慎吾は、日本に来ていたペルーの国家警察テロ対策本部の捜査官であるミゲル・ヤマグチと共にファンとサンチョの二人を探していた。
「十二神将」が特定の企業へとテロの対象を変えた理由は何か、また、田代達が探すミゲルとサンチョは「十二神将」との関わりはあるのか。田代達の探索が始まる。

田代慎吾とミゲルというキャラクターもいい。「十二神将」というテロリストの設定も悪くはない。しかし、全体として実にまとまりがないとしか感じられませんでした。

話は、田代らふたり、それに「十二神将」、警察、マスコミなどと視点が結構変わります。その変化が少々わずらわしく感じられます。また状況設定に現実感が無いため物語に感情移入がしにくく、作品の欠点ばかりが目に付いてしまうようになりました。

前に読んだこの作者の「特殊警備隊ブラックホーク」は本作品よりも二年以上も前に出された本ですが、そちらの作品も設定はとても面白かったのですが、小説としてどうもあまり面白いとは思えませんでした。

本書も同様なのです。あらすじそのものは面白そうなのですが、具体的な筋立てになると少々荒さが目立つといいますか、詰めが甘く感じられ、小説のリアリティーが亡くなってくるのです。例えば、ミゲルはペルーの対テロリストの専門家なのに本書では何の意味もありません。またなかなかに警察にその尻尾を掴ませないテロリスト「十二神将」が、その実態はあまりにも素人すぎます。なのに、これだけの事件を引き起こしてたテロリストについて警察が何の手掛かりもつかめないという設定は受け入れがたいのです。

読み手を納得させられるだけの状況を見せてくれなければ物語の世界に入っていけません。勿論個人的な好みの問題ですが、完成度は今一つの小説でした。

有川 浩 三匹のおっさんふたたび

三匹のおっさん ふたたび三匹のおっさん ふたたび
(2012/03/28)
有川 浩

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あいかわらず読みやすく、そして心温まる作品でした。

第一話は清田清一の息子嫁貴子の物語で、近所のパート先でのちょっとした人間関係が描かれます。第二話は書店での万引きについて。第三話は有村則夫の再婚話。第四話はゴミ捨てにまつわる話、第五話は町内の祭り、第六話はジーサン世代の物語、という構成です。最後に「好きだよと言えずに初恋は」という短編がおまけについてます。

結局、この作品は個人の他の人への配慮、というか'思いやり'について書かれているようです。

というのも、どの物語も人情物語として仕上がっていると思うのです。そして「人情もの」というのは、個人的には他の人との心のつながりを語る物語だと思っているのですが、本書は結局のところ夫婦や親子、友人という人間関係の中で、表面的な言葉では伝わらない心の会話について書かれていると感じるのです。

例えば、第二話はある書店の店主と万引きをした中学生との話です。この書店の店主は、色々あった末に三匹のおっさん達が捕まえた万引きをした中学生に対し語りかけます。そして、万引きをした中学生の店主の思いに対する応えが暗示的に示されるのです。店主と中学生との会話は直接には語られませんが、人の思いの流れがリズム感のある文章で語られ、読み手の心に落ち着くのです。

きれいごとに過ぎないかもしれないのですが、せめて心地よい文章と、その文章で語られる物語の世界に浸るのも良いものです。

有川浩という作家は、この心地よさを十分にもたらしてくれる作家さんだと思います。

おまけとして載っている「好きだよと言えずに初恋は」は、私の好きな歌手村下孝蔵の「初恋」の歌詞の中のフレーズだと思うのですが、内容も初恋の話で、若干のセンチメンタリズムに乗って引っ越しを繰り返す少女の初恋が語られます。「植物図鑑」を書いたこの作家らしい、植物に絡めた好短編だと思いました。文庫になる時はこの作品も掲載されるのでしょうか。

笹本 稜平 天空への回廊

天空への回廊 (光文社文庫)天空への回廊 (光文社文庫)
(2004/07/14)
笹本 稜平

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山岳小説+冒険小説という実に贅沢な小説です。山岳小説も冒険小説もこの作家の得意とする分野らしく、評判通りの面白い作品でした。

真木郷司はエベレストの山頂近くで人工衛星の落下の場面に遭遇するが、この事故から引き起こされた雪崩などの災害からは辛くも逃れることが出来た。人工衛星の回収の手助けを頼まれた郷司は、この事故で行方不明になったフランス人の親友マルク・ジャナンの捜索のこともあり、再度エベレストに登ることになった。しかし、この事故の裏には人類の生存のかかった秘密が隠されており、八千メートルを超えるエベレスト山中でのテロリストとの死闘に巻き込まれることになってしまった。

文庫本で650頁を超える大作です。ストーリーは二転三転とし、読者をなかなかに飽きさせません。

難を言えば、主人公の真木郷司があまりにもスーパーマンなところでしょうか。何しろ8千メートルを超える高所で無酸素のまま数日を過ごすのですから。またテロリストの今回の事件を起こす動機が、この事件の結果に見合うだけのものとは言い難いとも感じました。

もう一点。8千メートルを超える高地でのアクションは少々想像しにくいという点があります。山のことは何も知らない、分からない一般人にとってはエベレストの情報など、せいぜいテレビ番組で見る山の映像くらいしかありません。

そうした番組の一つにバラエティ「イッテQ」があり、その中でのイモトの登山姿をは現場の過酷さの一端を示していると思われるのですが、本書での舞台は冬場のエベレスト山頂です。その過酷さはなかなかに分かりにくいいでしょう。

でも、作者の圧倒的な筆力は地球で一番高い場所という未知の環境をも描写しています。この筆力の前には少々の疑問点など大したことでは無いように思えてしまいます。

また、山岳小説としての面白さもさることながら、冒険小説としての面白さも一級です。少々、スケールが広がり過ぎかと思わないでもないのですが、読んでいるといつの間にか物語世界に引き込まれています。評判の高い作品であるのも当然だと思いました。

ダニエル・キイス アルジャーノンに花束を

アルジャーノンに花束を (ダニエル・キイス文庫)アルジャーノンに花束を (ダニエル・キイス文庫)
(1999/10)
ダニエル キイス

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古典SFの中でも名作と言われる作品です。

いつかは読むべき本だとは思っていながら、内容がどちらかと言えば重い作品だと聞いていたので、何となく忌避していたのかもしれません。でも図書館で目の前にあったので、すぐに借りて読み終えました。そして、名作と言われるその意味が分かりました。

32歳になる知的障害を持つ青年チャーリー・ゴードンはIQを向上させという手術を受ける。アルジャーノンと名付けられた実験動物のねずみはこの手術を受け劇的な知能の向上を示していた。そして、手術を受けたチャーリーもまた高い知能を得る。しかし、高い知能を得た代わりに失ったものもあった。

チャーリー自身の手による、経過報告という手記の体裁で物語は進みます。翻訳者の小尾美佐氏は、当初のIQが低い状態の報告は句読点もないひらがなの文章として表現しています。その文章が、句読点や、より高度な単語を覚えていくにつれ、達者な文章として綴られていくのですが、その過程が見事です。作品の内容もさることながら小尾氏の訳もまた名訳と言われているのも納得します。

高度な知能を獲得したチャーリーは、過去の記憶まで明瞭に取り戻し、父や母、そして妹とのやり取りをも思いだします。息子の知的障害を認めたがらず、厳しい躾により色々なことを覚えさせようとするヒステリックな母、その母親を抑えることのできない父親、知的障害の兄を疎ましく思う妹などの蘇った記憶はチャーリーの心を深く傷つけます。

また、チャーリーが働いていたベーカリーでの仲間の仕打ち、自分に手術を施した教授、更には自分に読み書きを教えてくれていたキニアン先生への性的な欲望など、思いもよらない心の葛藤がチャーリーの心を苦しめるのです。

知的障害を持つ人たちへの健常者と言われる人たちの視線、感情等がむき出しにされていき、経過報告を読んでいる読者は常に自らの行いを見つめ直させられます。人間の持つ弱者に対する優しさと傲慢さとが差別を受ける人間の目線で語られていくのですが、それは知的障害を持たない我々への警鐘にもなっているのです。

そしてクライマックスを迎える過程でチャーリーの人間としての存在が、誇りが読者の前に突きつけられ、経過報告のしめくくりに至るのですが、この最後2行には心を打たれ、いつまでも心から消えません。

爽やかな読後感とは行きませんが、どこまでもやさしいチャーリーの言葉に救いを見つけたいと思います。

私が読んだ新刊書には谷口高夫氏の解説が付属していたのですが、この解説がまた素晴らしかった。主人公の内心の葛藤についての解説は勿論のこと、SFというジャンルが「架空世界から現実世界へと向かうベクトルが働いていた」時代に、「限りなく地表に向かって近付いて行って成立した」のがこの作品だという話には、大いに納得させられました。

笹本 稜平 未踏峰

未踏峰 (祥伝社文庫)未踏峰 (祥伝社文庫)
(2012/05/16)
笹本 稜平

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橘裕也は薬への依存から万引き事件を起こした過去を持ち人生を捨てかけていた。戸村サヤカは天才的な料理人としての腕を持ちながら、人とのコミュニケーションをとりにくいアスペルガー症候群という病に罹っていて人生をあきらめかけていた。勝田慎二はイラストを書かせたら一級品だが、軽度の知的障害を持つ身だった。そうした三人が力を合わせ、勝手にビンティ・ヒュッテと名付けたヒマラヤの未踏峰の初登頂に挑戦する物語です。

前に読んだ「還るべき場所」と比べると、少々迫力に欠けるきらいはあります。そういう意味では「春を背負って」との中間に位置する作品でしょうか。

本作品は、「還るべき場所」の手に汗握るサスペンス色はありませんし、「春を背負って」に見られる山小屋での人との出会いからもたらされるほのぼのとした人間ドラマもありませんが、俗世のプレッシャーに押しつぶされ掛けた主人公橘裕也達の再生の物語としてみると、なかなかに捨てがたいものがあります。

実社会での、良好な人間関係の保持、という作業はもしかしたら一番困難な事柄かも知れません。三人ともその点に障害を持つ人間です。しかし、パウロさんというかつての世界的なクライマーのもとで働く三人はお互いに信頼できる仲間となり、互いに助け合い、自らの力で未だ誰も登頂していない名も無い山に登ろうとするのです。

K2のような名のある高峰ではないし、標高こそ7千メートルに満たないけれど、素人だった三人が登るに決して荒唐無稽では無いその設定が良いです。

とはいえ、山は山です。死が隣り合わせでいることには間違いはありません。頂上を目指す三人の姿は、予想外の出来事や気象の変化といったサスペンスの要素も加味され、感動的です。

「ここで逃げたら、死ぬまで人生から逃げ続けることになる・・・」というこの本の帯にも書いてある台詞は読み手の心に迫ります。

勿論、小説としての面白さからすれば、先に書いたように「還るべき場所」の方が数段面白いと思います。それでも、この本もなかなかに捨てがたい物語ではないでしょうか。

浅田 次郎 黒書院の六兵衛

黒書院の六兵衛 (上)黒書院の六兵衛 (上)
(2013/10/22)
浅田 次郎

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黒書院の六兵衛 (下)黒書院の六兵衛 (下)
(2013/10/22)
浅田 次郎

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新撰組三部作のような重厚な江戸城引渡し劇を期待して読み始めたら、少々趣が違いました。浅田次郎お得意のファンタジーとまでは言いませんが、それに近い、寓意的なミステリー小説でした。

江戸城引渡しに備え、官軍入城に先立っての露払いとして尾張徳川家の徒組頭加倉井隼人が選ばれた。早速に江戸城西の丸御殿に行くと、待っていた勝海舟に打ち明けられたのは、未だ一人の侍が立退かずにいる、ということだった。外には官軍がひしめいており、官軍総大将の西郷からは「些細な悶着も起こすな」と言われているため、力を使うこともならず、途方に暮れるのみだった。

居座っている侍が何者なのか、という謎が最後まで貫かれています。的矢六兵衛という名前は分かっている、しかし、この侍は的矢六兵衛ではない、というところが不思議の発端です。この侍は何者なのか、という謎を解くべく、加倉井は勝の紹介で現れた福地源一郎と共に解明に動き出すのです。

六兵衛を知るという者の語りが随所に挟みこまれ、少しずつ六兵衛の正体が明かされていくのですが、その過程で江戸城についてのトリビアも示されます。江戸城開け渡しの時には本丸、二の丸は焼け落ちており、仮御殿である西の丸のみが再建されていことや、的矢六兵衛の属する書院番は由緒正しき近侍の騎兵であるとか、お茶坊主が何かと「シィー、シィー」と奇矯な声出すなど、数限りなくと言って良いほどに記されています。

そうしながら、侍とは何か、武士道とは何か、という問いかけが為されているようです。葉室麟や青山文平などの小説では正面からその問いかけに対する答えとしての物語が語られていきます。しかし、浅田次郎は正面から答えるのではなく、間接的に浅田次郎なりの答えを示しているようです。

結末は各自で読み、且つ確かめてもらいたいのですが、私はこの的矢六兵衛の存在を浅田次郎が寓意的に設定し、侍とは、武士道とは、という問いに対する答えを示していると感じたのです。

蛇足ながら、私が読んだ新刊書版では(2014年5月現在では文庫本は出ていません)、巻末に江戸城西の丸借り御殿の略図が載っています。この略図が面白い。有名な松の廊下もあれば、映画でよく見る将軍が謁見する大広間もある、まるで迷路なのです。この迷路の中で六兵衛はその位置を少しづつ変えていきます。

やはりこの人の小説は面白いです。

辻村 深月 鍵のない夢を見る

鍵のない夢を見る鍵のない夢を見る
(2012/05/16)
辻村 深月

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日常からのちょっとした逸脱に翻弄される女性達を描いた作品集です。

幼馴染とのつらい思い出の結末、男のいない女の内心の葛藤、どうしようもない男と離れられない女、夢しか追えず独善的な男とから離れられない女、赤ちゃんの泣き声に追い立てられる女。そうした夫々の女の内心を深く突き詰めて、読者に提示する、少々重く、つらい作品が並んでいます。

直木賞受賞作なのですが、個人的な好みには反している作品集でした。物語の全体を貫くトーンの暗さもそうですが、何編かの物語には全く救いが感じられないのです。トーンが暗いだけでも若干苦手なのに、そこに救いも無ければ何のためにこの物語を書いたのだろうという気になってしまいます。

勿論、文学として表現力や文章の巧拙など、私では分からない何かが評価されているのでしょう。確かに、各物語の主人公である女たちの心の移ろいも含めての描写は、読み手の心に迫るものがあり凄いと思いました。でも、だからこそ、と言えるのかもしれませんが、そうした心裏を持つ女の物語への反発も激しいのでしょう。

ずるずると状況に引きずられて抜け出せなくなっていく女が描写されていて、男の私には良く分からない心裏もあるのですが、特に女性にはこの世界観にはまる人も多いかもしれません。ただ、物語にエンターテインメント性を求める傾向の強い私のようなは少々苦手とする作品でしょう。

有川 浩 県庁おもてなし課

県庁おもてなし課 (角川文庫)県庁おもてなし課 (角川文庫)
(2013/04/05)
有川 浩

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本作は錦戸亮主演で映画化もされています。結構面白く読みました。

主人公の掛水史貴(かけみずふみたか)は、観光立県を目指し、おもてなしの心で県の観光を盛り立てようとする「おもてなし課」に所属している県庁職員である。しかし、「おもてなし課」に配属された職員は良くも悪くも公務員であり、期待された独創性、積極性はなかなか発揮されなかった。そんなとき、観光特使として依頼を受けた作家の吉門喬介(よしかどきょうすけ)からの駄目出しを受けた掛水は、アルバイトの明神多紀(みょうじんたき)の力を借りて、民間の感覚を取り入れるべく動き始めるのだった。

何冊かこの作家の本を続けて読んでいると、設定が少々定型的というか、登場人物の設定が少々類型的に感じられるようになりました。つまり、仕事に関してはやり手ではあるのだけれど、こと女性に対してはどう対処して良いか分からない男と、活発で勝気な女性とのコミカルなやり取り、というパターンです。本書ではこの定型のコンビが少し形を変えて二組出てきます。

とはいえ、よく考えると、この設定はコミカルな物語での最も基本的なパターンではあって、特に有川浩という作家に特別な類型という訳ではありませんでした。でも、やはりこの定型は少々気になるのです。

有川浩という作家さんの作品は、「図書館戦争」などでは自衛隊(軍隊)、「シアター」では演劇界、「阪急電車」では雑多な人々、そして本書では県庁公務員、と視点が面白いですね。

そして、そのテーマとなっている、本書で言えば公務員の職務について、職務の内容や問題点を、具体的な場面に即して指摘していて、新たな知識や視点を提供してくれる作品でもあります。 本書に限って言えば、公務員一般の職務の普遍的な問題点としても指摘しつつ、ある種テキストのような作品でもあります。

あとがきを読むと、本書の始めの掛水と吉門との出会いのエピソードは、作者有川浩と高知県庁職員との実体験だそうで、そこらから本書が発想されたらしいです。そうした作者の心のうちも吉門という登場人物に託して取り込まれているようです。

それにしても、様々の方面で作者の発想の豊かさが現れていて、柔軟な思考力の大切さは普段から感じている事柄でもあり、ただただ感心するばかりではありました。

物語の面白さとは別に、そうした別な側面での面白さにも引っ張られた気がします。個人的には二組の恋物語は二の次になってしまう程でした。

プロフィール

siro

Author:siro
このブログの本棟として本の紹介のサイトを開いています。
(こちらです⇒読んだ屋
本ブログを別棟として位置付けて、読んだ本を記録していこうと思い立ちました。ここでの文章を母屋であるそのサイトに転記していくつもりです。

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