高村 薫 四人組がいた。
何とも言いようのない小説でした。
どこかの山村の旧バス道沿いの郵便局兼集会所に、毎日集まりお茶を飲み無駄話をする、元村長、元助役、郵便局長、そしてキクエ小母さんという四人組が、荒唐無稽、奇想天外、まことにハチャメチャな物語を繰り広げる連作の短編集です。
高村薫のこれまでの作品と言えば、『黄金を抱いて翔べ』『リヴィエラを撃て』『マークスの山』など、リアリティに富んだ社会性の強いサスペンス小説の旗手と目されてきました。ところが、本書はそうしたにおいは全くしません。それどころか、あたかも筒井康隆の小説のようなスラプスティックな笑いを中心とした作品なのです。
「今の日本を、地方からユーモアを交えて軽妙かつシニカルに描き出す。奇想天外、ブラックユーモアに満ちた十二編。 」というのが「BOOK」データベースの売り文句です。ここにもあるように、田舎と言えばお人好しの純朴さ、という通り一遍のイメージを打ち壊す、打算と下ネタに満ちたじいさん婆さんの繰り広げるファンタジー(?)でした。
とにかく、熊や狸が共に語り、人間をだまし金儲けを図るのですからたまりません。
そもそも、このタイトルから有川浩の『三匹のおっさん』を思い浮かべ、同様のユーモア小説と思いこんで読み始めたのです。ましてやあの高村薫の作品ですから、当初はこの四人組の言葉もそのままに受け取り、当初の物語に出てくる「プリズナー6」の風船も、その裏にはなにか四人が仕掛ける隠された企みがあるのだろうなどと思っていたものです。
ところがそういう思い込みはとんでも無い話で、読み進むにつれ、どうもこれは筒井康隆だと思いなおした次第です。
そう思って読めば実に楽しい物語でした。
著者自身の言葉として、「95年の阪神大震災に遭って、私の価値観や人生観が180度変わってしまった」と言っておられます。「震災が起きて、地面が揺れれば吹き飛んでしまう人間社会の脆さを目の当たりにし」て、「書くものが決定的に変わった」そうなのです。あの体験があったからこそ、『四人組がいた。』を書けたのかもしれません」とありました。
この頃の高村薫の作品は本書しか読んでないので何とも言えないのですが、従来のシリアスな路線も多分それはそれで書いておられるのでしょうが、ユーモア小説を書いても一流は一流なのだと、変なところで感心したものです。