三浦 しをん 神去なあなあ夜話


前作『神去なあなあ日常』のその後の物語です。中村林業株式会社の正社員になった平野勇気の、ネット接続もないパソコンに入力されている読者のいない記録、という設定もそのままです。

今回は「神去山の起源」から始まる全七夜の構成になっていて、繁ばあちゃんの語る神去村の起源が語られる昔話が第一夜です。

次いで第二夜は「神去山の恋愛事情」。ヨキとその妻みきさんとの馴れ初めの物語。

第三夜「神去山のおやかたさん」と第四夜「神去山の事故、遭難」とで、中村林業株式会社の社長中村清一さんとヨキたちの親を襲った災難についての話が明かされます。

第五夜「神去山の失せもの探し」は巌(いわお)さんちの裏山にあるお稲荷さんのお話。

第六夜は「神去山のクリスマス」で、クリスマスを知らない清一さんの子、山太のために皆でクリスマスパーティを企画し、最終夜「神去山のいつもなあなあ」でクリスマス当日のパーティの模様が語られます。

勿論、これらの話の間には山のトリビア的知識もちりばめてあります。例えば、周りの山は殆ど植林されていて杉かヒノキしかないので紅葉することはありません。しかし、それら緑の中にぽつぽつと広葉樹があって色を変えるけど、何故広葉樹があるといえば、一つには土地の境界を示すことであり、一つにはご神木だったりして切れない、などのいくつかの理由があるのです。

また、勇気と直記との恋の行方も記してあります。というよりも、全体を通して、この二人の恋の進展が語られているとも言えるでしょう。

前作に比べると少々全体として小ぶりになっている感じはありますが、それでも三浦しをんの物語です。軽く読めて、それでいてとても心地良い物語なのです。

北方 謙三 黒龍の柩



北方謙三が描く新選組の物語です。これまでの新選組ものとは全く異なる世界観を持った物語で、まぎれもなく北方謙三の世界がひろがっています。上・下二巻、総頁数が一千頁近くにもなろうかという大作なのですが、あまりその長さを感じませんでした。

あらためて言うまでもないことではありますが、基本的には歴史的な事実をふまえた新選組の物語なのです。しかし、歴史の表舞台に現れない裏舞台や、空白の時間は全く異なる視点で描かれています。

そもそも、作品の骨格となるのは坂本竜馬という男であり、その構想なのです。勝海舟も榎本武揚も徳川慶喜でさえも坂本竜馬という男の描いた理想に向かって動き始めます。本作品は北方謙三の考える「男」を体現した主人公の名前が、新選組にいた土方歳三であった、というべきでしょう。

読みながら北方謙三の『水滸伝(全19巻)』を思い出していました。共に、一般的に読まれている作品がいったん破壊され、北方謙三の視点で異なる物語として組み直されているのです。水滸伝では経済的側面の強化策として「塩の道」というしくみを作り、また、致死軍という武力装置を作って、組織としての梁山泊を強固に作りあげています。本書では、土方は武力装置そのものとなり、坂本竜馬の構想を軸として再構築された幕末の歴史の中を、その構想を実現するために疾走するのです。

両作品の出版時期を見ると、水滸伝は2000年から2005年にかけて出版され、本書は2002年の出版ですから、同時期に書かれたものだから似た構成になっているのかとも思いました。しかし、すこし調べると、北方謙三の描く歴史小説は皆、北方ワールドに変化しているようなので、特別なことではなかったようです。

北方版新選組では、近藤勇の夢は幕府であり、土方の持つ夢を共有できずに死んでいきます。沖田総司はひたすら剣に生き、剣に死のうとあがきます。通常の作品と一番異なるのは山南敬助です。自らの死期を悟った男として新選組のためにその死をを利用しようとさえするのです。原田左之助や斎藤一など、少しずつこれまでの人間像とは異なり、死ぬ場所も違ったりします。

独自の設定として、本書には久兵衛という男が登場します。かつては武士であったのですが、現在は料理人として新選組に雇われています。それ以上の素性は明らかではない男なのですが、重要な役割を担っています。この男の存在も、土方との会話の端々に、多くを語らずとも理解しあえる、男と男の繋がりを感じさせます。これらの男達は、前半での新選組としての行動から、後半の竜馬の抱いた構想の実現へと移っていくのです。

また、本作品はやはり北方作品だと痛切に感じるのはやはりその文章でしょう。

近頃読んだ新選組ものの小説では、浅田次郎の新選組三部作と、木内昇の『新選組 幕末の青嵐』とがありました。共に情景の描写などで人間の内心を描きだしている素晴らしい作品です。特に浅田次郎作品は人間の「情」が前面に出ていたように思います。

ところが北方作品では、自然の描写、情景の描写が全くと言っていい程にありません。人間の内心の描写はありますが、「情」に関しては直接の描写は無いと言えるでしょう。

しかし、だからと言って人間の情を描けていないのかと言えばそうではなく、客観的な短文の積み重ねで心の奥底までが語られるのですから見事なものです。沖田総司と「たえ」との別れの場面など、静かな感動があり、あらためてそう思いました。

会話文は現代の言葉です。時代小説の武士言葉などは全く使用されていません。それも北方ハードボイルドを思わせる一因なのかもしれません。

北方謙三の描く新選組、土方歳三の物語です。幕末を舞台にしたハードボイルドであり、意外な結末に至る、新たな視点の歴史小説です。

最後に一点だけ。新選組と言えば「新選組の本を読む ~誠の栞~」を是非読んでみてください。東屋梢風さんの書かれるこのブログは是非お勧めのブログです。

本多 正識 吉本芸人に学ぶ生き残る力


本書は、漫才作家であり、天下の吉本興業の吉本総合芸能学院(NSC - New Star Creation)の講師でもある、本多正識(ほんだまさのり)氏が「生き残る力」について書かれた本です。

私は子供の頃からお笑いが好きで、でんすけ劇場や花月劇場(吉本新喜劇)はよく見ていました。二十歳過ぎ(多分)てから見たやすきよの漫才の面白さは今でも覚えています。

落語も好きで、噺家を主人公とした小説も読みました。30年以上も前のことなので書名も覚えてはいませんが、それでも結城昌治の『志ん生一代』や安藤鶴夫の『三木助歳時記』だったかは覚えています。噺家としては三木助や文楽が好きでよく聞いたものですが、今では全く聞かなくなりました。

本書はそんな第一線の噺家、漫才師について書かれたものではなく、今のテレビで活躍する人気芸人との対談を挟みながら、著者の見聞きした逸話をもとに語る人生論です。

対談で出てくる芸人は、岡村隆史(ナインティナイン)、西野亮廣(キングコング)、山里亮太(南海キャンディーズ)、村本大輔(ウーマンラッシュアワー)であり、最後に現在の吉本興業社長の大﨑洋氏が登場します。

  • 第一章 人は誰かに生かされている
  • 第二章 人づきあいにも一手間かけて
  • 第三章 とにかくやってみる
  • 第四章 芸人の生きざまに学ぶ

という構成ですが、残念ながら読み応えは今一つというところでしょうか。

私は普段から色々な媒体でお笑いの人の言葉を見聞きしていたので、ナインティナインが著者の言葉でボケとツッコミを交代したとか、お笑いを目指すならばニュースを見るべき、など紹介されているエピソードの多くは、すでに聞いたことがある話だったのです。芸人の世界の裏話に対するミーハー的な興味もあり、もう少し目新しいことを期待していたので残念でした。また、主題の「生き残る力」にしても、少々抽象論に過ぎるかなという印象です。

それでも、各対談は面白かったし、画面の中では面白おかしく、何の苦労も見せていない芸人さんの、実際の苦労の一端を垣間見れたことは収穫だったでしょうか。

とはいえ、伝説と言われる講師の言葉ですから、その言葉にはやはり重みがあり、染み入ってくるものも十分にあります。私のような中途半端に笑いの世界の小ネタを知っている人間は、このネタも聞いたことがある、などと主題ではないところで関心を失ってしまい、素直ではありません。そうではなく、真っ白な気持ちで読む人には書の良さがより判るかもしれません。

アンディ・ウィアー 火星の人


これは面白い本でした。内容は火星版のロビンソンクルーソーですが、SFとしての面白さを久しぶりに堪能できました。ちなみに、かつて上映された「火星のロビンソンクルーソー」という映画とは関係がありません。

マーク・ワトニーは有人火星探査チームの一員だったが、猛烈な砂嵐による緊急の火星離脱の直前に吹き飛ばされ、ひとり無人の火星に取り残されてしまう。無線も壊れてしまい、連絡のとりようもないワトニーはいかにして生き抜くのか。壮絶だが、ユーモラスなサバイバルが始まった。

とにかく、ハードSFという分類はされているのですが、これまでのハードSFとは異なり、中学生の数学でも理解できるような計算で必要な食糧、酸素量等を導き出し、それを、身近にあるものから創意工夫によって作りだしていきます。その過程は、実際は高度な学問、知識に裏付けられた工夫なのでしょうが、あまり難しさを感じさせません。

しかし、本作で一番の特徴として挙げなければならないのは主人公マーク・ワトニーのキャラクター設定でしょう。ひとり無人の火星に置き去りにされた男の能天気なこと。

基本的にマーク・ワトニーの手記(正確にはログ)の形で、それも一人称で述べられていますが、その姿勢は常に前向きです。例えば事故から一夜明けたときのログは、「けっして完全に絶望的な状態ではない。約四年後にはアレス4が到着して、火星に人間がもどってくる。」「というわけで、それが僕のミッションだ。」と、前向きに生きていこうと決心します。このあと、自分が四年間を生き抜くに必要な水、食糧、空気などの条件を考察し始めるのです。

そして、その条件の考察のときでもユーモアあふれるその文章が光ります。例えば、生き抜くためにはカロリーだけが足らず、毎日1100カロリーを作りださなくてはなりません。そうした状況でカロリー消費を減らすために、「片腕を切り落として食べれば、貴重なカロリーが獲得できて、必要なカロリーの総量を減らせる。いや、それはちょっと違うか。」

また、「あとがき」でSF評論家の中村融氏が引用している文章。それは、「エアロックは横倒しになっていて、シューッという音がずっときこえている。だから、空気が漏れているか、蛇がいるかどっちかだ。どっちにしても困った状況だ」。

他方、火星を離れた地球のNASAや緊急離脱した宇宙船の内部の場面などでは、通常の三人称での描写に移ります。このNASAでの描写などは、いかにも「SFおたく」だった作者らしく登場人物の配置も上手く、そこでの描写もとても新人とは思えません。何とかして火星で一人生きている主人公を助けようと努力するその姿は心を打たれます。

本作は作者アンディ・ウィアーの処女長編だそうです。それも、もとはネット上に少しづつアップしていたところを、あまりの人気に大手の出版社が目をつけ出版する運びになったと言います。

ここのところ、SF作品を読む機会が減ってきていました。でも、本作のような、驚きに満ちた世界を繰り広げてくれる作品に出会うと、やっぱりSFの面白さを再認識し、新たな感動を呼び起こしてくれる作品を探したくなるのです。

また、あのSF映画の名作「エイリアン」の監督のリドリー・スコットにより、主人公をマット・デイモンが演じて映画化されるそうです。これまた今から楽しみです。

宇江佐 真理 名もなき日々を 髪結い伊三次捕物余話


髪結い伊三次捕物余話シリーズも、本作で十二作目にもなりました。物語の主人公も、当たり前のことながら、シリーズ当初は伊三次とお文が中心だった頃と異なり、この二人の息子の伊与太やお吉、伊三次が仕える同心の不破友之進の子である龍之進や茜などに少しづつ比重が移り、本作でもこうした子供達がメインになって話が進んでいます。

新しい師匠のもとに通うことになった伊与太や、その妹お吉も自分の生き方をしっかりと見つめる時期に来ています。その子供達を親として見つめる伊三次とお文なのです。

一方、不破家でも、息子龍之進が本書冒頭では仕事上で失策を犯したり、何よりも龍之進の妻きいのお腹が大きくなっていたりと、と何かと問題が起きているのです。そういう点では、松前藩の別式女として奉公している茜が一番大変なのでしょうか。

誰が中心というわけではありません。登場人物夫々が主人公となって展開される物語は、夫婦の、家族の物語として、より大きな流れとして展開していくようです。

派手さは無いものの、折々の場面での背景に映る自然の描写など、季節の移ろいを細やかに感じさせてくれる宇江佐真理の作品は、ゆっくりと心に染み入ってくるようで、やはり落ち着きます。

誉田 哲也 増山超能力師事務所


「ダークマター」という超能力の働きに関わる星間物質の存在の証明によって、超能力の存在が世間で認知され、その測定方法まで確立された社会。「日本超能力師協会」はそういう社会での超能力者の団体です。いわゆる「士業」の一つという位置付けでしょう。ちなみに「超能力師」ではなく「超能力士」である理由は、「力士」、即ちお相撲さんみたいで嫌だ、という女性能力者の意見によるものだそうです

その超能力師の事務所のひとつ「増山超能力師事務所」にまつわる物語を描いているのが、全七編の連作短編小説集である本書です。とはいっても、「内実は普通の探偵業とあまり変わらない」らしい。

これまでの誉田哲也の小説のうち、『ストロベリーナイト』で代表されるミステリーではありません。また『アクセス』のようなホラーではなく、人間ドラマの系譜に属します。でも『世界でいちばん長い写真』のような青春小説よりはエンタメ性が強い物語です。なにせ超能力が題材ですから。

第一章の「初仕事はゴムの味」では、二級超能力師の試験に合格した高原篤志の仕事ぶりが描かれています。そこでは、超能力者ということで「世間に認めてもらえないというのは、人間にとって非常につらいことだと思う。」という独白があります。社会から排斥されていたのだけれど、超能力師という有資格者になったことで「無能力者というマイノリティから、超能力師という有資格者、立派な社会的マジョリティの仲間入りを果たしたのだ。」という喜びを持って出勤するのです。

第二章は高原篤志の先輩二級超能力師である中井健の視点での物語です。家出した娘を探してほしいという依頼を処理します。

第三章では、宇川明美という新人も登場し、ある政治家の絡んだ調査依頼に所長の増山自らが乗り出します。

こうして、多視点で物語は進んでいくのですが、書評家の藤田香織氏も書いているようにマイノリティの物語と言えると思います。超能力を持つがゆえに社会から排斥され、「普通の人」からは拒絶される超能力者たち。彼らの苦悩を知りつつ、それでも助け合いながら社会に認知させていく、その姿をエンターテインメントの衣を着せて読ませてくれます。

この作家の作品の中では多分優先順位はあまり高くは無いと思います。でも、やはりこの作家の作品は面白い、としか言えないのもまた事実でしょう。シリーズ化されて続編が出るのであれば、勿論読みたいと思う一冊です。

三浦 しをん まほろ駅前狂騒曲


おなじみの面子の多田と行天に加え、本作では『番外地』で登場した柏木亜沙子が加わっています。また、本書では「はる」という四歳の女の子がキーマンとして登場するのです。

多田は、行天の過去を知る女性から頼まれ、少しの間、「はる」という名の女の子を預かることになった。問題は極端なまでに子供を嫌う行天なのだが、なんとか騙しながらも三人の共同生活が始まる。三人で暮らす間にも仕事は入り、星の絡んだ依頼や、岡氏を中心とした年寄りたちの騒動に巻き込まれたりと、多田は息のつけない毎日を送るのだった。

本書で登場する女の子「はる」は行天の過去に関係する女の子なのですが、子供に対して異常なまでの拒絶反応を示す行天の、四歳の女の子とのやり取りはまた見ものです。四歳にしては少々達者すぎるとも思えますが、そういう点は物語のリアリティを損なうものでもなく、かえってこの作者の世界が十二分に広がって、より楽しめる物語となっています。

この作品の主軸が「はる」だとすると、横軸として、無農薬野菜の推進団体の話があり、そこで多田と行天の過去が少しずつ明らかにされます。結局は二人の過去も「はる」に何らかの意味で繋がるものではあるのだけれど、そこには家族や夫婦のあり方など、読者に色々と考えさせられるものがあります。

加えて、個々の便利屋の仕事先での出来事もまた物語のリズムを作り、その物語のそれぞれがユニークです。極めつけは、無農薬野菜の推進団体に裏社会のキング的存在の星が関わり、ちょっとした事件となって、そこにこれまた本シリーズの常連である岡氏が騒ぎを巻き起こします。

多田本人の身の上にも変化はあって、勿論そこには行天も絡んでのドタバタが繰り広げられ、ちょっとしたロマンスも生まれるのです。

一点、小さな不満を書くとすれば、ラストシーンの星の立ち位置でしょうか。裏社会で幅を利かせているのなら、もう少し距離を置いてほしかった。詳しくは書けませんが、ワルなりの関わり方を貫いてほしかった、それくらいでしょうか。ここに書く程の事でもないのですが。

あらためて多田と行天を見ると、この面白くも不思議な関係性は読者にとって一つの理想的な関係性かもしれません。「友情」などという言葉は過去のものであり、死語となりつつある現在ですが、そうした関係性には誰しも憧れるのではないでしょうか。そうした関係性を大声で主張することなく、いつの間にか作り上げていくところが、この著者のうまさなのでしょう。

読書に、どれだけ幸せなときを過ごせたか、ということを一つの目安とする私には、三浦しをんの小説は最高の時をもたらしてくれる一冊であり、今のところはずれはありません。

三浦 しをん 神去なあなあ日常


いかにも三浦しをんの作品らしい物語です。

主人公の平野勇気(ひらのゆうき)は、高校卒業後はフリーターでもしながら適当にやっていこうと思っていたのだが、親と教師とが結託し、三重県の山奥にある神去村で就職することとなった。近鉄の松阪で乗り換え、名前も知らないローカル線の終点の無人駅に着くと、そこは山の中。迎えの飯田与喜(いいだよき)という男に、どうせ圏外だからと携帯の電池パックを捨てられ、そこからさらに軽トラックで一時間ほど走り、神去村の「中(なか)」地区にに着いた。そこの林業組合で二十日程の研修を受けた後、これから勇気が働くことになる神去村の最奥部の神去地区の中村林業株式会社へと連れて行かれたのだった。

本書は主人公平野勇気の手記の形をとっていて、勇気の一人称で語られていきます。高校の成績もよくなかったという男にしては文章がうま過ぎる、とも言えるでしょうが、その点はまあ小説の決まりごととして横に置いておきましょう。とまれ、健やかに、爽やかに物語は展開していきます。読んでいて楽だし、楽しいし、ケチをつけるところもありません。

最初に山に入った勇気は、雪の重みでしなっている木を縄で反対側に引っ張り真っ直ぐにして、木の商品価値を維持するための「雪起こし」をするのですが、当然のことながらミスもしてしまいます。その夜、布団の中で山から聞こえてくる木の折れる音を聞きながら、哀しみに襲われる勇気でした。その当時の自分を思い、「鳴いたり動いたりしない木もたしかに生きていて、それと長い年月かけて向きあうのがこの仕事なんだ」と、一年後の現在の勇気が語りかけるのです。

こうして自分をじっくりと見つめ直したり、自然や物事に対し真摯に向き合い、そこから普遍的な意味合いを導き出す様子は、三浦しをんの作品ではよく見られる場面です。そこに見られる作者の温かな視点こそが、三浦しをんの作品が読者の支持を得ている理由ではないかと思います。さらりとした文章が、ゆっくりと心に染み入ってくるのです。

勿論、本当の林業の厳しさ、辛さの描写はさらりとかわしてあるので現実とは異なるでしょう。しかし、それでも林業の作業の内容を少しずつ説明しながら、忘れられつつある日本の林業の現状を示してあります。その説明に乗せて勇気の成長が語られるのです。

三浦しをんの小説ですからキャラクタの造形は相変わらずに面白く、勇気の世話係になるヨキこと飯田与喜のキャラが際立っています。山仕事のエキスパートであり、野生児なのですが、嫁さんには頭が上がりません。乱暴者というわけではなく、勇気に対しては思いのほかに細やかな神経を払うときもあります。しかし、殆どの場合は、「なあなあ」で済ませてしまいます。まあ、ゆっくり行こうか、とでも言っていいのでしょうか。

それに、勇気がほのかに片想いをする中村林業の社長の嫁である祐子の妹直紀(なおき)も登場し、勇気の青春記ともなっています。

続編で『神去なあなあ夜話』という作品が出ているので、早速借りて来ました。

三浦 しをん まほろ駅前番外地


東京南西部に実在する町田市をモデルにしたと言われる「まほろ市」を舞台に、便利屋を営む多田と、そこに転がり込んできた高校時代の同級生行天とが織りなす物語です。三浦しをんの物語らしく、実に読みやすく、キャラクタ造詣が絶妙の作品になっています。

本書は、シリーズ第一作と二作目の『まほろ駅前狂騒曲』との間の出来事を描いた番外地、という位置づけですが、時系列的にも内容面でも、そのままシリーズを構成する作品となっています。本シリーズを読むときは、出来れば一作目の次には本書を読み、そして『まほろ駅前狂騒曲』へとすすまれた方がより楽しめるでしょう。

本書は全七作からなる短編集なのですが、作品夫々に視点が異なり、異なった面白さを味わえます。特に二作目の『星良一の優雅な日常』は少々タッチも異なっていてユニークです。というのも本作品は、第一作目でも出てきたまほろ市の「裏社会の貴公子」星良一の日常が描いてあり、軽ーく、ハードボイルドタッチなのです。スタイリッシュでストイックで、非情な男なのですが、恋人の新村清海にはどこまでも甘く、またどういう訳か多田にも、また行天にも一目置いていると思われます。この作品が個人的には一番でした。

この星良一という男は、何となく石田衣良の描く『池袋ウエストゲートパーク』に出てくるG-Boysのリーダー安藤崇を思い出してしまいました。非情で、カリスマ性を持ち、その強さから孤高の高みにいながらもヤクザではなく、主人公を認めていて、ある側面では情のあるところも見せる男、という点で一致するのでしょう。

その他、「光る石」に始まり、横中バスの運行本数に異常なまでの執着を見せる岡氏の夫人の視点で描かれる「岡夫人は観察する」、まほろ市民病院に入院中の曾根田のばあちゃんの青春を描く「思い出の銀幕」、第一作にも登場した田村由良の視点の「由良公は運が悪い」、今後のシリーズの中でも重要な位置を占めるであろう柏木亜沙子が登場する「逃げる男」、それに「なごりの月」といった、バラエティに富んだ多視点の作品集です。

黒川 博行 国境


先に読んだ『疫病神』での掛け合いをそのままに、相変わらず調子のよいコンビの登場です。何と今回の舞台は北朝鮮です。

建設コンサルタント業の二宮は自分が仕事の仲介をした相手が、また暴力団幹部の桑原は自分の兄貴分が、夫々に詐欺師の口車に乗せられてしまいます。二人はそのしりぬぐいのために、詐欺師を北朝鮮まで追いかけて例のごとく騒動を巻き起こすのです。

著者がこの作品のために実際北朝鮮に行かれたのかどうかは不明ですが、巻末に記されている資料の数は膨大です。六十冊は軽く超えていると思われます。ですから、その描写は実に詳細で、実際に現場に行かれたのではないかと思わせる書込みなのです。

その北朝鮮を舞台に、暴力団幹部の桑原と建設コンサルタント業の二宮との珍道中が繰り広げられます。珍道中とは言っても、場所は北朝鮮であり、桑原はヤクザですから、単なるコメディとは違い、どこかシリアスで侠気(おとこぎ)に満ちており、ストーリーに引き込まれてしまうのです。

著者がインタビューに答えた文章がネットにありました(こちら)。そこでの記述によると、このシリーズは大ヒット映画『悪名』(今東光原作、1961年)にヒントを得ているそうです。勝新太郎と田宮二郎のヤクザと堅気のコンビが活躍するこの映画は、私が学生の頃にテレビで放映されているのを見た覚えがあります。言われてみればこのコンビだと納得です。

また、「リーダビリティー(読みやすさ)」を意識し、そのリーダビリティーとは「キャラクター」だとも言われています。「あとは会話やアクションのテンポ。早く展開するように、ハリウッドのエンターテインメントが勉強になっています。」と述べられているのですが、まさに著者が言われる通りの物語が出来上がっています。

私達が報道で見聞きすることはあっても、その内実は殆ど知らない北朝鮮という国。観光客には必ず案内員と称する監視がつき、その指導に従わなければなりません。勿論、物を言うのは金で、北朝鮮の警察組織にあたる社会安全員さえも金で動きます。

ちなみに、ウィキペディアによると、「社会安全員」とは以前は社会安全部と呼ばれていましたが、2000年4月に人民保安省、2010年に人民保安部と改称され、国防委員会の直属機関となり、現在(2015年)に至っているそうです。

私達平和日本に住む国民には理解できない国。勿論日本の常識が通用する筈も無く、少しの違反でも命取りになりかねない彼の国が舞台です。しかし、桑原はあいも変わらずにマイペースで、その桑原に振り回されているのがこれまた同様の二宮なのです。

著者の言うように、読者を楽しませることを目標に書かれたこの本は十二分にその目的を達していると思います。

月村 了衛 土漠の花


アフリカの東端に位置し、アラビア海に突き出した形状の半島にあって、その近海に出没する海賊対策に各国が苦慮している国ソマリア。そして、ソマリアの北の国境に接し、紅海の入り口部分を占める国ジブチ。この両国の国境付近が本書の舞台となる地域です。

ソマリアとジブチの国境近くで墜落したヘリを捜索していた自衛隊の捜索隊のところに、三人の女性が助けを求めてきた。その女性らを追ってきた集団は、突然、自衛隊隊員らに銃撃を仕掛けてきた。隊長を殺され、車をも奪われてしまった自衛隊員は、何とかその場を逃げ延びる。しかし、無線機も持たず、襲撃者の追撃を受ける中、見知らぬ土地を駐屯地まで帰りつけるのか。灼熱のアフリカを舞台にした逃避行が始まった。

端的に言うと、惹句で言う「壮大な人間讃歌」という言葉を受け入れることはできませんでした。良質の、それもかなり面白いアクション小説と言えるとは思えます。しかし、この作家の『機龍警察』という作品の、その重厚に練り上げられた世界観を読んでいる以上、本書はこの作家にしては普通すぎ、物足りなく感じたのです。

確かに、抱えているテーマは大きいものがあります。日本の自衛隊が、助けを求めてきた女性を救うためとはいえ、他国の軍隊に対し発砲することの問題は、折につけ言われてきているところです。

しかし、個人としての、また軍隊に属する者として、発砲という行為への懊悩についての掘り下げは深くはありません。勿論、自衛隊員としても、一個の人間としても、引き金を引くことへのためらいなどの描写はあります。しかし、惹句を読んでそれなりの期待を持って読み始めたのでそう感じるのかもしれませんが、少なくとも私は、本書の描写に人物の内面にまで踏み込んだ深みを感じることはできませんでした。また、自衛隊の発砲そのものに付随する種々の問題についての描写も簡単に過ぎるのです。

そういう「問題提起」という意味では、先般読んだ安生正の『ゼロの迎撃』の方が鋭かったかもしれません。日本の都市部でのテロリストへの反撃行為自体の持つ法律的な問題点に対する掘り下げや、分析官である主人公の自分のミスに対する煩悶など、本書よりも緻密であったと思います。

とはいえ、『機龍警察』程の濃密な世界観で本書の物語を書くとすれば、かなり重くなり過ぎるかもしれません。しかし、それでも月村了衛という作家の本領はそちらにあると思うので、是非そうした作品を読んでみたいと思う気持ちが勝ってしまいます。

作者は、肉となる書き込みは削ぎ落してアクション小説の骨組みだけを残し、よりエンターテインメントに徹して書かれたのでしょう。これはこれで十分に読み応えのある作品です。しかし、やはり『機龍警察』のインパクトがそれだけ強かったと言えるのでしょう、より濃密な物語を期待してしまうのです。

プロフィール

siro

Author:siro
このブログの本棟として本の紹介のサイトを開いています。
(こちらです⇒読んだ屋
本ブログを別棟として位置付けて、読んだ本を記録していこうと思い立ちました。ここでの文章を母屋であるそのサイトに転記していくつもりです。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR