大沢 在昌 獣眼


一応は、作家大沢在昌の面白さが発揮された一冊と言っていいと思います。

今回の保護の対象者は森野さやかという十七歳の少女だった。この一週間のうちにこの少女の「神眼」が開花するらしく、ガードの期限は一週間だという。父親は現在の「神眼」の持ち主であり、未来を見通すことができるというその能力からキリに依頼してきたという。さやかは父とは別に母親と二人で暮らしている奔放な娘だった。

この作家の「新宿鮫」という作品は非常に面白い小説でした。主役の鮫島警部という人物もよく書き込まれ、単にキャラが立っているという以上の個性が光っていました。連続殺人に使われた密造銃の追求がまた緻密に書き込まれていて、物語の世界観がきっちりと整合性を持って構築されていました。本書も、冒頭部分から暫くは、その雰囲気を漂わせていて、久しぶりに面白そうな主人公が出てきた、と感じていたものです。

しかし、保護対象者であるさやかの父親の河田俊也が主宰する至高研究会という集団と、至高会と対立する組織の「ツブシ」と呼ばれる集団の存在が明らかになり、さやかが正体不明の敵から実際に襲われる物語の中盤に入ろうかとするあたりから、どうも雲行きが怪しくなっていきます。

至高会の存在が巨額の金に結びつく、そのことは良いのです。また「神眼」という一種の超能力の存在を軸に団が体対立するその構図も別に不満はありません。

しかし、さやか襲撃のあたりから、襲撃犯の実際を調べて行く過程で「至高会」や「ツブシ」の実態が明らかになるにつれ、通常のアクション小説へと変貌してしまいました。結局、主人公であるキリの個性があまり見えなくなってきて、普通のヒーローになってしまったのだと思います。ボディーガードとしてのキリの内面、またアクションの冴え、をもう少し見せてくれればと思ってしまいました。

冒頭、キリの女との絡みの場面も何のために入れたのかよく分かりません。単に読者サービスとしか思えず、そういう書き方はこの作者はしてこなかったと思うのですが、私の思い違いでしょうか。勿論サービスカットはあるにしても、物語の流れの中で決して不自然ではなかったと思うのです。

今野敏という作家の作品に『ボディーガード工藤兵悟』シリーズがあります。初期の作品は別として、シリーズの中でも新しい作品はかなり面白いアクション小説になっています。本書に限れば今野敏作品に軍配が上がりそうです。

この作者に対しては、普通の、単に面白いアクション小説では物足りなくなっています。せっかく面白そうな主人公なのでもう少し、よく書き込まれた上質の物語を期待したいです。

諸田 玲子 きりきり舞い


江戸の町を舞台に、十返舎一九や葛飾北斎という奇人で知られる男達の、これまた勝気な娘たちが繰り広げる人情喜劇です。

戯作者十返舎一九の娘“舞”は見目うるわしい小町娘なのだが、もう十八歳。そろそろ嫁に行くことを真剣に考えないと、行き遅れてしまう。しかし、舞の父親は片端から娘の縁談話を壊すしかしない男だった。そこに今井尚武という浪人が居候として転がり込んできた。更には葛飾北斎の娘“お栄”が、いつものように亭主と喧嘩をして家を飛び出し転がり込んでくる。舞は自分の嫁入り先を探すこともままならず、ただこれら変人たちの惹きおこす騒動に巻き込まれるばかりだった。

この作者の作品は始めて読みました。よく目にする名前でしたので、それなりの期待を持って読んだのですが、期待にこたえているとは言いにくい作品でした。

なによりも、十返舎一九や葛飾北斎の娘たちが主人公だとのうたい文句に惹かれて読んでみたのですが、とくにお栄に関しては、単純に我がまま娘としか思えませんでした。よく言われる奇人北斎の娘の奇矯な側面しか見えていないのです。確かに全くの我がまま娘というわけではない描写もあるにはあるのですが、それにしても、この娘の存在意義はよく分かりません。

更に言えば、舞にしても、わがままなお栄に振り回されるだけのようで、少々物足りない感じしか受けませんでした。お栄に振り回されるにしても、単純に言われたことをやるだけではなく、もう少しやらざるを得ない状況でも作ってくれれば、少しは違ったのかもしれません。

まあ、後半になると、今井尚武の出自などに絡み、よくは分かっていなかった一九の出自も次第に明らかになったりと、すこしは物語が動いて、興味も出て来ましたが、それにしても全体的に何を言いたいのかはっきりとしない、あいまいな物語でした。

確かに、文章は読み易く、それなりにユーモラスではあるのですが、他のしっかりと書き込まれている人情時代ものと比較すると、どうしても一歩引いてしまうのです。

あと、数作はこの作者の作品を読んでみようかとは思いますが、そのあともう一度考えて見ましょう。

高嶋 哲夫 首都感染


中国の雲南省で新型のインフルエンザが発生し、いくつかの村で住民全員が死亡した。折しも北京ではサッカーのワールドカップが行われており、中国政府は新型インフルエンザの発生をひた隠しにしていた。世界保健機関(WHO)のメディカル・オフィサーを半年前にやめてから黒木病院で内科医として勤務していた瀬戸崎優司のもとに、中国国境で新型インフルエンザが発生したらしいとの情報がもたらされる。瀬戸崎優司は、内閣総理大臣が父であり、別れた妻の父親が厚生大臣であるため、日本に新型インフルエンザが侵入しないよう断固たる処置をとるように進言するのだった。

パニック小説としてまあ良くできた物語ではありました。と同時に、主人公の設定が少々都合良すぎるのではないかとの印象がぬぐえなかったのも否めません。強毒性の60%を超える致死率を持つ新型インフルエンザの出現、中国政府の隠ぺいなどは、この手の小説のお決まりであり、これはまあいいのです。

しかし、東京封じ込めという強硬策を実行させるには、総理大臣および厚生大臣に強烈なパイプを持つ人間の存在が必要と考えられたのか、その両者が主人公瀬戸崎の父及び義理の父という、こちらも強硬な設定が設けられているのです。

パニック小説で描かれるのは、緊迫した状況下での人間ドラマだと思うのですが、本書では人間ドラマという点で少し弱いという印象を持ちました。同じことの繰り返しになってしまいますが、重要な登場人物が、主人公の父親、別れた妻、別れた妻の父親、主人公の友人などと、主人公の周りに集中していて、舞台設定に違和感を感じないわけにはいかないのです。

では、パニック小説のもう一つの醍醐味である、危機的状況下での対応策という点ではどうかというと、パンデミックに対しての「東京封鎖」という大きなイベントを設定してあります。しかし、その封鎖を実効的なものとするための施策が、一応は描写されているけれども、そこで出来事が意外ではありました。端的にいえば、物足りませんでした。

結局、危機的状況下での人間ドラマと、異常事態への対応策のそれぞれが満たされない気持ちで終わったのです。

この本の前に読んだこの著者の作品としては『ジェミニの方舟』があるのですが、こちらの方が若干ですが、現実感があり作品の世界に入りやすかったと思います。エンターテインメント小説としても、かなり面白く読めました。

とはいえ、パンデミックという極限状況下での、自分は大丈夫、ひとりくらい、という認識の怖さ、個々人のエゴイズムなどは、それなりに描かれていたのではないでしょうか。現実にそのような事態が起きたときに、自分が冷静に対処できるかはいつも言われることではありますが、なかなかに難しいことでしょう。こうした出来事が架空の物語ではなく、現実化した時に個々人がどのように行動するかのシミュレーションとしての意義を持つことができれば、それはまた大きな意味を持つと思います。

この作家は他に「地震」や「津波」などをテーマにした作品や、映画化もされた「ミッドナイト・イーグル」のような冒険小説もあるそうなので、また読んでみたいと思います。

近藤 史恵 巴之丞鹿の子―猿若町捕物帳


正統派の時代劇ミステリー小説と言っていいのではないでしょうか。先般読んだ「寒椿ゆれる―猿若町捕物帳」のシリーズの第一作目です。

大川端に娘の絞殺死体があがった。それも続けて二人。共に鼠色の鹿の子が首にまかれていた。その鹿の子は、中村座に出ている今人気の女形水木巴之丞が舞台で締めているもので、巴之丞鹿の子と呼ばれているものらしい。

主人公は南町奉行所同心の玉島千蔭といい、小物の八十吉によると、「顔はなかなか整っているが、眉間に寄せられた深い皺と鋭い眼光で台無し」で、「だだでさえ、長身と同心でござい、という風体で目立つのに、その上全身から近寄りがたいような気を発している」男で、酒も飲まず、女も苦手という堅物らしいのです。本書は、この堅物同心の小物として、常にそばにいる八十吉の視点で語られていきます。

一方、八十吉の視点とは全く関係なく、お袖という娘の目線での物語が並行して語られます。雨の中、草履の鼻緒が切れたところを助けてくれている侍の肩を蹴るお袖。この二人の仲は意外な方向に進みます。

本文庫本の解説を書いている作家の西條奈加によると、時代小説にもたとえば、「江戸情緒や人情を読ませるものや、あるいは剣戟を見せ場にするなど」、「ミステリーというよりも、人情ものや剣戟ものと読んだ方がと呼んだ方がしっくりくる」作品があるが、本書は「『半七捕物帳』の流れを汲む、まぎれもないミステリーだ」そうです。そして本書の近藤史恵のミステリーの土台は、「冷たく、透きとおった水。そんなイメージがわく」ような、よけいなものが徹底的に削ぎ落とされた、濁らない文章と構成にあると書いています。

その無駄なものが削ぎ落されて簡潔になっている文章は、しかし、読み手にとっては多くの情報を与えてくれることになり、とても読みやすい文章なのです。その上に、大藪春彦賞を受賞したこの作家の力は、本書でもミステリーの構築にその力量を示してくれていて、同心千蔭の事件の謎を解いていく様が明快に示されているのです。

ただ、個人的には、謎解きにおいて示される動機が、犯人が娘たちを殺すことを納得させるほどものか、という点には疑問があるのです。しかし、そのような感想を述べている人は誰もいないようなので、私の本当に個人的な印象に過ぎないのでしょう。

私の中では決して小さくはない動機についての違和感なのですが、その点を除けば、本書は文句のない面白さです。加えて、本書には巴之丞という女形や、その巴之丞に瓜二つだという吉原花魁の梅が枝らの、魅力的な人物が配置されていて華やかです。もう一人、千蔭の父親である玉島千次郎もいます。やはり同心であったこの父親は、酒と遊女をなによりも苦手としている千蔭とは異なり、「粋で、くだけていて、融通の利いた男だった」そうなのです。この父親が何かにつけ、千蔭を影から支えています。

文庫本で200頁強という本書は、読み易さにおいても、ミステリーとしての面白さでも一級だと思います。

ちなみに、本書で言っている「鹿の子」とは、伝統的な絞り染めの柄をした、帯枕を包む小道具の一種である「帯揚げ」のことを指しています。普段和服に接しない身としては、こうした言葉を知らないことも日本人として恥ずかしいことですね。

長岡 弘樹 教場


警察学校を舞台にした珍しい設定の小説で、『週刊文春ミステリーベスト10 2013年』の第1位、『このミステリーがすごい! 2014年版』で第2位に入った評価の高い連作短編集です。なお、タイトルの「教場」は、”きょうじょう”と読むそうです。

第一話の「職質」では、"職質"つまり警察官の職務質問の場面から始まります。

職務質問の対象となる人間はどんな人間がいるか分かりません。というよりも、警察官から見て不審な状況があるからこそ職質をするわけで、対象となる人は普通ではない人であることが当たり前でしょう。その場合、例えば、対象となる人物が大声で恫喝しただけで警察官がひるんでいては話にならず、そのような事態に対応できる十分な地力をつけている必要があるなど、具体的な状況に応じ得る、地力を含めた能力が必要なことはよく分かります。警察学校では、そうした職務質問の訓練も行われているのです。

こうしたトリビア的な知識をちりばめながら、学生同士のミステリアスなドラマが描かれています。

第一章の主人公は宮坂定(みやさかさだむ)といい、数年前に雪道で死にかけていたところを警察官に助けられたことがあり、その命の恩人に対するあこがれから警察官を志望したのだ。同期には宮坂を助けた警察官の息子平田和道(ひらたかずみち)がいて、何かと教官に目をつけられていた。宮田は恩人の息子が成績が上がらず悩んでいるため、何かと力になろうとする。しかし、・・・。

次の第二話「牢問」では、以前インテリアコーディネーターだった楠本しのぶと岸川沙織(きしかわさおり)との話です。取り調べの授業が行われているが、突然沙織が意識不明に陥ってしまう。落ち着いてから聞いてみると、ここ最近不審な手紙が届き、良く眠れないのだという。

第三話「蟻穴(ぎけつ)」は、白バイ隊員にあこがれている鳥羽暢照の物語で、第四話の「調達」、そして第五話「異物」、第六話「背水」と、主人公が変わりながら続きます。

この短編集は、最初は話の終わり方が唐突で、事後の出来事を何も語らないまま終わってしまいます。何も知らない時はこの終わり方に驚いたのですが、以後の物語の中でその後の解決が語られており、連作短編だと分かった次第です。

この短編集には、警察学校内部の出来事の描写も、いじめそのもののような事案が随所に出て来て、非常な違和感を覚えました。それも学生同士のみならず教官の行う行為すら描いてあるのです。

勿論、現実の警察学校がそうだとは思いませんが、舞台設定として少々やり過ぎかとも思いました。確かに、通常の学校とは異なり、典型的縦社会の軍隊並みの規律が要求される警察のことですから、ある程度の規律、締め付けは当然ではあるのでしょう。しかし、本書の描写は程度を超えていると感じました。ただ、ミステリー小説の舞台設定としては、学生同士で事件を起こさせ、それを解決する必要があるのでしょうから、ある程度の軋轢を生むためには必要なこととも感じられます。

と、まずは私の感じた欠点を先に書きましたが、その点を除けば小説の面白さは抜群のものがありました。何より、教官の風間公親(かざまきみちか)が魅力的です。常に冷静で、学生の全てを冷徹に見通しているかのような眼差し。実際、風間の行動は全てを知っているかのようです。この点は、すこし出来過ぎではないかと思わないでもなかったのですが、読了後はそれ程とは感じなくなっていました。この風間が各話の最後に全てを俯瞰しているかのごとく登場し、その場を解決に導きます。それまで何気なく読んでいた挿話が伏線として機能していて、ミステリーとしての仕掛けがきれいにきまるのです。

著者のインタビューを読むと、警察学校のことなど全く知らないところから、資料や関係者への取材等で構想を練り上げていったということですから、それにしてはよく書き込まれているというべきなのでしょうか。

警察学校を舞台にしたミステリーということで、少々舞台設定に無理が無きにしも非ずですが、かなり面白い小説でした。

鈴木 英治 遺言状の願-口入屋用心棒(28)


本作でも、湯瀬直之進と南町奉行所同心樺山富士太郎の物語が夫々に並行して進みます。

前作の終わりの湯瀬直之進の婚儀の席の場面で、花嫁おきくの父、米田屋光右衛門がついに倒れて不帰の客となってしまう。湯瀬直之進はおきくと共に光右衛門の故郷常陸国青塚村へと旅立つ。訪ねた先の寺で光右衛門の遺言状を受け取るが、そこにはおみわという女性を探し、幸せかどうか確かめて欲しいとあった。一方、富士太郎は信州出身の元飾り職人の八十吉が殺された事件を調べていた。しかし、犯人の目星はついたものの、なかなか尻尾を出さず証拠も見つからないままにいた。

本作は突然この世を去った米田屋光右衛門の過去の秘密が明らかになる、そのことがメインの構成になっています。そして、光右衛門の残した遺言を果たしていく中で、光右衛門の謎の行動の意味も分かってくるのです。反面、富士太郎の探索はなかなかうまく事が運びません。

本シリーズはこのところ、シリーズを通しての謎、若しくは敵役の存在、といったものが無く、単発での物語になっています。その各巻での物語も特別に関心を持つような事件、謎があることもなく、若干間延び気味、というのが正直なところです。 やはり痛快活劇小説には、魅力的な敵役、若しくは解決すべき巨大な謎が必要だと感じさせられます。せっかくの本書のキャラたちも、思いきった活躍の場所が無く、今一つ輝きが無いような気がします。

やはり、前巻の時も書いたように、新たな展開を期待したい気持ちは増すばかりです。

鈴木 英治 判じ物の主-口入屋用心棒(27)


この人の名調子は変わりません。相変わらずに読み易く、サクサクと読み進むことができます。

町医者の洞軒が殺された。南町奉行所同心樺山富士太郎はは犯人の目星を付けるが、時間的に無理な状況にあり、どのようにして殺害したのかが分からずにいた。一方、湯瀬直之進は、用心棒の依頼を請けようとしていた呉服商の船越屋岐助が殺され、その現場から船越屋手代の与野造が逃げていくのを目撃してしまう。しかし、与野造を選んだ岐助の人を見る目を信頼する直之進は犯人は別にいると確信する。そして、同様に与野造の無実を信頼する岐助の女房と娘から、与野造の行方を捜すと同時に、与野造の用心棒をするように頼まれるのだった。

今回は樺山富士太郎の活躍ぶりが、推理小説で言ういわゆるハウダニットものになっています。いかにして殺したのかの解明を軸に富士太郎が描かれているのです。同時に直之進もまた、岐助殺害の犯人探しと同時に、与野造は何故現場から逃げたのか、を一つの謎として探索していく姿が描かれます。

個人的には、このシリーズ当初の、今は盟友となっている倉田佐之助との対立が描かれていた時の方が面白かったと思うのですが、今の姿はまたそれとして、別なシリーズもののようでまた楽しみでもあります。

痛快活劇小説として、更に新たな展開を見せて欲しいものです。

秋山 香乃 新選組藤堂平助


新選組関連の小説等をまとめたサイト「新選組の本を読む ~誠の栞~」に、藤堂平助を描いた本と紹介してあったので読んでみました。

新選組の話なのでストーリーそのものは特別な違いがあるわけではありません。しかし、当たり前ですが人間関係が異なります。

本書で藤堂平助という男をあらためて見直すと、この男について何も知らなかったことに気づきます。知っているのは、新選組の四天王と呼ばれるほどの剣の使い手であること、伊東甲子太郎についていき油小路で殺されたこと、くらいでしょうか。魁(さきがけ)先生と呼ばれていたこと、事実津藩主・藤堂和泉守の落胤という話もあったこと、浪士組結成時に最年少の20才だったこと、等々色々関連本を読んだ筈なのに知りませんでした。

本書の一番の特色は、このサイトの管理人である東屋梢風さんも書かれていますが、藤堂平助と土方歳三との関係が、まさに「一種のBL小説とも解釈できそうな」表現になっていることでしょう。直接的な表現があるわけではないのですが、藤堂平助の心の動きが女性的なのです。平助は土方に助けられたと言えるその出会いから、土方に親しみを覚え、ついには京にまでついて行きます。一方で、土方の冷たさに何か裏切られたような思いを抱く平助もいます。

例えば、本書の始めの方で、新しい新選組の隊規を恐れて逃亡をはかった隊士を斬首した土方に対し、「非情な土方に藤堂の胸がざわめく。」「背筋が寒くなる思いだが、今なおあの男に魅せられる。」と言わせています。この一文だけでは分かりにくいですが、このような藤堂の心の揺らぎが、随所で繰り返されます。反発を覚えながらも離れられない心の揺れは、男のそれではなく、男に惚れた女の心の動きと考えれば納得できるのです。

本書も後半になると、確かにそうした気配は薄くなり、時代背景も緻密に抑えられていて歴史小説の醍醐味を味わうことができます。しかし、やはり藤堂平助の心の迷いは続いていて、そしてやはりその迷いは女性的なのです。

本書を普通に歴史小説として見るとき、流れが自然であり物語としての違和感はあまり感じません。山南敬助の脱退事件もこの作者なりの歴史的な事実をふまえた解釈が為されています。更には、藤堂平助の一大転機となる、伊東甲子太郎の高台寺党への参画の理由も自然に描かれています。前記サイトの管理人東屋梢風氏の「義理人情の世界」という言葉には、つい「うまい」と思ってしまいました。

ただ、違和感を感じないとは言っても、それは全体的な流れのことであり、個別の描写などではやはりついていけない個所も多々あります。具体的には、まずは上記のBL的な展開です。やはりこの匂いは好みではありません。他に細かいところ挙げてみれば、「刀を鞘から抜き放ち、直に抱いて寝る」ことなど出来るのかと思ってしまうのです。

この作家の他の作品も本書ような感じであれば、それは私の好みではありません。でも、このBL的な気配さえなければ、十二分に面白い作品だと思います。

プロフィール

siro

Author:siro
このブログの本棟として本の紹介のサイトを開いています。
(こちらです⇒読んだ屋
本ブログを別棟として位置付けて、読んだ本を記録していこうと思い立ちました。ここでの文章を母屋であるそのサイトに転記していくつもりです。

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