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田牧 大和 三悪人


時代劇での人気者である若き遠山金四郎と、物語に登場すると必ず憎まれ役である若かりし鳥居耀蔵とが、寺社奉行水野左近衛将監忠邦の非道に立ち向かいひと泡吹かせようとする痛快時代小説です。しかし、これまで読んだこの作家の作品の中では、あまり感心しない出来の作品でした。

文政四年の師走の夜中、目黒の祐天寺から火が出て、その焼け跡から身元の知れない女と盲目の僧侶の焼死体が見つかった。たまたま、ひと儲けを企み水野の身辺を探っていた鳥居の仲間である河本主水が、祐天寺の火事は水野の仕業だという。吉原での金四郎の敵娼(あいかた)である花魁の夕顔の弟こそが、祐天寺で亡くなった僧侶だったところから、金四郎は鳥居と組んで水野忠邦の鼻をあかそうとするのだった。

遠山の金さん、妖怪鳥居耀蔵、後の老中水野忠邦という、三人ともその名前を知らない者はいないだろう程の人物を主役に仕立てた、なかなかにユニークな舞台設定の小説です。この三人の個性が書き分けられ、テンポのいい文章で語られている点は他の作品と同様で、さすがにうまいと思わせられました。

しかし、そのほかの点、例えば舞台設定では少々偶然に頼り過ぎと思われ、若干の作家のひとりよがりと言われても仕方がないと思われる個所が散見されました。

即ち、そもそも金四郎とこの事件とのかかわりが偶然です。たまたま金四郎の吉原での敵娼の弟がこの火事に巻き込まれていたことをきっかけに、水野に対する謀を巡らすというこの物語の設定自体が、現実感が薄いのです。

また、金四郎が命をかけてもいいと思わせる花魁との関わりが、金四郎が遊び人であるためにこの花魁の初めての男になった、というだけのことのようで、この点も偶然ですし、企みの動機としては単純に受け入れることはできません。「暇つぶし」という理由づけもあるのですが物語の世界に入るには弱いとしか感じられませんでした。

もう一点書くと、本作品では、何故か場面の背景が見えません。会話はテンポよく進むのですが、人物は浮かんでも、人物のいる場所が空白です。情景描写がないことに加え、ストーリー運びにだけ力が入っている印象です。こういう印象を持つことも珍しいものです。

本作品の出版年を見ると、先日読んだ『泣き菩薩』に次ぐ、三作目の作品なのですが、それにしては本作より前の『花合せ 濱次お役者双六』『泣き菩薩』の方が数段良くできていたと思います。

黒川 博行 破門 - シリーズ疫病神


『疫病神』シリーズの5作目です。『疫病神』 『文福茶釜』『国境』『悪果』と直木賞の候補になり、やっと本作で第151回直木賞を受賞されました。

二宮が、「疫病神」だから、と敬遠したい極道の桑原は、兄貴分である二蝶会若頭の嶋田と共に、映画制作の話に乗り出資をするが、プロデューサーの小清水は行方をくらませてしまう。二宮が世話になっている嶋田の好意で、二宮の名義でも出資してあるらしい。桑原と二宮はマカオまでも小清水を追って飛び回るが、その先で衝突したのは同じ神戸川坂会ではあるものの、二蝶会とは格上の亥誠組系列の滝沢組の者だった。

このシリーズの一番の魅力は、何と言っても建設コンサルタントである二宮とヤクザの桑原との掛け合いですが、それは本書でも健在です。

黒川博行氏の芥川賞受賞に際してのインタビューの中で、「スーパーヒーローではない、地に足のついた二人が主人公」だという意味のことを語っておられました。確かに、二宮は素人であり、もちろん喧嘩は見事に弱いですし、ヤクザの桑原も無鉄砲な男でそれなりに強いのですが、何かと袋叩きにあい、病院に駆け込むことが続きます。そういう意味では普通の男たちなのです。

その男達が、互いにけなし合いつつ、内心で「死ね」と思っていながら、どちらかが本当に危ない状況になると、自分の身を賭して助けに駆け付けます。ある意味バディものにもなっていると言えそうです。

更には、ヤクザものとしての魅力も兼ねそなえて言えます。桑原が喧嘩をするときも、組の力関係を念頭においていますし、若頭の嶋田が前面に出る時もそうです。嶋田が出てくるときは腕力ではなく、腹芸で相手の幹部クラスと渡り合います。ここらは、昔読んだ任侠ものとはまた異なるジャンルの面白さがあります。

平成23年春から施行された大阪府の暴力団排除条例を背景にして、シノギ(収入及び稼ぐ手段)の厳しくなったヤクザ、そして建築現場でのヤクザ対策としてヤクザを使う「サバキ」を業務とする「暴力団密接関係者」の二宮、共に収入が厳しくなっているという現実が背景になっている物語です。さすがの桑原も詐欺師の小清水には騙され続けます。そして、またどこまでも追い続けるのです。その道中が二人の掛け合いです。

細かなところまで書き込まれ、リアリティに満ちたこの小説は、エンターテインメントとして一級の面白さを持ったシリーズです。とにかく、ヤクザ社会のトリビア(不要と言えば不要な知識です)をちりばめながら、さすがの桑原も騙され続ける本書は、意外な結末を迎えます。続編で早くその後の桑原の消息を知りたいところです。

谷口 ジロー 父の暦


図書館にもコミックがあるとは知りませんでした。そう言えば、他の人の予約本の取り置きとしてコミックもありましたが、あくまで子供向けのものとの認識でした。まさか谷口ジロー作品までもあるとは驚きです。目の前にあったその本を早速借りてきたのは言うまでもありません。

理髪店を営む父の仕事の傍らで、陽だまりの床で一人遊ぶ男の子の姿が描かれている場面でこの物語は始まります。それは、主人公の幼き頃の思い出の場面であり、「かなり幼い日の、もっとも心なごむひとときのように思われ」ます。

ページをめくるとそこはもう現在で、主人公の職場に父の死を知らせる電話が入り、姉と会話をしている場面が始まります。

作家の内海隆一郎氏が「まえがき」で書いているように、「あたかも私小説のようにさえ見える」本書です。

かつて見た映画で『初恋のきた道』という作品がありました。チャン・イーモウ監督による作品で、チャン・ツィイーのデビュー作でもある映画です。この映画が、一人の青年が母の葬儀で母の若かりしころを回想する、というものだったのですが、自分の親にも若いころがあり、青春と言える時期を過ごしたのだと、あらためて思い知らされたものです。

本作も、主人公が葬儀の後のお斎の時間に、叔父らの言葉もあり、父親の若いころを回想する構成です。主人公の幼い頃の両親の離婚のため父との仲が疎遠になり、長じてからは逃げるように上京して殆ど郷里には帰っていなかった主人公です。叔父から聞かされる見知らぬ父の姿から、会話を避けていた自らの姿勢を悔やむ主人公の姿の描写は、良質の小説を読んだときのような心地よさをもたらしてくれました。

小説は文字で、映画は映像で、漫画は絵で、それぞれが一個の表現手段であり、そこには差は無いと常々思っています。本書のような作品に出会うと、一層その思いを強くするのです。小説では人物の内面を表現するのに情景を描写する手法などがありますが、漫画の場合はそれが絵になるだけですね。また、人物も絵で表すのですから、役者の演技と同様に人物の表情も描けるのですから、ある意味では文章よりもより直接的な表現手段ではあります。

この作家にの作品には、『坊ちゃんの時代』のような漱石を描く作品や、『散歩もの』や『孤独のグルメ』のようなエッセイ風のコミックもあれば、夢枕獏原作の『神々の山嶺』の劇画化作品などもあります。近いうちに是非読んでみたいものです。

蛇足ながら、『孤独のグルメ』は松重豊の主演により映像化されていて、近時私の地元でも放映されていて、早速見たのですが、ただ単に食事をする、そのことだけで45分を持たせるその番組構成、役者の演技力に脱帽するだけでした。

宇江佐 真理 夜鳴きめし屋


本書のような構成は、長編作品といていいのか、連作短編集と言うべきなのかよく分かりません。解説を書かれている文芸評論家の末國善巳氏は、長編だけど中には独立性の高い物語もある、と書かれています。まあ、どちらでもいいと言えばいいのですが。

この解説を読むまで気づかなかったのですが、本書は連作集『ひょうたん』の続編だそうです。『ひょうたん』というタイトルには覚えがあるので、読んではいる筈ですが、昔の話で覚えていませんでした。

本所五間堀にある「鳳来堂」は、店の開くのが八つ(午後8時頃)だという、朝方までやっている“夜鳴きめし屋”です。もとは店主の父親の音松がやっていた古道具屋だったのです。しかし、音松が亡くなり、息子の長五郎がそのあとを継ごうにも道具の目利きもできず、母親と二人でめしと酒を出す見世を出すことになります。その後母親も亡くなり、長五郎がひとり身ということもあって、次第に見世を開ける時間も遅くなり、代わりに朝方まで開けておくようになったものです。

様々な人たちが訪れる「鳳来堂」でしたが、そのうちに長松と惣助という七、八歳位の子供が食事に来るようになります。長五郎にはかつて思いを交わした娘がおり、その娘が深川に帰ってきているらしく、どうもその娘の子らしいのです。長五郎は、その子らの来るのが楽しみになり、何かと好みの料理を作り始めます。

本所、深川といった江戸情緒あふれる土地を舞台に、一膳めし屋を舞台にした、宇江佐真理らしい人情劇が繰り広げられます。この作家の作品の中では、可もなく不可もない、どちらかと言えば平均的な物語、という印象でした。でも、その平均値がとても高いところにあるのが、この宇江佐真理という作家さんだと思います。

葉室 麟 陽炎の門


変わらずに清冽な印象を残す文章で綴られるこの物語は、やはり葉室麟の物語であると共に、サスペンスフルな物語ともなっていました。

「氷柱の主水」との異名を持つ桐谷主水は、軽格の身でありながら、30代も半ばの若さで藩の執政に登用されることになった。藩主親子を誹謗する内容の落書の筆跡を、友人であった芳村綱四郎のものと断定し、切腹させた過去を持っていた。主水は、その芳村綱四郎の娘由布を妻に迎えていたが、由布の弟である喬四郎から仇打ちを果たすべく申し込まれる。喬四郎は、綱四郎を陥れたのは主水であるとの密告書を持っていたが、その密告書の筆跡は綱四郎が書いたとされる落書と同じであり、落書の筆跡は綱四郎であるとの主水の証言は、その根拠を失いそうになるのだった。

どの作品においても武士の生き様を描いておられる作家ですが、本書もその例に漏れません。常に自己を見つめる厳しい目を持った主水は、友人を助けることなく死に追いやった自分に疑問符を付きつけています。侍として嘘はつけず、筆跡を友人のものと断定したことは正しかったとしても、ひとりの人間として見た場合、他に取るべき方途は本当に無かったのか、自らの行いを問うています。

主水は、自らの身の証しを立てるために再度落書の筆跡を調べようとするのですが、そのために監視役としてつけられた早瀬与十郎という男が登場します。この男の行動が若干不自然ではあるのですが、その意味も終盤明かされます。全ては、落書、密告書を書いたのは誰か、という謎解きをめぐり話はすすみ、物語は20年前の夏に起きた「後世河原の騒動」に収れんされて行くのです。

特に犯人探しをしようとは思わないでも何となくの見当はついてくるので、ミステリーとして見た場合は良い出来なのか、そうではないのかは分かりません。しかし、時代小説としての出来は相当なものだと思います。

ただ、私の好みから言うと、若干ずれていました。主人公の主水の落書の筆跡を綱四郎のものと断じた自らの行為についての心の葛藤をそれなりに描写してはあります。でも、物語の流れは、落書の書き手は誰なのか、などの謎の解明に割かれていき、私の好みからは少々遠ざかっていきました。侍としての桐谷主水の生き方をもう少し突き詰めて描いてほしい、と思ったのです。謎解きがあるだけに、その点が半端になった感じがしました。

とはいえ、さすがの葉室麟作品です。読み応えがありました。

黒川 博行 悪果


この作者の作品としては、『疫病神シリーズ』以外では初めて読んだ本です。この作者の入念な取材と、それに基づく緻密な描写、きちんとした構成はどの作品でも同じなのだ、というのが最初の感想です。

大阪府警今里署の暴力団犯罪対策係に所属する巡査部長の堀内信也は、ネタ元から、管轄内の暴力団である淇道会が、賭場を開くという情報を掴む。防犯係を挙げての捕物に他の部署からも応援を得て、相棒の伊達と共に開帳の現場へと乗り込む。捕まった客らの情報を流し、強請りの分け前にあずかっていた堀内だったが、次第に身辺にきな臭いものを感じるのだった。

主人公の堀内や伊達とヤクザ連中との麻雀の場面から本書は始まります。堀内らが負けたらツケで、勝ったら容赦なく取り立てる、その描写から始まるのです。本書の性格が一発で分かります。

本書の前半は、ネタ元から仕入れてきた博打のネタの裏付け、そして取り締まりの手配と、賭博開帳での逮捕に至るまでの警察の行動の手引き、とでも言うべき流れになっています。それが実にリアリティを持って描かれているのです。これは『疫病神』シリーズでも同様でしたが、細かな書き込みにより、一つの行動にきちんとした意味付けが施されているので、読者はただ作者の指示通りに読んでいくだけ、という印象です。

ただ、主人公がヤクザ以上にヤクザっぽい警察官である点が異なります。警察の裏金や、一般に「マル暴」と称される部署の情報収集にかかる必要悪が、丁寧に示されています。出て来る警察官全てが「正義」という言葉は机の上に飾っているだけなのです。小説だから他人事のように読んでいますが、全面否定できないところに哀しさがあります。

後半になると、預かり物を持っていると誤解している何者かから、堀内が襲われます。何故自分が襲われなければならないのか、襲撃者が探しているものとは何なのか、その謎を追う堀内の行動は、一気にサスペンス色が満載の展開になります。

そして、前半の賭博の場面が重要な意味を持ってくることになるのですが、この後半の展開では『疫病神』で見られたコミカルな掛け合いはあまり見られなくなり、逢坂剛の『禿鷹』を思わせるワルの活躍する物語へと変身するのです。

緻密な構成と、大阪弁で繰り広げられる軽妙な掛け合いが魅力の黒川ワールドは、少々腰を据えて読む必要はあるかもしれませんが、一読の価値ありです。

今野 敏 自覚: 隠蔽捜査5.5


隠蔽捜査3.5と銘打たれた『初陣』に続く、隠蔽捜査のスピンオフ作品です。『初陣』は伊丹俊太郎警視庁刑事部長の視点の物語でしたが、本書は、このシリーズの様々な登場人物の視点で描かれた、全7編からなる短編集です。

「漏洩」 東日新聞に、貝沼副署長自身も未だ報告も受けていない連続婦女暴行未遂事件の記事が載っていた。関本刑事部長を呼び話を聞くと、誤認逮捕さえ疑われる事案であり、対処に困っているという。竜崎署長の耳に入る前に解決しようとする貝沼副署長だったが・・・。

「訓練」 警視庁警備企画係の畠山美奈子は、大阪府警本部に行き、スカイマーシャルの訓練を受けるようにとの指示を受けた。しかし、キャリアの、しかも女性である畠山に対して、現場の人間の対応は冷たく、心が折れそうになる。

「人事」 警視庁幹部の人事異動で、第二方面本部の野間崎管理官は、新しい方面本部長として弓削篤郎警視正を迎えた。新たな職場について「レクチャー」を受けたいという新本部長に対し、野間崎管理官は問題のある警察署として、竜崎の勤務する大森署の名を挙げるのだった。

「自覚」 自宅でくつろいでいた大森署刑事課長の関本良治は、強盗殺人事件の発生により呼び出しを受けた。現場で警視庁捜査一課長らと臨場しているところに発砲音がした。大森署の問題刑事である戸高が発砲したというのだ。

「実施」 秋。大森署地域課長の久米政男は、警察学校を卒業した新人たちを受け入れた。ある日、突然、刑事課長の関本が、「地域課のばか」が犯人に職質をかけて取り逃がした、と怒鳴りこんできた。職質をかけたのは研修中の新人であり、地域課と刑事課との全面的な喧嘩にもなりかねない事態となる。久米は職を賭しても新人を守ろうと決意するのだった。

「検挙」 大森署刑事課強行犯係長の小松茂は、関本刑事課長から、警察庁からの通達の検挙数と検挙率のアップを申し渡される。その指示を係員に伝えると、戸高の「どんなことになっても知りませんよ。」との言葉が返ってきた。

「送検」 警視庁刑事部長の伊丹俊太郎は、大森署管内で起きた強姦殺人事件の捜査本部に臨席し、被害者の部屋の中から採取された指紋と、防犯カメラの映像などから逮捕状請求とその執行とを指示した。しかし、竜崎に連絡を取ると「それでいいのか?」という質問が返ってきた。

この物語の様々の場面で登場する人物たちの目線で語られるそれぞれの物語は、登場人物それぞれの立場、そして人間性により、それぞれの困難に直面します。その絡まってしまい、解きほぐすことのできない糸が、最終的に竜崎署長のもとに持ち込まれると、いとも簡単に解きほぐされてしまうのです。それはまるで、黄門さまの印籠のようでもあります。

それはあまりに都合が良すぎると感じる側面も確かにあります。しかし、その都合の良さでさえもこの作者の手にかかると小気味良さへと変化し、実に面白い短編に昇華してしまうのです。

何より、この物語は、本体である『隠蔽捜査』シリーズの世界観を立体的なものとし、シリーズの世界に奥行きを持たせてくれるのです。スピンオフ作品のもつ効果が最大限に発揮され、本書自体の面白さと相まって、より世界観の広がる作品として仕上がっていると感じます

西條 奈加 善人長屋


個人的には何とも微妙な小説でした。

舞台設定は、裏家業を持つ人たちの住む長屋に、本当の善人である加吉が新しく住まうことになるのですが、善人加吉の持ち込む面倒を伴う人助けに長屋の面々が手助けをする、というそれなりに面白い設定であるのです。全9編の連作短編小説とも言えそうです。

しかし、今ひとつ引き込まれないのは何故でしょう、文章の表現力の問題かと思ったのですが、でも下手な文章とは思えません。とすれば、あとは書き手と読み手の相性としかいえないのかもしれないと思うようになりました。

この作家の以前読んだ『金春屋ゴメス』は、架空の江戸を舞台にした物語でしたが、けっこう面白く読んだ記憶があります。また、その後に読んだ『涅槃の雪』にしても、天保の改革の頃の高安門佑という与力を主人公とした、あの鳥居耀蔵の苛烈な取り締まりのもと、暗くなりがちな市井の暮らしをユーモラスに描いた作品で、これまたそれなりに面白く読みました。ただ、今一つ乗り切れなかった記憶があるのです。

本書も、先に書いたように、舞台設定は面白そうなのです。長屋の差配の儀右衛門の娘である、この物語の主人公であるお縫は、加吉の持ちこむ難題を見ぬ振りができません。その結果、お縫に引きずられて長屋の小悪党たちが加吉を助けることになります。

多分、このお縫の行動がどうも独善的といいますか、身勝手な感じがして、感情移入するギリギリの一歩を踏み出すことができないところに原因がありそうです。結果的に、当たり前のことですが物語としてはそれなりの結末を迎えます。しかし、その結末がすんなりと受け入れられないのが、個人の好みに合わないということでしょう。読み手の身勝手な好みで語られて、作家も大変です。

ただ、最後の2編、加吉を中心とした物語は読みごたえがありました。この2編の内容は私の琴線に触れたと思われます。他の物語とそれほどに変わっている訳ではないのに、ただ、主題が加吉の背景に触れているだけなのに違うのです。

こうした点を見ると、本当に読み手は勝手なものだと思います。でも、これもまた読書の楽しみの一つでしょう。

佐伯 泰英 居眠り磐音江戸双紙(48) 白鶴ノ紅


本シリーズも大団円に近づいているようです。本シリーズの48巻目になりました。

本書では大きな戦いはありません。代わりに、と言えるのかどうか、奈緒が「紅屋」という店を出し、これまでの不幸を一気に取り戻そうとしています。武村一家も磐根のもとで、それぞれに巣立ち、自立していこうとしています。

それだけの物語です。

本当に何もない。レビューには、50巻を決めた後のつなぎでしかないとの酷評も散見されます。それも、これまでの本シリーズの面白さがあればこそなのでしょう。

私も他の多くの読者同様に最終巻まで付き合おうとは思っています。でも、もう少し内容のある展開を期待していたのですが、残念です。

本書には関係の無い話ですが、本ブログの本体である『読んだ屋』をリニューアルしたのは良いのですが、何かと障害が出てgoogleの検索エンジンへの登録が今一つうまくいきません。ま、気長に修正していこうと思っています。このブログともども本館サイト『読んだ屋』もよろしくお願い致します。

田牧 大和 泣き菩薩


江戸時代も初期のころ、江戸の町は何度も大火に襲われていたそうで、火消し制度が整えられていきました。武家と町人それぞれに「武家火消」と「町火消」の制度が整えられ、「武家火消」は更に大名が管理する「大名火消」と幕府つまりは旗本の「定火消」とが整備されていったそうです。

本書の主人公はこの定火消である、若き日の歌川広重を主人公としています。本書の時代の広重は未だ19歳であり、安藤重右衛門と名乗っていました。仲間に同じ定火消し同心として西村信之介と猪瀬五郎太とが配されています。西村信之介は「八代洲河岸の孔明」と呼ばれるほどに明晰な頭脳を持ち、五郎太は力持ちで、臥煙らからも慕われる人情家です。

ある日、五郎太を哲正という名の光照寺の小坊主が訪ねてきた。講堂の仏像が燃え、哲正の同輩の森念が失火を疑われ、先輩から折檻を受けているというのだ。重右衛門ら三人は森念にかけられた疑いを晴らすべく奔走するが、その裏には火つけ一味の暗躍が見え隠れするのだった。

本書は、作者田牧大和が『花合せ 濱次お役者双六』で小説現代長編新人賞を受賞した後の第一作です。『花合せ』の面白さは言うまでもないのですが、本書も『花合せ』に負けず劣らずの出来を見せています。田牧大和という作者の一番の魅力は、キャラクター造形のうまさと、文章のテンポの良さだと思っているのですが、本書でも実に小気味よく物語は進んでいきます。

主人公が若き日の歌川広重である安藤重右衛門ということで、重右衛門の画のうまさが巧みに生かされています。聞いたものに関しての情報はあいまいなのですが、見たものに関しては抜群の記憶力を発揮する安藤重右衛門が、状況を絵におこし、探索に生かします。能力は絵のうまさだけなので、腕力も勿論無いのです。なのに、単独で行動するなど、思料不足の面が危機を招いたりもします。

そうした重右衛門の欠点を残りの二人が、全てを見通しているかのような小此木啓祐という直心影流の使い手でもある上司与力のもと、事件を解決に導くのです。

物語の根底に流れる人間に対する「信頼」に琴線をくすぐられながら、続編は出ないものかと心待ちにしながら、この作者の他の作品を読もうと決めている私でした。

今野 敏 欠落


前作の『同期』の続編です。『同期』を読んだのが平成10年の10月なので、5年ぶりに続編を読んだことになります。『同期』の内容は最早殆ど覚えてはいない、というのが正直なところなのですが、「この作者の集大成といえるかもしれない。」という内容のメモや、今回読んだ本書の内容から思い出した断片から、かなり面白いと思った小説だったことを思い出しました。

警視庁捜査一課刑事の宇田川は、初任科で同期だった大石陽子が、着任早々の立てこもり事件で被害者の身代わりになっていることに気が気ではなかった。一方、宇田川が担当している多摩川の河原で起きた殺人事件の捜査もまた行き詰っていた。そんな折にやはり同期で懲戒免職になっていた蘇我から連絡が入る。

普通、刑事部と公安部とは仲が悪い、というのが警察ものの小説では定番です。作者の今野敏にしても、刑事が主人公であったり、公安警察を主人公にしていたりという個別の作品はありますが、そこでもこの両者は仲が悪いものとして描かれています。しかし、本作は初任科つまりは簡単に言えば警察学校の同期という設定を持ってきて、刑事と公安とを仲間にすることで、一編の友情物語として仕上げています。

「友情物語」と書くと、感傷が先走った物語のように聞こえますが、そこは今野敏の物語です。刑事ものの定番をふまえながら、公安との確執も描きつつ、『同期』が宇田川の成長物語でもあったように、本書も宇田川のさらなる成長をも描くという、贅沢な内容になっています。

いろんなレビューを読んでみると、リアリティーの無いストーリーという声を少なからず見ました。でも、そこは好みの問題でしょう。確かに、『隠蔽捜査』ほどの完成度は無いとは思うのですが、本書は本書なりにかなり面白く読ませて貰いました。

主人公の「勘」が冴えわたる点など、少々無理があるとは感じないこともないのですが、それなりのフォローも入り、本書としての世界観は出来上がっていて、決してリアリティーが無いとまでは言えないと思えるのです。

続編を期待したい一冊です。

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siro

Author:siro
このブログの本棟として本の紹介のサイトを開いています。
(こちらです⇒読んだ屋
本ブログを別棟として位置付けて、読んだ本を記録していこうと思い立ちました。ここでの文章を母屋であるそのサイトに転記していくつもりです。

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