逢坂 剛 裏切りの日日
警視庁公安部特務一課係長の桂田渉は右翼の大物の遠山源四郎から呼び出しを受ける。極左テロ集団である「東方の赤い獅子」から殺害予告を受けた遠山は、公安に入ったそのテロ集団に関する情報を知らせろというのだ。一方、桂田の相方の浅見誠也は敏腕刑事である桂田に傾倒していたが、ある日警察庁警務局の津城警視から、桂田についての情報の密告を依頼されるのだった。
逢坂剛の人気シリーズの一つである『MOZU』の第一作という位置づけの作品です。実際は、共通の登場人物として津城警視が出てくるというだけの別作品と言うべきでしょう。ただ、作品の雰囲気は同じです。
公安の腕利き刑事として名の高い桂田は、悪徳刑事としての一面も持っています。どこか逢坂剛が作り出した人気キャラクターであるハゲタカこと禿富刑事を思わせる雰囲気や腕力を持っています。でありながら、仕事一途な側面もあり、そのために妻にも逃げられた過去を持つのです。
また孤高であり、人を寄せ付けないところなどは『百舌シリーズ』の倉木尚武警部を思わせる雰囲気もあります。
何より、本書を『百舌シリーズ』の前日譚的位置付けをするとき、津城警視を無視することはできません。本書の本当の主人公はこの津城警視ではないかと思わせる程なのです。
ただ、私はまだこのシリーズの『百舌の叫ぶ夜』しか読んでおらず、津城警視のこのシリーズでの位置づけをよく知るものではありません。今後このシリーズの中でどのような活躍を見せるものなのか、それもまた楽しみでもあります。
本書では中盤で、ある事件の謎ときが提起されます。その謎解きが物語の根幹にかかわるほどのものなのですが、個人的には、この大仕掛けの必要性があまり感じられず、若干ですが気をそがれました。もう少し簡単な方法がありそうだと思えてしまったのです。
こうした点も含め、本書の物語の完成度は決して高いとは思えませんでした。とはいえ、本書の出版年が1981年で、直木賞、日本冒険小説協会大賞を受賞した『カディスの赤い星』よりも5年も前のことであり、ごく初期の作品であるところからすると、逆にこれだけの作品を書いていることのほうが凄いと言わざるを得ません。
結局、先に述べたような若干の不安定要素はありながら、どちらかと言えば重いトーンで彩られているこの物語ですが、読者を惹きつけて離さないだけの魅力は持っている小説なのです。
『百舌シリーズ』も間が空いてしまい、そろそろ次を読みたくなりました。