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あさの あつこ 地に巣くう


「弥勒」シリーズの第六弾長編小説です。

木暮信次郎は、両替商大橋屋の内儀であるお美代の接待で小料理屋「菊若」で飲んだ帰り、不覚にも刺されて怪我を負ってしまう。刺したのは島帰りの徳助という男だが、どうも飲んだ酒に何か入っていたらしい。その徳助は数日後に水死体となり発見されるが、調べてみると信次郎の父親の悪事へとの繋がりが見えてくる。そのうちに大橋屋が焼け、お美代も亭主と共に帰らぬ人となるのだった。

今回は信次郎の父親である右衛門の意外な過去が暴かれます。自らの父親の裏の顔を暴くことにもなりかねない信次郎ですが、謎を解き明かすことこそ面白いと突き進む信次郎です。しかし、右衛門に心酔する伊佐治には信次郎の心の内は理解できず、信次郎からは探索から外すとまで言われてしまいます。

今回も、信次郎が刺された訳や、探索の過程で現れた父親右衛門の裏の顔などの謎を解いてゆく過程も見どころではありますが、やはり信次郎と伊佐治、それに遠野屋清之介の三人の心情の交錯こそが要ででしょう。

このシリーズを読むきっかけとなった「第二級活字中毒者の遊読記」の焼酎太郎さんは、この信次郎と清之介の繰り返される心理描写について、「そろそろ、信次郎と清之助の、なんていうの、腹の探り合いじゃなくてなんかこう、感情のもつれ合いっての、なんだか鬱陶しくなってきました。」と書いておられます。

確かに、このシリーズは、普通ではない考え方をする信次郎と、尋常ではない過去を持つ清之介との心理描写がこれでもかと描写されていて、鬱陶しいという言葉も分からないではありません。でも、前にも書いたように、中心となる三人の登場人物の「人間のありよう」をこそ楽しんでいる身としては、やはり面白い物語だとしか言いようがありません。

ただ、焼酎太郎さんも面白くないということではなく、マンネリ化しているということを言いたかったのでは、と思われ、そういう意味では否定しがたいと感じている自分も居て、どうも八方美人的な私の感想だとも思っています。

とはいえ、個人的には今後の展開を楽しみにしているシリーズです。

柚月 裕子 臨床真理



第7回の『このミステリーがすごい!』大賞での大賞を受賞した、女性臨床心理士を主人公とするミステリーです。

臨床心理士の佐久間美帆は、勤務先の医療機関で藤木司という二十歳の青年を担当することになる。司は、同じ福祉施設で暮らしていた少女の自殺を受け入れることができず、美帆に心を開こうとしなかった。それでも根気強く向き合おうとする美帆に、司はある告白をする。少女の死は他殺だと言うのだ。その根拠は、彼が持っている特殊な能力によるらしい。美帆はその主張を信じることが出来なかったが、司の治療のためにも、調査をしてみようと決意する。美帆は、かつての同級生で現在は警察官である栗原久志の協力をえて、福祉施設で何が起こっていたのかを探り始める。しかし、調査が進むにつれ、おぞましい出来事が明らかになる。『このミステリーがすごい!』大賞第7回大賞受賞作。(「BOOK」データベースより)

どうにももどかしいと言うか、今一つ物語世界に没入するにはためらいを感じる作品でした。

その一番の理由は、主人公の心理療法士である佐久間美帆の行動が向こう見ずで危なっかしく、読んでいて現実感が無いところにあると思われます。いくらなんでも突っ走り過ぎだろう、としか言いようのないこの行動は、小説として当たり前の話ですが、結果的には事件解決に結びつきます。しかし、やはり不自然です。

また、事件のカギを握る藤木司という青年の行動にしても、知的障害は無いにしてもその行動は激情的に過ぎ、設定として少々無理を感じます。

読後にレビューを読んでみると、物語が障害者を扱っているにしては安易に過ぎる、という批判も目につきます。その点での当否は判断はつかないのですが、少々書き過ぎでは無いかと感じたことも事実です。

物語の舞台設定はミステリーとして実に興味をそそられるし、事実、読んでいて惹きこまれもします。しかしながら、主人公にリアリティーを感じない私にとっては、面白いと思いながらも頭の片隅に覚めた部分が残っているのです。

本作品はこの作者の事実上のデビュー作品だと言うことです。それを考えれば見事としか言いようのない作品なのかもしれません。でも、それは読者にとっては無関係の事柄であり、作品自体をみると一歩引いた評価しかできないのです。

結論として、小説としての完成度が高いのかと問われれば、個人的には、そうではない、としか答えようのない作品だったのです。

しかしながら、このあとに書かれたこの作者の作品を読んでみると、やはり私の好みの作家ではあります。本作品に限れば今一歩物足りなさは残るものの、出されている作品はすべて読んでみたいと思わされる作家さんではあります。

下村 敦史 生還者


山を舞台にしたミステリー小説です。作者の私の下村敦史氏は、『闇に香る嘘』で第60回江戸川乱歩賞受賞している作家さんです。

増田直志の兄謙一はヒマラヤ山脈東部のカンチェンジュンガで発生した雪崩に巻き込まれて死んだ。しかし、兄の残したザイルには人為的な切りこみがあった。兄が死んだ雪崩から二人の男が奇跡的に生還するが、一人は兄たちの登山隊に見捨てられたと言い、一人はそんなことは無いという。二人の言うことは正反対であり、どちらかが嘘をついているとしか思えない。増田直志は兄の死の原因を探るべく、女性記者の八木澤恵利奈と共に事の真相を探り始めるのだった。

四年前の白馬岳のツアー登山で恋人の美月を失い、一人生き残った謙一は登山からは遠ざかっていたのに何故にカンチェンジュンガに再び登り、そして死ななければならなかったのか、雪崩からの生還者二人は何故正反対のことを言うのかなど、直志の兄の死をめぐっては謎ばかりです。

そうした謎をもたらす人間関係の設定が若干複雑に感じられました。状況の設定が錯綜していてちょっと気を抜いて読んでいると状況が分からなくなってしまいます。

ただ、物語としては伏線がきちんと張り巡らしてあり、後半、その一つ一つが丁寧に回収されていきます。だからこそ状況が錯綜している割には読みにくさはあまり感じられず、作者の筆力もあって物語に引っ張られたのだと思います。

冒頭に山を舞台にしていると書きましたが、山岳小説というには山の描写は限定的です。それでも、冬の白馬やカンチェンジュンガの描写はそれなりの迫力を持っているのですが、山の描写で新田次郎や笹本稜平といった本格的な山岳小説と比べると、どうしても彼らの作品に一日の長がありそうです。

ついでに不満点を書きますと、本書には三人の女性が登場します。直志の片想いの相手で兄謙一の恋人である清水美月という女性がいて、次いで風間葉子という女性が今の直志の恋人としており、本書の探偵役である八木澤恵利奈というジャーナリストがいます。直志はそのそれぞれに心惹かれているのです。

ただ、これらの直志の恋物語は物語の本筋とはあまり関係なく、作者とすれば物語に膨らみを持たせる意図があったのでしょうが、個人的には不要と思ってしまいました。

粗探しをするような書き方をしてしまいましたが、それでもなおこの物語は面白い作品でした。人間の心のありようを、山での人間関係の中に設定し、誰しも心の奥に持つであろう良心と生きるという本能との相克などを丁寧に描いてある作品だと思います。

山を舞台にする作品では極限状況下での人間の行動を描く作品が多く、本書もその例にもれません。そして極限状況下でのある行為がその後のそれぞれの人生に大きくかかわっていく、そのドラマは若干の強引さを感じないでもないのですが、なかなかに読ませるものでした。

こうした人間ドラマを丁寧に描いてある本作は好感が持てると思える作品で、外の作品も読んでみたいと思わせられるものでした。

あさの あつこ 冬天の昴


私にとり、このごろの時代小説では一番面白いと感じている、あさのあつこの「弥勒」シリーズ第五弾長編小説です。

「親分、心など捨てちまいな、邪魔なだけだぜ」たった独りで、人の世を生きる男には、支えも、温もりも、励ましも無用だ。武士と遊女の心中は、恋の縺れか、謀か。己に抗う男と情念に生きる女、死と生の狭間で織りなす人模様。(「BOOK」データベースより)

このシリーズ前作の『東雲の途』と異なり、まさに「捕物帳」の趣きの物語です。とはいえ、本シリーズの雰囲気は全く損ねてはおらず、定町廻り同心木暮信次郎の活躍が中心になり、同心と遊女の心中事件に隠された謎を解いていく物語です。

その謎解きこそがミステリータッチの物語では本筋でしょうが、このシリーズではやはり木暮信次郎や伊佐治、遠野屋清之介という中心人物の人間のありようが見どころであることは変わりません。逆に言えば、三人の物語に加え、謎解きの面白さも加わっていると言ったほうが良いのかもしれません。

本書を読んでいる途中で、清之介や伊佐治といった登場人物の目線で語られることの多いこの物語ですが、では信次郎目線の個所はあったろうかと気になりました。これまでの作品の中で信次郎目線で語られていた個所があったかは全く記憶にないのです。もしかしたら、本来の中心人物である信次郎の主観で語られる個所は無いのでは、と思っていた矢先に、信次郎目線で語られている個所に遭遇しました。

いわゆるハードボイルド作品などで多い、主人公の主観を直接描写せずに客観描写だけでその内心をも表現する手法が採られているのかと今さらながらに思っていたのですが、そうではなかったようです。しかしながら、これまでも信次郎の主観部分が無いわけではなかったのでしょうが、やはり、信次郎主観で語られる個所は少ない、ということは言えるのでしょう。

通常人の感性とは全く異なる、「闇」をこそその心裡に内包している信次郎の行動は、本書で余すところなく描写されています。前巻が遠野屋清之介を描いた作品ということができるのならば、本作品は木暮信次郎という同心を描いた作品ということができるのかもしれません。

また、信次郎の女、とでもいうべき存在が本書で明らかになります。その点もまた本書の彩りと言えるのでしょう。シリーズが進むにつれ更に興味を増すシリーズの一つです。

あさの あつこ 東雲の途


「弥勒」シリーズ第四弾になる長編小説です。

橋の下で見つかった男の屍体の中から瑠璃が見つかった。探索を始めた定町廻り同心の木暮信次郎は、小間物問屋の遠野屋清之介が何かを握っているとにらむ。そして、清之介は自らの過去と向き合うため、岡っ引きの伊佐治と遠き西の生国へ。そこで彼らを待っていたものは…。著者がシリーズ史上ないほど壮大なスケールで描く「生と死」。超絶の「弥勒」シリーズ第四弾。

本シリーズは、同心が主人公でありながら、他の多くの捕物帳的な時代小説に比べればミステリーの要素は少ないものでした。本作に至ってはミステリーの側面が後退し、殆ど遠野屋清之介の物語になっています。清之介の過去への旅と言っても良いかもしれません。

本書は、いわゆるエンターテインメント小説に分類される時代小説でありながら、急激なストーリーの展開やアクションなどはほとんどと言って良い程にありません。従って、ジェットコースター的物語を好む人には面白いとは思えない物語かもしれません。しかしながら、木暮信次郎ら三人の男たちに、特に本書では「清之介の過去への旅」の物語に、妙に惹きつけられるのです。

本書で中心となるのは、江戸の町で見つかった一人の男の惨殺死体の体内から見つかった瑠璃石です。ここでも遠野屋清之介がこの瑠璃に絡んできます。そして、この瑠璃にまつわる話は、清之介の乳母のおふじにつながり、更には清之介の故郷の藩の権力闘争に、そして清之介の兄に連なるのです。

清之介はこれまで自らの過去に背を向け、封印をすることでこれからの遠野屋を守り抜こうとしていたのですが、伊佐治親分の言葉もあって、前向きに立ち向かおうとします。

ここらの清之介の心情をたどる描写が読み手に明るさをもたらします。勿論、清之介の行く手が明るいものと決まっているのではありません。もしかしたら修羅の道に踏み出しているのかもしれないのですが、ここでの清之介の心情は将来へ向かって大きく踏み出しているのであり、そこに暗い影は見えないのです。

前へ踏み出す清之介の第一歩は故郷に帰ることでした。その旅に伊佐治も同行します。伊佐治が清之介の手助けになる筈もなく、それどころか足手まといになる可能性のほうが高いのは伊佐治にも、勿論清之介にも分かっています。にも拘らず清之介は伊佐治の同行を拒みません。それどころか、歓迎するそぶりさえ見えます。暗く、陰惨であった清之介の過去からの脱出の手がかりとなるのは伊佐治だ、と言わんばかりの清之介なのです。

今回は木暮信次郎の活躍はほとんどありません。それでいて、全編を木暮信次郎の存在が貫いています。作者の、この物語における木暮信次郎や伊佐治、それに清之介という三人を始めとする登場人物の人物造形が上手くいっているからこその存在感でしょう。

今後の物語の展開が楽しみな作品でした。

松井 今朝子 似せ者


松井今朝子という作家のお得意の歌舞伎の世界を舞台にした時代短編小説集です。このところ数冊はアクション小説ばかり読んでいたので、本書のように丁寧に人物の心象を語る作品は心豊かな時間をもたらしてくれます。

「似せ者」

籐十郎の世話を焼いてきた与一は、名優坂田籐十郎亡き後、籐十郎そっくりの芸を見せる桑名屋長五郎を二代目籐十郎として売り出そうとする。当初は物珍しさもあり二代目籐十郎人気は素晴らしいものがあったが、次第に先細りとなる。そうした中二代目坂田籐十郎こと長五郎は、自分本来の芸を見せたいと思うようになるのだった。

永年籐十郎の面倒を見てきた与一は、京の芝居のためにも、何とかドサ回り役者を二代目の藤十郎として金の取れる役者として売りだそうと模索します。しかし、長五郎も芸人であり、自らの芸の追及の夢もあります。そうした長五郎の心根と、かつては自らも役者であった与一の芸に対する思いが語られます。

「狛犬」

市村助五郎と大瀧広治はいつも一緒にいる。なんでも器用にこなす助五郎に対し、広治は一人では何もできずにいつも助五郎の後を追ってばかりいたのだった。その二人が舞台でとった勧進相撲が大当たりをし、広治もそれなりに自信をつけ、役者として成長をしていく。しかし、代わりに二人の仲は遠ざかるばかりだった。

二人が通った踊りのお師匠さんとその娘お菊を物語の彩りとし、助五郎の広治に対する微妙な思いを細やかに描き出してあります。自分がいてこその広治であり、自分がいなければ何もできない広治、との思いは、広治が売れるにつれ微妙に変化していき、物語のラストは思わず胸をつかれる好編に仕上がっています。

「鶴亀」

人気役者の鶴助は、突然、一世一代(引退)興行を打つと言い出した。いつも我がまま放題であった鶴助であり、何とか引退を翻意させようとするお仕打(興行師)の亀八も、途中からは鶴助の一世一代の引退興行を打とうと心に決めるのだった。その引退興行は後世まで語り継がれるような工業にはなったものの・・・。

引退興行が盛況に終わり、鶴助も芸人として更に一皮むけた芸を披露できたそのことが、鶴助の芸人としての心に火をつけてしまいます。ただひたすらに鶴助のためにと走り回ってきた亀八の、芸のためにのみ生きようとする鶴助に対する思いの微妙な変化を余すところなく描写してあります。

「心残して」

江戸が東京と名まえを変える頃、江戸三座の一つ市村座の囃子方の杵屋巳三次は、旗本の次男坊の神尾左京と出会う。その美しい声に魅入られた巳三次は、左京の妾である吉乃に三味線を教えることになる。しかし、左京は彰義隊に参画するのだった。

本書に収められた四編の中では一番惹きこまれた作品でした。全編が巳三次の視点で語られているのですが、巳三次の、左京の声に魅かれ、人柄に惚れこんでいく様が実に自然です。

芸人としての矜持を持った巳三次は臆せずに左京に向かい、左京はまた正面からそれに応えます。加えて吉乃という魅力的な妾の存在が巳三次の心を騒がせる様子は、密やかだからこそ心に響いてきます。明治初期の江戸の町の様子や囃子方の豆知識などが持ちりばめられたこの物語は、私の好みにピタリとはまる好編でした。


震災後、何かと心穏やかでない日々を送っていたのですが、そんなときは痛快小説で忘れてしまうという読み方もありますが、本書のような作品に触れ、心穏やかな豊穣なひと時を過ごすというのもまた贅沢な時間の持ち方なのだと、あらためて思わされる作品でした。

佐々木 譲 制服捜査


大きく構えるでもない肩の凝らない描写で、地方の町の日常の中で起きる事件を描いている連作の物語ですが、かなり読み応えのある小説です。

北海道警察で実際に起きた不祥事に対する処置として、道警は、七年の同一部署在籍で配置換え、十年の同一地域在籍で他地方へ異動という方針を取ります。その結果、経験値の少ない刑事や、地域の情勢を知らない駐在員などが大量に配置されることになります。

佐々木譲の『笑う警官』はそうした情勢下での札幌の警察を描いた小説でした。本書は、その地方版といったところでしょうか。札幌で刑事として長年勤務していた川久保篤巡査部長が、十勝の田舎の駐在さんになり、さまざまな事件を解決する、という物語です。

「逸脱」 川久保が駐在所に移動して間もない頃喧嘩の通報を受けるが、川久保は防犯協会長らが来ていたため即時の対応を怠ってしまう。その後、山岸三津夫という若者が死体で発見される。ちょうど相談を受けていた山岸明子という女性の一人息子だった。所轄は事故として処理をするが、疑問を感じる川久保は偽装だと主張するも受け入れられないのだった。

「遺恨」 酪農家の大西という男の飼っている犬が撃ち殺された。二日後、所轄署から傷害事件の一報が入る。聞き込みをした中の一人である篠崎征男が血だらけで倒れているという。篠崎征男の息子で通報者でもある章一の話では、雇っていた中国人研修生と車もないらしい。中国人研修生の犯行との見方が強い中、疑問を感じ一人調べる川久保だった。

「割れガラス」 恐喝されている子供がいるとの通報により駆けつけると、既に誰も居ない。そこにいた大城という大工が助けたらしい。数日後、Aコープストアの店長から万引きの通報が入るが、万引きしたのは恐喝されていた山内浩也という少年だった。川久保の判断でその少年を大城のもとで修業をさせることにしたのだが、町の有力者らは、大城の前科を理由に町から追い出そうとするのだった。

「感知器」 近頃町にホームレスやカルト系の不審者、旅行者などが増えているらしい。そうした折、不審火が相次ぎ、防犯協会メンバーの大路の事務所でも不審火が出るのだった。

「仮装祭」 今年も十三年前に少女失踪事件が起きた夏祭りの季節になった。今年の夏まつりは特に仮装盆踊りと歌謡ショーが復活して当時と状況が似ており、再び同様の事件が起きるのではないかと危惧する川久保だった。

駐在さんという限られた職務の中でのミステリーです。刑事のように入念な聞き込みができるわけでもなく、それでも駐在である川久保巡査部長は顔見知りという利点を生かし、細かな違和感をつぶしていくのです。その様がとても丁寧に描写されていて、読んでいて心地よさを感じます。

加えて、川久保という巡査の元刑事という自負でしょうか、警察官としての気骨を感じます。所轄の刑事らとの衝突をも辞さないその構えが小気味いいのです。エンターテインメント小説の醍醐味の大きな部分を主人公のキャラクターが占めていると思うのですが、本書の川久保というキャラはその要求を十分満たしていると思います。

そのうえで、少しの社会性を垣間見せつつ、ミステリーとしての面白さを堪能していたこの物語は、最後の物語の「仮装祭」の中で、本書全体を貫いている田舎だからこその秘密が明かされ、エンターテインメント小説としての醍醐味は最高潮に達するのです。

本書は2007年版の「このミステリーがすごい!」で第二位になっており、この作家の上手さを思い知らされた作品でした。

月村 了衛 ガンルージュ


あの『機龍警察』の作者による新たなアクション小説ということでかなりハードルを高くして読んだのですが、『機龍警察』とは異なった切り口で期待に応えてくれたアクションエンターテインメント小説でした。

韓国の大物工作員キル・ホグン率いる最精鋭特殊部隊「消防士」が日本で韓国要人の拉致作戦を実行した。事件に巻き込まれ、人質となってしまった中学1年生の祐太朗。日本政府と警察は事件の隠蔽を決定した。祐太朗の母親で、かつて最愛の夫をキルに殺された元公安の秋来律子は、ワケあり担任教師の渋矢美晴とバディを組み、息子の救出に挑む。因縁の関係にある律子とキルの死闘の行方は、そして絶体絶命の母子の運命は―。(「BOOK」データベースより)

この作家が『機龍警察』で見せていた、重厚でどこか悲哀さえ漂わせる雰囲気は全くありません。しばらくこの作家の作品から遠ざかっていたら思いがけない作品を書かれていました。本作品は、ただただ提供される物語に没頭し、物語が連れて示してくれる筋道をたどっていけば痛快なひと時を過ごすことができます。この物語の意味や隠された意図など深読みする必要は全くなく、爽快感に浸ればいいだけのことです。

とある中学の体育の教師である渋矢美晴が、PTAのオバさん達に吊し上げられているところからこの物語は始まります。当然のことながら、この体育教師が主人公と思い読み進めると、違います。

場面は美晴の教え子の祐太郎の家庭へと移り、祐太郎の母親の秋来律子の目線になります。その後、祐太郎の誘拐、律子の追跡の場面へと展開していくのですが、普通の主婦が鍛え上げられた工作員を相手に一歩も引かずに戦う様が、元公安という律子の過去を次第に明らかにしつつ語られていきます。

追跡の途中で出会った美晴と行動を共にしながら、律子の、祐太郎を誘拐した集団とのアクションが繰り広げられるのですが、展開が非常にスピーディーで、一気に読み進めることができます。

この手のアクションエンターテインメント小説の常で、会話文、そして改行が多いため、316頁という新刊書の厚さの割にはさくさくと読み進めることができるのです。

とはいえ、律子や敵役の韓国の大物工作員キル・ホグンという登場人物のキャラクター設定はかなり書きこまれており、物語としてのリアリティはきちんと確保してあります。

そのうえで、ある意味能天気なアクションをも展開させています。なにせ元ヤンの教師である美晴は、バット一本を手に、鍛え上げられた韓国工作員たちとやりあうのですからたまりません。

コミカルな趣さえ漂わせているこの作品の一番の仕掛けは渋矢美晴です。美晴は、かつてはロックバンドのボーカリストであり、その元彼はキャリア組の警察官なのですが、とある理由で新宿署での刑事として生きているというのです。

こうくれば、すこしでもミステリー好きの人ならすぐにわかる超有名なキャラがいます。大沢在昌の『新宿鮫』ですね。本書の渋矢美晴は、『新宿鮫』の鮫島(本書では「奴」としか呼ばれていません)の恋人の晶とはかなり異なるキャラクターではありますが、こうした作者の遊び心は読み手とすれば実にうれしいものです。

渡辺 容子 エグゼクティブ・プロテクション


ここ数日、震度2クラスの余震が数日おきに起きている気がします。昨日は震度3でした。余震の後は雨、その後はまた余震。もはやあきらめの境地でもありますが、次回大きな地震が来たら崩壊する家屋は多数出ることでしょう。勿論我が家など一番に崩れそうです。今はただただ「怖い」の一言です。

さて本書ですが、女性ボディーガードを主人公にした、アクションエンターテインメント小説です。

トップランナー、真姫の警護を担当することとなったボディガードの八木は、自らの髪を金色に染め、ハイ・プロファイル・プロテクションを実施する。企業のイメージキャラクターとして、アスリートとして、涙を見せず気丈にふるまう真姫に、悲劇は襲いかかる。コーチが殺害され、あらぬ疑いをかけられた真姫を救うため、八木の率いる女性警護チームがあらゆる危険を排除すべく動いたが―『左手に告げるなかれ』の江戸川乱歩賞作家、渡辺容子が圧倒的なスピードとスケールで描く渾身のボディガードエンターテインメント。(「BOOK」データベースより)

読了後に調べていくうちに知ったのですが、本書は八木薔子(やぎ しょうこ)という女性を主人公にしたシリーズの二作目でした。

一作目の『左手に告げるなかれ』は、第42回江戸川乱歩賞を受賞しています。ただ一作目での主人公八木薔子は「保安士」つまりは「万引きGメン」という設定です。乱歩賞受賞作らしく、ミステリー作品のようで、アクションメインの本作とは異なる印象があります。二作目である本書とのつながりはどうなっているのか、本書には書いてはなく不明です。もしかしたら、人物名だけは一緒ですが、物語としてのつながりは無いのかもしれません。早速読んでみようと思います。

本作品についてはアクションエンターテインメント小説とは書きましたが、アクション性を前面に押し出しているというよりは、むしろミステリー性のほうが強いと言うべきなのかもしれません。この点で前作とのつながりがあるのでしょうか。

本作品では、ボディーガードという職務の内容を、スタッフの動きまで描写しつつ、読者に分かりやすく描いてあります。本来のボディーガードの職務からすると「逃げる」ことこそ為すべきことであり、襲撃者に対して反撃することはボディーガードのあるべき姿ではないのだそうです。このことは、テレビでもボディーガードを職務としていた人が同じことを言っていたので間違いのないことなのでしょう。

とすれば、小説としてアクションを描く場面はあまり無なそうなのですが、そこはエンターテインメント作家です。うまく処理してあります。

本書で八木たちによる警護対象者であるマラソンランナーの真姫は、さまざまな妨害を受け、ときには物理的な攻撃まで受けます。だからこそボディーガードを依頼したのでしょうが、あるとき真姫のコーチが殺されてしまいます。八木は真姫に対する単なる外的な攻撃だけではなく、真姫の心のうちまで配慮するガードを心がけるのです。

そして、コーチの死、真姫に対する攻撃の裏には企業の思惑を越えた秘密が隠されていて、誰が、何故コーチをも殺したのか、という謎を持って物語は進んでいきます。

ボディーガードを主人公にした小説は少なからずあるのですが、女性が主人公の物語を他には知りません。本作では女性を主人公としながらも、エンターテインメント性を十二分に発揮しつつも、物語の持つリアリティーをも満たしている、個人的には読みごたえのある作品だと思いつつ読み進めました。

若干、真姫の父親の描写などに私の好みからは外れた冗長性を感じないでもないのですが、それらは個人的な好みとして無視できるものです。全体的には新た書き手を見つけたという喜びが大きい作家さんでした。

海堂 尊 アクアマリンの神殿


本書の惹句に「海堂尊の新境地長編」とありましたが、確かに青春小説の形態をとった新しい形の物語かもしれません。

主人公は前作『モルフェウスの領域』の領域で「コールドスリープ」により五年間の「凍眠」を経た結果、両眼の視力を失うという危機を免れた佐々木アツシです。彼は桜宮学園中等部に編入し中学生生活を送っているのですが、麻生夏美という明晰な女の子や、ボクシング部の蜂谷一航などという仲間と知り合い、そのまま高等部へと進学します。

高校ではボクシング部に属し、天才神倉正樹を擁する東雲高との対抗戦に出場するアツシですが、一方で悲恋にあこがれる北原野麦という女の子も登場し、アツシにまとわりついたりもする、そんな日々を送っています。

こう書くと普通の青春小説のように聞こえますが、その内容は通常の青春小説とはかなり異なります。海棠尊という作家の頭の良さが出ている場面と私は思っているのですが、言葉の遊びとしか思えない、「論理」をもてあそんだ台詞回しで展開する物語は実に読みにくい話になっています。

アツシは前作でコールドスリープについた日比野涼子の世話係もしています。毎夜日比野涼子が毎夜眠っているアツシのために機械の点検を欠かさなかったように、アツシもコールドスリープにより眠りについている日比野涼子を守っているのです。

基本的に、アツシの学生生活と、コールドスリープシステムの製作者でもある西野及び看護師である如月京子との関係性で成り立つアツシの私生活との二面性を持ったまま話は進むのですが、とにかくレトリックに満ちたこの作家の文章は本シリーズでは特にその傾向が強いようです。

アツシを主人公とした青春小説の側面も確かにあるのですが、物語としてのリアリティは全くありません。この作品に記述してあるような会話を中・高校生がする筈もなく、とすれば、作者はアツシの日比野涼子をめぐる行動を通じての成長を描きたかったのかもしれません。

としても、中・高校生らしからぬ台詞回しで語られるこの物語は、端的に言って「面倒くさい」のその一言で済みます。

とにかく冗長です。

柚月 裕子 ウツボカズラの甘い息


骨太の社会派ミステリー小説と言えるのではないでしょうか。

高村文絵はかつては人の羨むほどの美しさを持っていたが、今では種々のストレスによる過食などにより見る影もなくなっていた。そんな文絵に幼馴染だという美女が声をかけてきて、昔文絵に助けられた恩返しをしたいという。一方、神奈川県警捜査一課の刑事である秦圭介は、鎌倉で起きた殺人事件の担当となり、現場で見かけられたサングラスをかけた女を探していた。

先日読んだこの作家の著した『最後の証人』という作品は「実にベタな社会派ミステリー」と言える作品でした。本書も同様に「ベタな社会派ミステリー」という表現があてはまります。

前作の『最後の証人』と同じく舞台設定はそう目新しいものではありません。普通の主婦が、あやしげな女の口車に乗ってひとしきりの夢を見、その後奈落に突き落とされるパターンはありがちです。

また、普通の家庭の、しかし精神的にもろさを持った主婦高村文絵の日常と、秦圭介とその相方である鎌倉署の女刑事の中川菜月との捜査状況とが交互に描写されるのですが、こうした構成も決して目新しい構成ではありません。

定番の構成ではあるのですが、本作でも私の好みからは外れる点が散見されました。この作家の力量、そして物語の面白さは十二分に認めたうえでのことですが、状況の設定のしかたに若干の過剰性があるように感じられます。

作者は社会派ミステリーとして十二分なリアリティを出そうと、個々の登場人物の具体的な背景を緻密に描き出そうとしておられるのでしょう。

例えば、かつては美貌を誇っていた高村文絵という女性が物語の中心人物として登場しますが、この女性は解離性離人症という精神障害にかかっているという設定です。でも、こうした人格障害という設定した意味は不明です。付けこまれるだけの精神的な弱みを持っている、という意味はあるのでしょうが、この病気であるべき理由にはなりません。

秦刑事の相方となる中川菜月も美人刑事という設定も本作の物語の進行にとってはどうでもいい設定に思えます。美人刑事という設定が物語の世界観構築に彩りや、お色気、若しくは華やかさなどの効果でもあれば良いのですが、その点でもあまり役だっているとは思えません。

ただ、以上のような気がかりな点は見られながらも、やはり物語の面白さは否定できず、最後まで引きずられました。秦刑事のキャラクタも魅力的ですし、中川菜月というキャラももう少し活躍させてくれたらと思うほどの魅力は持っています。

もしかしたらこの刑事を主人公としてシリーズ化されたら私好みの面白い作品ができるかもしれないという期待を抱く作品でした。

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Author:siro
このブログの本棟として本の紹介のサイトを開いています。
(こちらです⇒読んだ屋
本ブログを別棟として位置付けて、読んだ本を記録していこうと思い立ちました。ここでの文章を母屋であるそのサイトに転記していくつもりです。

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