柚月 裕子 検事の死命


『最後の証人』『検事の本懐』に続く佐方貞人シリーズの三巻目で、主人公佐方貞人の検事時代の活躍を描いた連作短編集です。個人的な好みとも合致し、近頃読んだミステリーでは一押しの作品でした。

「心を掬う」

何箇所かで郵便物が宛先に届かない、という話を聞きこんだ佐方貞人は、この事実を調べるようにとの指示を出す。郵政監察官にも問い合わせようとすると、当の相手から電話連絡が入った。

若干、舞台設定に強引さを感じないでもないのですが、人の気づかないところに気づくというのが佐方の持ち味であり、その後の思いきった行動でさえも、「罪をまっとうに裁かせる」という彼の原則に則った行為として納得させられます。

「業をおろす」

父陽世の法事のために故郷へ帰った佐方は、陽世の友人でもあり、今回の法事を取り行う龍円寺住職上向井英心に、父親があえて実刑を選んだ理由を尋ねる。すると英心は答えをはぐらかしながら明日の法事に客が増えても良いかと問うてきた。

本章の冒頭に編集部のことばとしても書いてあるのですが、この物語は『検事の本懐』に収録されている「本懐を知る」の完結編に当たります。そちらを先に読むべき物語です。

佐方のよって立つ原点である父親の真の姿を情感豊かに描き出しています。若干「情」の側面が勝ち過ぎている感じは否めませんが。

「死命を賭ける(死命 刑事部編)」
 「死命を決する(死命 公判部編)」

女子高生仁藤玲奈の臀部を触ったとして起訴された武本弘敏は一貫して痴漢行為を認めない。武本が婿養子として入った武本家は県内有数の名家であり、県の政財界は勿論、国会議員ともつながりがあるという。一方被害者は万引きや恐喝容疑で補導された過去を持ち、家庭も決して裕福ではない母子家庭であった。その後、与党の実力派代議士大河内定和や県会議員などを通じ、鬼貫正彰検察正や米崎東署の署長南場輝久らにも圧力をかけてくる武本家だった。

主人公の佐方は、はじめは刑事部所属として本案件の担当になり、自ら捜査の指揮をとります。そしてさまざまな妨害を乗り越えて起訴に持ち込むのですが、その後に公判部への異動となりこれまた自ら法廷に立つのです。

物語自体は県の有力者に対する若輩者の地方検事という構図であり、そのこと自体は取り立てて珍しいものではありません。

しかしながら、『最後の証人』や『検事の本懐』でもそうでしたが、著者のこのシリーズというか佐方貞人というキャラクターに対する思い入れの強さが感じられ、設定そのものは特に目新しくは無くても、その舞台に登場する人物たちの動きは目を見張るものがあります。

勿論、無条件に面白いというわけではありません。それどころか、情の側面が強すぎるとか、舞台設定が極端に過ぎないかとか、首をひねる個所も多々あるのです。著者が尊敬するという横山秀夫は私も一番好きな作家さんですが、前にも書いた「横山秀夫の作品であれば決して抱かない違和感」があるのです。

やり手と言われる弁護士に「青いな。そんな青臭い考えでは、君はいずれその使命感とやらで、自分の首を絞めることになる。」と言わせています。前巻でも同様な場面がありました。

ということは、著者も佐方の行動は青く、普通は通らない論理であることを十分に計算したうえで描いていると思われます。それでもなお自分の信じるところを貫く佐方の行動にカタルシスを得るという、痛快小説の王道を行く作品であるのでしょう。それには作者の力量が必要であり、そしてそれに十分答えていると思うのです。

とにかく、続編を早く読みたいシリーズであることに間違いありません。

濱 嘉之 警視庁情報官 シークレット・オフィサー


現実の公安警察出身の著者が公安警察の内実を描き出す、異色の長編小説です。

頭脳明晰で行動力もある存在、具体的には情報収集力があり、集めた情報の分析力も持った公安警察官を主人公としたスーパーヒーロー物語と言えるでしょうが、普通の痛快小説ではなく、公安警察の内情を紹介した物語です。

さすがに公安出身の著者が描く作品らしく、警察自体の内部、それも警察庁や警視庁上層部のキャリアたちの動静や、公安内部の人事から職務内容まで一通りの説明が為されていて、読み手の興味、関心を満たしてくれている作品です。

他の推理小説のような殺人や傷害などの事件は起きません。ただひたすらに公安という組織、そして黒田に代表される公安職員の職務遂行の様子が描かれているだけです。

ただ、個別の担当者が行う細かな情報収集作業自体の説明はあまりありません。優秀な分析官でもある主人公の黒田の指示のもとさまざまな情報が集められますが、部下に指示して情報を収集するというのみです。勿論、場面によっては具体的な情報収集手口の紹介も為されてはいますが、あまり詳しくは書けない部分もあるのでしょう。

もしかしたら、現実の世界でも、大切なのは集められた情報の処理の仕方だと言いたいのでしょうか。そういう意味では現実には複数の人間の為す仕事をヒーローである主人公個人の手柄として描写してあるのかもしれません。

主人公は、潤沢な資金を与えられ、夜の街で遊び回り、細かなうわさ話を拾い集めています。その人ととしての魅力でホステスや黒服、呼び込みなどとも気安く人間関係を作り上げています。更には裏社会の人脈までをも取り込んでいるのです。

主人公の見事なところは、そうしてて知り得たさまざまの情報をつきあわせ、普通の人間なら見逃すであろう情報の裏から、国の行く末を左右するほどの情報を抽出する能力を有していることです。主人公黒田の解析したそれらの情報はメモという形で上司に提出されます。ここで上司が無能であればその情報はその段階で眠ってしまいます。有能な者が手にしてこそ情報は生きてくる、というのです。

でも、世の中にはとてつもなく優秀な人間がいるのもまた事実であり、もしかしたら、本書の主人公のような人間にもモデルがいるのかもしれません。本書の魅力はそうした人間がいてもおかしくないと思わせるところにもあります。

小説としてみた場合、決していい出来だとは思えません。しかしながら、警察小説でたまに読む公安の実態を、その内側から描いた実にユニークな小説ではあり、続編を読んでみようと思わせる小説でもありました。

青山 文平 半席


徒目付の片岡直人を主人公として、彼の目を通して開かれる侍の生きざまを描き出した連作の時代短編小説集です。

本書の第一作の「半席」を読み始めるとすぐに既読感に襲われました。調べると、同じ作品が『約定』という作品集の中に収められていました。同じ作品を別の作品集へ再録することは、ありがちなこととは言え、特に青山文平という作家は個人的には一番好きな人でもありましたので非常に残念に思ったものです。

などと思っていたら、違いました。本書は「半席」に登場していた片岡直人を主人公とする作品集だったのです。『約定』所収の「半席」の評判の故か、若しくは作者の思い入れのためなのか、成り行きはどうかは分かりませんが、片岡直人が解き明かしていく人間模様は読み応え十分でした。

半席とは一代御目見え(いちだいおめみえ)という家柄のことを言います。半席である片岡直人は永代御目見え以上になるために気を入れて仕事をしなければなりません。しかしながら、組頭の内藤康平は煩多な徒目付の御用のかたわらに頼まれ御用を申しつけてくるのです。本来はそれどころではない直人ですが、頼まれ御用の先に見える人間臭さに魅せられたのか、何度か引きうけてしまいます。

本書は推理小説でいうホワイダニット(Why done it)の手法ということもできます。犯人は分かっており、直人が行うのは何故そのような行動を取ったのか、ということです。上司の内藤によれば青臭さのある直人だからこそ犯人も話す気になるということです。

内藤康平という上司は「旨いもんじゃあねえといけねえなんてことはさらさらねえが、人間、旨いもんを喰やあ、自然と笑顔になる。」というのが口癖です。この内藤と直人の会話もまた本書の魅力の一つなのです。

それが、各話の冒頭で神田多町の居酒屋「七五屋」において為される、亭主の釣った魚での料理に舌鼓を打ちながらの料理談義です。組頭である内藤を「波正太郎の小説の登場人物のよう」と書いているレビューもありました。

「半席」は筏(いかだ)の上を走り堀に飛び込み死亡した侍、「真桑瓜」は共に八十歳以上の侍同士の刃傷沙汰、「六代目中村庄蔵」は一季奉公の侍の主殺し、「蓼を喰う」は辻番所組合の仲間内を手に掛けた御庭番、というそれぞれの登場人物の人間模様があぶり出されます。

また「見抜く者」は徒歩目付の仕事の中でも人の恨みを買いやすい人物調べの絡んだ話で、直人や内藤の通う念流道場の道場主の芳賀源一郎をも巻き込んだ、珍しいアクション場面のはいった物語です。そして「役替」は同じ町内に住み共に召し挙げられた仲間の父親との思いもかけない邂逅がもたらした行く末が語られます。

いつも「侍」の生きざまを描かれてきた作者が、老いという時の経過の果てに、自らの人生を振り返ったときにもたらされる悲痛な思いを描き出した作品集です。主人公の片岡という青臭さを持った若者が、老練な上司に見守られながら成長していく物語でもあります。やはりこの作家は良い。

高田 郁 蓮花の契り 出世花


高田郁のデビュー作である『出世花』を第一作とする物語の完結編です。

「ふたり静」 第一巻の『偽り時雨』に登場した女郎の’てまり’が再び登場します。大火により「かがり屋」は焼け落ち、てまりは行方不明のままであったが、とある場所でお縁こと正縁はてまりをみつける。しかし、そこでは香弥と呼ばれており、かつての記憶を失っているようだった。記憶を取り戻すてまりは身を引こうとするが、てまりを香弥だと思いこんでいる認知症の富路をおいては行けず、息子の与一郎も共に引きとめるのだった。

「青葉風」 正縁が半年という約定で桜花堂に寄宿しているときに、桜花堂の得意先である遠州屋の主人治兵衛が急死し、桜花堂の菓子による毒殺の嫌疑をかけられて桜花堂主人の仙太郎が捕縛された。正縁は桜花堂のためにも治兵衛の死の真相を解明しようとするのだった。

「夢の浮橋」 桜花堂主人の仙太郎と女将である染との仲は回復不能になり、染は実家に帰ってしまう。桜花堂の大女将で正縁の実母でもある香は、仙太郎と正縁との縁組を望む。そんな折、仙太郎と共に深川八幡宮の祭礼に向かう途中、正縁は永代橋の崩落の現場に遭遇するのだった。

「蓮花の契り」 永代橋崩落事故の際の死者に対する正縁の姿が生き仏として評判となった。しかし、人心を惑わすとしてお上の不興を買い、青泉寺は閉門となってしまう。一方、正念には還俗と正縁と夫婦になる話が持ち上がっていた。


死者の湯灌をその職務とする三昧聖を主人公とするこの物語は、当然のことながら物語の全編に「死」をまとわりつかせた話になっています。それでもなお、過多な感傷に陥ることなく文章が紡がれていくのは、作者高田薫の力量によるものでしょう。

最後になって正念と正縁との恋模様が描かれているのですが、この点については少なくないレビューで批判的に書かれていました。どちらかと言うと私も同意見で、これまで作り上げられてきたこの物語が通俗的になったような気がしたものです。

この点は個人の好みの問題が多分に反映するところではあると思われ、その点の指摘にとどめておきます。

ともあれ、丁寧に丁寧に物語を紡ぎだしていくこの作者の作風はデビュー当時から変わらず、本書においてもそのことは変わりません。情感豊かな情景描写でありつつ登場人物の心象をも表すという、物語作家の当然のこの技量が高田郁は特にうまいと感じられ、個人的な不満点はありつつも、こころやすらかなひと時を持てる物語です。

伊東 潤 天下人の茶


茶道を物語の中心に据え、茶の湯を通して戦国の世の武将たちの在り方を俯瞰している、ユニークな視点の連作の短編時代小説集です。いや、長編小説と言った方が良いのかもしれません。第155回直木賞候補作品ということで読んでみたのですが、以前の印象とは全く異なる、奥行きの深い、驚きの作品でした。

「天下人の茶 第一部」

秀吉と千宋易(のちの利休)との出会いを描いた作品です。自らシテとして禁中能を演じている秀吉の場面から始まりますが、このことには作者の「能」についての計算があるようです。配下への褒美として、土地の代わりに名物茶道具を下賜する。天下布武のために「茶の湯」を利用しようとする信長に思いを馳せる秀吉です。

秀吉と利休の物語はいろいろと語られている話ではありますが、茶道を「道」としてではなく、純粋に「政」の道具として捉え、物語の中心に置いている点で独自の世界を持った物語です。前提知識なく本書を読んだ当初は、本章の意味が分からず、本書ははずれかと思ったものです。

「奇道なり兵部」

秀吉による朝鮮侵攻の折、牧村兵部は一個の古茶碗を見つけ、その美しさに打たれた兵部は他の作品を探しに山間の村へと出かけるのだった。

宋易の弟子として「奇道こそ侘茶の境地」と言われた兵部は、「ゆがみ茶碗」に「奇道」を見出します。小牧長久手の戦いでは「奇道」を選択し家康の攻撃から秀次を守り切った兵部です。そんな兵部ですが、朝鮮の地では歪んだ陶器を見つけ、師匠宋易の喜ぶ顔を思い浮かべながら、更なる「ゆがみ茶碗」を探しに戦場の奥へと深入りしてしまうのです。

「過ぎたる人」

弟秀長を亡くした秀吉は利休をも切腹させる。あと継ぎの鶴松をも亡くした秀吉は、姉の子秀次を養子とし、天下の後継者として関白職を譲り、秀次の家臣団として秀吉直臣が秀次の家臣とされる。利休の助命嘆願をした瀬田掃部もその一人であった。

この頃の秀吉は尋常な判断力はなく、「狂っている」としか言えない状態です。「過ぎたる人」と評された瀬田掃部は、師匠利休の「この国を正式方向に導かれよ。」という言葉をかみしめ、一大決心をします。ここでも利休の思惑が働いているようです。

「ひつみて候」

古田織部は病に伏せる秀吉の枕元に呼ばれ、身分制度に見合った茶の湯の秩序を構築することを命じられる。新たな秩序となりえる茶の湯の創出という大役である。織部は豊臣と徳川の戦いにおいても徳川に与し、新たな世の茶の湯を構築する。しかしながら、そこには落とし穴が待っていた。

茶道の世界でも著名な武人である古田織部を中心に据え、茶の湯の政治的な意味合いを突き詰めていく物語。茶人の人間的な側面をも描き出しています。

蛇足ですが、織部の朝会に招かれ、そこで見た歪みの激しい茶碗について、神屋宋湛の茶会記には「ヘウケモノ也」と記されているそうです。織部を主人公としたコミック「へうげもの」の意味がやっと分かりました。

「利休形」

細川忠興は病に伏せる蒲生氏郷を訪ね、昔話に花を咲かせていた。そこでは秀吉と利休の振る舞いについて語られ、その振る舞いに隠された意味が明らかになっていく。

おのれの死後も美の支配者たらんとした利休。黄金の茶室を侘びの極致と称した利休。利休の死後、茶の湯への熱は冷め、演能へ傾倒してゆく秀吉です。

「天下人の茶 第二部」 信長の「御茶湯御政道」のもと、秀吉は茶道具の名器をそろえ、名実ともに織田家の重臣となっていた。信長の意に沿う山上宗二を茶頭とするも秀吉とは反りが合わない。そこに宋易が訪れてきた。二人で話されたことは後の秀吉の礎ともなる事柄であった。

信長は茶道具の価値を高めようとし、秀吉は茶の湯を庶民まで普及させ天下の静謐を保とうとします。精神世界の開放による下々の不満を和らげようとし、利休こそがその任を担いました。秀吉のこの行動の根底にあったものは・・・。本編は意外な逆転劇で幕を閉じます。

佐々木 譲 巡査の休日


いわゆる「道警シリーズ」の第四作です。

小島百合巡査が逮捕したストーカーである婦女暴行犯の鎌田光也が脱走した。捕まらないまま一年が過ぎるが、神奈川で起きた現金輸送車強盗事件に蒲田が関与しているらしい。そんな折、蒲田がストーカー行為を働いていた村瀬香里にまた脅迫メールが届いた。小島百合巡査はよさこいソーラン踊りに出演する村瀬香里を再びガードすることとなるのだった。

北海道警察で現実に起きた警察官の不祥事である「稲葉事件」を題材に描かれたのがシリーズ第一作の『うたう警官』で、『このミステリーがすごい!』の2005年版で10位に入っています。この作品は『笑う警官』と改題され、その後タイトルも「笑う警官」のままに大森南朋や宮迫博之をメインとして、角川春樹がメガホンをとって映画化もされています。

その後、『警察庁から来た男』、『警官の紋章』と、道警の不祥事をベースとした作品としてシリーズ化され、本書に至っています。

これまでの三作とは異なり、道警の不祥事をベースとした色合いはかなり薄くなっています。そういう意味では通常の警察小説と言っても良いかもしれませんが、シリーズを貫く腐敗組織との対立構造は、佐伯の行動などにまだまだ少しは残っています。

何より、これまでの三作で作り上げられた中心となる登場人物たちは、かなり強烈な印象を持って存在しており、このシリーズが独特の存在感を持っていることを示しています。

本書では小島百合巡査が物語の中心に据えられています。よさこいソーラン祭りに参加する被保護者である村瀬香里を守るために常に村瀬香里に密着し、何時現れるか分からないストーカーの蒲田の出現を待つのです。

このシリーズ自体、サスペンスミステリーとして一級の面白さを持った作品だと思うのですが、本書もまたサスペンスフルな物語として仕上がっています。若干、これまでの三作と比して対組織の色が薄まっている分だけ物足りない気もしますが、それでもなお面白い物語です。

東野 圭吾 疾風ロンド


東野圭吾の多くの貌の中のコミカルな味付けのある側面が出た、宝探し的側面のあるサスペンス色を持った長編娯楽小説です。

生物兵器を盗み出し、テディベアのぬいぐるみを目印にスキー場のそばに埋め、三億円を要求した犯人は、そのまま交通事故で死んだ。上司から探索を命じられた栗林和幸は息子の秀人を手伝いとして、犯人が生物兵器を埋めたと思われるスキー場に向かう。

東野圭吾と言えば社会性に満ちたミステリーこそが醍醐味とも思えますが、その多彩な才能は多くの分野の作品を発表しています。勿論コミカルな作品も少なからず書かれており、本作も肩の力の入らない、コミカルな側面を持ったサスペンス娯楽作品と言えるのではないでしょうか。

そもそも、盗み出した生物兵器をスキー場の近くの林の中に埋めるという行為自体がシリアスな設定からは遠い設定ですし、生物兵器を盗み出した犯人自体がいなくなるということも意表をついています。

また、当初の探偵役と思われた栗林和幸もとある研究所の研究員であり、何年もスキーをしたことの無い中年のサラリーマンなのです。そこで、中年の男の先生役として中学生の息子が登場し、スキー場で知り合った地元の中学生の女の子に淡い恋心を抱き、その行方も気になります。

実際の探偵的な立場にはスキー場のパトロール隊員である根津昇平という男と、その彩りとして昇平の幼馴染である瀬利千晶とがいて、スキー場狭しと飛び回ります。

息子の秀人が走り回る点では青春小説的な雰囲気をも持ちつつ、監視員の男が探索する点ではサスペンス小説の趣きをも持っていると言えるでしょう。端的に言えば、若干焦点がぼけているのです。

とはいえ、宝探しとしての側面ではコミカルな設定が生かされ、サスペンスの味付けも為された贅沢な物語と言えないこともないのでしょう。いや、そこまで言うのは言いすぎでしょうか。

東野圭吾の描く人間ドラマを期待する人には期待外れとしか言えない作品です。そうではなく、難しいことは考えずに面白い小説を期待する人には向いていると思われます。スキー場を舞台にした娯楽作品なのです。単純に楽しめば良いのです。

佐伯 泰英 居眠り磐音江戸双紙(50) 竹屋ノ渡


いよいよ、本シリーズも最終話(第五十巻)となり、本書は最終話の上巻です。

梅香が漂い、霊峰富士を望む小梅村が柔らかな陽射しに包まれる頃、尚武館坂崎道場では、晴れて入門を許された空也をはじめ、多くの門弟衆が稽古三昧の日々を送っていた。そんな折り、道場主坂崎磐音宛てに、遠州相良より一通の書状が届く。時を同じくして、幕閣に返り咲いた速水左近が下城の途次に磐音のもとを訪れ…。超人気書き下ろし長編時代小説第五十弾。(「BOOK」データベースより)

これまでも最終話に向かい物語を整理するような流れで話は進んでいました。本書のその集大成とも言うべき一冊です。つまりは、物語としての大きな出来事は無く、話を終わらせるためのながれでしかないとも言えます。

まあ確かに磐根とかねてから因縁のある武士との立ち合いや、尚武館の移転騒ぎなど、本来であれば大きな事件と言うべき出来事はあります。それも最終話だからこその出来事です。しかしながら、何となく本書自体が物語の整理のためとしか思えないところから、私にしてみれば物語のつじつま合わせとしか思えません。

更には、磐根の跡継ぎである空也の成長ぶりなど、本来であれば物語の面白さが増してくるはずのところではあるのでしょう。

でも、本シリーズとしてみて、ここ数冊程は決して不可欠なものとは思えませんでした。本シリーズ当初の磐根をめぐる痛快な物語は影をひそめ、痛快時代小説としての面白さがありません。だからと言って剣豪小説でも無いという、半端な印象しか受けていませんでした。

勿論、作者の上手さで小説としてのそれなりの面白さはあったのですが、本来の面白さを感じない流れになっていたのです。本書は、その惰性に近い物語の流れを整えるという意味以上のものは感じられませんでした。

残り一冊に期待したいと思います。

笹本 稜平 破断 越境捜査


越境捜査シリーズの第三弾となる、長編警察小説です。

神奈川県瀬谷区の山林で、白骨化した死体が発見された。死体は、十年前に都内で失踪した右翼の大物。神奈川県警は自殺で片付けたが、あることに疑念を持ち捜査結果に納得しない県警の刑事がいた。宮野裕之。宮野はさっそく警視庁に赴く。捜査一課の鷺沼友哉にその疑念を話し、やがて、“不正規捜査”が始まった―。物語冒頭からトップギアで走るスピーディな展開。次々とわき起こる謎。2人の前にちらつく公安警察の影。まるで現実を見ているかのような組織の腐敗を正義で抉る、大好評シリーズ第3弾!!(「BOOK」データベースより)

このシリーズは「警察小説」と言って間違いではないと思うのですが、通常の警察小説とは趣を異にします。特に本書は警察内部での対立を描く作品であり、それも普通言われるキャリアと現場や、警視庁と県警の対立というものではなく、敵役となるのは公安部です。

それも、公安は組織の維持をこそ至上命題とする悪の巨大組織であり、鷺沼や宮野らこそが正義だという徹底した構図で成立しています。この構図は単純で分かりやすいかもしれませんが、現代の世相からすると、いや現代に限定せずと物語としてのリアリティーに欠ける印象は否めません。

この物語は、発見された右翼の大物の死体が自殺として処理され、そのことに疑問を抱いた一人の公安警察官もまた行方不明となっているところから始まります。そこに絡んでくるのが宮野であり、宮野から話を持ち込まれた鷺沼らのチームが、死体に隠された謎を解くことになります。そこで立ちふさがるのが公安警察ということになるのです。

従来、警察小説では刑事警察と公安警察とは仲が悪いものと相場が決まっていました。ただ、近年では公安を主人公にした警察小説も散見されるようになってきています。テレビドラマ化された逢坂剛の「MOZU」もその一つで、「公安」という言葉もかなり市民権を得たように思います。

実際、濱嘉之氏のような公安警察出身の作家さんも現れ人気作家となっていて、推理小説が好きな人には公安の内情もかなり知られているようです。

そのような現状下で、この本のように公安の存在意義を全く認めないという物語の構成は少々現実味に欠け、感情移入しにくいと言わざるを得ないのです。

そもそもこのシリーズ自体、第一作を除けば笹本作品の中では面白さでは決して頭抜けて面白いとは言えません。本作品も同様であり、公安の扱いの硬直ささえ無ければ、物語としては結構面白いのに残念です。この作家の『天空への回廊』などの作品のレベルを期待しがちではありますが、全作品に最高のものを要求すべきではないということでしょうか。

佐々木 譲 暴雪圏


駐在警官川久保篤シリーズの第二弾です。前作『制服捜査』は連作短編集でしたが、本作は文庫版でも504頁という長編の警察小説です。

三月末、北海道東部を強烈な吹雪が襲った。不倫関係の清算を願う主婦。組長の妻をはずみで殺してしまった強盗犯たち。義父を憎み、家出した女子高生。事務所から大金を持ち逃げした会社員。人びとの運命はやがて、自然の猛威の中で結ばれてゆく。そして、雪に鎖された地域に残された唯一の警察官・川久保篤巡査部長は、大きな決断を迫られることに。名手が描く、警察小説×サスペンス。(「BOOK」データベースより)

後半になり、物語は特定の場所に収斂してサスペンス感に満ちた展開になります。

前作では、道東にある志茂別駐在所に勤務する川久保篤巡査部長が探偵役として、町で起こる様々な事案に対処する物語でした。

今回はそれとは異なり多くの事柄が同時多発的に発生し、いわゆるグランドホテル形式で物語は進みます。めずらしく道東を襲った「彼岸荒れ」という北の大地の強烈な大自然のために、多くの人たちの思惑がおおいに外れ、振り回されるのです。そうした事件の最初は、川久保巡査長の音にもたらされた一件の死体と思われる情報でした。

北海道の地吹雪というものを私は知りません。一度だけ十二月の札幌に行ったことはあるのですが、めずらしい暖冬でほとんど雪を見ないままに帰ってきたことを思い出しました。本当の地吹雪は数メートル先が見えない、と聞きます。実際、吹雪の中、吹きだまりに突っ込み身動きが取れなくなった親子が、数百メートル先に人家があったにもかかわらず凍死した事故があったのは、それほど昔のことではなかったと記憶しています。

この予定外の「彼岸荒れ」に振り回された人たちの一夜の人間模様が繰り広げられるのですが、作者の筆のうまさは光っていますね。駐在さんという主人公の立場を上手く利用して地域に密着した物語を作り上げています。まあ、地域密着という意味では前作のほうが上手くできているとは思うのですが、本作も川久保巡査が大事なところで物語に絡んできます。

地域住人の相談に上手く乗ってやれなかった時にはそれで良かったのかと後悔し、なんとか事後をフォローしようとしたりする姿は、刑事ものではまず見られない主人公の姿であり、その姿こそが本シリーズの魅力なっているようです。

香山二三郎氏の「解説」で知ったのですが、著者は、本シリーズは「保安官小説」だと言っておられるそうです。地域に根付いて、住民の生活に深く根差しながら住民の安寧を守る駐在さんは、まさに保安官でしょう。今後の展開も楽しみなシリーズです

あさの あつこ バッテリー


野球を舞台にした青春小説の名作と評判も高く、あさのあつこの代表作と言っても良い作品でしょう。全六巻で、野間文芸賞も受賞しています。本文の全部の漢字には振り仮名を振ってあり、一応は児童文学と銘打ってあります。しかし、内容は十分に大人の鑑賞に耐えうる作品だと思います。

野球には過大と言っていいほどの自信を持ち、他者のことは自分のプレーに利するか否かという価値しか認めていない天才原田巧は、親の都合で岡山県の新田という町に引っ越し、そこで永倉豪という少年と出会い、彼とバッテリーを組むことになる。少しの運動で発熱する、体の弱い少年である弟青波らと共に過ごす巧。田舎町での少年たちの成長を描く青春記です。

このところハマって読んだ『弥勒シリーズ』の作者でもあるあさのあつこの代表作を読まないわけにはいかないだろうと、映画化、コミック化と書名はよく聞くものの、児童書ということで読んでいなかった本書を手に取って見る気になりました。

本書だけに関して言うと、ネットでコミック化された作品を一巻だけ読んでいたので、そのあらすじは大体知っていました。でも、やはり原作は別の作品だと改めて思いました。この作者の上手さが目立つ作品だったのです。

内容自体は目新しいものではなく、プライドばかり高く、高慢な少年が、田舎の純朴な少年たちとの野球を通した交流によって、少しずつ他者との心のつながりの大切さを自覚していく、そして、野球そのものも上手くなっていくという物語なのでしょう。しかし、なによりも『弥勒シリーズ』でも見せた人物の内面描写の巧みさは、本書でも十二分に発揮されています。

巧の祖父が野球監督経験者で巧を見守る存在として配置してあり、弟青波が巧の良心としての位置付けではないでしょうか。巧の祖父や弟に対する心情がさまざまに揺れ動き、読み手もまた巧の心の振れ具合に振り回されそうになるのです。

読み手にとり、主人公の巧少年の傲慢さはとても鼻につくもので、ひねくれたその考えはときには嫌悪感さえ感じるほどです。そこに弟の青波が、繊細な心の持ち主として巧の傲慢さに対しチクリと一刺しし、豪は過剰なばかりな優しさを持って巧に接し、同級生ではありますが、巧を上手く補う存在として配置されています。

登場人物のそれぞれは誇張されすぎた人格だと思わないことも無いのですが、本作品の対象が児童だということを考えると、ある程度デフォルメされた人物のほうが良いかもしれないと思いなおしました。

全六巻のうちのまだ一巻目です。これから更に紆余曲折があり、巧も豪も、そして青波もゆっくりと成長していく姿が描かれていくのでしょう。

児童文学ではあるのですが、これはこれでまた楽しみな作品ではありました。

柚月 裕子 検事の本懐


全五話からなる、著者の意気込みが感じられる社会性の強い連作の短編集で、2012年には山本周五郎賞候補になり、そして2013年には大藪春彦賞を受賞している作品です。

本書では『最後の証人』ではヤメ検として登場していた佐方貞人が新進気鋭の検察官として活躍する姿を描いた、胸のすく一面もあるミステリーです。

「樹を見る」
米崎東警察署署長の南場と県警本部刑事部長である佐野との間には出世絡みの確執があった。問題はその確執が捜査の妨害さえ厭わないほどになっていることであり、今回の連続放火事件の被疑者逮捕に際しても佐野の横やりが入ることが予想されるのだった。そこで米崎地方検察庁刑事部の副部長の筒井義雄に相談すると、佐方貞人検事が担当することとなった。

「あいつは条件やデータだけで事件を見ません。事件を起こす人間を見るんです。」と上司の筒井に言わしめた、「樹海から一本の樹を見つける」佐方の活躍が、米崎東警察署署長の南場の視点で描かれます。同時に、警察内部の人間関係のしがらみのために無関係の市民が罪を被りかねない現実をも告発しているようです。

「罪を押す」
小野辰二郎は出所したその日に再び窃盗事件を起こし、米崎地方検察庁へと送られてきた。筒井は佐方に取り調べを任せるが、簡単な事件と思われたこの事件は思わぬ様相を見せるのだった。

「罪はまっとうに裁かれなければならない」という思いを胸に、人間の行為の裏にある意味を探りだします。ここでも「窃盗」という行為を犯した犯人の隠された動機を暴きだします。そこには思いもかけない人間ドラマがあるのす。

「恩を返す」
高校時代の同窓生である天根弥生から12年ぶりに電話があった。広島県呉原市にある呉原西署の生活安全課に勤務する勝野正平という現職の警官に脅迫を受けているという。佐方は12年前の約束を果たしに呉原市に帰るのだった。

本書は主人公佐方貞人の検事時代を描いていますが、本章ではそこから更にさかのぼって高校時代の佐方の姿をも描き出しています。同時に、警察内部の問題警官にも臆せずに立ち向かう佐方の胸のすく立ち合いは読みごたえがあります。ここらの広島弁でのやり取りは、のちの『孤狼の血』を彷彿とさせるものがあります。

「拳を握る」
東京地検特捜部に応援に入った佐方の活躍が、佐方と組ませられた山口地検からの応援部隊である事務官の加東寿朗の目線で描かれています。

本章では、佐方に対し同僚の輪泉副部長に「青臭い正義感を振りかざしやがって!」と言わせています。政治家絡みの疑獄事件解決のために「事実かどうかは問題じゃない!」というのです。巨悪を追い詰めるためには無実の個人を罪に陥れることも必要悪だという検察の態度が取り上げられています。

ここで一冊の本を思い出しました。「特捜検察」という魚住昭というジャーナリストが書いた新書です。この本が出版された後に特捜所属の検察官による証拠隠滅事件が現実に起きたのではなかったでしょうか。こうした物語は決して絵空事ではなく、現実に起きているのです。

「本懐を知る」
連載のネタ探していたライターの兼先守は、佐方陽世という弁護士が実刑を受けた事件を調べてみようと思い立った。佐方弁護士が財産管理を任されていた小田嶋建設会長の他界後、会長からの預かり金を横領したのだという。完全黙秘を貫いた佐方弁護士は、懲役2年の実刑判決を受け、控訴すらせずに確定しているのだ。

佐方貞人の父親の過去を掘り起こす物語です。「罪を押す」と併せて佐方の過去を語る物語になっています。


全体的に作者である柚月裕子が敬愛するという横山秀夫の雰囲気に似たところもありますが、それとは別に作者の熱意が感じられる作品集になっています。このシリーズは今後かなりの期待を持って読みたいと思わせられるのです。それほどに私の好みにあった作品でした。

プロフィール

siro

Author:siro
このブログの本棟として本の紹介のサイトを開いています。
(こちらです⇒読んだ屋
本ブログを別棟として位置付けて、読んだ本を記録していこうと思い立ちました。ここでの文章を母屋であるそのサイトに転記していくつもりです。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR