今野 敏 隠蔽捜査6


今野敏の大ベストセラーである隠蔽捜査シリーズの第六弾の長編警察小説です。いつものことですが、結局読み始めたら途中で止めることができずに一気に読み終えてしまいました。

大森署管内で女性の連れ去り事件、さらに殺人が勃発。ストーカーによる犯行が濃厚になる中、捜査の過程で署長・竜崎は新任の上役と対立する。家庭でも娘にストーカー騒動が発生。予想不能の事態が公私に続発して…不穏な緊張感漂う最新長篇!(「BOOK」データベースより)

今回は大森署管内で略取・誘拐事案が発生します。その誘拐事案は、近頃何かと社会で話題になっているストーカー事件の可能性がありました。それも、被害者は大森署のストーカー相談窓口に相談に来ていたというのですから、署長である竜崎に大いにかかわりのある事案だったのです。ちょうど大森署では、何かと問題の戸高刑事もメンバーとする「ストーカー対策チーム」を立ち上げたところで、このチームも捜査に送り込むことにするのです。

合理性を貫いて、一般常識の壁を簡単に越えてゆく。ここで言う一般常識とは世間のしがらみでもあり、より細かくは組織の上下関係などの硬直性でもあります。竜崎は、これらの不合理だとは誰でもが思っているのだけれど、自らの出世や世渡りを考えるとその不合理を除去することにためらいを感じる事柄を何なく越えていきます。そしてそれなりの結果を残していくのです。

ここに読者は、生きていくうえでの種々のしがらみを乗り越えることのできない自分を心の片隅に追いやり、竜崎に自らを重ね、爽快感を感じるのでしょう。

一例としては、この署長さんは必要があると思えば自ら現場へ出かけます。その上で現場の指揮官の指揮を邪魔することなく、それどころか現場の指揮官の指揮に従い動くのです。勿論それは階級社会である警察の内部では異常なことです。しかし、現場のことは現場の人間に任せるのが合理的だと思料するのが当然であり、当然のことを為しているにすぎない竜崎所長なのです。

目的に向かって最適な方法を選ぶという合理性、そしてその合理性を貫いたあとの事件解決という結果があります。それも竜崎という個人が活躍するのではなく、大森署の部下たちが力を合わせながら事件を解決に導くという、二重の喜び、カタルシスがあると思います。だから読んでいてとても気持ちが良い。今野敏の小説がどれも陰惨でないからかもしれないのですが、物語の根底にはやはり人情物語があって、読んでいて心地よいのです。

勿論本書もその例にもれず、というよりも以上の事柄は本書にもそのままに当てはまり、だからこそ読み始めてそのまま本を置くことができなかったのだと思います。

もう一点理由を上げるとすれば、それは文章がとても読みやすいということでしょう。部下たちが集めてきた情報を署長である竜崎が分析し、ときには現場へも出かけますが、整理して事件解決に結びつける、その過程が会話文として示され、実に読みやすく、分かりやすいのです。だからこそ、一気読みもできるのでしょう。

ただ、続編が期待されるだけです。

柚月 裕子 あしたの君へ


家庭裁判所調査官補である望月大地を主人公にした全五編から成る連作の短編小説集です。

「背負う者」(十七歳 友里) 窃盗で捕まった十七歳の友里は、警察では質問にも素直に応えていたが、家裁での大地の質問にはなかなか応じようとはしなかった。大地は事件の背景を調べるために友里の家を訪ねるが、そこはネットカフェだった。人様に迷惑をかけてはいけないという母の言いつけを守る友里だったのだが・・・。

「抱かれる者」(十六歳 潤) ストーカー行為のすえ、カッターナイフをちらつかせ捕まった十六歳の潤だったが、家裁での面接では優等生というしかなかった。しかし、面接に応じようとしない父親に話を聞くと思いもかけない事実が明らかになるのだった。

「縋る者」(二十三歳 理沙) 久しぶりに故郷に帰り、同級生の飲み会に参加する大地だったが、ほのかに恋心を抱いていた同級生の理沙に愚痴をこぼすと、理沙からは意外な言葉が返ってきた。

「責める者」(三十五歳 可南子) この三月から家事事件へと担当が変わった調査官補である大地は、精神的な虐待を理由に妻が離婚を訴えている調停事件を受け持つことになった。しかし、夫も義理の両親への聴取でも虐待をうかがわせるものは無かった。しかし、可南子の通う病院で話を聞くと事情は全く異なる様相を見せるのだった。

「迷う者」(十歳 悠真) 大地は離婚に伴う親権を争う事件を担当することになる。十歳になる悠馬に話を聞いてもはっきりした返事を得ることはできない。ふた親の生活環境を調べると、母親である片岡朋美に男の影があった。


読了後、各種レビューを見ると、現実はこんなもんじゃあない、もっとドロドロしている、だとか、実務的にはこういう処置は取らないのでは、などの意見が散見されました。そして、これらの意見は私の意見でもありました。かつて法律関係の仕事についていたこともある身としては、どうしても小説の中でのきれいごととしか思えなかったのです。

しかしながら、その後著者の言葉や他のレビューなどを読んでいくにつれ印象が変わってきました。小説はあくまで小説であり、現実社会はその参考資料にすぎないし、ある意味現実が純化されたものとしても小説が成り立っているのだから、小説は小説として、現実との齟齬は無視していいのではないか、と思うようになったのです。

そういう視点で見ると、本書は人の善意が全面に出た心温まる物語として十分なものだと思えます。確かに現実社会では本書のようにきちんと結果が出るものでもなく、妥協や諦念などが重みを持ってきます。しかし、そうした現実だからこそ本書のようなある種理想論的な(それでも物語の中でさえ割り切れるものではないのですが)小説も大切ではないかと思えます。

更には主人公望月大地の青春記であり、同期の志水貴志、藤代美由紀ら共にする成長記でもあって、そう考えると多分書かれるであろう続編をも期待を持って読みたくなる小説です。

本書は、広島ヤクザ的存在の悪徳刑事を描いて日本推理作家協会賞を受賞した『孤狼の血』の後に書かれた第一作目の作品だそうです。前作とは全く正反対に位置する物語である本書を書いた点でも、柚月裕子という作者に期待したいと思います。

原田 マハ 暗幕のゲルニカ


1937年4月のパリ。ピカソはスペイン共和国政府のパリ博覧会に出展するパビリオンに飾る絵画の依頼を受け、そのテーマを決めようとしていた。そこにスペインのバスク地方にあるゲルニカという町が空爆されるという事件が起きる。一方、21世紀の現代では、ニューヨーク近代美術館(MoMA)のキュレーターである八神瑤子が、暗幕のゲルニカ事件をきっかけにピカソの展覧会を企画し、「ゲルニカ」の実物を借り出すために奔走していた。

「ゲルニカ」とは、言うまでもなくピカソの描いた作品の中でも最も有名な作品の一つと言われる絵画です。その「ゲルニカ」をモチーフに、二十一世紀の現代に生きるピカソの絵画に魅せられた八神瑤子、そして二十世紀を生きたピカソの愛人の一人だったドラ・マールという二人の女性を中心に練り上げられたサスペンス(?)作品です。

本書の途中まで読んでいる段階では、単に「芸術と戦争」という主題を追う物語のような印象でした。しかし、途中から、瑤子の企画した展示会の成否に重点が移り、その中で「ゲルニカ」の持つ芸術性や反戦への主張がより強調されるようになってきました。

この作品は、20世紀のスペインの内戦や、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件などの前提知識が無ければ、その面白さは半減すると思われます。同時多発テロ事件は近年の出来事ですので、私たちの年代であれば別ですが、今時はスペインの内戦についてはあまり知らないのが普通でしょう。

スペインの内戦は、1936年から1939年にかけて共和国軍とフランコ将軍率いるファシズム陣営との間で戦われたスペインでの内乱のことです。簡単に言えばそうなのですが、背景には当時の世界情勢との絡みもあって一概には言えないところもあります。

ただ、当時の西欧の知識人たちはこぞって共和国軍を支持していました。スペイン内戦を舞台にした『誰がために鐘は鳴る』を書いたヘミングウェイなどが有名ですね。ピカソもそうした中に位置づけられます。

本書で描かれている「暗幕のゲルニカ」事件なるものは現実にあったものなのか調べました。2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件を契機として、悪の枢軸国との対決に踏み切ったアメリカ合衆国は、その一環としてイラクへの侵攻作戦を行います。そしてアメリカ国防長官はイラク侵攻に関する記者会見をニューヨークの国連本部でおこなったですが、その際に背後にあったタペストリーが暗幕によって隠されていたという現実の出来事でした。

ニューヨーク近代美術館(MoMA)やスペイン国立レイナ・ソフィア芸術センターもまた現実に存在する美術館です。

また瑤子の「キュレーター」という職種ですが、「英語の元の意味では、博物館(美術館含む)、図書館、公文書館のような資料蓄積型文化施設において、施設の収集する資料に関する鑑定や研究を行い、学術的専門知識をもって業務の管理監督を行う専門職、管理職を指す。(※curate―展覧会を組織すること)。」を言うそうです。(出典:ウィキペディア

こうした事柄を背景に八神瑤子の現代の物語と、ドラ・マールが語る1930年頃のピカソの物語が同時に進行します。このピカソの時代をも同時に語っていく手法は、当初は若干冗長さを感じながら読み進めていったのですが、途中からはピカソの物語が「ゲルニカ」という絵画そのものの背景説明をも兼ねており、次第にのめりこんでいました。そして、クライマックスでのとある仕掛けにも結び付いていたのです。

芸術を文章で表現することの難しさ、そしてある種の空虚さは、絵画や音楽などをテーマにした物語を読むときにいつも感じた事柄でもあります。それは、読み手側にその素養が必要だということです。本書のようなサスペンスでは、芸術に対する感性が無くても物語として楽しむことはできるのかもしれません。しかし、芸術に対する深い感性を持っていたならば、この作品を読んで感じた喜びよりも、さらに素晴らしい感動が待っていたのではないかと思うのです。

クライマックスに若干の難ありと感じはしたものの、この作家の他の作品も是非読んでみたいものだと思わせられる作品でした。第155回直木賞の候補作でしたが、残念ながら賞は逸しました。

庄司 圭太 斬奸ノ剣


この作家の作品は始めて読むのですが、痛快活劇時代小説の王道を行く小説でした。

文化年間。藩の特命による任務を遂行中の父が行方不明になったと告げられた加賀藩士乾刀次郎は、身に覚えのない謀反の罪で越中の五箇山の獄に流される。父の存否と事の真相を明らかにすべく脱獄を図る刀次郎だが、酷寒酷暑の流刑地での生活は、彼の心身を徐々に蝕んでゆく。やがてこの奸計の裏に、加賀百万石前田家をつつむ闇の構図が浮かび上がるが…。書き下ろし時代小説、シリーズ第一弾。(「BOOK」データベースより)

加賀藩を物語の出発点にしている点では珍しいと言っていい小説でしょう。少なくとも私は他に知りませんでした。そして主人公もその理由は分からないままに父親は行方不明になり、自らは五箇山の獄に幽閉されることになります。その後父親失踪の謎や、自分が事情も告げられずに幽閉されなければならなかった理由などを探すために五箇山を脱し、江戸へと旅に出るのです。

典型的な活劇小説であり、情感や主人公の内面の描写などはほとんどと言っていいほどにありません。小説の持つ深みなどを考えることもなく、ただひたすらにストーリーを追い、楽しめばいい物語です。

そのストーリーは、先が読めないという意味では意外性に富んでいます。主人公の行動が思慮が無さ過ぎだから先が読めない、とも言えそうですが、筋立てを追うのに邪魔になるほどでもありません。これから先の物語の展開を楽しみに読む、という点では期待が持てるシリーズのようです。

長谷部史親氏の解説によると、「本書『斬奸ノ剣』によって幕を開けた本シリーズは、庄司圭太氏の時代小説群の中でも際立った特色を持っている」のだそうです。そのうちに他のシリーズも読んでみようと思わせる物語でした。

安生 正 ゼロの激震


一言で言えば、パニック巨編ということになるのでしょうが、これまでのこの作家の作品からすると首をひねらざるを得ない長編小説でした。

金精峠で土砂崩れが起こり、足尾町の人々は原因不明の死を遂げ、富岡では大火災が発生するなど、関東北部では未曾有の大災害が頻発していた。そんな折、元大手ゼネコン技術者の木龍のもとに、奥立という男が訪ねてくる。すべてはマグマ活動にともなう火山性事象が原因で、これ以上の被害を阻止すべく、技術者としての木龍の力を借りたいという。だが、彼の協力もむなしく大噴火は止められず、やがてマグマは東京へと南下していく―。地球規模の危機に技術者たちが挑むパニック・サスペンス巨編!(「BOOK」データベースより)

関東を吹き飛ばすだけのリアリティを持たせるためには、学術的な理論の裏付けが必要だとして小難しい理屈を並べてあるのでしょうが、エンターテインメント小説としてそこまで必要だったかは疑問です。

同様の舞台設定の作品として日本そのものを海の底に沈めてしまった小説があります。小松左京の『日本沈没』です。この作品は本作の上を行く舞台設定ではありましたが、日本が沈むその学問的理由付けは最低限のものでした。読者が日本が沈むという設定を受け入れるに必要最小限のものだったのです。

本書はそうではなく、説明が過多です。代わりに、描かれているべき人間の描写があまりありません。主人公の木龍でさえクライマックスに至るにつれ、陳腐さのみが鼻についてきました。ですから、それまで理詰めで行動しているはずだった香月が破綻した行動を取るなどの不可解な行動も出てきてしまうとしか思えません。

今、日本では『シン・ゴジラ』が大ヒットしているそうです。私はまだ見ていないのですが、この映画の見どころの一つとして政府側の人間の描写がよく描かれているという点があるように聞きました。未曾有の大災害に際してこの国のかじ取りをする人たちを描いてこそ、ゴジラに立ち向かう人間のリアリティが描かれると考えられたのでしょう。

残念ながら本書はそうではありません。行政の動きは背景でしかなく、各大臣はステレオタイプです。この作者のこれまでの作品から、本書もかなりの期待を持って読んだことが裏目に出たようです。ハードルを上げに上げて読み始めたので、その反動は大きなものでした。

蛇足ながら一言。熊本地震を肌で体験した身としては、この手の小説は読みにくいかと思っていましたが、それほどでもなく、わりと客観的に読めたように思えます。私の住んでいる地域でも震度6強もあった熊本地震ですが、あの揺れを体験した後で本書は逆にリアリティを感じなかったのかもしれません。

その後各地で地震が続き、昨日は鳥取県で最大震度6弱という地震がありました。日本各地どこで大きな地震があってもおかしくないこの頃です。タンスの転倒防止など身近なことからでいいです。地震対策は十分に取られるよう願います。

トイレ用に湯船に水をためておくなど、この小さな対策が現実にはなかなり大きな対策なのですよ。

佐伯 泰英 髪結: 吉原裏同心(二十)


三年以上ぶりに読んだ前巻に次ぐシリーズ第二十弾です。

吉原裏同心の神守幹次郎に女髪結のおりゅうが相談をもちかけた。妹のおきちが不審な者に狙われているのだという。おきちの警固に動いた幹次郎だったが、それがとんでもない騒動の幕開けだった。そして、次に狙われたのは、「吉原の主」ともいえる人物・四郎兵衛。再び蠢きだした「闇の力」の前に、幹次郎の豪剣が立ちはだかる!大人気シリーズ、待望の第二十弾。(「BOOK」データベースより)

本書もまた314頁という分量を持つ、中身の濃い痛快捕物帳と言える物語でした。

今回は、吉原で働く女髪結おりゅうの妹おきちに対するストーカーをこらしめることになった神守幹次郎でしたが、その先には吉原の存続にもかかわる大きな勢力が見え隠れします。そして吉原会所の七代目頭取である四郎兵衛の命をつけ狙う輩と、その背後に控えている勢力との対決をも見据える話になってくるのです。

いつものとおり、単純に物語の流れに乗って楽しんでいればいい、まさに痛快活劇小説です。

本書の解説はポーラ文化研究所研究員の村田孝子氏が担当されていますが、単に物語の解説にとどまらず、江戸時代の女性の髪形について詳しく説明してあります。この解説が面白い。浮世絵に描かれている女性の髪形を挿絵として挟みながら、髷の結い方まで解説されていて日所に興味深いものがありました。

藤井 邦夫 秋山久蔵御用控 始末屋


本書で二十五巻目になる南町奉行所同心を主人公とする捕物帳です。「棄て子」「始末屋」「失踪者」「呉服橋」の全部で四話が収められている短編集です。

二人の武士に因縁をつけられた中年浪人が、衆人環視の中、相手を斬り捨てた。武士たちは強請たかりを繰り返すろくでなしで、現場に居合わせた和馬は、尋常の立合いの末であり問題はないと久蔵に伝えた。だが“剃刀”久蔵は浪人の振る舞いに違和感を覚え、手下たちに浪人の素性を探らせる。大人気書き下ろしシリーズ第25弾!(「BOOK」データベースより)

始めて読んだ作家さんでした。

ところが、第一頁目から驚きをもって読みすすめるしかありません。それは文章がこれまで読んだことのないようなものだったからです。「誰誰は何何した。」という主語と述語で成り立っている文章がずっと続くのです。

主観的描写が無い、とまでは言い切りませんが、とにかくまず思い浮かべたのは脚本に書いてある「ト書き」です。小説ではなく、脚本ではないかと思うほどです。

とはいえ、本書でシリーズ二十五弾目ということなので、それなりの人気が無ければここまで続くものではないでしょう。単に私の好みにあっていないだけで、このシリーズを支持する読者は多いもので思料されます。

確かにストーリーは面白くないことは無いのですが、若干の単調さをも感じてしまいます。文章からくる印象が筋立てをも単調に感じさせるのでしょうか。やはり私には受け入れがたい小説でした。

渡辺 容子 イン・パラダイス


平凡(?)な主婦が趣味とするパチンコで知り合った仲間の自殺の謎を解こうと素人探偵として挑む物語です。

パチンコを唯一の趣味とし、パチンコホールで知り合った仲間たちとの他愛もない毎日をおくる小田切可憐。彼女は、かつて婚約者でもあった桜井とデュオを組みヒット曲を歌っていたが、桜井を交通事故で失うという過去を持っていた。ある日、パチンコ仲間の女性が自殺をしてしまう。その後、彼女の自殺の理由を知りたいと彼女の兄と名乗る、可憐の元パートナーだった桜井と瓜二つの男が現れる。可憐は自分の気持ちに気付きながらも、その男手伝いをするのだった。

ミステリーであることに間違いはないのですが、探偵役が警察官でも探偵でもない、普通の女性(と言っていいかは差し置いて)が知人女性の自殺の謎に迫ります。本書の特徴と言えば、やはりこの素人探偵ということでしょうか。それに、物語の背景がパチンコであるということを忘れてはいけません。

私も学生の頃パチンコにはまりました。下手なバイトよりもずっとお金になりましたね。パチンコホールに長く通っていると、この本に書いてある通り常連さんと仲良くなります。当然パチプロとも知り合いなり、いろいろなことを教えてもらったものです。

当時は女性でパチンコにはまっている人は今ほどは多くなかったと記憶しています。パチンコホールも、本書に書いてあるようなおしゃれな印象はありませんでしたので、本書のパチンコホールの描写には若干戸惑いを感じもしました。当然のことながらCR機のことは全く分かりません。

CR機とはプリペイドカードに対応したパチンコ台のことです。でも実際はフィーバー台のように殆どギャンブルだった台のことを言っていたような気がします。そんなパチンコにのめりこんだ主婦らの中に本書の主人公である可憐も、そして自殺してしまった白鳥永遠子もいました。

相談があると話しかけられた永遠子の頼みを断ったその日に永遠子は死んでしまいます。そのことに負い目を負っていた可憐は、永遠子の兄という、死んでしまった婚約者の桜井に瓜二つの男に心を騒がせ、共に永遠子の自殺の謎を探ろうとするのです。

この物語の半分は可憐が行う探索の模様を追いかけることで占められていますが、残りの部分は桜井にそっくりの男との恋心、それに絡んで可憐の今の夫柾との夫婦の問題で占められています。

永遠子の死の謎、それに伴う永遠子の兄という男の登場とその男に対する可憐の恋心、そして若干オタク的な雰囲気を持ってる可憐の現在の夫との夫婦というもののあり方と、本書には複数の見どころがあるように思います。そして、女性目線でしか描けないと思えるかつての男と今の男の間で揺れる女心を描き出す、と言ったところでしょうか。

他のミステリーに見られるサスペンスフルな出来事はあまり見られません。若干、それらしい雰囲気も見られるのですが、あくまで主婦の普通の生活の範囲の中でのミステリーなのです。ここまで書いただけでもネタバレと言われても仕方のない書き方をしているので、これ以上は書けないのですが、主婦目線のミステリーを上手く書いているものだとは思います。

ただ、本書の主人公は普通の主婦とはやはり違います。世間の注目を浴びたことがあり、一生食べるには困らないだけの蓄えも確保している女性を普通の主婦とは言えないでしょう。

更には、本書の結末が何とも私が男だからなのか、受け入れにくいものではありましたが、そこは実際に読んで感じてもらうしかありません。なかなかにユニークなミステリーでした。

佐伯 泰英 未決: 吉原裏同心(十九)


三年以上ぶりに佐伯泰英の吉原裏同心シリーズを読みました。第十九弾です。

吉原にある老舗妓楼「千惷楼」で人気の女郎が客と心中した。知らせを受けた吉原裏同心の神守幹次郎と会所の番方・仙右衛門は、その死に方に疑いを抱く。真相を究明せんと探索する二人だったが、その前には常に大きな影がつきまとう。そして、吉原自体の存在を脅かす危機が訪れる。幹次郎、そして吉原の運命は―。快進撃の人気シリーズ、一気読み必至の第十九弾。(「BOOK」データベースより)

佐伯泰英の作品は痛快活劇小説の印象が強くあったので、このシリーズを久しぶりに読んでみると、このような捕物帳仕立てだったのかと改めての驚きでした。

吉原の老舗妓楼での女郎とその客との心中騒ぎ。その裏に隠された謎に立ち向かう神守幹次郎と仙右衛門です。幹次郎の剣の冴えで吉原に迫る幕府の実力者などの外部勢力との抗争を乗り切ってきた物語だとの印象は、かなり変わる筋立てでした。シリーズものも三年の間を置くとこんなにも印象が薄れるのか、それとも読み手である当方の歳による忘却のためなのか、それは分かりません。

どちらにしろ、他のシリーズとは若干その雰囲気を異にしています。しかし、痛快活劇を中心とする佐伯泰英の筆であることに変わりは無く、ただ楽しめばよく、実際楽しめる作品です。

文庫本で320頁という、決して薄くはない物語です。その短くはない物語の中に、女郎の心中騒ぎや、心中した女郎の正体にまつわる謎、そして吉原を襲う新たな足抜き方法など、次から次へと新たな事件が巻き起こります。そうした事件に上手く対処する仙右衛門、それを支える神守幹次郎という出来上がったパターンではありますが、読者を飽きさせない仕掛けがきちんと施されています。

心中騒ぎの陰に隠された陰謀の中心にいる存在は分からないままで終わります。その陰の存在がこのシリーズの敵役としてあって、物語をより面白いものにしてくれるのでしょう。

佐伯泰英という作家がベストセラーを連発する秘密が垣間見えるような作品でした。

春日 太一 仁義なき日本沈没―東宝VS.東映の戦後サバイバル


春日太一の作品では以前『あかんやつら 東映京都撮影所血風録』を読み、描かれた内容の持つ熱気と情熱とが、作者の映画に対する愛情を感じさせる作品だったので、本書を読む気になったものです。

しかし、残念ながら本書に関しては『あかんやつら』ほどの情熱は感じられませんでしたし、それに伴って読み物としての面白さも感じにくいものでした。

その差がどこにあるのか良く分かりませんが、本書は映画産業全体を俯瞰した描き方であることからくるのではないかと思います。つまり『あかんやつら』はミーハー的な見方をしていた私の読み方に応えてくれていたのに対し、本書はそうではなかった、と言うことではないでしょうか。

『あかんやつら』は子供のころ見た映画スターの実像であったり、映画そのものの制作過程での裏話などが、それなりに細かく描かれていました。それに対し、本書はより大きく、映画産業史に近い描き方であったというところでしょう。

ですから、本当に映画史をしっかりと知りたい人にとっては読みやすいのかもしれません。ただ、現実に映画産業に携わっていた人たちからの若干の批判めいたレビューがあったのも事実です。こうしたレビューはネットを探すまでもなく、Amazonでのレビューに見られるところです。

蛇足ながら、この本を読んで数日後にテレビで映画『待ち伏せ』が放映されました。この本には、この映画が作られた時代にあってはスターシステムで作られたこの映画も、その神通力はもはやない、と書いてありました。

しかし、今回初めてこの映画を見て感じたのは、そもそもこの映画はストーリー自体に魅力を感じなかったのではないか、ということです。つまりはスターシステムや役者の演技を言う前に、脚本そのものの魅力を感じなかったのでしょう。中村錦之助や石原勇次郎には存在感は無く、三船敏郎も用心棒のイメージを引きずっているだけでした。ただ、勝新太郎だけが存在感があったように思います。それと浅丘ルリ子の演技はさすがでした。

月村 了衛 槐(エンジュ)


典型的なアクションエンターテインメント小説です。

弓原公一が部長を務める水楢中学校野外活動部は、夏休み恒例のキャンプに出かけた。しかしその夜、キャンプ場は武装した半グレ集団・関帝連合に占拠されてしまう。彼らの狙いは場内のどこかに隠された四十億円―振り込め詐欺で騙し取ったものだ。関帝連合内部の派閥争いもあり、現金回収を急ぐリーダー・溝淵はキャンプ場の宿泊客を皆殺しにし、公一たちは囚われの身に…。そのとき、何者かが関帝連合に逆襲を始めた!圧倒的不利な状況で、罪なき少年少女は生き残ることができるのか!? (「BOOK」データベースより)

先日読んだ、同じ月村了衛作品である『ガンルージュ』と同じ話だ、というのが第一印象です。端的に言って、これまで読んだ月村作品の中では一番手抜きの作品でした。

両作品共に、普通の一般人として生きている女性が、実は戦いの中に身を置いていたという設定です。そしてその世界で名の通った闘士としての過去を持つヒロインが、圧倒的な暴力の前に殺されそうになる子供たちを助ける、という話です。

『ガンルージュ』の時も月村了衛作品としての意外性を感じたのですが、本作品での意外性はそれ以上です。『ガンルージュ』のときは舞台設定の意外性が一番にあり、次いでアクションエンターテインメントとしての作風の変化に対する意外性でした。

本作品の場合、作風の変化に対する意外性というよりも、舞台設定の安易さをまず感じたのです。中学生の野外活動のときに半グレ集団に襲われ、キャンプ場に来ていた客の全員が殺される、という始まり自体、相当に安易であり、且つ無茶すぎます。百歩譲ってこの前提を受け入れるにしても、その後の展開がまた受け入れがたいのです。読み進むにつれ、いくらなんでもそれは無いだろう、という感情移入できない舞台設定のオンパレードでした。

『ガンルージュ』のときはそれなりに遊び心を持って単純に楽しめばいい、というスタンスでいることができたのですが、本作品の場合はその余裕すらありません。出版年月を見ると本作品のあとに『ガンルージュ』が書かれています。ということは、同じ路線の作品であっても書き方が上手くなったと思っていいのでしょうか。

月村了衛という物語の背景の構築が緻密で丁寧に為されていることが魅力の一つであるのに、物語世界が手抜きとしか感じられなくては感情移入などという以前の話です。

とても淋しくなる物語でした。『機龍警察』のときの月村了衛はどこに行った、と言うしかありません。せめて最低限『ガンルージュ』ほどには、遊び心でもいいので逃げ道を作っていてほしかった。それほどに残念という他ない作品でした。

そうした舞台設定の無茶を無視すればアクション小説として読めないことはありません。それは、物語の展開はテンポ良く読めるというだけのことであり、物語の否定になってしまうのですが、そう言いたくなる程にこの作者は文章もうまいし、残念としか言いようが無いのです。

今回は批判だけの文章になってしまいました。でも、この物語を「衝撃的な面白さ」だという人もいるのですから、個人の感想はいろいろです。私としては、月村了衛らしい作品に出会うのを期待して、他の作品を読み続けようとは思います。

戸部田 誠 1989年のテレビっ子


それは『オレたちひょうきん族』が終わり、『ガキの使いやあらへんで!!』が始まった年。
それは『ザ・ベストテン』が、裏番組の『みなさんのおかげです』に追い落とされた年。
ダウンタウンがウッチャンナンチャンが『笑っていいとも! 』のレギュラーになった年。
テレビが変わった年「1989年」を機軸に、BIG3やお笑い第三世代ほか、多くの芸人とテレビマン、
そして、いわき市の「僕」のそれぞれの青春時代を活写した群像劇にして、圧倒的なテレビ賛歌。(「AMAZON内容紹介」より)

2014年3月31日に放送された「笑っていいとも!」の終わり、グランドフィナーレの場面の紹介から本書は始まります。タモリの元に「テレビ界のトップに君臨するスターたちが集まった」場面を青春時代の終焉と感じた著者にとって大切な場面だったのでしょう。

「テレビが趣味」ということに気恥ずかしさを持っていた「テレビっ子」である著者。テレビを見なくなったと言われて久しい現代においてなお「テレビっ子」を名乗る著者。この本は、テレビの中で笑いを提供してきた人たちの青春記であるとともに、今あえて「テレビっ子」を名乗る著者のこれまた青春記でもあります。

「笑っていいとも!」の終焉は、本書のタイトルにもなっている1989年にその基礎が完成した「平成バラエティ」の終焉だと著者は考えています。その「平成バラエティ」の全貌を描き出したのが本書なのです。

私もお笑いが好きで、今でも見るテレビ番組はほとんどバラエティです。テレビによってもたらされる「笑い」が大好きです。幼い頃から浅草の「デン助劇場」や大阪の「吉本新喜劇」などをよく見ていました。そんな私にとって「ドリフの全員集合」から「俺たちひょうきん族」などを見ないわけがなく、そうした私にとってもこの本はやはり一つの青春記でした。

本書のあとがきを見ると、本書は著者によるスターたちへのインタビューは全くしていないそうです。現実のスターたちの今の言葉ではなく、当時の実際放映されたビデオや残されている活字から起こされている記録だそうです。ですから、もしかしたらこの本の中に書かれていることは事実とは異なるのかもしれない、と著者は書いています。でも、それこそが「テレビ的」なノンフィクションだとも言っています。既に視聴者に提示されている膨大な情報を再構成している本書はまさに「テレビが映した真実の断片」から再構成されたテレビ的真実なのです。

例示として本書での描写を一つだけ。現在でもテレビで毒舌のコメンテーターとしても活躍されているテリー伊東さんは、ビートたけしという天才について、彼は「誰よりも男の哀愁がある」と言ったそうです。しかし「オレだけは、たけしさんの哀愁以外だけを演出したい」と言ったとか。「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」ほかのバラエティーを数多く演出を手掛けてきたというテリー伊東さんについてもまた伝説が多いのですが、こうした感性で時代の先端を走ってきたのでしょうね。

テレビは、例え「それが虚構であったとしても、テレビは”日常”という希望だった。」と結論付ける著者の見方は、やはりテレビっ子でもあった私にとっても大いに納得できるものでした。

柚月 裕子 朽ちないサクラ


佐方検事シリーズの柚月裕子による、県警広報広聴課の事務職員の女性を主人公とする警察小説で、タイトルの『朽ちないサクラ』から想像できるテーマそのままに描かれているミステリーです。

米崎県警平井中央署生活安全課が被害届の受理を引き延ばし、慰安旅行に出かけた末に、ストーカー殺人を未然に防げなかったと、新聞にスクープされた。県警広報広聴課で働いて4年、森口泉は、嫌な予感が頭から離れない。親友の新聞記者、千佳が漏らしたのか?「お願い、信じて」そして、千佳は殺された。大藪春彦賞作家、異色の警察小説。(「BOOK」データベースより)

県警広報広聴課に勤務する森口泉は、親友である新聞記者の津村千佳に慰安旅行のことをうっかり漏らしてしまっていたため、スクープされた情報源は自分ではないかと疑っていました。しかし、千佳は自分は誰にも漏らしてはおらず、「この件には、なにか裏があるような気がする」という言葉を言い置いて別れた後、殺されてしまいます。

泉は平井中央署生活安全課に所属する警察官の磯川俊一の力を借りて親友の死の謎を解き明かそうとするのです。

事件は2012年に千葉県警で実際に起きた事件をもとに書かれたものと思われます。とは言っても、相談を受けた警察が被害届受理を先延ばしにした、という舞台設定を借りたと思われるだけで、あとは作者の創作によるものです。

やはりこの作者の物語はそれなりの読み応えがあります。「それなりの」と書いたのは、若干の不満があるからです。

まず第一点。これは不満として取り上げるほどのこともないのですが、主人公の女性を警察官ではなく事務方にした理由がよく分かりません。この作者が尊敬するという横山秀夫の作品で、警察内部の一般的ではない部署を表に出していますが、そこではその部署であることに物語の必然性を持たせています。でもこの物語ではそういう点では必然性はありません。ただ、物語の締めとして泉の為した決心がかかわると言えないこともなく、これを書きたかったというのであれば話は別です。ならばもう少し事務方と設定した理由を書いてほしかった。

そして第二点、これが大きい。読後にネット上のレビューを読むとどうも同様の印象を抱かれた方が多いようです。それは、ネタバレになるのであまり詳しくは書けませんが、本書の事件の犯人像と言いますか、事件解決の処理の仕方が素直には受け入れることのできないことですね。

当初から荒唐無稽なアクション小説であるのであれば格別、本作品はそれなりのリアリティを持っているミステリーとして書かれているために、本書の結論は受け入れにくいのです。せっかくの面白い物語が最後でしぼんでしまいました。

まあ、一番目の理由は私の個人的な好みにもかかわることなのであえた書くほどではないことかもしれません。でも、二番目の理由は物語の根幹にかかわることでもあります。この点だけが残念ではありましたが、基本的にこの作家の紡ぎだす物語はエンターテインメント小説としての面白さを期待でき、またその期待に十分に応えてくれる物語だと言えます。今後の活躍にも期待したいです。

浅田 次郎 わが心のジェニファー


今まで読んできた浅田次郎作品とは、少々趣の異なる長編小説です。

アメリカ人青年のラリーは、日本をこよなく愛するジェニファーから、プロポーズの前に一人で日本を見てきて欲しいと、そして旅先からはメールではなく手紙を書くように頼まれる。日本へと旅立ったラリーは、日本行の機内で早々と洗礼を受けるのだった。

一言で言うと、一人のアメリカ人青年を通して見た日本という国の紹介物語です。ただ、そこには若干の違和感が付きまといます。それは単に日本を外から見たという意味での客観的日本ではなく、ラリーというアメリカ人青年の主観を通した日本感であり、それは作者である浅田次郎の主張のはいったところのラリーの主観であるということからくるものでしょう。

ラリーの主観を通した日本感という意味では、ある程度の客観性もあると思われます。作者は本書を書くに際し、日本に留学している外国人留学生に多くの日本の印象を聞いてこの物語を書いたと言っていますから、かなりの客観性はあると思われるのです。

この点では外国人の驚きという感想に対しての私たち日本人としての驚きはもちろんあります。そこには文化や生活様式からくる違いがあるのでしょう。ここで評される日本人観はそれなりに面映ゆくはありますが、誇って良い側面なのでしょう。

ただ、日本に対するラリー個人の感想は、あたりまえですが作者浅田次郎の思惑がかなり入っているようです。ラリーの目を通して語られる日本は過剰なまでのサービスの国であり、行き交う人は皆親切です。現実の日本がそうとばかりは言えないことはわたちたち自身が知っています。勿論作者もそうであり、でありながらラリーに過剰な日本の親切心を語らせている意図は何でしょう。ここらがよく分からない違和感があるのです。

単純に考えれば一種の皮肉と捉えることができそうですが、作者が浅田次郎ということを考えると他の意図も考えられます。特に、物語の後半に主人公のラリーが湯の街別府を訪れるあたりから物語がファンタジーへと移行していることを思うと、あらためてそう思います。

結局よく分からない。

物語として見た時の本書は、面白いかと問われれば、決して面白作品だとは言えませんでした。ただ文章を読んでいるだけで、何とはなしに心地よさを感じる作品ではありました。それは浅田次郎の文章そのものが持つ魅力なのでしょう。日本語としての心地よい韻を踏んだり、七語調をベースにしていたりすることもない、普通の散文なのですが、心地よいのです。それは選ばれている言葉とか文章の長さ、区切り方などという作法が読み手としての私の波長にあうからなのでしょう。そういう意味ではまぎれもない浅田作品でした。

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